第18話 樹宝
「雛、君のさっきの力は一体……?」
先程<ウィザード・ウルフ>を吹き飛ばしたとんでもない膂力の謎について柊が雛に問いかけると、雛は右手に握っていた刀を左手の人差し指で指差しながら話し出した。
「そういえば、柊殿にはまだ話していなかったな。先程の馬鹿力は私の『樹宝』である『金剛戦姫』の能力なのだ。腕力と蹴りの威力が桁外れに強化される優れ物なのだぞ」
「『樹宝』?」
柊が聞いたことのない新たな単語に首を傾げると、瞬時に京子の補足が入った。
(『樹宝』っていうのは、私たち魔王がアディス帝国や女神と戦うために作り上げた武器や道具のことだよ。まあ、直接戦闘には関係ない物も沢山作ったけどね。五百年以上も経ってる訳だし、色んな所に散逸していてもおかしくないか)
「京子は今まで、雛の刀がその『樹宝』だとは気づかなかったのか?」
(仕方ないじゃない。少なくとも千個以上は作ったし、魔王の連中も個人個人で作ってたから、私が作った物や、他の魔王がよく使ってたのは覚えてるんだけど、世界樹を脱出する時に無理矢理魂を肉体から引き剝がした弊害なのか、色々記憶が零れ落ちてるせいで、覚えている『樹宝』の数が少ないのよ。……覚えている物だと例えば、柊が今握っている『無名』って刀も『樹宝』だよ)
「えっ!? これって、その『樹宝』って奴なの!? じゃあ、これにも何か能力が?」
(うん。『無名』の能力は、強い絆を結んだ相手が持つ『樹宝』の能力をコピー出来るんだよ。試しに、『金剛戦姫』って言ってみて)
「分かった。……『金剛戦姫』!」
柊が雛の持つ『樹宝』の名を叫んだ瞬間、柊の四肢に凄まじい力が漲ってきたのを感じ、柊は思わず驚嘆の声を上げる。
「おおっ!? 凄く力が漲ってきた!? これなら普段よりも破壊力のある攻撃が出せそうだ」
「……わ、私の『金剛戦姫』の能力をコピーするとは……。これなら早くアヤカたちの元へ行けそうだな、柊殿」
「おーい、君たち。何か盛り上がってるところ恐縮なんだけど、敵前だってこと忘れてないかーい?」
柊と雛が前へ向き直ると、呆れた表情を浮かべるマリエッタと、彼女の背中に隠れているエマがこちらを見つめていた。
「片手で<ウィザード・ウルフ>を吹っ飛ばしたり、唐突に独り言を始めたりと、色々驚いてるけれど、少なくともそこの女の子が規格外だってのは分かったよ。でも残り八匹、そいつらも倒せるかな?」
柊たちを取り囲んでいた八匹の<ウィザード・ウルフ>たちは、二匹の同胞を瞬殺した雛は後回しにすることにして、先に黒髪の少年を片付けることに決めて目標を定めると、一斉に飛びかかった。
猛然と襲いかかってくる<ウィザード・ウルフ>の動きを瞳に写しながら、柊は肩を軽く回すと、何気なく呟いた。
「うーん、こんな感じかな」
突如<ウィザード・ウルフ>の周囲に吹き荒れた漆黒の疾風が、彼らの首を一瞬で刎ね飛ばし、八つの骸が音を立てて崩れ落ちた。
「「「(……は?)」」」
先程まで柊たちを取り囲んでいた<ウィザード・ウルフ>たちを一瞬でただの肉塊に変えた一人の少年に向けて唖然とした声を皆が漏らす中、柊は表情を曇らせて反省していた。
「駄目だ、力んで無駄な動きが多すぎた! やっぱりまだこの力を上手く使いこなせてないみたいだ。とりあえず、『金剛戦姫』の力を発動した状態で、その力に振り回されないようにしないと。今後の課題だな」
「ひ、柊殿。先程一体何を……?」
「えっ? 別に大したことなんてしてないよ。『金剛戦姫』の力を発動したまま加速したら、一瞬で<ウィザード・ウルフ>たちを倒せるかなって思って実行してみたんだけど、思いのほかテンションが上がっていたみたいで、ついつい力んじゃった。そのせいで、無駄な動きも多くなって、予想よりも時間がかかっちゃったよ。いやぁ、失敗失敗」
恥ずかしそうに頭を掻く柊の姿に、雛を含めた四人は瞠目していた。
あの動きが失敗……?
京子は魔王として幾つもの死線を潜り抜けてきた経験から柊の動きを追うことを出来たが、雛やマリエッタ、エマは、柊の動きを全く目で捉えられなかったのだ。
彼の仲間である雛にとっても、まさか彼がこれほどまでに卓越した力量の持ち主だとは認識していなかったこともあり、目の前の少年が自分よりも圧倒的な実力を誇っていることを思い知らされた。少なくとも、彼はEランク等という小さな枠に収まっていてはいけない器の人間であることは確実であろうと雛は確信した。
雛が柊の戦闘能力に関する評価を大幅に改めると、冷や汗をダラダラと流しながら、マリエッタの頭を揺さぶり、エマが涙混じりの悲痛な声を上げた。
「ほらぁ、やっぱり強過ぎるよあの二人! どうしよう、マリエッタちゃん! 私たち負けちゃうよ! 早く帰って『百合百合騎士団』の同人誌の続き一緒に読もうよ!」
「うるさいわね、エマ。第一私は、あの作品のファンじゃないんだから、付き合わないわよ」
「え~、でもガルザ君は、私が一緒に読もうよ~ってお願いすると、ブツブツ文句は言うけど、ちゃんと付き合ってくれるよ~」
「それはあんた、あいつがあんたに惚れ……ああ、うん、ごめん、何でもない。これは私が言うことじゃない。とりあえず、ガルザの奴が仕事を終えるまではここから先には誰も通しちゃ駄目なの。それはエマ、あんたも分かってるでしょ。私たち、ようやくここまで来たのよ。相手があのクソ強い二人でも、絶対にここは越えさせない」
「……うん、分かった。でも、負けちゃったらごめんね」
マリエッタは苦笑してエマの髪を優しく梳き、エマもマリエッタの陰から出て、気弱そうな表情こそしているものの、絶対にここは通さないという強い決意が顔に表れていた。
「悪いわね、お待たせしちゃって」
「いいよ、いいよ。僕たちが内輪で話していた時にも待ってもらっていたし。これでチャラってことで。……一応言うけど、そこを通してはくれないんだよね?」
「そうよ。私たちにも色々事情があってね。特にあなたたちみたいな手練れをこの先には通す訳にはいかないの。だから、通るなら私たちを倒していくことね」
マリエッタはそう言うと、ローブに隠れている腰元から黒い鞭を取り出し、それを勢いよく五回地面に打ち付けた。すると、鞭が打たれた地面に赤黒い魔法陣が展開され、魔法陣の中心から牛の頭をした巨大な人型の魔物が出現した。上半身は裸で、鍛え抜かれて引き締まった分厚い筋肉で覆われており、手には巨大な戦斧を握り締めて、鼻息を荒くしながら、柊たちを凝視してきた。
「……ミノタウロスか」
雛は表情を歪ませながら、目の前に現れた新たな強敵に鋭い視線を向けた。
ミノタウロスは本来であれば、ダンジョンの下層等に生息している強力な魔物で、Cランク冒険者が十人以上で挑んでやっと倒すことが出来る程の強さだ。Eランク冒険者が単独で挑むには無謀過ぎる相手である。
「その通りよ、侍の女の子ちゃん。この子は私が使役する魔物の中でも強力な部類に入るんだけど、私の『樹宝』であるこの鞭、『女王の寵愛鞭』の能力でさらに強化されてるのよ♡ この鞭は、私が使役する魔物の能力を別の魔物にエンチャントすることが出来る能力を持っているの。私はミノタウロスを召喚する際に、私の使役する魔物五体の能力をその子にエンチャントしたわ。どんな能力が与えられているのかは、戦ってみてからのお楽しみよ♡」
柊はミノタウロスに視線をむけ、その分厚い筋肉で覆われた全身や、凄まじい膂力を秘めているのであろう筋肉で盛り上がった太い腕を観察する。柊自身の膂力を『金剛戦姫』によって更に強化すれば、あの分厚い肉の層を叩き切ることは可能かもしれないが、マリエッタの『樹宝』によって何かしらの能力を付与されている以上、軽率に奴の懐に飛び込むことは回避した方が良いかもしれない。
「ほら、エマ。あんたもやりなさい」
マリエッタに肘で腕を小突かれたエマは、一瞬ビクッと身を震わせたが、表情を引き締めると、右手の薬指に嵌めていた青く透き通った宝石が付けられた指輪を一瞥して、そっと呟いた。
「『氷結の騎士団』」
エマがそう呟いた瞬間、彼女の周囲の気温が急激に低下し、凍てつくような冷たい風が吹き荒れた。すると、その凍てつく風の中で人型程のサイズの氷が次々と生成されると共に、瞬く間に手足や胴体が形成され、その上に全身を覆う氷の甲冑が誕生し、エマを守護する氷の騎士が顕現した。その数は約五十人程で、それぞれが氷で作られた大剣、斧、槍、弓矢、メイス等、多種多様な武器を身に付けている。
「こ、これが私の『樹宝』、『氷結の騎士団』で生み出した騎士団です。私の『樹宝』は、私の魔力が枯渇しない限り、無限に氷の騎士さんたちを生み出すことが出来るんです。ち、ちなみに、騎士さんたちの体や武器は私の魔力で強化されているので、簡単には砕けないです。す、すみません」
柊と雛は、目の前でこちらに隠しようのない敵意を突き刺してきている牛頭の巨漢と氷の騎士たちの混成部隊を前にして自然と刀の柄に力を込めていたが、その表情には気おくれしている様子はなく、お互いに目配せして冷静に話し出した。
「柊殿、ミノタウロスとマリエッタという女の相手は私に任せてほしい。純粋な膂力だけで言えば柊殿が適任なのだが、私ではあの数の敵を同時に相手取るのは難しい。<ウィザード・ウルフ>たちを一瞬で葬ったあのスピードを持つ柊殿には、氷の騎士団とエマという少女の相手を頼みたいのだが、良いだろうか?」
「了解。危なくなったら、出来る限りのフォローはするつもりだけど、気を付けて。僕もあんな数を同時に相手にするのは久しぶりだから、少し手間取るかもしれない」
(まあ、怪我をしても死にさえしなければ、私が治してあげるから思いっ切りやっちゃおうよ、二人共)
「頼りにしてるよ、相棒」
「忝い、京子殿」
三人はそう言って快活な笑みを浮かべると、眼前の強敵に向き直り、刀を構えた。
「冒険者、九条雛。いざ参る!」
「同じく冒険者、黒峰柊。絶対にそこを通してもらうよ」
「闇ギルド<死霊の戯杖>幹部、≪獣戯のマリエッタ≫よ」
「や、闇ギルド<死霊の戯杖>幹部、≪氷戯のエマ≫です。よ、よろしくお願いします」
柊と雛はそれぞれの敵陣に向かって疾風のように突撃して眼前の敵に向けて刃を振り下ろし、それを迎え撃つ二つの少女はそれぞれの従者へ魔力をさらに注ぎ込んだ。
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