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第10話 柊の過去

 ブレンダに案内された応接間で待っていたのは、黒い長髪を桜色のリボンで結い、白と桜色の矢絣やがすりの着物と桜色の袴を着こなし、腰に赤塗りの鞘に収められた刀を差している、ショートブーツを履いたとても整った容姿の少女だった。

 少女は柊とサーラの間で冷や汗を流して青ざめているアヤカを視界に入れると、スッと立ち上がってアヤカの前に立ち、アヤカの脳天に向かって手刀を落とした。


「痛っ!?」


「力を込めたんだから当たり前だ。私が所用で吉野を離れている間に<ウィザード・ウルフ>なんて手に余る魔物に手を出すなんて、何を考えてるんだ全く。君が大怪我をしたという知らせを聞いて、私がどれだけ気を揉んだのか分かっているのか? 魔物の討伐依頼みたいな危険な依頼を受ける時は必ず私が同伴する約束だったじゃないか」


「ううっ、それについては本当に悪かったって思ってるの。完全に私の独断専行だった。ごめんなさい」


 アヤカがジンジンと痛む頭を涙目で押さえながら謝罪すると、少女は嘆息しながらも、アヤカの頬に手を伸ばし、優しい手つきでそっと撫でると、くすぐったそうに身を震わせるアヤカとサーラの顔を見つめた。


「まあ、今回限りにしてくれ。サーラもアヤカのために頑張ってくれてありがとう」


「うん、分かった。約束する」


「いえ、とんでもございません。主のために尽くすことが私の責務ですから」


 雛たちはそう言うと、互いに笑みを浮かべ合い、そのおかげで少し張り詰めていた部屋の雰囲気がゆっくりと緩和し、和やかなものへと変化した。

 柊はそんな三人の光景に微笑しながらも、あることに気が付いた。

 サーラが見えている……?

 雛はアヤカだけの方を向いてはおらず、時折サーラの方にも視線を向けていたことと、サーラに向けて言葉をかけたことから、彼女が柊やアヤカと同じ、見える側の人間であることは自明であった。


「ねえ、京子。九条さんって、サーラのこと認識してるよね?」


(うん、そうみたいだね。精霊を視認出来る人間ってかなり少ない筈なんだけど、彼女精霊魔導士になれるくらい精霊との共振性が高いよ)


 京子の声には雛の素養に対する驚きと感嘆が内包されていて、精霊を視認することが可能で、精霊と契約を結べる程の能力を備えた人間というのは本当に希少なのだと感じた。そんな人間がこの空間に自分を含めて三人もいると思うと、何というか精霊魔導士への好奇心が少し湧き始めた。


「僕も精霊魔導士になれる可能性はあるのかな?」


(おや? 肉体が致命傷を負ったり、魔力が枯渇しても瞬時に修復出来る力を与えられる私がパートナーなんだから、別にいいじゃない)


 どこか拗ねたような感じで答えた京子の声に柊は焦ってしまう。別に彼女のことを軽んじていた訳ではないのだ。


「うん、僕には京子がいるし、頼りにしている。だから君を降板させて、精霊と契約を結んで新しいパートナーにしようなんて微塵も考えてないよ。只、可能性というか、精霊魔導士という道へ歩くことが僕は出来るのかなっていう単なる好奇心だよ」


(……ふーん、そっか。何か、ごめん。感じ悪かったよね。結論から言うと柊は精霊魔導士になれるよ。それもかなり強い魔導士になれる)


「えっ、嘘っ!?」


(嘘じゃないよ。君は気付いてないみたいだけど、私が今まで出会った人間の中では上から二番目ぐらいの素養がある)


 柊は毅然とした声でそう断言した京子の声に、自分が彼女に高評価を下されたことに対するどうしようもない程の嬉しさを感じて口元が緩んでしまっていることを感じながら、少し気になった部分を訊いてみた。


「ちなみに一番目は誰だったの?」


(私をまな板扱いしたデカ乳女)


 柊は、思い出したくないものを思い出したかのような不機嫌そうな低い声で答えた京子の言葉で、昔花見の席で京子の貧乳を馬鹿にして逆襲されたという京子のかつての仲間の女性のことを思い出した。

 仲悪かったんだろうな……。でも、何か只の険悪な関係ではなかったような気がする。京子は気付いていないのかもしれないが、デカ乳女と罵った彼女の声にはどことなく親しみの情も込められているような優しい想いが含まれていた。いつか京子が自分の仲間たちについて話してくれるといいなあ。

 柊と京子がそんな会話をしていると、雛はこちらに歩み寄り、優しい口調で話しかけてきた。


「お待たせしてしまって、申し訳ない。申し遅れたが私は九条雛という者で、アヤカと共にパーティーを組んでいる冒険者だ」


「僕は黒峰柊と言います。九条さんは、アヤカのパートナーなんですね」


「その通りだ、柊殿。私が吉野を離れている間は高難度の依頼は避けるようにアヤカには言い聞かせていたのだが、彼女が多大な迷惑をかけたようで申し訳ない」


「いえいえ、とんでもない! 僕がもっと早く駆け付けていればアヤカが大怪我をすることもなかった訳ですし……」


 柊が頭を下げる雛につられる形で自分も謝罪をしようとした際、雛がさらに頭を深々と下げた。


「本当にありがとう。アヤカを助けてくれて。君のおかげで、私は大切な友人を失わずに済んだ」


 真摯に頭を下げて感謝を伝えた雛の姿からは、柊に対する強い謝意の気持ちが溢れ出して、アヤカはその友人の姿に大きく目を見開き、彼女が自分のことを本当に心配していたという事実に胸が痛むと同時に、どうしようもない程の感謝と嬉しさが胸を焦がしていくのを感じ、目元が潤んでしまった。また、柊もそんな彼女の姿に強い好感を覚えた。

 ああ、この人は本当にアヤカのことが大好きで大切に想っているんだ。

 雛はそれからもしばらく頭を下げ続け、ようやく顔を上げると、部屋の中央に置かれた来客用のソファに視線を送り、訊ねた。


「もし差し支えなければ、聞かせてくれないか。虹桜山での一件の経緯についてはブレンダ殿から聞き及んでいるのだが、柊殿が一体何者なのかを教えて頂きたいのだ」


「私も知りたいわ。昨日の内にある程度のことは聞かせて貰ったけれど、あなた個人のことや京子さんがどういう人なのかはまだ知らないから、柊や京子さんさえ良ければ教えて貰えないかしら」


「私も、柊様や京子様についてお教えしてほしいです」


 柊は、そうは言いながらも、彼女たちが気遣わし気な表情を僕に対して向けながらも、言いたくなければ言わなくても大丈夫だよ、という気持ちも浮かべているその姿から、彼女たちの優しい気遣いが見て取れた。

 しかし……怖い。

 京子の過去については分からないが、柊自身の過去は決して褒められるようなものではない。数え切れない程自分の手を血で汚し、人から憎悪され続け、仲間の屍を踏み潰すそうにして生きてきた。いつも側にいてくれた幼馴染の少女と、よく懐いてくれていた後輩の少女がいなければ柊はとっくに命を落とし、この『アルカディア・ヘヴン』に召喚されることもなかっただろう。過去を話せば、彼女たちは自分に以前と同じような顔を見せてはくれないかもしれない。自然と柊の元を離れていくかもしれない。それがどうしても怖くて、どうしても話すことに勇気が持てない。

 もう一人にはなりたくない……。

 黙りこくってしまった柊の姿に、アヤカたちは不安そうな表情になり、やはりマズイことを訊いてしまったのだろうかという後ろめたさが如実に顔に出ていた。

 そんな彼女たちの顔を見ると、柊は申し訳なくてゆっくりと顔を俯かせようとした瞬間。


(大丈夫よ、柊。ここにいる三人は、あなたの過去を笑ったり、叱責したり、嫌悪したりする娘たちじゃない。だから自信を持って話してみなよ。私だって上等な人生を送ってきた訳じゃないけれど、ちゃんと話す。ちゃんとね)


 もし京子に実体があれば、彼女は茶目っ気のある笑顔で僕の顔を覗き込んでいたのかもしれないと感じた。

 柊はこの世界に来て知り合った三人の少女たちの顔を一人一人ゆっくりと見渡すと、意を決して言葉を紡いだ。


「分かった。話すよ、僕の過去を。京子の前に僕が話してもいいかな?」


(勿論。私もあなたの後に必ず話すわ)


 そして柊はゆっくりと口を開き、自分の過去について語り始めた。




 黒峰柊は四歳の時に両親を事故で亡くし、たった一人になった。

 両親は互いに家の反対を押し切るようにして結婚したため、親戚筋とは絶縁状態であり、誰も柊を引き取ろうとする者は現れなかったが、とある人物から柊を引き取りたいという申し入れがあり、柊は彼が暮らす人里離れた山奥に建てられた豪華な屋敷で生活を始めることになった。

 屋敷には柊の他にも数十人の子供たちが生活しており、皆が男が方々から引き取ってきた身寄りのない子供たちだった。その時に柊は、ここが今まで自分が暮らしてきた場所とは根本的に異なる異質な場所であると悟った。そして、それは間違いではなかった。

 男は裏社会で、依頼を受けて様々な要人を始末する暗殺稼業を営んでいて、集めてきた自分の手駒となる子供たちを教育して一人前の暗殺者に育て合げ、命令に忠実に従う従僕として使役していた。柊たちは、体に暗殺技術を日夜体に叩き込まれながら、一般教養の授業を並行して受けさせられ、教養も身に付けさせられた。

 精神的に病んでしまったり、特訓中に大怪我をして再起不能になった子供は翌日から姿を消し、二度と彼らの姿を見ることはなく、彼らがどのような末路を迎えたのかは容易に想像がついた。

 柊は切り捨てられる側に回りたくない一心で日夜訓練に精力的に励み、消灯時間ギリギリまで授業の予習と復習に時間を費やした。その努力は無事に実り、柊は同期の中でトップクラスの実力を誇るエースとなった。そして屋敷に来てまだ間もなかった頃に知り合い、よく話すようになった少女も柊が主席になると同時に次席の座に収まり、彼女と共に行動する時間がさらに長く濃密なものになっていった。

 それから十一年の時が流れた頃、柊は子供たちで構成される暗殺組織の筆頭として数え切れない程の人間を殺し、幼馴染の少女と新しく入った後輩の少女と小隊を組んでいた。柊たちは肉体を極限までに強化する、組織が開発した新薬に唯一適合した個体であり、人間離れした身体能力と強靭な肉体、並外れた膂力を強制的に与えられたこともあり、柊たちの小隊は任務達成率百パーセントという、他の小隊とは比較にならない成果を上げ続けた。

 しかし、柊たちの三人は人殺しとしての人生に見切りをつけ、組織を抜けようと画策していた。人を殺した後に、血に塗れて絶命した人間の虚ろな双眸に見つめられるような生活から早く脱却したかった。

 柊たちは脱走計画を練り、次の任務を終えて帰還した日の深夜に屋敷を脱走することに決めた。しかし、その計画は実行されなかった。

 柊が与えられていた単独での任務を終えて屋敷に戻った時、屋敷は跡形もなく全焼していた。

 そして、組織の長であった人間の焼死体が確認されると共に、何故か幼馴染の少女と後輩の少女の消息が途絶えた。

 柊は、後継者争いに揺れる組織内の混乱に乗じて組織から脱走し、一年間大切な二人を探して各地を転々としたが、結局彼女たちを見つけることは叶わなかった。これからも探し続けるべきか、年相応に高校に通って表社会での生活を始めるか。苦渋の決断ではあったが、もう見つからないのではないかという気持ちが強くなっていた柊は捜索を諦め、かつて組織にいた頃の伝手つてを使って偽の経歴を用意すると、そこそこ有名な私立学園に入学し、表の社会で学生生活を始めた。

 しかし、柊は学園の寮での生活を始めたものの、どうにも彼女たちのことが忘れられず、空虚な想いを抱え続けていた。同級生たちとは話題が合わず、授業で習う内容も組織にいた頃にとっくに勉強したもので、授業中は退屈で仕方がなかったし、体育では自分の規格外の身体能力が露見しないよう、力を制御してばかりで、こちらも退屈だった。

 柊は、そんな日々が続いていくことに虚しさを感じながらも、消えた二人の少女の姿のことを思い浮かべながら自室のベッドの上でゆっくりと目を閉じ、目を閉じた。




「そして気が付けばこの世界に召喚されていたんだ。僕の過去としては大体こんな感じで、京子とは召喚された場所で契約したんだ」


 柊は話し終えると、三人の少女を見渡した。三人は俯いていてその表情を読み取ることは出来ない。

 でも……やっぱり気持ち悪いよな。

 彼女たちの目の前に座っている男は、何人もの人間の命を刈り取ってきた大罪人だ。嫌悪の感情を持たれたとしても、それを責める権利は僕にはない。もし彼女たちが僕を拒絶することを選んだ場合は、柊は静かにここを離れ、二度と彼女たちの前に立つような真似はしないと決意する。

 しかし、アヤカたちはゆっくりと顔を上げ、互いに視線を交えると、立ち上がって柊の前に立った。


「ねえ、柊」


 柊はアヤカが言葉を発すると同時に、どのような罵詈雑言も受け入れる覚悟を決めたが、


「よく頑張ったね」


「……えっ?」


 柊はアヤカのそんな慈しみを帯びたその言葉が理解出来なかった。自分の過去には褒められるべきようなことは何もないし、手に入れたものは人殺しの技術と桁外れの身体能力だけだ。

 それなのに、何故……どうして……君は泣いているんだ。

 アヤカは目元から涙を流していて、彼女の側に立つサーラも同様で、雛はその端正な顔立ちに優し気な微笑を浮かべていた。


「あなたが歩んできた道は血に塗れていたかもしれない。けれど、あなたがその時のことを話している時の表情は苦痛と後悔に歪んでいた。過去の自分の罪に苦しんでいる人の顔だった。忘れられれば楽になれるけれど、それをせずに必死に罪を背負って歩いているあなたは立派よ。だからね……」


 アヤカは一拍置くと、戸惑いと感激が入り混じったこちらの顔を見つめ、


「あなたは泣かなくていいのよ」


 アヤカにそう言われ、慌てて自分の頬に触れると、透明な熱い雫が止めどなく自分の目元から溢れ出していることに気が付いた。どうやら自分の過去について話している内に、心の中で蓋をしていた辛い記憶が脳裏に蘇り、その時の想いや感情が逆流してきたようで、女の子の前で格好悪いことに、涙を流しながら話していたらしい。そしてアヤカの優しい言葉が胸に染み込んだ瞬間、さらに涙が溢れ出してきて、柊は思わず口元を押さえてしまう。

 嬉しくてたまらなかった。そんな風に言って貰えるなんて、優しい言葉をかけて貰えるなんて思っていなかった。

 涙を流し続ける柊の姿をサーラが、雛が、京子が優しく見守る中、アヤカは柊の頭を優しく抱き締め、豊満な自分な胸に彼の顔を押し付けると、彼が泣き止むまで優しく背中をさすり続けた。

 最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

 

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