第1部初篇 学院入学
遂に開校した、アルガスト学院。デュランダルのためにミリアが奔走した結果だ。ここから彼の挑戦が始まる。突き進め!!守りをその手に。
平和の覇者 〜守りとは必殺一撃の一撃なり〜
第1部初編 学院入学
アルガスト学院開校の日、入始院式へ参加するため多くの子供たち(一部成人した学生)が学院に向かって歩いている。
その中に一人の少年がいた。彼の名はデュランダル・ウォン・東主、今年で14歳だ。あどけない顔と頭髪は短いが
坊主頭ではない。そんな彼が入始院式が開会される講義堂へ向かっていた。父兄が付き添う晴れ舞台にもかかわらず、彼の
付き添いは誰もいない。だが、彼に関心のある者は誰もいない。理由はこのアルガスト学院の設立に当たり、各方面からの
厳しい意見や露骨な妨害、運営方針など多岐にわたる問題を抱えているためだ。アルガスト学院は、小学部・中学部・高学部・大学部の
小・中・高・大の一貫教育を目指す。しかし、隣国重深に小学校がありここアルガスト王朝国から大人の足で歩いて30分ほどの距離。
だが、実態は自国の子供と他国の子供に区分けしての教育の場であり通学させている父兄たちから、何度か苦情がアルガスト
王朝執政部へ寄せられていた。状況改善要望を出してはみたものの、
「善処するように連絡しているので今しばらくお待ちください」という通り一辺倒の返事だけで片付けられていた。
またアルガスト王朝121代王皇ミリア・ルラサ女皇の方針にも寄るところが大きい。彼女は学院設立に当たり、各国首脳陣が
一同に会する『国際平和維持機構 第225回定例議会』の場において、学院設立に対する意見を述べた。曰く
「私の目指すところは、単なる一貫教育を行う学院設立ではありません。今の教育環境に対する問題提起を含む『教営分離』が骨子と
なります。つまり学校経営と教育現場の教師たちの間を仲介する第3者を常設することです。学校経営を優先するのは致し方ないことと
は思いますが、教育の質が低下するのは本末転倒ではないでしょうか?また子供たちのご両親からの言い分や要望は可能な限り聞き入れ
ることこそ未来ある子供たちを預かる学院側としての姿勢『あるべき姿』ではなかろうかと、私は考えています。確かに親の資質を問題
視するのも理解は出来ます。しかし大人である親の指導も重要になります。従って学院には子供たちと真剣に授業へ取り組む教師の皆
さんと、学院に関して問い合わせをされる親の皆さんの対応をする専門家を置き、独自の方針を貫きます。」
また、ネフラスカ連邦にあるトリスタン大学の前学長 ジルド・フライスも同席していた。彼は初代アルガスト学院理事長の就任が内定
してる。トリスタン大学学長を退職後、孫であるティスティーナと共に諸国を旅していたが、面識のあるミリアと久しぶりの再会を経
てしばらくアルガスト王城に滞在し、今回の要請を受諾したのだ。もちろんトリスタン大学運営部への事前連絡はせずだった。
それは学総長への打診を検討していた運営部からすれば「寝耳に水」であった。当然ながら反発はあったが、彼は
「一度限りの人生、あと何年健康で生きられるか分からん。今やりたいことをやらずして何が人生か。儂のやりたいようにやらせても
らう。最初で最後のわがままよ。それを言えるだけのことはしてきたつもりだが・・・。」
と、アルガスト王城まで説得に来た運営部の総務長に淡々と語ったのだった。説得の材料をいくつか用意してきていたが、一度限りの人
生でやりたいことをやらずして・・・・と言われてしまえば、何も言えなかった。彼の年齢を思えば当然ではある。齢70歳を超えてい
る。今年で80歳になるのだから・・・。
さて、定例会においてミリア女皇の意見は、冷笑を浴びせられたはしたがその程度で怯む彼女ではない。協力者は何もジルドだけでは
ないからだ。国の首脳を務める者も、協力を申し出ている。ミシルア公国公主アストレアとガラバスティア国国主ドラス。さらに
国際平和維持機構事務総長グランも立場上表立った支援はできないが、ミリアの考えには内心賛同している。
『教営分離』の考えは、定例記者会見で国際社会に向けて発信され、賛否両論を巻き起こした。しかしその考えを否定するものたちにと
って予想外なことは、各国の優良大学受験合格者の3割近い学生たちが、進学先をアルガスト学院へ変更したことだ。一部の者は教育
を受けたくて変えたのではないが、各位の思惑など分かるはずがなかった。まあ、そんな数々の問題を抱えての船出とあって、顔見知り
を見つけては、これからのことを話し合う者たちが圧倒的に多かった。誰がいるのかなどはどうでもよく、この学院の今後がどうなるか
?がすでに新規設立の学院への不安が彼らの間に広がっていた。実は入始院式前日に「生意気にも学校を作ろうという試み、興味深く
思っているが、果たして無事に入学式を終えれるかな?」という怪文書が入始院式へ臨む学生たちと学院関係者のもとに届けられてい
た。だが、どういうわけかデュランダルのもとには届いていなかった。この一件が起きたことで、会場が急遽変更されたことを知る者
は学院関係者だけだった。文書が届けられてからミリアは執政部に特別対策室を設置し、警備の強化と会場の変更を指示した。当初の
予定は集会堂だったが、警備上事前チェックが行える講義堂へ変えたのだった。講義堂内へ入場する全ての人々をチェックし終わり、
厳戒体制の中、式典が始まろうとしていた。
「学生諸君、待ちわびていた者や興味本位で本校を選択した者もいるとは思う。しかし入学した以上は、本校の学生として全校学生
全学部総勢236名には、様々なカリキュラムに挑戦していただき、自分らしい学院生活を送ってほしい。また、いろいろと不便なこと
も少なくないと思う。各自の積極的な意見発信を期待して、開会の挨拶とさせていただく。」
理事長であるジルドの言葉を静かに聞いている学生一同。来賓には協力関係にある各国の代表が顔を連ねていた。順調に式典は進むかと
思われた。しばらくは何事もなく進み、入り口付近が何やら騒がしくなっていた。
「お前たち、何をしている?」
式典を警護している警備隊の一人が、入口にたむろしている数名の学生らしき男たちに声をかけた。すると、彼らは金属バットや
鉄パイプなどを服の中から取り出し、手に持ち始めた。
「おい!!!」
警備隊の者が数名彼らを取り囲んだ。
「俺たちに危害を加えたら、あんたらの国にそれなりの償いをしてもらうことになるが、その覚悟はあるんだろうな?」
男たちの一人が物騒な物言いで、視線を警備隊のほうへ向けてくる。
「ふざけたことを・・・・・」
警備兵たちが身構える。ここで事を起こされては、主であるミリアに非難が及ぶかもしれない。好き勝手にさせることもできない。また
彼らの背後にいる何者かの存在も気になる。そんな思いが彼らの足を縛っていた。しかし、彼らにしても警備隊のものにしても予想外の
ことが起きた。一人の少年がゆっくりとした足取りで入口近くへ来たのだ。
「どこの誰だ!名前もないのか?」
と、少年が警備隊ではない男たちに声をかけた。
「・・・・・・なんだ、お前?」
「この学院の入学生に決まってんだろ」
「ふん、馬鹿なやつだ。俺たちに文句があるらしいぞ」
そう男が言うと、周りの男たちの目が見下した目付きに変わる。
「さっさと片付けようぜ」
「そうだな。そうすりゃ、少しは懲りるだろう」
「ああ、俺たちの目的も達成できるしな。」
「よし、お前らこの生意気なガキに年上の怖さってのを教えてやれ」
『おおぅぅぅ!!!』
男たちは手に持つ凶器を握り直し、少しずつ声をかけてきた少年へと肉迫する。
「おい。下がっていろ。素手でかなうわけないぞ。」
「お前たちの相手は俺たちだ。これ以上好きにさせるわけには・・・」
警備隊の者たちが、彼らとの間合いを詰めようとした瞬間
「あなたたちは、そのまま退路を断つ位置に待機していなさい。」
と、声をかける者がいた。アルガスト王朝国の主 ミリア女皇その人だった。
「しかし、ミリア様・・・。このままでは・・・・」
「いいから、いう通りにして。いいわね」
彼らは主であるミリアの言葉に若干疑問を持ったが、指示に従うように入口に陣取った。
凶器を持った彼らは、少年の前方を塞ぐように近づいてきた。
「けっ、ビビってやがるぜ、こいつ」
「ふん」
「とっとと、ひれ伏しやがれ!!!!」
男の一人が少年に挑みかかってきた。しかし、少年は微動だにせずじっと相手の目を見つめる。相手の凶器が当たる寸前、少年は少し
右へ移動し相手の攻撃をかわす。そして相手との間合いが詰まった瞬間、鳩尾付近に掌底を打ち込む。
「ぐぅ」
相手は少しうめき、体を少しくの字に曲げながら倒れ伏す。一瞬の攻防、時間にして数秒間の出来事だ。
「な!?」
「おい、どうした?・・・・まさか、そんなガキにやられたとでもいうのか・・・?」
「・・・・・・」
倒れた男は、全く反応を示さない。その代わりに少年が言葉を紡ぐ。
「誰もが凶器を持ってかかってくれば、怯むと思うなよ。」
少年は不敵に笑みを浮かべる。
「・・・・!!てめぇ、もう容赦しねぇぞ!!!」
自分たちよりも年下相手にやられるわけにはいかないと、彼らはすぐさま少年へと殺到する。しかし結果は彼らの予想外だった。
かかってくる相手を最小限の動きでかわして同じように鳩尾付近に掌底を打ち込む。それをひたすら繰り返されるだけだったのだ。
時間とともに彼らの人数は減っていき、最後には警備隊の問いかけに反応した男以外、床に倒れ伏していた。
「・・・・こんなことがあっていいのか・・・?」
目の前で起きた事実を受け入れることができない男。少年のほうは、全くと言っていいほど動揺や感情の揺らぎがない。
「年上とか言っていたけど、ここの入学者だろ?」
少年が声をかける。が、男の耳には届いていない。その男の目前まで近づき少年は、
「大したことねぇな。その程度で俺とやりあおうなんて、愚かにもほどがあるぞ!」
「なっ・・・・・何だと!!!」
「見てみろよ。この状況。武器を持っているからって必ずしも勝てるわけじゃないぞ。そんなことも知らないのか、年上のくせに」
少年は捲し立てる。
「くっ」
「それにな、さっきあんたこう言ってたな『俺たちに危害を加えたら、あんたらの国にそれなりの償いをしてもらうことになるが・・・
』って。俺はこの国で育ったが生まれたのは違う。ま、国とはさほどの関係もない。つまり、この戦いは単なる喧嘩だ。わかっているよ
な?年上なんだからそれくらいわかっているよな?」
と、少年はさらに詰め寄る。
「戦いだと・・・?お前は何を言っている?」
「俺にとっては、喧嘩も十分【戦い】と同じなんだよ。分かっているとは思うけど、あんたらの負けだからな。」
そう、彼の周囲にはすでに警備隊の者たち集まり、気絶している?騒乱者を拘束している。
「あ・・・・・」
自分が戸惑っている間に、事態は進んでいたのだ。これでは目的が果たせたとは言えず、黙り込むしかなかった。と、二人に近づく女性
がいた。アルガストの主 ミリア女皇である。
「誰の差し金かは、あえて聞かないわ。その代わり、あなたたちには二度とこの国への入国は、主である私の命で禁止とさせてもらうわ
。二度目はそれなりの罰を受けると覚悟しておくことね。」
「・・・・・くぅ・・・・」
男はうなだれるしかなかった。ミリアはさらに隣にいる少年に声をかける。
「ありがとう、助かったわ。デュランダル。」
「別に、お前のためにやったわけじゃないぞ、ミリア。」
この国において、女皇であるミリアを呼び捨てにするのは、関係者を含めても彼だけだろう。聞きとがめた警備隊の者が、険しい顔をし
て、その少年の言葉遣いに注意をしようとしたが、ミリアが手で制した。
「ふふふ。ええ、わかっているわ。でも、この国の代表なのだからお礼を言うのは当然よ。」
「そうか。まあ、大事にならなくてよかったな。」
「ええ、あなたのおかげよ。デュランダル」
と、ミリアはデュランダル少年に笑顔を向けた。その顔をじっと見つめてから、少年は自分の席へと戻っていく。
「ミリア様、よろしいのですか?」
「あの言葉遣いは、反感を受けるだけでは?」
「恐れ多くも、ミリア様を呼び捨てにするなど・・・。」
警備隊の者たちは、ミリアに詰め寄る。
「あなたたちの言い分は最もよ。でも、彼の場合はいいの。気にしないでこのまま任務続行しなさい」
まだ、納得できない彼らに
「あまり、ミリア様を困らせるな。あの少年のことは何があっても感知しなくていい。お前たちの任務外と思え。」
そう彼らに声をかけてきたのは、
「ジル武官長!!!」
警備隊に属するもの、また王朝に属するものなら知らないものがいない、武術の師範。
「・・・納得できたわけではありませんが、武官長がそういわれるなら、我々は・・・」
「はっ、任務に戻ります。」
「同じく。」
「ごめんなさいね・・・・・、警備のほうよろしくね。」
ミリアが彼らに声をかけ、持ち場へと戻っていく。その姿を見ながら、ジルは
「気づいたでしょうか。彼の動きに?」
「いいえ。何をしたのか気づいたのは私たちだけでしょうね。」
「あの歳で、あれだけのことができるとは・・・。老師殿の見立ては・・・・。」
「ええ、いずれこの世界に変革をもたらす子よ。今は見守ることが重要・・・。」
「承知しました。」
ミリアとジルの話は他人には聞こえない、声量を抑えたものだ。
デュランダル・東主。今年で14歳の男子。老師とは彼の親代わりだ。物心つく頃からずっと二人で王城付近の山々を走り回り、
足腰を鍛えている。両親の顔は知らないが、育ての母なら知っている。苦く辛い記憶と共に・・・。家族は老師を含めて4人だが
周りとはだいぶ違う家族構成。一番は4人共に血のつながりがないことだろうか。姉と妹と老師、彼に言わせればじじいなのだが。
とにかく、多少のドタバタはあったが無事に入始院式は終了した。
デュランダルが編入された学年は、高学部3年であった。理由は進級試験に合格していたからだ。俗にいう[飛び級]である。
彼は学院入学前に、家庭教師と二人三脚で様々な知識と経験を積み重ね、最難関と言われるトリスタン大学などの優良大学が
問題作成をしている【大学検定難級】に合格していた。そして家庭教師を務めたのは、初代アルガスト学院学院長ジルドの
孫である、ティスティーナであった。この事実を知るものはミリアとデュランダルの身内だけ。
入始院式翌日、「みなさん、おはようございます。この学年を担当する 長谷川キリコです。よろしくね。」
と、学年担任のあいさつ。
『おはようございます』
と、高学部3学年一同。人数は30名ほどだ。
「早速だけど、授業に行く前にいくつか皆さんに連絡があります。」
と、いったん言葉を切り一同を見渡す担任。
「知っている人もいるでしょうけど、入始院式に出回った怪文書は学院の設立に反対していた国の関係者の仕業と判明したそうです。」
「それって、当日入口で取り囲まれていた人たちですよね?」
「ええ。年齢を詐称してまで来るんだから・・・、本当に困った人たち。」
「なるほど。」
「確かに、学生って感じはしなかったな」
「僕にはどうでもいいことです」
「おいおい・・・」
「先生、聞きたいことがあるだけど?」
「なにかしら?」
「なんで高学部なのに、年下がいるんだよ?」
「あ、そういえばどうして・・・?」
「それ、私も気になってた・・・」
一同の視線が一人、デュランダルに注がれる。
「連絡にも含まれていることだけど、みんなに紹介するわね・・・、ではデュランダル君。壇上にあがってくれる?」
と担任は促した。席を立ち壇上に上がるデュランダル。
「彼は進級試験に合格して、14歳だけどみんなと同じ高学部でこれから学んでいくの。仲良くしてあげてね。」
一同は、少なからず騒めいたが納得したようだ。
「進級試験ってことは、ここの出身なのか?」
「たぶんそうだね。僕たちの場合は希望制だったから・・・」
「ふむ」
「・・・ま、いいか」
「へぇ〜14歳か。弟と同じ。なんだか構ってあげたくなる」
「程々にね」
「なぁ、あいつさ・・・・」
「ん?」
「ぱしりにしねぇ?」
「年下だしよ?」
「俺たちの都合よく使ってやろうぜ」
「・・・たく、お前ってやつは・・・。前もそれで問題になっただろ?」
「いいじゃねぇか。ここはばれたところでどうにでもなるんだからよ」
「ああぁあ〜、可哀想に」
などなど。紹介が終わり授業が始まった。社会・数学・物理・化学といった各基本的なこととその応用を
一通り。今日は初日ということもあり、授業の内容は各担当の紹介と今後の予定だった。
「小テストか?」
「らしいね」
「学力に応じた対応をするためのものだって・・・」
「面倒な・・・」
「ま、簡単な試験だって言ってたし、そう困ることもないんじゃない?」
「それもそうね。成績に影響出るわけじゃなさそうだしね」
「うんうん」
「で、おまえらこれからどうすんの?」
と、女子たちに聞く男子。名をナルス・フォルファイ。
「んとね、私たちここの学院寮に入って通うんだ。」
「そうそう。荷物とか確認全部終わってないし・・・」
「かなりいい部屋だったし」
「うん、みんなとこれから一緒に過ごすわけだし。」
「ふむ」
と女子5人の返事だった。
「へぇ〜、女子寮かぁ」
「男子禁制だろうな・・・イッテミテェ」
と、ぼそっとつぶやく男子。
「寮長さんの許可あればいいらしいよ」
「ただし、門限あるけどね」
「まじで?」
「うん、私たちの門限はえっと・・・・」
「所在確認できればいいらしいな」
「え、そうなの?」
「うむ。遅くなるようなら事前に連絡すればいいと聞いた。」
「へぇ〜、結構自由がきくんだ」
と女子たち。
「んじゃさ、どっかその辺・・・・、って・・・」
「あ、そうか。ここ以外駄目だったね」
と、ぼやく二人の男子。
それもそのはず。学生である以上は目的は勉学に励むこと。必要以上の【遊び】は不要。
アルガストの町『フォレス』。ショッピングモールはあるが範囲的には都市に比べると小規模だった。
その分、学院の設備は他の学校とは比べ物にないくらい充実している。寮もその一つだった。
「遊べるところは少ないよな」
「仕方ないよ。そういうお国柄だし」
「今更嘆いても意味ないか」
「うん、1年辛抱して、大学は別を受けて編入すればいい」
「そうだな。学費が安いからここに来たんだし・・・」
「それじゃあ、俺たちも・・・」
「寮に戻ろう」
と、二人の男子が移動を始めた。女子たちもそれに便乗。
さて、その頃デュランダルはといえば・・・、同じ教室の男子学生3人と一緒に学院の裏門にいた。
「よう、デュランダル君。少し話あるんだがいいか?」
そう声をかけられ、付いていったら裏門だった。
「で、何?」
「実はさ、君にやってほしいことがあるんだ」
「?」
「俺達のためにさ、いろいろと動いてほしいわけ」
「?」
「まずはさ、かばん持ち。寮まででいいからさ。どうかな?」
「・・・・・・」
しばしの沈黙。そして、
「それくらい自分で・・・・」
と、言おうとしたらいきなり、胸倉を捕まれ
「いいから!俺たちの言う通りにしろ。無駄に痛い思いすることないだろ?」
「そうだよ。いう通りにしてくれればさ、なにもしないから」
「年下は年上のいうことに従うのが、社会のルールだ。な、わかるだろ?」
と、詰め寄る3人。デュランダルは内心と思いながら、
「お前ら、馬鹿か?」
「は?」
「・・・・」
「こいつ・・・」
「自分の荷物くらい、自分で持てよ。」
「あのな・・・」
「今のうちに従ったほうがいいよ」
「痛い目に合わないとわからん奴か・・・」
「従ってほしいなら、年上らしいことしてからだろうが。痛い目?できるもんならやってみろ。」
と、少し強めに言ったデュランダル。
「生意気な・・・!!」
「ああぁ、知らないよ」
「やってやる!!」
胸倉をつかんだまま、鳩尾当たりを殴ろうとしていた男子の額を中指で弾いた。
「痛ぇ!」
と両手で顔を覆った。
「やりやがったな〜」
仲間の一人が、つかみ掛かってきた。が、デュランダルは軽く左にステップしてかわした。
「捕まえろ。年上の怖さを思知らせてやる!」
「任せろ」
二人掛かりで、捕まえようとする。もう一人はおろおろするばかり。が、彼らは知らない。
幼いころから老師と山野を駆け回り、組手もやっていたデュランダル。相手が戦闘訓練を受けた
歴戦の兵士でも、素手なら太刀打ちできない腕前。相手がナイフの使い手なら互角。というのが
今のデュランダルの強さだ。ただの学生風情で敵うわけがない。
で、始まったのが追いかけっこだった。普通の追いかけっこと違うのは、デュランダルが相手から
走って逃げていないことだ。相手の動きを見て避けているだけだった。
「こいつ・・・」
「すばしっこいやつだ・・・」
と、汗だくになりながら執拗に捕まえようとする二人。しかし捕まえれるわけもなく時間だけが過ぎていく。
そして・・・・・・・・、時間にして30分くらいたっただろうか。一人が座り込んでしまった。
「ハァハァハァハァハァハァハァハァ・・・・・・・」
運動着でなくただの制服だ。汗でべたついて動きにくくなっていた。平然としているのはデュランダルと仲間の一人。
「・・・・くっそぉ。なんなんだよ、おまえは」
と、睨んでくるもう一人の男子。相手の問いかけに答えず、デュランダルはその場を後にした。
「どうだった?初日の学院は?」
と、帰宅したデュランダルに声をかけたのは、義姉である尹だった。
「どうってことないよ。馬鹿もいたけどな。大丈夫さ」
かばんの中を片付けながら答えるデュランダル。
「そう。楽しくやれそう?」
「ああ。突っかかってくる奴も居そうだけど。楽しむよ、義姉さん」
と、尹に微笑みを向けるデュランダル。尹も笑顔で応じた。
デュランダルと尹は一緒の家で暮らしてはいるが実の姉弟ではない。今から11年前に
アルガスト王朝国と国を超えて交流のあった一族【豪須家】が、何者かの襲撃を受けて
事件数日前に生まれた跡取りである赤子を連れて、彼女はアルガストに逃れてきた。
豪須家は襲撃者によって一族皆殺しにされ、資産は重深国家の管理されている。もちろん
生き残りがいることは内密にされている。尹はデュランダルの親代わりである老師の勧めで
彼と老師の居る家で暮らしている。
「兄様、お帰りなさい」
声をかけてきたのは、義妹のチエだ。彼女も今日から学院へ通う。学年は小学部5年だ。
「先に帰ってたのか、チエ」
「うん」
「どうだった?」
「仲良くやれそうだよ。」
「そっか。俺もだ」
と、チエの頭をなでながら言うと、
「エヘヘ、良かったね兄様。」
笑顔と喜びの返事が返ってきた。
しばらくは、平穏な時間が過ぎていた。初日に無茶ぶりしてきた3人、今はおとなしくしている。
今日は、事前に連絡があった小テストの日。各自がどの程度の知識と学力を有しているかの指標になる。
各自机に向かって問題を解いているが、その中の一人、デュランダルだけが小テスト始まって5分で手が止まって
いる。それを見た担任の長谷川は
「デュランダル君。」
「はい」
「小テストは?」
「もう書き終わりました」
「え?」
たった5分で終わるほど、問題の数は少なくはない。長谷川はおもむろに机の上の答案用紙を見ると・・・、
全問の回答欄に書き込みされているのが目に留まる。そこには全ての欄に記入されている内容に驚く。
デュランダルの答案用紙を回収し、教卓の上で回答と比較する。
「!?」
全問正解である。たった5分で終わらせたデュランダルの実力に、担任の長谷川は絶句する。
試験終了後、答案用紙を回収。後日返却することを伝えた長谷川は、理事長に報告する。
「これが今回の高学部3年の試験結果です」
「ふむ。予想通りの結果だ。」
「え?では、理事長は彼のことをご存じで・・・?」
「ああ、知っている。何せ家庭教師をしたのが、儂の孫娘だからな・・・。」
「え・・・ええええ!!」
「・・・?・・・、何をそんなに驚く?」
「だって・・・、理事長のお孫さんて言ったら・・・あの・・・・天才の・・・・」
知っている人は知っている。デュランダルの家庭教師を務めた女性。名を【ティスティーナ・フライス】今年28歳になる
言語学者でいくつもの博士号を持つ天才。その才能を買われて、大学卒業後考古学の専門機関にスカウトされたとか噂があり
教員免許も持っており、研修の時に何か問題があったとか噂の域をでないこともあるが、同じ女性としてはある意味憧れの存在
であるティスティーナ・フライスが、まさかデュランダルの家庭教師をしていたとは、流石に予想外だった。
「長谷川君・・・。」
「はい・・・。」
「この件、彼の家庭教師をしたのが、孫娘であることは内密に頼む。」
「え?なぜですか?」
「あれは・・・人間嫌いでな・・・。」
「はっ・・・・??」
これも予想外だ。
「自分の話を聞かない相手と居続けるのが面倒くさいと・・・、大学にも寄り付かず、フィールドワークばかり・・・。」
「・・・・・・。」
「遺跡を見つけては壁画や古文書の解読に、暇つぶしにと・・・・。」
「・・・・・・・。」
「あれと旅をしたが、人里に寄り付かず・・・・。苦労した・・・。」
「・・・・アハハハハ」
笑うしかない。
「家庭教師をしていたと周りの者に知られたら・・・・、長谷川君。」
「彼女が人間嫌いなら・・・・、確かに・・・・、即お断りですよね・・・。」
「デュランダル少年の家庭教師をしたのは、単純に『彼、気に入ったわ』と会って早々決断したのだよ、あれが。」
「なるほど・・・。」
教員を務めてまだ10年足らずだが、長谷川から見ても、デュランダルという少年は(教え甲斐がある)と思わせる
何かがある。初対面の時にそれは感じたことだ。うまく説明できないが・・・。それが長谷川が感じたデュランダルという
少年から受ける印象だった。だから、ティステーナが感じたことは自分自身納得がいく。
「そういうわけで、長谷川君。あれのことは内密にな。」
「そういう事情であるなら・・・・、分かりました。私の胸の内に閉まって置きます。」
「すまないが、よしなにな・・・。」
長谷川はジルド理事長に一礼して、理事長室を後にした。
後日、小テストの結果が発表された。トップは言わずと知れた、デュランダル。残りは満点ではなかったがさほど、
問題あるという内容ではなかった。しかし、
「おい・・・、見ろよ。」
「ああ、知ってる・・・・。」
「あの小テスト、以外に難しかったよ・・・。」
「それを・・・・、満点・・・・どんだけ頭いいんだよ・・・。」
「・・・・・・。」
「流石にこの結果は予想外よ。・・・。」
「気楽に挑んだはいいけど、時間内に全部埋めれなかった・・・・。」
「あいつ、ここの出身なんだろ・・・・。まさかカンニングしたとか・・・。」
「ああ、それね。まずないわよ・・・。」
「なんでだよ・・・?」
「だって、長谷川先生が彼の回答用紙、試験開始後5分くらいで回収してたもん。」
「はっ・・・?」
「もしカンニングしてたのなら、そんな短い時間で全問解けるとは思えない。」
「・・・・・。」
「全部自分で回答を書いたって思うのが自然。」
「・・・・・・。」
「疑いたくなる気持ちは分からなくないけど・・・・、結果は結果よ。」
「まじかよ・・・・。」
「あれを5分足らずで・・・・。」
「驚愕・・・・・よね・・・・。」
「ふむ」
同じ教室で学ぶ学生の思惑とは別に、デュランダルの態度は全く変わらなかった。
小テスト結果発表後のホームルーム、最初に担任の長谷川は、
「みんな、結果は見たわね?」
『・・・・・』
「正直私も驚いてる。でも、彼がここにいるのに問題ないと思うけれど・・・どう?」
教室にいる面々を見回しながら、問いかける長谷川。
「私は問題ないと判断する。」
そう発言したのは、名門貴族の令嬢【ジェシカ・クライス】18歳にて容姿端麗金髪碧眼の美女。
彼女が編入試験を受験したのには驚いたものだ。彼女と親しくなるために、急遽アルガスト学院へ
編入手続きを取った、貴族の子息も少なくない。もちろん、同じ教室で学ぶ男子学生にしても
憧れの眼差しを向ける者や、見惚れている者もいる。女子学生も同じ。そのジェシカがデュランダルを
認めるような発言をした。少なからず驚く者もいる。
「ジェシカさん・・・。」
「・・・・・。」
「問題ないとは思うけど・・・。年下にさ・・・・。」
皆の注目を集めながら、口を開くジェシカ。
「私は、自分に付きまとう男性たちに嫌気がさしてここにいる。この教室にいる間彼を観察していたが、
全くの自然体。私と目が合っても普通に挨拶してくれた。そんな彼が問題あるとは思えない。」
「・・・それは、ありがとう。と、言うべきか?ジェシカ。」
デュランダルがジェシカの顔を見ながら言う。
「ふむ。私自身気楽でいい。それだけだ。」
「そうか。」
デュランダルとジェシカのやり取り。
「・・・あいつ・・・」
「気安く言いやがって・・・。」
「ジェシカなんて呼び捨てて、俺なんか・・・・。」
「・・・・・。」
「ジェシカさん。」
「ジェシカさん、いろいろ気苦労多いんだ・・・。」
「そりゃ・・・、あれだけの美人なんだから・・・。」
「でも、デュランダル君、普通に受け答えしてる・・・。」
「ジェシカさんが言ったように、ほんと・・・、自然体。」
少しだけ、女子学生のデュランダルの好感度というべきか、僅かに上昇したような雰囲気になった。
「ジェシカさんの言葉通り、問題なしということでいいわね?」
と、長谷川はまとめるように発言した。誰も何も言わず、ホームルームは終了した。その後のこと、
学院から帰宅するデュランダルを何と、ジェシカが待っていた。
「ん?」
「・・・・寮までだが、一緒に歩いてもいいか?」
「別に構わないけど・・・。いいのか?」
「・・・・?」
「一緒に帰りたいって連中がいるのに?」
「どうでもいい。」
「そうか・・・。なら途中まで一緒に帰るか。」
と、デュランダルは何気に普通に受け入れた。ジェシカは少し微笑んでいたが、デュランダルは気づかない。
「横に立っても・・・?」
「いいぞ。お前の好きにしたらいい、ジェシカ。」
ジェシカが笑顔になったのを不思議に思いながら、二人一緒に歩きだす。アルガスト学院は、アルガスト王朝の
歴代の主が使用していた保養地を改修して建てられた。湖があり、夏でも涼しい風が吹く。まだ春先だが
冬になれば、一面銀世界。また、周りはカルデラと呼ばれる山々で囲まれており、昔は火山であったらしいが
今は静かなものだ。その山肌をくり貫いて、学院がある高台から地表までの階段を作っている。もちろん、
移動用のゴンドラも備え付けられているが、デュランダルもジェシカもほとんど乗らない。
狭い空間で男性と受け答えするのが面倒と思うジェシカと、足腰を鍛えるために階段を使うデュランダルという
二人だからこそ、揃って階段を下りている。下りきったところに、学生専用の屋根付き歩道とバス停がある。
さらにその先には、船着き場の桟橋が見え、その奥に港の事務所が見える。学生寮に行くには、歩道を歩く
必要がある。デュランダルはいつも歩く通り慣れた道をはずれ、屋根付き歩道へと向かった。
「こっちに行けば、寮まで最短だ。いつも通ってるだろ?ジェシカ。」
歩きながらジェシカに声をかける、デュランダル。
「・・・・・。」
ジェシカは答えない。
「まさか、通ったことないのか?」
「うむ。」
「なんで?」
「いつも送り迎えしてくれる・・・。」
「へぇ〜・・・。流石は貴族の令嬢だな。俺とは違う。」
「・・・・・・。」
「俺はいつも自分の足で家まで帰ってるからな。送り迎えなんてされたこと一度もない。」
「・・・・・・。」
少し暗い顔になるジェシカ。
「どうしたんだよ・・・。なんか変だぞ?ジェシカ・・・・・。」
と、デュランダルが歩くのを止めた時だ。声をかけてくる者がいた。
「いつ見てもお美しい限り、ジェシカ」
声をかけてきたのは、金髪碧眼の男性。デュランダルとは初対面だ。
「さあ、私の自慢の車にお乗りください。あなたの寮までお送りしましょう。」
だが、ジェシカは男の方へ行こうとしない。逆にデュランダルの後ろへと下がる。
「ジェシカ?」
「・・・・・・乗りたくない・・・・・。」
と、ジェシカは小声でつぶやいた。
「こんな辺鄙なところで学生生活を送るあなたの気が知れないが、でも
私はどこまでもあなたを支えるつもりです、ジェシカ。さあ、こちらへ。」
と、金髪碧眼の男性がジェシカの右手を掴もうと、右腕を伸ばした時だ。デュランダルが
割って入った。
「何かな?」
ここにきてようやく、ジェシカと一緒にいる少年に男性が気づいた。
「ジェシカが嫌がってるぞ。今日は俺と寮まで歩く。そうだな?ジェシカ。」
「そうだ。」
「ま、そういうことで・・・。」
と、二人で歩き出そうとした、その時!!!金髪碧眼の男性の表情が変わった。
「気安く彼女の名を呼ぶな!!汚らわしい!!!ただの平民が!!!」
と憤怒の形相を浮かべ怒声を放つ男性が、無理やりデュランダルをジェシカから引き離そうとする。背後からの奇襲であるが
デュランダルは余裕を持ってかわす。男性はかわされるとは思ってなかったのか、勢い余って前方につんのめってこけた。
「なあ、ジェシカ。」
「・・・・・。」
「貴族って変な奴多いのか?」
「ふむ・・・・。」
「お前が、車に乗るか歩くかどっちを選ぶかはお前が決めることだろ?」
「!?」
「俺はどっちでもいいぞ。ジェシカが決めることだ。違うか?」
「・・・・そうだな・・・・デュランダル、お前の言う通りだ。今日は歩いて帰る。」
「って言ってるが、あんたはどうするんだ?」
ジェシカに向けていた視線を、相手の男性に向けるデュランダル。彼に言わせれば怒る理由が分からん、ということになる。
その男性は・・・。
「平民の分際で、ジェシカと一緒に歩くだと・・・・、許されるわけないだろうが!!!!」
と、激高する。デュランダルには全く理由が分からない。分かったことは『こいつは気に食わん』であった。一息ついてから
デュランダルが言う。
「なあ・・・お前さ・・・・ジェシカとどういう仲なんだ?・・・・付き合ってるとか・・・彼氏とかか?・・・・」
問いかけがたどたどしいのは、デュランダルに経験がないからだ。
「だとしたら、どうだというのだ!」
「もしそうなら、ジェシカがさっきなんて言ったか覚えてるか?」
「何だと・・・?」
「ジェシカはこう言ったんだ。『今日は歩いて帰る』ってな。聞いてなかったのか?」
「・・・・・。」
「俺はこう思ってる。車に乗って寮へ帰るのも歩いて帰るのもジェシカが決めることだ。」
「ヌヌヌヌ・・・。」
「後さ。お前のやり方は、ジェシカの意志とか思いとか考えとか無視していないか?」
「グゥ・・・・・。」
「ジェシカのことを大事に思っているのなら、ジェシカを困らせたりしたら拙いだろ。違うか?」
「キ・・・貴様・・・・・。」
「どう思う、ジェシカ?」
と、ジェシカに視線を移した時だ。
「気安く呼ぶなと言ったはずだ!!!!」
と、怒声を上げ掴みかかってきた。デュランダルは軽く後ろへ移動し、男性はまたもかわされる。その状況を見ながら
「貴族って変な奴ばっかりか・・・・。動きも何もねぇぞ、これ。」
と、冷静に分析するデュランダル。見ていたジェシカは、
「行こう、デュランダル。」
と、声をかけ先へ行こうと歩き出す。
「そうだな」
とデュランダルが応じた。二人仲良く歩く姿を見た男性はとうとう理性の限界を超えた。
「おのれ!!!!よくも私をコケにしてくれたな!!!!許さん!!!!その罪、お前の命で償ってもらう!!!!」
と、懐に手を入れ取り出したのは自動装填のオートマチックの銃。引き金を引こうとした時、ジェシカの目に銃口が映り込む。
「!!!!駄目!!!!!」
と、庇う様にジェシカはデュランダルを抱き絞める。家族以外で抱き絞められたことのないデュランダルは一瞬戸惑った。
しかし、その先に見えた光景は、あの時と同じだ。大事な家族を失った、守れなかったあの時と・・・・。次の瞬間、
ジェシカを振り切りデュランダルは行動を起こしていた。相手の男との間合いを一瞬で詰めていた。
距離にして3m。銃口を上へ持ち上げる。
『パァ〜ン・バキッ』
発砲音と屋根が割れる音が聞こえた。ジェシカはへなへなと歩道に座り込む。ジェシカの姿を見て無事を確認したデュランダルは、
その顔に怒りが見て取れた。
「おい、てめぇ。知ってんのか?」
「・・・・・・。」
「銃の使用と持ち込みは厳禁だってことをだ。知らねぇのか?」
「あ・・・、ああ・・・、ああああああああああ」
と、事態を飲み込めた金髪碧眼の男性。
「銃の没収とこの国からの強制退去。分かってんのか?それがここの国の方針だって・・・?」
「アワ・・・アワワ・・・・」
「フン。ま、てめえがどうなろうが俺にはどうでもいいぞ。」
「・・・・・。」
「てめえの態度次第で報告するかしないか決める。分かったか?」
「・・・・・・」
無言で頷く男性。
「なら、今日は大人しく帰るんだな。ジェシカは寮まで俺が送る。いいな?」
「・・・・・」
同じく無言で頷く男性。
「じゃあな。こいつは俺が預かっておく。」
と、男性が持っていた銃を取り上げ、かばんに終うデュランダル。
「ジェシカ・・・、大丈夫か?」
泣いているジェシカ。
「あいつ、何なんだ。お前とどういう関係?・・・・って聞いてもしょうがないか。」
「ただの知人。お前こそ無事か?・・・」
涙目でデュランダルを見るジェシカ。
「ああ、無事だ。問題ないぞ」
「そうか・・・・、私の為に迷惑をかけたな・・・。」
「気にするな。」
「だが・・・。」
「・・・・まあ、困ってるんなら助けるだけだ。同じ教室で学ぶ者同士だしな。」
「そうか・・・。お前は思った通り・・・・。」
ジェシカのつぶやきの後半がよく聞き取れなかったが・・・。ジェシカの顔に少しだけ笑みが戻ったことで良しと思う
デュランダルであった。次の日、デュランダルは理事長に呼び出された。
「デュランダル・・・昨日、お前が銃を持っていたと見たものが居てな。」
「なるほど。」
「で、本当かどうか問うために呼んだのだ。で?」
「理事長」
「ん?」
「昨日のことは既に、ミリアに報告済みだ。」
「ほう」
「その銃も渡してある。誰が持っていたのかもな。」
「ほう、誰が持っていたのだ?」
「それは、ミリアから連絡あるだろう。持っていたのが誰か。」
「なるほど。では、歩道の屋根の傷は?」
「あぁ。咄嗟に銃口を上に向けさせた。ま、俺の手が触れたことは間違いない。持っていたっていうことにはなる。」
「ふむ。では、その話も全て?」
「もちろん、ミリアには全部話してある。今頃弾丸を調べてるんじゃないか」
「そうか。ならば、この件は女皇預かりということになるな。」
「だろうな。」
「よし。儂としては理事長権限で、デュランダル。」
「ん?」
「不問とする。ご苦労であったな。戻ってよい。」
「そうか、なら戻るか。」
と、応接室の椅子から立ち上がり、デュランダルは理事長室を後にした。教室に戻るなり、学生たちが寄ってくる。
「何の話だったの?呼び出しなんて?」
「ん?理事長か」
「そうだよ。滅多にないことだって、長谷川先生も言ってた。」
「で、なんだったんだ?」
「ん・・・なんてことはないことさ。世間話か。」
『は?』
「ああ、王城の近くに俺の家があるから、全く知らないってわけじゃないんだ、理事長のこと。」
「そうなの?」
「そういえば、理事長ってここの国のミリア女皇と顔なじみって聞いたような・・・・?」
「あ。それ、私も聞いた。」
少しずつ納得し始める一同。
「なら、デュランダル。」
「ん?」
「理事長が王城に来てた時に知り合ったのか?」
「まあ、そんな感じだ。」
「なるほどな。」
「それで世間話なら・・・まあ、なんとなくわかる気がしなくもない・・・、かな。」
クラスメイトと話す間、ジェシカは無言だ。
「ジェシカさん・・・?」
「・・・・・・何か?・・・」
「今日ずっと朝から元気ないけど、何かあったの?」
「・・・・・・・。」
「あ、そういえばさ」
「どうしたの?」
「今日初めて、ジェシカさんと一緒に登校したよ。寮からずっと歩いて」
『え・・・えええええ!!!!』
「寮の出口にいたから声かけたんだ。」
「もう、私にも声かけてほしかった・・・。」
「へへへ。早めに出て正解だった。」
「やられた・・・・」
デュランダルへの詰問なんのその、ジェシカへと話題が移ったとたん、クラスメイトはデュランダルから離れていった。
(やれやれ)とほっと一息つくデュランダル。今日もいつも通り授業が進み、ホームルームの時間となる。
「みんな、学院に入学してはや一週間。そろそろ次の段階へ行くべき時です。」
と、長谷川がはっきりとした口調で言う。だいぶ慣れてきたようだ。
「先生、次の段階って?」
「ふふふ、クラブ活動よ」
『え!!・・・ええええ!!!』
一同、驚きの声を上げる。それもそのはず。アルガスト学院は設立してから動き出すまで学院生は何も関与していない。
つまり、クラブ活動事態誰もしていないのだ。さらにまだ一週間という短い間のことだ。無理もないことだった。
だが、その中で手を挙げる者がいた。デュランダルだ。
「先生、俺は空手部を作る。」
「なるほど。理由は?」
「単純に、家に帰ってやってることを学院で出来ればいいなと思っただけだ。」
「家に帰ってって?」
「鍛錬。」
「え?」
「毎日、じじいと組手やってるから。一人稽古とかもできる。だから一人でも問題ない。」
「じじいって、身内のおじいさん?」
「あぁ、じじいはじじい。俺はいつもそう呼んでる。」
「そう・・・。」
一同驚く。まあ、無理もない。
「なあ、デュランダル。」
「ん?」
「お前んとこって家族って・・・。その『じいさん』だけか?」
「いや。姉と妹がいる。」
「・・・・そうなのか・・・・。」
「まぁ、昔から大抵のことは一人でしてきたしな・・・。」
「例えば?」
「そうだな。料理だろ、家の修繕だろ、配線とか、水回りの配管とか、やれることは全部やったな。」
「・・・・・。」
「すごい!」
「その歳でそこまでなんて・・・。」
「逞しすぎるだろ・・・。」
「料理できる男子っていいなぁ。」
「家の修繕なんて、大人でも難しいのに・・・。」
「ああ、その辺は教えてもらってるからな。町の大人たちに。」
「そうなの?」
「へぇ〜・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
デュランダルの隠れた才能?を垣間見たクラスメイトは、驚きを隠せない。が、デュランダルは全く気にしていない。
「デュランダル君・・・。」
「ん?」
「例えばだけど、どんな料理できるの?」
「そうだな・・・、家庭料理といわれる部分は大半出来るな。魚もさばけるし。漁師のおっちゃんたちと海で
漁手伝ったりしてるしな。」
「まじか・・・。」
「すごいな・・・・。」
「いいな〜。」
「ねえ、デュランダル君。」
「ん?」
「機会合ったらでいいんだけど・・・。」
「何?」
「料理ご馳走してくれない?一度食べてみたい・・・。駄目かな?」
「別にいいぞ。機会あればな。」
「本当!!!!やった!!!!」
と、喜んでいるのはクラスメイトの、【楢垣由利】。クラスでも人気の女子、歳は18で俗にいう『可愛い系』。
「・・・・・。」
ユリに思いを寄せている、男子【沢崎拓斗】は、椅子に座ったままうつ向いている。デュランダルの話に盛り上がるクラスメイトに
長谷川が声をかける。
「他に、こんなクラブをやりたい!!って立候補はない?」
「ん〜、いきなりそんなこと言われてもなぁ・・・。」
「そうだね。考えてないわけじゃないけど・・・・。」
「先生、考える時間とかない?」
と、聞くのは女子に人気の男子【レオニス・グレイシス】。俗にいう『イケメン』。
「そうね・・・。今すぐってわけじゃないわ。出来るだけ早い方がいいのは確かだけど」
「ん〜、何にするかなぁ・・・。」
「でも早い方がいいって、何かあるんですか?先生。」
「それは後のお楽しみね。」
「なんだよそれ・・・。」
「お楽しみって?・・・。」
「何かあるのか・・・・。」
興味と戸惑いが交錯するホームルーム。しかし、ジェシカの視線はずっとデュランダルを見ている。
「ジェシカさん・・・?」
「・・・・・ん・・・あ・・・。」
「今日ずっと元気ないけど・・・大丈夫?」
「・・・・・・。大事ない。心配させてすまない。」
「・・・うん。大丈夫ならそれでいいよ。同じクラスメイトなんだし。」
「ふむ・・・。そうだな・・・。」
少し、表情が明るくなるジェシカ。だが、その視線はずっとデュランダルを見ている。
(ねえ・・・ユリ・・・)
(なに?)
(ジェシカさん、さっきからずっと・・・デュランダル君を見てるけど・・・)
(え?・・・そうなの・・・?)
(そうよ。あれはたぶん・・・きっと・・・間違いないと思う・・・。)
(・・・・・・それって・・・・まさか・・・・・)
(そういう雰囲気よ。ユリ。)
(でもさ・・・、サオリ・・・・。)
(何?)
(ジェシカさんて、貴族のご令嬢でしょ?)
(ええ)
(なのに、デュランダル君を・・・その・・・・好きなったりするのかな・・・?)
(男と女の仲・・・・・身分なんてどうとでもなるわよ・・・。)
(ん〜・・・・・・そんなもんなのかなぁ・・・・。)
ヒソヒソ話を続ける二人。【大崎沙織】は家も近いことから昔から仲良し、『幼馴染み』である。
二人とも出身は、隣国【重深】であるが、家庭の事情でこの学院へ編入した。金銭的な問題でのこと。
二人のヒソヒソ話はしばらく続いたが、ホームルームが終わり、それぞれが帰路に就いた。
デュランダルが、学院から出て階段に差し掛かった時、声をかける女子がいた。ジェシカだ。
「デュランダル・・・・。」
少し、表情が重い。昨日のことを気にしているようだ。
「・・・・ジェシカか。どうした?今日も一緒に帰るか?」
若干表情が気にはなったが、特に問いただすまでもないと思ったデュランダル。隣に立ち止まる。
しばらく間があって、ジェシカは頷いた。
「なら行くか。」
と、昨日と全く変わらない経路を辿る。しかし、寮まであと少しのところでジェシカに声をかける者がいた。
見るからに育ちの良さそうな優男3人である。
「ジェシカさん、今迎えに行こうと思っていたところです。」
「ジェシカさん、お荷物持ちましょうか?」
「ジェシカさん、いつも綺麗ですね。」
と、恭しく片膝をついて、右手を差し伸べる。貴族と見たまんまで解かる所作。
ジェシカは少し困った風に戸惑いの表情を浮かべ、隣にいるデュランダルの横顔を見てから、3人の優男ことに対して
「お気持ちは嬉しいのだけど、もう私のことはほっておいてほしい。お願いだから・・・。」
と、3人に対して頭を下げる、ジェシカ。
「え・・・。」
「そんな・・・。」
「あんまりですよ・・・ジェシカさん。」
3人はジェシカの申し出に納得できないようだ。
「普通の学生として過ごしたいから、ここを選んだの。ミリア女皇の人柄も選んだ理由。一人の女性としてまた淑女としても
彼女が治める国で過ごすことは、私にとってとても得難いこと。あなたたちはどうしてここを選んだの?」
「「「・・・・・」」」
3人とも無言である。
「女皇様や学院関係者の方から聞いたわ・・・。」
ジェシカは少し間を取った。そして、おもむろにデュランダルの手を握る。
「!?」
デュランダルが驚くのは無理もない。これまで、家族以外と手を繋いだことなどないのだから。しかも相手はジェシカである。
容姿端麗の『美女』と手を繋ぐ・・・。ある意味で『初体験』だった。
「私を目当てに、大学の編入手続きを強引に進めた、と。」
「「「・・・・・・」」」
「そんなことをして、私がどう思うか考えなかったの?」
「「「・・・・・・」」」
「しなくていいって言っても、毎日送り迎え。私は学生なのよ。家にいる時なら貴族の令嬢として、それなりに受け入れるわ。
でもね、ここは私の家でも家がある国でもないの。」
「「「・・・・・・」」」
「私の意志を無視して、話も聞かないで、毎日毎日繰り返してしなくてもいいことをして・・・・・。」
「「「・・・・・・」」」
「私に嫌われるとかそういうこと、考えなかったの?」
ジェシカの目に涙が浮かぶ。それをじっと見つめるデュランダル。
「それは・・・・。」
「ただ・・・・。」
「俺たちは・・・・。」
優男たちはしどろもどろになる。
「あなたたちの意志だろうと、誰かの指図だろうと、決めるのは私の意志よ。」
「「「・・・・・・」」」
再び無言になる3人。
「二度と言わないからよく聞いて。」
3人は頷く。そしてここでようやくジェシカが泣いていることと、ジェシカの隣に男子がいることに気づく。
「「「!?」」」
「二度と車での送り迎えはしないで。荷物くらい自分で持つわ。ここでは一人の女子学生よ。誰と一緒に帰るのも登校するのも
決めるのは私。分かったかしら?」
「「「はい・・・・」」」
3人の消え去りそうな声。怒らせた以上は、言い分は聞かねばならない。だが、ジェシカの涙は怒っていたわけではない。
「それと・・・」
ジェシカがデュランダルに向き直る。もう、泣いていなかった。
「彼は私のボーイフレンド。これから毎日一緒に登下校するから。送り迎えは要らないわ。」
「「「え?」」」
と、戸惑う3人。
「はぁぁ?」
それはデュランダルも同じだ。いきなり何を言うんだ?と。
「お願い・・・・。」
デュランダルの手を握っている左手に、顔を近づけるジェシカ。彼女は、デュランダルの右手甲に軽くキスをした。
「駄目か・・・・・?」
いままで見せたことのない、切なそうなジェシカの表情。手に触れたジェシカの唇の感触・・・・・。体温が上がるのが分かる。
「!?!?!?!?!?!?!?」
驚きと戸惑いと照れで、顔が赤くなるのを実感するデュランダル。
「駄目か・・・?」
と、再度聞いてくるジェシカ。困っていそうな、目を伏せるジェシカを見ていると、何とかしないといけないと思わせる。
「・・・・・分かった。お前がそういうならいいぞ・・・・。」
と、ぼそぼそと了解の言葉を口にするデュランダル。こんな風に話したことなどない。(なんだこれは。。。)と戸惑うデュランダル。
その了解の言葉を聞いた途端、ジェシカは、
「ありがとう、デュランダル!!」
と、抱きついた。
「「「「!?」」」」
これには男たち4人それぞれ驚いた。
「・・・ジェシカ・・・、お前・・・・。」
抱きしめられた両腕と胸に圧迫されて、ポツリとつぶやくデュランダル。かなりの量感である。サイズなどに興味などない
デュランダルからすれば、どうでもいいことだが。
「嬉しい」
心からの笑顔で喜びを表すジェシカ。
「ジェシカ、お前・・・。」
「ん?何だ。」
「ずっとそれを言いたかったのか?」
「お前と一緒に登下校すること、か?」
「ああ」
「そうだ。昨日のことで迷ったが・・・。」
「ふむ」
「ホームルームでの話と、今日の帰りのこととで、決心がついた。」
「・・・・・。なるほどな。」
「決めるのは私。それを気付かせてくれた、当たり前のことを思い出させてくれた・・・、だからお前と一緒に帰りたいと思った。」
「・・・・ふむ。」
「それにな・・・、お前を見ていると、一緒にいると気楽でいい。」
「おいおい・・・・。」
「煩わしい貴族という身分を忘れさせてくれる。一人の女子学生でいられるから。」
「ふ〜ん、そういうもんか。色々と面倒なんだな、貴族って。」
「ある意味、楽ではない。」
「そうか・・・。って、おいジェシカ。」
「ん?なんだ、デュランダル。」
「お前、ずっとそうしてるつもりか?」
ジェシカに羽交い絞めのように、抱きしめられているデュランダル。
「駄目か?・・・・」
と、先ほどと同じ表情を浮かべるジェシカ。
「・・・・・・好きにしろ・・・・・・。」
何を言っても無駄な雰囲気というのは、時折感じることがある。義姉の尹や妹のチエがたまにする。そういうときは
「ったく、しょうがねぇなぁ」と言う通りにしているデュランダル。ジェシカにも同じ雰囲気を感じたようだ。それを聞いた
ジェシカは・・・・・・、満面の笑みを浮かべながら、思う存分抱きしめていた。デュランダルにとって初めてだ。
容姿端麗と言われる美女にもみくちゃにされるのは・・・・。(やれやれ、これって抱き枕とか尹義姉ぇが言ってたやつだよな)
他の3人の男たちは、ジェシカの反応に戸惑っていたが、ジェシカの手前何も言わなかった。それからというもの、ジェシカは
ずっと笑顔でデュランダルと手を繋いで登下校するようになった。一躍学院の注目の的となる。(やれやれ)と思いながらも
ジェシカの好きにさせているデュランダル。教室に居ても、極力デュランダルのそばにいるジェシカ。
(ほらね・・・。私の言ってた通り)
と、沙織。
(・・・・・)
言葉が出ない由利。二人の仲については、もう学院中の噂の的だ。だが、当人は全く気にしていないどころか気に留めてもいない。
従って、やきもきしている男たちがいることも全く眼中にない状態だ。デュランダルにも目立った変化がない。登下校を一緒にする
程度の変化だ。しかもジェシカは、デュランダルが一人でいる『空手部』に毎日向かい、ずっと隅で見ているだけという。
周りの男たちなど全く気にしていない。ずっと微笑みを湛えている。日々の授業が滞りなく進み、中間試験の日程に差し掛かる。
「遂に来たわね。中間試験。」
「うん、頑張らないと・・・。」
「小テストの二の舞にならないようにしっかりやらないと・・・。」
「そうだね・・・。」
と試験について話すクラスメイトの女子。その傍らで、
「試験勉強進んでいるか?」
「ん?問題ないぞ。」
「そうか。分からないところとか?」
「問題ない。ジェシカは大丈夫なのか?」
「私なら問題ない。お前ほどじゃないかもしれないが。」
「そうか。」
と、デュランダルとジェシカの会話。
(なんていうか、お似合い・・・・なのかな?)
(ん〜・・・・・そう見えなくはないけど・・・・。)
(でも、大学部にいる貴族の男子かな・・・・。)
(なにかあったの?・・・・・)
(ううん・・・そういうわけじゃないんだけど・・・・。)
(何もなければいいね・・・・)
(((うん、そうだね)))
など、不安?に思うことも若干ありながら、いよいよ中間試験の初日を迎える。日程は5日間、一日1教科である。
学生たちに集中して試験に取り組んでほしいという方針と、教職員の負荷軽減を考えた、アルガスト学院独自の手法。
試験問題は、各教員の代理人つまり第三者が作成し、問題の精査を担当の教員が行う。難しすぎず簡単すぎずのさじ加減で
出題する。採点は担当の教員が行い、第三者が引き取り保管する仕組みだ。デュランダルの秘密を知るのは、ミリアと理事長
そして、担任の長谷川の3人だ。ミリアと理事長、長谷川の考えではデュランダルなら満点が当たり前である。それだけの知識と
頭脳を持っている。さて、結果は・・・。クラスメイト30人の中で、デュランダル16位であった。本人はあまり気にしていなかったが
秘密を知る3人からすれば『これはおかしい』と思わせるのに十分な『結果』だった。
「やった・・・。小テストより30点あがった・・・・。」
「うんうん、頑張ってたもんね。」
「ふう・・・、なんとかなったか・・・。」
「でも意外と難しくなかったね。」
「まあ、中間試験だしね。」
「でも、あれってどういうこと?」
「うん、少し違和感あるよね・・・?」
それもそのはず、小テストであれだけの成績を収めたデュランダルが平均点ぎりぎりというのは少しどころか、かなりおかしい。
が、結果は結果と納得している面々もいる。
「よし。あいつより上だ!!!」
「やったな。」
「ああ。これででかい顔させねぇぞ!」
「あはは。程々にね。」
「もしかしてあれか・・・。本番に弱いとか、か。」
「小テストと中間試験の違いか・・・・。」
「かもしれないな。」
クラスメイトの反応はそれぞれだが、当のデュランダルは全く気にしていない。気にしていたのは・・・・、ジェシカだ。
「デュランダル・・・・。」
「ん?どうした、ジェシカ。」
「あれ、本当なのか?」
「結果は結果さ。次回挽回すればいいさ。」
「・・・・・そうか・・・・以外とあっさりしているから拍子抜けした・・・・。」
顔は、『心配して損した』と言っている。苦笑いという感じ。
「ジェシカさん」
「なにかしら?」
「そんな『馬鹿』ほっといて、一緒に帰りませんか?」
「・・・・。」
「あんな結果じゃ、『進級試験』ってのも怪しいもんだ。」
「そうだな。この国の出身ってだけで優遇されたんじゃないのか?」
「ああ、それあり得る。」
と、言いたい放題の面々。同じクラスメイトだが、デュランダルと一定の距離を取っている。当のデュランダルは、頭に手を
おいて、頭点をかいていた。
「ジェシカ。一緒に帰るならいつも通りだ。」
「!?」
「俺はこのまま、武道場に行く。じゃあな。」
と、ジェシカに話をしてから、いつも通りに去っていくデュランダル。
「さぁ、ジェシカさん。」
「あんな奴、ほっといてさ。」
「一緒に帰りましょう。」
と、下校を進める同じクラスの男子たち。しかし、ジェシカは
「魅力的なお誘いだけど、もう先約あるから。」
「え?」
「それってどういう・・・・。」
「えっと・・・・・。」
「一緒に・・・・・。」
ジェシカにとって、男子たちの誘いなどどうでもよかった。成績がいいから一緒にいるんじゃない。気楽で居心地がいいから。
それにさっきの『・・・・・一緒に帰るならいつも通りだ。』という発言も、ジェシカには心地よかった。変わらないデュランダル
の行動。自分の意志で何事も決めればいいという相手の意志を尊重している振る舞いは、同じ貴族出身者にも見習わせたいと
思わせる所作だ。
「ごめんなさい、また明日ね。」
と男子たちの誘いを断って、デュランダルの後を追うように去っていくジェシカ。その後姿を見ながら、
「くそ・・・・。」
「あいつ・・・・。」
「どうにかできないのか・・・・。このままじゃ・・・・。」
「・・・・・ちっ・・・・・。」
誰かの思惑で動くことが当たり前の4人。それでもジェシカは思惑通りには行かない。
とある場所で、複数人がヒソヒソ話。
「そうか。ジェシカは全く興味を見せなかったか・・・。」
「はい、あいつのあとを追って。」
「どうする?」
「このままでは・・・、平民ごときに・・・・。」
「ああ、分かっている。手はある。」
「え?」
「どんな?・・・」
「そのためには時間がほしい。少し猶予を貰えないか?」
「それは構いませんが・・・・?」
「しかし、どんな方法なんです?」
「少し裏から手を回す。あいつには決して解けない問題を試験期間中に紛れ込ませる。」
「「「「!?」」」」
「段取りを説明するぞ。もちろん、協力してくれるんだろう?」
「「「「はい」」」」
と、期末試験まで約2か月。もし期末試験で平均点かもしくは下回る結果なら、再度進級試験をしなければならない状況に
学院自体が追い込まれる。それこそが、彼の狙い。デュランダルという少年を高学部3年に編入させた学院執行部とその上である
ミリア女皇への意趣返しとなる。こうして貴族の子息たちはデュランダルを追い落とすために結託し、行動を開始する。
それから数日後、試験の答案用紙が返却された。それを見たデュランダルは(なるほどな。そういうことか)とある意味、あの
結果がどういう理由かを覚る。ホームルーム後、デュランダルは理事長に呼ばれた。
「で、結果についてどう思う?。」
「これを見てくれ。」
と、デュランダルが出したのは、今日返却された答案用紙と、同じ問題が書かれている覚書?を理事長に見せる。
「ふむ、ティスティーナの入れ知恵だな?」
「ああ。こういうことがあるかもしれないといわれて、試験終わってからすぐに書き残した。」
「ふむ、さすがだな。さてと・・・・・・。なるほど。これは書き換えられているな。」
「ああ、半分だけな。」
「なるほど。それで平均点近くの合計点というわけか。」
「ああ。不正の証拠と言えばそうなるが。」
「ふむ。」
「だが、俺はこれを持って、結果の訂正を求めんよ。」
「ほう。」
「結果は結果だからな。点数に拘りはない。」
「はははは、これを仕組んだ輩に聞かせてやりたいの。」
「どうでもいいぞ、理事長・・・。いや、ジルドじいさん。」
「ふむ。お前といろいろと話したこと、今でも覚えている。」
「ああ、一晩中語り合ったな。いろんなことを。」
「ふむ、しかしこの件、どう処置するか・・・。」
「簡単なことだ。」
「ほう?」
「5教科全員の担当と、その引き取り側が全て不正に手を貸したとは思えない。」
「ふむ。」
「方法があるとすれば、試験終了後から採点されるまでの間だろうな。」
「・・・・なるほど。しかし、デュランダル・・・。」
「ん?」
「それが分かっているのなら・・・、なぜ言わなかった?」
「ジルドじいさん、言えばどうなった?」
「・・・・・!?まさか・・・・」
「ああ、そういうことだろうな、これは。ある意味で、ミリアに対する挑戦とも言える。」
「学生の中に・・・・なるほど・・・・・あり得んことではないが・・・・しかし・・・・。」
「ああ、ある意味無駄なことをしている。ミリアの挑戦を、その志を貶めようとしているからな。」
「ふむ。」
「そんなことをされて、ミリアが黙っていると思うか?ジルドじいさん。」
「はははは、それこそあり得んぞ。」
「それにこれは、おそらくだが・・・、俺の感じたことだとして、聞いてくれ。」
「何だ?」
「首謀者は貴族の誰かだろうよ。」
「ほう・・・。理由は?」
「俺とジェシカが仲がいいのに、嫉妬して・・・・とかだろうな。」
「ほうほう。なかなかよい娘のようではないか。デュランダル・・・フフフ」
「おいおい。笑い方がやらしいぞ。」
「何、お前と儂の仲じゃろうが。」
「ふん、そうくるかよ・・・。ま、聞かなかったことにするか。」
「フフフ」
「やれやれ。で、ジェシカが言ってた。『自分に付きまとう男性たちに嫌気がさして・・・』と。かなりの人数を
相手していたんだなと思う。そいつらの仕業じゃないかな。根拠はある。実は試験結果を受けて・・・・。」
と、クラスメイトとの一幕を説明するデュランダル。
「なるほど。それは露骨な言いがかりとも取れるな。」
「ああ。遠回しでもあるけどな。学院への批判とも取れる。」
「ふむ、確かに。」
「それに、それを言ってた連中は、同じクラスの貴族の奴らだ。それらを組み合わせると、見えてこないか?ジルドじいさん。」
「・・・・・・・・。」
ジルドは目をつむる。デュランダルは黙っている。しばらくして・・・、
「なるほど。可能性としては一番高いな。学院への批判・・・、その先にあるのは・・・・、ミリア女皇に対する嫌味とも言える所作。」
「ああ。だが、じいさん。」
「ん?」
「この状況、こう言えないか?『策士策に溺れる』って。どう思う?」
「・・・・・!・・・・!・・・・!?・・・・はははははは・・・・うむ・・・・なるほど・・・・。つまり、デュランダル。」
「ああ」
「彼等はまた、同じ手を使うと?」
「そうだ。俺が何も言わなかったことと、調査も何もされていない。それに俺と理事長のつながりは、昔王城で会ったことがあると
クラスメイトには話をした。ここで話していることに警戒されることはない。それにティスティーナのことも知らないだろ。」
「ふむ。確かにな。そうなると、彼等は・・・。」
「答案用紙のすり替え、改ざん、もしくはもっと簡単な方法で俺にとどめを刺しに来るだろうよ。」
「ほう?・・・、ちなみにどんな方法だ?」
「難解な問題を解かせて、点数を取らせない。」
「!?」
「しかも、俺があれを解いていることを知らないだろ?」
「なるほど。トリスタン大学監修の大学検定試験『難級』を解いたこと、だな。」
「ああ。つまりだ。理事長。」
「ん?」
「真っ向勝負ってことだ。今度の試験、期末試験でな。」
「はははは・・・・・ふむ・・・・・なるほどな。ならば、デュランダル。」
「ああ、それが当然だろう。」
「ミリア女皇に、事と次第を伝えねばなるまい。」
「うまくやってくれ、と、伝えてくれ。やりたくてやったわけじゃないだろうしな、担当もその第三者の人も。」
「ふむ、承知した。そのことも伝えておく。」
「ああ、よろしく頼む。」
話を終えたデュランダルは、理事長室を後にした。そのあとすぐに、ジルドはミリアに連絡を取る。双方が期末試験に向けて
水面下で動きを活発化させ始めた。その中で秘かに、ミリアからティスティーナへ連絡がなされたことなど、デュランダルには
知る余地もない。それからは特に何もなく、デュランダルとジェシカの仲はある意味で学院公認ともなり、やきもきしているのは
貴族の子息だけだった。学院内で行われた体育祭においても、デュランダルは持ち前の運動神経の良さを発揮し、男子の中で総合
1位を取ったり、ジェシカが水泳部を立ち上げ、見事な泳ぎを見せ、その水着に包まれる姿態を惜しげもなく晒し、男子たちに
溜息をさせるほど。しかも、見に来ていたデュランダルと勝負をして、同着となり水着のまま、ジェシカはデュランダルに抱き
着いて、さらに貴族の子息たちをやきもきさせる事態をジェシカ自ら引き起こす。(やれやれ)と思うデュランダルを後目に、
ジェシカは満面の笑みを浮かべながら、抱きしめたまま一緒にプールへ入ったりして、はしゃぐ一幕まである始末だ。
「くそ・・・・。」
「まさかここまでできるやつだとは・・・。」
「だが・・・、あれがうまくいけば・・・・。」
「ああ。あいつを必ず追い出せる。」
「ああ、そうだな。ここはぐっと我慢だ。」
「そうだな。一葉報告はした。こっちは順調だと。」
「よし。期末試験まであと少しだ。ばれないようにな。」
「ああ。もちろんわかってるさ。」
「それまでは・・・・。」
「「「「・・・・・」」」」
と、無言で見つめる先に、イチャついているジェシカと困り顔のデュランダルが居る。
「ふふふ・・・楽しかった・・・こんなに楽しいことは久しぶりだ。デュランダル。」
「おいおい。これくらい、貴族ならなんてことないだろ。」
「無理だな。」
「は?」
「だって私、彼らに抱き着きたいなんて、一度も思わなかった。」
「どうしてさ。」
「彼等の目線は、私の顔から下だ。」
そう言われて、デュランダルは視線を下げた。言葉が出ない。
「どうしたの?」
「いや・・・改めて見ると・・・すげぇな、と。・・・・。」
「ふふふ。どう?もっと見る?」
「・・・・やめてくれ・・・・」
「ふふふ。さあ、もっと見て。触りたいなら触ってもいいぞ?」
尹や村の女性たち、町の女性たちをそういう目でみたことはないが、それでも思うのは『すげぇな』という感想だけだ。
照れている仕草をするデュランダルが可笑しくも可愛いと思うのか、ジェシカのいじりはまるで、モデルの女性が
カメラマンにセクシーポーズで自分の姿態をアピールしているようにしか見えない。頭をかく仕草が『困ったな』と
思えたのかジェシカは、
「じゃあ、着替えてくるから。出口で待ってて、デュランダル。」
と、ジェシカは水着を脱いで着替えるため、更衣室へと向かって行った。(やれやれ)と思いながら、出口に向かう
デュランダル。正に「彼氏」と「彼女」である。ジェシカの笑顔は、デュランダルの心を和ませた。そんなジェシカに
対して、デュランダルは(こういうのが続くといいな)と秘かに思っていた。しかし、それは叶わぬことだ。
ジェシカが貴族の令嬢という理由ではなくもっと、根本的な理由で二人の仲は終わりを迎える。
期末試験まであと数日というある日、ジェシカに誘われて部屋に上がるデュランダル。もちろん、寮長の許可は
取ってはいるが、ジェシカのこと『なにかあるな・・・』と秘かに警戒しているデュランダル。
「さあ。座って」
「ここにか?」
「ええ、そうよ。」
座卓の前に座る、デュランダル。
「さてと、軽く復習しておく?」
「なるほど、試験勉強する為か?」
「それもあるけど、少しやりたいことがあって・・・。」
「ん?」
ジェシカにしては珍しく、もじもじしている。(なんだこれ・・・)と思うデュランダル。
「それは後でいいとして、私少し苦手なのがあるから・・・・。」
「ほう」
「訳文と文章校正の正誤確認・・・。」
「ああ。なるほどな。結構あれ、面倒くさいからな。」
「デュランダルも・・・?」
「いや。俺の場合、コツを知ってるからな。どうということもない。」
「へぇ〜・・・、ちなみにどんな?」
「訳文の単語の意味を並べて、1つの物語にするんだ。」
「・・・・うん・・・・」
「で、それをだ。構成やら置き換えとか、展開とか思い描きながら・・・、訳していく。」
「・・・・うん・・・・」
「事実の引用とかもあるし、そのあたりに気を付けながら、訳していく。文章を再構築する感じか。」
「へぇ〜なるほどね。」
「そうすれば、校正とかも読めてくる。一石二鳥だな。」
「なるほど・・・そうやれば・・・できるのね・・・・。」
「ああ。まあ、思い描くってのが意外と難しいことではあるんだが・・・。」
「うん」
「頭の中で、単語の意味と流れを描いて文章にしていく感じかな。俺がいつもやるのはな。」
「・・・・・。」
「そうやれば・・・って、どうした?ジェシカ。」
「・・・・?」
「泣いてないか?俺、変なこと言ったか?」
「違う・・・ただ・・・・嬉しくて・・・・」
「へ?」
「こうして話して、私の苦手な訳文について教えてくれてるデュランダルと過ごしていることが・・・すごく・・・。」
「ん〜・・・そんなに嬉しいのか?」
「うん、嬉しい。」
と、ジェシカはデュランダルの横に移動して、抱き着いた。最初は戸惑ったが、慣れとは恐ろしい。今では全く戸惑うことがない。
「・・・・大好きよ、デュランダル。」
ぼそっとつぶやいた、ジェシカ。
「ん?何か言ったか?」
「んん。別に何も・・・。」
「そうか。」
しばらくじっとしているジェシカ。が、おもむろに立ち上がる。
「ねぇ、デュランダル。」
「ん?」
「今日、泊って行って。」
「何?」
予想外というより、想定外だ。まさかジェシカからそんな誘いを受けるとは・・・・。
「朝、一緒に居たい・・・。駄目?」
「・・・・・・。」
確かに明日は学院は休み。来週月曜日から期末試験が始まる。特に問題があるわけじゃないが・・・・。嫌、問題大ありだろう。
「ちょっと待て。ジェシカ。」
「?」
「本当にいいのか?俺が泊っても?」
「うん」
「・・・・・即答か・・・・しょうがないな・・・・そんな顔されたらほっとけないな。」
思いつめたような顔をしているジェシカ。
「一度家に戻って伝えてくる。心配させたくないからな。」
「・・・・・。」
「少し待っててくれるか?ジェシカ。」
「うん、待ってる。戻ってくるのをずっと・・・・・・。」
「分かった。じゃあ、一度戻ってくる。」
そう言って、デュランダルは家路に就く。
「ジェシカさんのお部屋にお泊り・・・!?」
「ああ。そういうことになった、チエ。」
「あらま・・・・、積極的ですね。貴族のご令嬢なのに・・・・。」
「そういうもんか・・・?俺にはよくわからんが。一緒に居たいって言ってるから仕方ない。」
「ふ〜ん。兄様、意外です。」
「意外って?」
「貴族とかお嫌いかな〜って思ってたから。」
「ああ。だが、チエ。」
「はい?」
「貴族は貴族、ジェシカはジェシカだ。そう思ってるぞ、俺は。」
「???」
「人それぞれあるってことだ。って意味で言ったんだが、尹ねぇ解かってくれるよな?」
「まぁ、なんとなく。」
「・・・・・なら、いいか。んじゃ、そういうことで朝戻ってくる。おやすみ、チエ。」
と、チエの頭をなでて再び家を出るデュランダル。
「・・・・・。」
少し複雑そうな表情を浮かべるチエ。(やはり『男』ですね)とその成長ぶりに感心する尹。
そんな二人を家に残して、夜の街を学院寮へ向かって歩くデュランダル。まあ、夜見つかると
面倒だな、と、気配を消して足早に向かうデュランダル。途中すれ違う人もいたが、気付かれる
ことなく、ジェシカの部屋に戻る。扉の鍵は開いていた。中に入ると電気が消えている。
「ん?ジェシカ、いないのか?」
と、部屋の中へ入っていくデュランダル。すると、
「こっち・・・」
と、ジェシカの声が聞こえた。明かりが見えたため、そのまま進むと・・・、そこは
「!?」
ジェシカの寝室だった。
「こっちよ、デュランダル。」
ジェシカは、もうベットに入っていた。
「ああ・・・。」
恐る恐る近づいていく、デュランダル。ベットに近づいた瞬間・・・、ジェシカが抱き着いてきた。しかも
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
驚愕の姿・・・・、ジェシカは裸だった・・・。
「デュランダルに抱き着いて寝たい。それが私のやりたいこと・・・。」
「ジェシカ、別に裸じゃなくても・・・・な・・・・。」
「デュランダルなら信用できるから・・・・。」
「そう・・・・か・・・・・。」
と、招かれるままにベットに入るデュランダル。そこにはまさに『美の極致』と言っても言い過ぎでない
見事な裸身が横たわっていた。見るな、というのは酷な話。一瞬視界に入ったが、デュランダルはいつも通り
ジェシカの顔に視線を向けた。
「淑女たる者に、有るまじき行為ではあるが・・・、こうしたい、と思う自分の気持ちに嘘はつきたくなかった。」
「・・・・・。」
黙ってされるがままのデュランダル。
「平民だの、下民だのと、身分で区別して見下すことしかしない輩もいる。そんなこと私には・・・・、耐えられない。」
「・・・・・。」
「デュランダルが、どれほど素晴らしい男子か。そして紳士か。平民などという身分など関係ないことを、デュランダル自身が
証明している。そんなデュランダルだからこそ、私は・・・・・・・・だ。」
「ん?」
終わりの方がよく聞こえなかった、デュランダル。
「私を見てほしい、デュランダル。」
と言われて、顔を見つめるデュランダル。
「私は綺麗か?」
「ああ。すごくな・・・。」
「私は美女なのか?」
「・・・・そうじゃないか・・・みんな言ってたしな・・・。」
「デュランダルにとって私は・・・・、『女』なのか・・・?・・・・」
「・・・・『彼女』って意味なら、そうなのか?・・・・俺にもよく・・・・。」
「そうか・・・・。無理に認めさせるのは私らしくないな・・・・。いずれでいいか・・・。」
「??そうなのか・・・・。どうもこういうのはよくわからん・・・・。」
「単に慣れていないだけだろう。私の方が少し経験があるだけで・・・・。」
「・・・・なるほ・・・どな・・・・ん〜・・・これでいいのか・・・・。」
「だが、デュランダル。」
「ん?どうした、ジェシカ。」
「ここから先へ行くことは、私は望んでいない。まだ時期尚早と思う。」
「ここから先・・・・あるのか・・・?わからん・・・。」
「ふふふ、ある。だが、それはまたの機会に・・・・。」
そう言って、ジェシカはデュランダルを正面から抱きしめた。
「!?!?!?」
「このままで・・・・。」
「・・・・ああ・・・・。」
初めて嗅ぐ女のにおい。体の芯を熱くさせる感覚があるが、それがなんなのか、デュランダルには分からない。
ジェシカの方が身長が高い。彼女の肩付近にデュランダルの頭の位置だ。ジェシカは目を閉じて、デュランダルの頭に
頬を寄せて、力を抜いた。
「ジェシカ?寝るのか・・・?」
「ふふふ。」
「そうか、ならこのまま俺も寝るか・・・。」
「おやすみ、デュランダル・・・・・。」
「あぁ、おやすみ。ジェシカ・・・。」
気恥ずかしさや緊張など、初めて尽くしではあった。しかし、ジェシカが望まないことをする気がないデュランダル、後に
『相手の意志表示』の重要性を知る一幕として、デュランダルの記憶に刻まれた。行為の責任を取る覚悟があってもだ。
『双方の合意』の難しさを垣間見た瞬間だった。翌日の朝、
「出来たぞ。」
と、部屋のキッチンから、デュランダルの声が聞こえた。
「これが、お前の手料理?」
「ああ。だが、さすがは貴族の令嬢だな。いい食材が冷蔵庫に入ってたぞ。」
野菜尽くしのヘルシーメニュー。主食は玄米で作られたおにぎりだ。
「家には冷蔵庫、置いてないからな・・・。」
「そうなのか?」
「ああ。単に買いだめしないで、貰い物の野菜をその日のうちに食べるからな。正直いらない。」
「なるほど。」
「後、テレビもない。洗濯は自分で洗うからな。」
「ある意味、すごいな。」
「まあな。『何事も可能な限り、己で己の生活を成すこと』ってのがじじいの教え、だしな。」
「なるほど・・・だが、デュランダル。夏はどうする?」
「ああ。暑い時は、近くの小川まで行って、その水を使って冷やす。」
「ほうほう」
「冷水だからな。山の水だ。河原まで走って20分ほどだ。」
「そうなのか・・・。」
「そうさ。ま、山は俺の庭みたいなもんだ。」
「ふふふ。そうか。機会あれば案内してほしいな。」
「そうだな。機会あればな・・・。」
「うむ」
起き掛けに、ジェシカはバスローブを羽織って昨日の座卓の前に座っている。その座卓の上にはデュランダルの手料理が並ぶ。
「さて、食べるか?ジェシカ。」
「そうだな」
祈りを捧げるジェシカ。それに倣うデュランダル。
「デュランダル、今日の予定は決まっているのか?」
「一葉はな。」
「何をする?」
「家の手伝い、村の手伝い、色々だな。」
「・・・・なるほど。」
「試験勉強は問題ない。一通り見てあるからな。後は本番を待つだけだ。」
「・・・・そうか・・・・なら・・・・デュランダル。」
「ん?」
「今日は一緒に過ごしたいと思う。駄目か?」
「別に構わないが・・・。いいのか?」
「ふふふ。問題ない。」
「そうか。んじゃ、食べ終わったら一緒に行くか?」
「ああ。よろしく頼む。」
「あああ、任せとけ。」
二人とも、食事を食べ終わり後片付けはジェシカも手伝う。ジェシカが見たのは手際の良いデュランダルの動きだった。
(慣れている)と思わせる所作の数々をキッチンで目のあたりにした。その日は村の漁師たちが久しぶりに漁をする、と
いうことで駆り出されたデュランダル。それを少し離れたところで見守るジェシカ。
「おい、あれ・・・。」
「手を出したら駄目だからね。」
「しかし、デュークの奴が女を連れてくるなんてな・・・・。」
「しかもあんな美人をよ・・・・。羨ましい・・・・・。」
「ん?私じゃ不満なのかしら・・・?」
「いや・・・そうじゃなくてだな・・・・えっと・・・・。」
「言い訳するほど見苦しいわよ。」
「・・・・・すまん・・・・」
「分かればよろしい。」
「やれやれ、あの夫婦は相変わらずだな。」
「・・・・よし・・・準備できたぞ・・・・」
と、網元が声をかけてきた。
「沖まで船を出して、軽く引き網で水揚げだ。」
『おおおおお!!!!』
と、豪快な威勢ある声を上げて、船を出す漁師たち。そのご婦人たちは、魚の捌く準備をする。
「さて、お城の方へは・・・・。」
「いつも通り、2割ほどでいいらしい。」
「そうかい。ならいつも通りでささっとやろうかね。」
「ああ。デューク!!」
「ん?」
「お前の腕の見せ所だ。せっかく彼女連れてきたんだ。いいとこ見せてやれよ!!!」
「そのつもりだ。」
「よっしゃ!・・・・ん?あれは・・・またか・・・。」
漁師の棟梁が見つめる先に、明らかに鮫の背びれが見える。
「またあいつか・・・証拠にもなく・・・しょうがねぇな。」
と、デュランダルが海へ飛び込んでいく。
「あ・・・・・。」
ジェシカは、ただ見送ることしかできなかった。
「ああ、初めてだから分からないだろうけど。大丈夫、いつものことだ。」
「え?」
「あの鮫、デュークがいるといつも寄ってくるんだ。」
「・・・デューク?・・・」
「そうか、あんた『デュランダル』って呼んでるだな。」
「はい。」
「ここじゃ、あいつのことをほとんどの者が『デューク』って呼んでるからな。」
「そうなのか・・・。」
「亡くなったおふくろさんが、呼びやすいように考えたんだと。」
「村じゃみんな、そう呼んでるよ。」
「今じゃ、村にとって大事な男だね、あんた。」
「ああ。あいつはどでかい男になるぜ。ここじゃ、狭いだろうよ。」
「いつか、外の世界へ・・・?」
「ああ。あいつならどこへ行ってもやれるさ。なんて言ったって、女皇様のお墨付きだ。」
「そうだね。女性に優しくて、腕もたって、何でもやってくれる。村一番の男前。」
「あなた、離したら駄目ですからね。みんな、婿に来てほしいって思ってるんだから。」
「・・・・はい・・・・ずっと・・・一緒に・・・。」
と、ジェシカは改めて自分の気持ちを再確認する。その間、デュランダルは鮫のところに到着していた。
「てめぇ!毎度毎度面倒なんだよ。なにしきにてんだ?」
「・・・・・・・。」
「言葉が話せないなら、人に迷惑かけるな!!!」
「・・・・・・・・。」
「後、漁の邪魔をしてんじゃねぇぞ!!!てめぇ」
と、鮫の横面を殴り飛ばす、デュランダル。
「!?」
「今日は、客が来てんだ。てめぇと長々と遊ぶつもりはねぇんだからな。とっとと外洋に戻りやがれ!!!!!」
更に、数発の拳を繰り出すデュランダル。その後鮫は、デュランダルの周りをしばらくを泳いで去っていった。
「・・・・・ったく。何がしたいんだよ・・・あいつは・・・・。」
と、去っていく鮫を睨むデュランダル。鮫との距離が離れたことを確認したデュランダルは、砂浜まで戻ってきた。
「な・・・。言った通りだっただろ?」
「はい。でもすごいな。鮫を殴るなんて・・・。」
「そうだな。あんな真似、デューク以外にできるとは思えん。」
「しかしあの鮫、何しに来てんだろうな。来るのはいつも・・・・。」
「ああ、デュークがいるときだけだ。」
「まさか・・・。遊びたいだけとか・・・?」
「それ、飛躍しすぎじゃないか・・・・?相手は鮫だぞ?」
「ああ、そうなんだけどよ・・・。こう毎度続くとな・・・・。」
「あああ、確かにな。被害もほとんどないしな・・・・。」
「たぶん、そうだろうよ。」
と、言ったのはその当人だ。
「おいおい、本気で言ってるのか?デューク。」
「ああ、あいつ、全く襲ってくる気配がなかった・・・。鮫なのにな。」
「なるほど。」
「しかも今回は、律儀に『置き土産』まで渡された・・・。」
「『置き土産』?」
「ああ、これさ。」
と、手のひらを開いたそこには・・・・、真珠が十粒ほど・・・・、しかも流通している物より一回り大きい。そして
輝きが違う。
「これってまさか?」
「たぶんな。海の至宝『大真珠』に間違いない。」
「「「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」」」
「やれやれ。また、王城まで届けないと・・・。」
「なら、デュークや。」
「ん?」
「魚と一緒に届けておくれ。」
「・・・・・そうだな。その方がいいか。」
「ああ。こっちはもう終わるしな。」
「彼女を連れて王城、案内してやれよ。」
一瞬躊躇する、デュランダル。
「あの坂を・・・。」
「前かごを準備してる。彼女をおぶって王城までいけるだろ?」
「・・・・なるほど。その手か・・・・、でも、きついぞ、それ。」
「・・・ふん、無茶ばっかりしてるやつが言うセリフかよ・・・。」
「・・・そうだな。これも言わば『自業自得』だな・・・。」
周りの大人たちに口々に言われる、デュランダル。その光景が、ジェシカにはまぶしく見える。
(ああいう雰囲気・・・羨ましい・・・)と。
「しょうがねぇ。ちょっと違うが、『鍛錬』と思えば何とかなるか・・・・。」
「さすがに切り替えはえぇな・・・。」
「相変わらずだ・・・。」
と、ジェシカに視線を送るデュランダル。
「ジェシカ!!!」
「?」
「悪いけど、一緒に王城まで付き合ってくれるか?」
「・・・・うん・・・・」
と、ジェシカ照れている。(大声で言うこっちゃ・・・ないだろ!)と大人たちは(やれやれ)デュランダルに視線を送る。
「さて、準備は?」
「出来てます」
「なら、デュークに持たせな」
「「「はい!!」」」
恰幅の良い年配の女性に言われ、若い女性たちがデュランダルにまとわり付く。
「はい、これ」
「じっとして・・・。」
「ふふふ・・・。」
「ん?・・・あああ・・・って・・・どこ触ってんだ!・・・。」
と、デュランダルの非難?の声を聞いたような気がしたジェシカ。しばらくして、デュランダルのそばにいた女性たちが離れた。
その先に、かごを抱えたデュランダルが居た。背中には、木の棒が見える。
「これで良しっと。」
「いい感じね。」
「・・・名残惜しいわ・・・。」
微笑んでいる一人の女性と、てきぱきとデュランダルの状態を確認している女性二人。
「準備できました」
「うん、人が乗っても大丈夫ね。」
「ふふふ・・・。」
と、デュランダルを送り出す女性3人。ジェシカのところまでゆっくりした足取りで歩いてくるデュランダル。
「ジェシカ」
「ん?」
「王城までの坂道は、かなりきつい。俺の背中におぶって行くから乗ってくれ。」
と、デュランダルがしゃがんで背中を向けた。そこには、人ひとり座れる椅子が備え付けられていた。
「ここに?」
「ああ」
「どうすればいい?」
「俺の背中を、椅子の背もたれと思ってくれればいい。」
「・・・・・なるほど。」
と、ジェシカはゆっくりと座り、体重を預ける。
「立ち上がるぞ」
「・・・うん・・・」
「そらよっと!!!」
ジェシカの体重を支えながら、立ち上がるデュランダル。
「んじゃ、行ってくる。」
「気を付けて行ってきな。」
「こっちはもういいからな。」
「・・・いいのかよ?」
「いいんだよ・・・。二人きりにしてやれ。」
「うんうん、いい雰囲気だし・・・。」
「ああ、ああいう男になら、抱きかかえられて、そして・・・ぽっ」
「・・・おいおい・・・俺にあれをやれと?」
「無理なのはわかってるわ・・・できたらいいな〜って思っただけよ。」
「・・・むぅ・・・」
「あの坂は、大人でも・・・・・な。」
「あああ、その坂を毎日走り回ってんだからな、あいつは。」
「足腰の強さなんか、そこらの大人をとっくに通り越してるだろう。」
「本当にな。大した奴だ。」
などなど、デュランダルの話題は尽きない。が、既に二人の姿は見えなくなっていた。
「さて、後片付けするか」
「そうだな」
「子供たちもお腹すかせているだろうし・・・。」
「帰って晩御飯の支度しないと・・・。」
「とっとと、片付けるぞ!!!」
「「「「「「「「「「「「「「おおおおお」」」」」」」」」」」」」
と、漁の後始末と網の片づけに追われる漁師たちとその夫人たち。
その頃、デュランダルはジェシカを背負い、坂の入口にいた。
「おし、いくぞ!」
「うん」
背中にいるジェシカに声をかけて、坂道を登りだす。一歩一歩坂道を踏みしめながら登っていく
デュランダル。時折ジェシカは、後ろを向いてデュランダルの横顔を盗み見る。苦しそうには見えない。
規則正しく呼吸をしながら、確実に登っている。前を向けば、村がどんどん遠ざかっている。
(まだ続くのか・・・?)と思わせるほど、坂道は延々と続いているように思えた。またデュランダルの
表情にも苦しさが見え始める。額に汗をかきながらそれでも、足の歩みは止まらない。
「デュランダル、少し休まないか・・・?」
と、デュランダルを気遣うジェシカ。
「・・・・・・ハァハァハァ・・・大丈夫だ・・・・このまま行くぞ。」
と、休むことなく歩き続けるデュランダル。右へ左へと坂の曲がり道をゆっくりと確実に登っていく。
(これほどの坂道は・・・歩いたことはないな・・・私では・・・無理だ)と、これまで見てきた坂道を
眺めて思うジェシカだった。「おぶって行ったら・・・」と言っていた村人の意見も頷ける。
「・・・・・・・」
無言になるジェシカ。デュランダルの邪魔をしないよう、じっとしている。
「・・・もうすぐ着くぞ。・・・ハァ・・・ハァ・・・」
デュランダルの息が少し苦しそうな吐息を紡ぎだした。だが、ジェシカは何も言わない。その状態で
ふと思う。(デュランダル・・・やはりお前は・・・私の思った通りの男・・・・これで後は・・・)
何かを決意?しているジェシカ。だが、デュランダルには分からない。その途中、坂の終わり付近に
学院にあるゴンドラより一回り大きなゴンドラが稼働状態で有ることに気づく。
「これは・・・?」
「ああ、この坂を下りて学院に行くには不便だからな。学院作るときに連絡用に作ったんだ。」
「・・・なるほど。」
「こいつが見えたら、あと少しだ。」
と、少し歩く速さを上げる。緩やかな曲がり角を通り過ぎた先に、城と門が見えてきた。
「ここが・・・!?」
「ああ。アルガスト王城。ミリアの城だ。このまま門をくぐるからな。」
「・・・分かった。」
と、門と城の佇まいに圧倒されるジェシカ。今時の造りとしては珍しい、石を加工して
組み上げられた門。その扉はどうやら鋼鉄製だ。見張りがいたようだ。門の扉が開きだした。
「ん?デュランダルか・・・どうした?」
「漁の騰がりと大真珠を持ってきた。」
「いつも通り・・・って何だと!?大真珠・・・!?」
「ああ、いつものあいつが置いていった・・・。全く意味わからん。」
「ほう。いつものあいつとは、例の鮫か・・・。」
そう、声をかけてきたのは・・・、ジル武官長!?
「これは!?武官長!?」
見張り二人は背筋を伸ばして挨拶する。
「入始院式以来だな、デュランダル。」
「ああ、ジル。元気にしてそうだな。」
「うむ。ここは静かな場所。騒がしいのは、毎度城下のみよ。」
「ふむ。」
「そしてそちらは、【ジェシカ・クライス】嬢、ようこそお出で下さいました。主、ミリアに成り代わり挨拶のみにて、
ご容赦願いたい。」
デュランダルの時とは態度が違う、ジル。ま、相手が名門貴族の令嬢なら仕方ないことだが。
「いえ。今の私は、あくまでも女子学生の一人。ここに来たのも彼に連れられてのこと。他意はありませんので。お気になさらず。」
「なるほど。承知しました。さて、デュランダル。」
「ん?」
「このまま城へ入るか?」
「いや。今日は漁の騰がりと大真珠を届けに来ただけだ。」
「そうか。なら・・・。」
「ああ。このまま、ジェシカを連れて村へ戻る。」
「ふむ。帰り、気を付けて行け。」
「ああ。分かってるさ。じゃあな、武官長。」
と、見張りに荷物を渡して、挨拶して去ろうとしているデュランダル。ジェシカは門の先を見て、練武場のような円形の台座が
目に入ったが、気にすることなくデュランダルの後に続いた。ジェシカはそのまま、デュランダルの家に立ち寄る。古い家だった。
居間と寝室が一緒の家で辛うじて、デュランダルの為の部屋が確保されている程度。部屋の広さは4畳一間。
「ここが、お前の部屋か?」
「ああ。物置小屋を改築して繋いだ。」
「なるほど。」
「ま、人を招いたのはジェシカで二人目だけどな。」
「そうか・・・。」
「試験勉強のほうはいいのか?」
「うん、問題ない。今日はいろいろと得難い経験をした。感謝している、デュランダル。」
「そうか。ジェシカが良ければいいさ。」
「ふむ・・・。」
と、デュランダルの正面に座って、ジェシカは周囲を見てみる。机があり、本棚がありそこにはかなりの専門的な書籍が
綺麗に並べられている。すっと立ち上がり、本棚に触れてみる。しっかりした造りだ。また、机にも目を向ける。デュランダルの
隣に腰を下ろしたジェシカは、机の上を見る。そこには2枚の紙。
「これは!?」
「ああ、この前の試験問題だ。」
「どうして二つある?」
「俺の覚書」
「覚書?」
「試験に不正があったら嫌だろ?」
「・・・・・・。」
「それを明確にするためには、確証がいる。そのための証として、試験終了後すぐに書き写している。」
「・・・・なるほど・・・・!?まさか・・・これは・・・?」
「ああ。誰か知らないが、俺の答案用紙に細工して、半分正解の状態で採点している。書き換えられているのは一目瞭然だろう。」
「うむ・・・。筆跡が違う。」
「ジェシカ。」
「ん?」
「このことは内緒だからな。知ってるのは数人だけだ。」
「・・・なるほど。了解した。しかし、デュランダル・・・」
「ん?」
「この本棚にある書籍・・・、かなり専門的なものが多いが・・・?」
「ああ。学院に入学する前に、みっちり知識を得るべきよ。と、家庭教師に言われてな。暇な時に読み返してる。」
「・・・・家庭教師か・・・・道理で・・・。」
デュランダルの年齢は今年で14歳。自分より4つ下にもかかわらず、様々なことを知っている。その秘密を垣間見た気がした
ジェシカは淡く微笑んでいた。(さすが・・・私が・・・見込んだ男だ)と。ジェシカはそのまま、晩御飯をご馳走になった。
食器の片づけを一緒に行い、デュランダルの家族と交流したジェシカ。家を出てからずっと笑顔である。
「ん?」
「♪」
「どうした?ジェシカ。」
「今日は本当に楽しかった。ありがとう、デュランダル。」
「そうか。」
「フフフ。」
そのまま、二人は付かず離れずの距離で寄り道することなく、学院寮まで移動した。ジェシカが寮の中に入るのを
確認したデュランダル、寮の入口から少し移動して振り返るとジェシカの部屋の電気が着いていた。最終的な無事を
確認したデュランダルは、足早にその場から立ち去った。見つかると面倒だと考えた上での行動である。
そうして翌日、ついに学院開校三か月が経過して初の期末試験期間を迎える。貴族の子息たちの思惑と学院側の備え、そして
その標的であるデュランダルの考え、三者三様の思惑が交錯する中、試験が開始された。試験科目は高学部3年の基礎である、
数学・物理・古文・論理・構造学・歴史学・統計学の7科目である。日程は7日間。最終日の科目は『数学』であった。
「どうだった?」
「授業聞いてなかったら、無理だったよ。」
「私も・・・。先生言ってた『ここ、出ますからね』って部分、全部出てたよ」
「真剣に授業に参加していなかったら、点数取れないな。」
「うん。」
「同感」
「さて、あいつはどうだったんだろうな?」
「「「・・・・・・・」」」
クラスメイト4人の視線の先に、デュランダルとジェシカが居る。
「さほど難しくはなかったな。」
「ふむ。授業を聞いていれば、さほど手間取ることもない問題ばかりだった。」
「そうだな。」
「これからどうする?」
「ん?家に帰るさ。試験期間中は、勉強に集中するようにって言われただろ。」
「ふむ。ならば、一緒に・・・。」
「ああ。一緒に帰るか?ジェシカ。」
デュランダルがそう声をかけると、ジェシカは笑顔で応じた。そのやり取りを遠目に見ている貴族の子息たち。
(準備は・・・?)
(ああ、完璧だそうだ)
(クックック・・・。これであいつともおさらばだな)
(ふん。生意気な奴だったな。)
(貴族の俺たちを怒らせるとどうなるか、たっぷり思い知らせてやる)
と、ヒソヒソと話をしている。
その日の夕方、担当の教員と第三者として詰めている人物が答案用紙の受け渡しを行っていた。
「採点は終わっています。保管をお願いしますね。」
「・・・はい。お預かりします。」
教員から答案用紙を手渡された人物、女性教員には女性の補佐が着く。その女性の手が震えていた。理由は、
(いいな。デュランダルという学生の答案に細工するんだ。)
(しかし、そのような不正をすれば・・・・・・・)
(俺の指示が聞けないというのか?)
(・・・・・・・・)
(いいな。もし上手くいけば、本国で便宜を図るよう父に伝える。)
(ですが・・・)
(嫌なら、その後どうなるか、分かっているな?)
(・・・・。)
(これは『命令』だ。異議は受け付けない。)
(・・・・分かりました)
(・・・分かればいい。)
中間試験の時の一幕。今回の期末試験でも同様に彼からの『命令』があった。逆らえば、国に居る家族にどんな
仕打ちが為されるか。知れたものではない。彼女は仕方なく、答案用紙の中から、氏名欄の『デュランダル・ウォン』を
見つけて、束から引き出した。回答欄に訂正を加えようとした時、背後から
「本当にあなたはそれでいいのかしら?」
「・・・え?・・・」
彼女の後ろには、一人の女性が立っていた。
「!?あなたは」
驚くのも無理はない。学院には公式行事でもなければ顔を出さないと伝達されていたからだ。その女性の名は
「ミリア女皇様!?」
そう、アルガスト王朝121代王皇ミリア・ルラサその人であった。
「すでに調べはついているわ。レグリスの貴族『フローデス』の女官、セクリヤ」
「!?」
「セクリヤ、止はしないわ。」
ミリアからの驚きの一言。不正の現場を押さえられたのに、止めないという。
「なぜですか?例の少年のこと、お気にされているのに・・・。」
「だからよ。」
「・・・・・」
「彼はこんなことで、諦めたり、投げ出したりしないわ。」
「・・・・・・」
「どんな障害があろうとも、正面から立ち向かって、乗り越えていく。
「・・・・・・」
「私はそれを見守り、そして少しだけ『手助け』するだけよ。」
「ではなぜ・・・?」
「理由が知りたいのかしら?」
「・・・・・はい・・・・・」
「彼が言っていたそうよ。『やりたくてやったわけじゃないだろうしな・・・』と。」
「!?!?!?」
「あなたはあなたの成すべきことをやりなさい、セクリヤ」
「でもそれは・・・。」
「そうしなければ、ご家族が大変なことになるわ。」
「・・・・・・・・・」
「いいこと!これだけは忘れないで。『罪を憎んで人を憎まず』」
「!?」
「あなたにそんなことをさせる者こそ、責めを負うべき。」
「・・・・ミリア様・・・・」
「いいわね。」
そう言って、ミリアはセクリヤの背後から立ち去って行った。無言になるセクリヤ。
その後、試験日程は順調に消化され、最終日を迎えた。試験開始は午前9時。教室には試験を受けるデュランダルの
クラスメイト達が続々と集まり、席についていった。もちろん、貴族の子息たちもである。
「やっと最終日か・・・」
「一日1教科ってのも良いのか悪いのか・・・」
「でも、集中できるから私は良いかなって思う。」
「そうだね。それは私も同感。」
「なるほどな。言えてる。」
などと、クラスメイトは雑談していた。試験開始10分前になり、担当の教員が入室する。
「え?」
「あの人って確か・・・。」
「間違いないわ。ミリア女皇様よ。」
『何!?』
そう、数学の担当教員の後ろから、ミリアと彼らが知らない女性が一人入室してきた。その女性の顔を知っていたのは
デュランダルだけだった。彼女の顔を見るなり、ミリアの思惑を知るデュランダル。(なるほどな。そういうことか)と。
ミリアの登場に、少しソワソワしている貴族の子息たち。ミリアが教壇に立つ。
「学生の皆さん、試験ご苦労様。」
学生の顔を見回しながら話すミリア。
「今回の試験最終日、少し延長させてもらうわ。時間は2時間。」
ミリアの言葉に互いに顔を見合わす学生たち。
「ただし、これから名前を呼ぶ学生以外は試験開始を10時からとします。」
「え?」
「なぜですか?」
「どういうこと?」
「戸惑うのもわかるわ。でもね。ここは私に従って頂戴。」
学生たちは頷く。
「その前にこちらの女性を紹介するわ。」
と、ミリアが教壇から少し離れ、学生たち(デュランダル以外)が知らない女性が立つ。
「彼女の名は、『ティスティーナ・フレイス』。理事長のお孫さんよ。」
「皆さん初めまして。」
紹介されたティスティーナは笑顔で挨拶。さらに、
「久しぶりね、デューク君。こんなに早く再会するなんて思わなかった。」
と、デュランダルに話しかけるティスティーナ。
「ああ。俺もさ。ティスティーナ先生」
と、デュランダルも応じる。
「な・・・・知り合いなのか?」
「ああ。ざっと5年間。俺の家庭教師をしていた。」
「え?」
「・・・・・」
「どういうこと?」
「家庭教師って・・・?」
「理事長とは知り合いなのは聞いたが・・・。」
「まさか、その関係で?」
戸惑う学生たち。
「彼女には、私から依頼して彼の家庭教師をしてもらったわ。詳細は省かせてもらうけど。」
ミリアの説明に、ざわつく学生たち。
「それって・・・・。」
「優遇されてるってのは本当だったのか。」
「なんていうか・・・・・。」
「でも、納得もできなくはないな。」
「ええ。私たちより年下なのに、あれだけの知識を持っていたんだもの。」
「・・・・・・」
さらに、
「あなたたちに一つ訂正を伝えておきますね。」
と、ティスティーナが話す。
「彼、デューク君は今まで教えてきたどの生徒よりも優秀だった。」
『!?』
「彼は私の教えを吸収して、実力を持って、ここの試験を受けたの。」
学生たちを見回しながら語る、ティスティーナ。
「誤解しないように。今からそれを証明してあげます。」
そういって、ティスティーナは鞄から紙を取り出した。それをデュランダルの机と貴族の子息たちの机の上に配っていく。
「あなたたちの悪だくみは全て露見しているわ。ミリアさんを困らせようなんて大それたことを考えたものね。」
「言ってる意味が・・・?」
「俺達には関係ないですよ。」
「同じく。」
ティスティーナの発言に、物申す子息たち。紙を配り終えたティステーナは教壇に戻り、
「今からその問題を4人で解いてもらいます。制限時間は2時間。」
とティステーナが言うと、
「え?」
「今日の試験は数学ですよ?」
「何の意味があるんですか?」
と、少し困惑気味な子息たち。
「解答を拒否するなら、その場で退学よ。」
と、ミリアの言葉。
「そんな・・・」
「それは下手をしたら問題になりますよ?」
「いくら、あなたの国だからって・・・」
と、ミリアに意見を言う子息たち。
「四の五の言わずに、学生の本分を全うしなさい。」
と少し強めに言うミリア。と、窓際の席から
「なるほど。これは・・・」
とデュランダルの呟き。
「分かる?デューク君。」
「ああ。依然解いた問題より少し違ってるな。」
「ええ。私が少し手を加えているから。」
「そうか。」
と、ティステーナとデュランダルのやり取り。学生たちも興味津々に4人に注目している。もちろん、ジェシカは
デュランダルの机のそばで見ていた。
「みんなにその問題用紙の中身を説明するわね。それは、トリスタン大学監修の大学検定試験『難級』と呼ばれる
最難関の試験問題よ。」
そのティステーナの発言に、
『ええええええええええええええ!!!!!』
と一同驚愕の声を上げる。
「んじゃ、デュランダルは・・・?」
「これを受けたんですか?」
「まさか!?」
「大検の中でも特に難しいっていう・・・」
「合格者数は1%にも満たないって聞いたことありますよ?」
学生たちもそれなりに知っていたようだ。トリスタン大学監修の大学検定試験『難級』において合格点を取らなければ
アルガスト学院への入学は認められない。これがデュランラルに呈示された条件だった。
「その問題を彼は見事突破して、合格点を平均より20点以上多く取って張れて、ここの入学資格を得ることができたの。」
と、真相を語るティスティーナ。
「それが私が出した条件。」
とは、ミリア。
「無茶なことを・・・。」
「それってそんなに難しいの?」
「ああ。普通に授業受けてただけじゃまず合格点は無理だって話だ。」
「小学・中学・高校で学んだこと以外にも問題が出題されるって聞いたな。それと・・・。」
「ジェシカさん、ご存じなんですか?その『難級』って試験問題。」
「うむ、知っている。」
「ジェシカさん、『それと・・・』ってほかに何かあるんです?」
「うむ。知識以外にも頭の柔軟さや発想力も試されると聞いている。」
「え?」
「ただ問題を解くだけではないということ。さすがというべきか。そして私の考えは間違っていなかった・・・。」
と、ジェシカの表情には何か、強い思いのようなものが見て取れる。しかし、それに気づいたものはいなかった。
「試験官を現地から呼んで、本番さながらの状況下で試験は行われたわ。そして見事合格し、彼はここへ通うことになったわ。」
と締めくくる、ミリア。
「すげぇ」
「私なんかじゃとても・・・」
「滅茶苦茶頭いいってことじゃん」
「・・・・・・・」
驚きで、言葉数が減っていく学生たち。
「言っておくけど、彼の場合単純に『頭がいい』じゃなく、発想力と集中力が人数倍に強かっただけよ。勘違いしてはだめ」
「え?」
「頭がいいから合格したというのは違うってことよ。ジェシカが言ってたでしょ?『発想力と頭の柔軟さも試される』って。」
と、補足するミリア。
「あ・・・」
「なるほど。」
「発想力か・・・。」
「頭の柔軟さってどういうのなんだろう。」
それぞれに興味を引く話ではあったようだが、試験開始時間はすでに10分ほど過ぎていた。
「ミリア様、そろそろ始めないと・・・。」
と、担当の教員から申告を受けるミリア。
「そうね。そこの3人は解きたくないなら解かなくていいわ。でも、処分は免れないと思いなさい。」
「え?」
「ちょっとそれは・・・。」
「・・・どうして・・・」
ミリアは子息たちの顔を厳しい表情で見回し、
「私に対して、この学院に対して、何をしようとしたか?思い当たる節がないとでも?」
「「「・・・・・・」」」
3人は互いの顔を見合わす。
「ティスティーナが言ったでしょ。全て露見したと。」
「ええ。トリスタン大学の数理学の助教授は知り合いなの。すでに話をしてあるのよね。『経歴に傷をつけたいの?』と」
「「「!?」」」
驚く3人。
「問題用紙のすり替えを含む不正は既に誰がしたのか判明している。お前たちがどういう行動をとっていたのかも把握しているぞ。」
と3人の背後に現れたのは、ジル武官長。
「学生は学生らしく、学業に精を出すのが本来の姿。体裁や威厳を取り繕うなど本末転倒。さらに貴族なら民衆の手本となる
べく己を律するのが当然。お前たちは恥ずかしくないのか?」
「「「!?」」」
「もし退学したくないというのなら、その『難級』を解いてみなさい。」
「「「・・・・・・」」」
ミリアの言葉に無言の3人。
「すでに始まっているわよ。」
と、ティスティーナが声をかける。試験は開始されていた。デュランダルはすでに問題を解くことに取り掛かっている。
クラスメイト達はデュランダルの机の周りに集まって見守っていた。
「どれどれ・・・・は?」
「どしたの?」
「・・・わけわからねぇ・・・」
「え?」
「どんだけ・・・この問題・・・・難しいって次元じゃないだろ・・・」
「でも、そんな問題を・・・」
「デュランダル君、回答書いてるよ。」
「ぬぅ・・・」
問題を解くことに集中しているデュランダルには、周りの声など聞こえていない。そんなデュランダルを邪魔しないように
見つめているジェシカ。クラスメイト達もジェシカに倣って、静かに見つめていた。子息たちはしぶしぶといった感じで
問題用紙に取り掛かっている。が、精神的に追い込まれている彼等には余裕がなかった。
(いつ気付いたんだ・・・)
(これじゃ・・・・。)
(何のために・・・・。)
3人とも落胆はジェシカの告白の時以上である。これではジェシカに近づくどころじゃない。ジェシカに嫌われさらに口も
聞いてくれなくなるかもしれない。彼等にとってジェシカは憧れの女性であり、知る人ぞ知る『美女』である。貴族と対等に
付き合えるのは同じく貴族。それがジェシカには通じなかった。なぜか?彼等には分からなかった、ジェシカの覚悟を。
その間にも時間だけが過ぎていく。すでにデュランダルは問題用紙の表面の問題を終わり、裏面に取り掛かっている。
貴族の子息たちは動揺もあり、なかなか先に進めていないようだ。
「ではみんなも、そろそろ時間だから試験始めますね。」
と、数学の担当教員から言葉があり、4人以外自分の席に座って試験に取り掛かる。そうして各自が試験に取り組みだして
30分が経過したころ、デュランダルが顔を上げているのに、隣にいた【樽垣由利】が気づいた。
(まさかもう・・・?)
と、思う由利の後目に再び、デュランダルが机上に顔を向ける。どうやら苦戦しているようだ。時間的には厳しいが
貴族の子息たちも裏面の問題に到達していた。それから20分が経過。と、デュランダルが鉛筆を手から離した。
それを見た、ティスティーナ。
「全部解き終わったの?デューク君」
「ああ、なんとかな。」
「ふむふむ。私の計算だともう少しかかるはずなんだけどな。」
「そうか。」
「んじゃこの場で採点しようね。」
と、ティステーナはデュランダルの机上から、問題用紙を回収し採点する。
「さて、どれくらい解けてるかな・・・・・」
ティステーナが採点を始めたのを見た担当教員は、
「ではデュランダル君は、引き続き数学の試験問題を解いてくださいね。」
と、指示。デュランダルはそのまま、数学の試験問題に取り掛かる。
(え?)
(まじかよ)
(もう時間そんなにないはずなのに)
(この試験、結構難しいよね・・・)
(時間間に合うの・・・?)
と、クラスメイトの思いとは別に、デュランダルはさくさくと問題を解いていく。と、
「さすがね。あのひねった問題も解いているなんて。私の教え、しっかり身についているみたいね。感心感心。」
ティスティーナの採点が終わったようだ。持ち前の集中力を発揮して数学の問題を解いていくデュランダル。制限時間が刻一刻と
迫る中、4人だけがひたすら鉛筆を動かしている。しばらくして、子息たちも顔を上げる。
「終わったみたいね。では、回収して採点しますね。」
と、デュランダルの時と同様、ティスティーナが回収して採点に入る。が、数学の担当教員から指示は出なかった。うなだれる
子息たち。その様子を見ていたミリアとジルは、
「次はないと思いなさい。」
「常に行動の監視はつくと思え。好き勝手にここではさせんぞ。」
と、子息たちにくぎを刺してから、教室を後にした。その道中、
「ミリア様・・・・。」
「ええ。監視は緩やかでいいわ、ジル。」
「承知しました。」
「あれだけ言っても、懲りることを知らないでしょうから。」
「ふむ。」
「ま、子供のしたことよ。あまり大袈裟にするのもね。」
「・・・しかし・・・。」
「いいのよ、ジル。もしまた今回のようなことをしようものなら、処分は免れない。」
「・・・・」
「それに、後のことは彼に任せるわ。私たちは静かに見守り、成すべきことを成せばいいわ。」
「そうでしたな。」
「ええ・・・。じゃ、私は城に戻るから、後のことお願いね。」
「はっ。」
と、ジルはミリアに一礼。ミリアは、ゴンドラのある学院裏庭へ向かった。
さて、試験時間も終了。その場で採点した4人の結果発表となった。
「じゃ、私から発表するわね。まず、デューク君・・・・・。」
一同かたずを飲んで待っていた。
「ふふふ、よくできました。98点。」
「そうか・・・。ならあの問題を間違えてたんだな。」
「ええ。少し深読みしすぎたみたいね。」
「ふむ」
「98点・・・」
「すごすぎるだろ・・・」
「見るからに難解な問題ばっかりだったのに・・・。」
「・・・・・・」
「私の予想だと、80点くらいかなって思ってた。ここでの授業、かなり身についているみたいね。」
「まだ3カ月だけどな。」
「それでも大したものよ。これからも頑張って、デューク君。」
「ああ。ありがとう、ティステーナ先生。」
「ふふふ。さてと、続いてそこの三人の点数ね・・・・、55点・68点・63点・・・高校3年生なら70点は最低ラインよ。
授業真剣に取り組んでいない証拠ね。」
「「「・・・・・・」」」
言葉もない子息たち。
「私の役目も終わったので、おじいちゃんと少し話をしたら帰るんだけど・・・。みんな・・・」
一同を見回す、ティステーナ。
「お邪魔してごめんなさい。そしてこれから彼とデュランダル君と仲良くしてあげてね。それでは・・・。」
と、学生たちに一礼してから教室を後にするティスティーナ。
「では皆さん、お疲れさまでした。試験終了しましたので、明日は通常通り登校してください。では、解散。」
と、数学の担当教員は言うと、試験問題の答案を持って教室を出て行った。そうしてうなだれる子息たちをよそに、
クラスメイト達がデュランダルを取り囲む。
「お疲れ様、デュランダル。」
と、声をかけたのはジェシカ。
「ああ。お前もな、ジェシカ。」
「ふふふ」
笑っているジェシカ。
「大した奴だな。」
とは、レオニス。
「うんうん、まさかの連続だよ。」
とは、由理。
「僕も頑張らないと・・・。」
とは、拓斗。
「あんな裏があったとは、いろいろあるのね。」
とは、沙織。そして、下校時にちょっかいをかけてきた、3人の男子学生と子息たちが遠巻きに見つめていた。
(・・・くそっ・・・・)
(なんなんだよ・・・、あいつは・・・)
(テストも運動もできて・・・、なのに俺たちは・・・・、惨めすぎるだろ)
と、がっくり肩を落としている柄の悪い学生3人。
(ちくしょう・・・)
(どうなんるだよ、これから・・・)
(早く戻って報告しないと・・・)
と、落ち着かない貴族の子息たち。
それから数日後、試験結果の発表の日を迎える。結果は、デュランダルが1位、2位にジェシカ、3位にレオニス、9位に沙織、
10位に由利、12位に拓斗という結果であった。由理は前回より10位以上あげ、拓斗は3位上昇、沙織は1位上昇という各自の
頑張りが反映されたものだ。下位に変動はなく、上位にいた貴族たちがランク外に掲示された。数学の試験を解かなかったからだ。
彼らは自分で自分の首を絞める結果になることを考慮していなかった。そういう側面があることを知っていれば、あの大それたことを
計画することもなかっただろう。高学部3年生の結果を冷ややかに見つめている人物が居る。今回の首謀者【ベルフォート・フローデス】
だ。もちろん、表沙汰にはなってはいないが不満であることには違いない。その表情からも伺える。
「2度目はないと思いなさい。」
と、不意に声をかける者がいた。
「・・・・それは忠告ですか?・・・、ミリア女皇。」
「ええ。そう取ってもらって構わないわ。」
「ふん。」
「ここで学生生活を送るつもりならね。」
「そんなことを言っていいのか?」
「ええ。一部の貴族の方々はご不満がお有りのようだけど・・・。」
「・・・・・・」
「大半は賛同していただいてるから。あなたのところが抜けたとしてもどうということもないわ、ベルフォートさん」
「・・・ほう・・・」
「後これは、あなた宛よ。」
と、ミリアから手渡された物は、一通の手紙。その紋様をみて驚くベルフォート。
「!?これは・・・」
レグルス王室女王陛下からの手紙であった。内容は・・・、
(連絡をいただいて非常に落胆しています。貴族としての振る舞いを何と心得ているのか。子供のしでかしたこと、責めるつもりは
ありません。しかし、2度目はないと思いなさい。お父上にもご迷惑をかけることになることを重々自覚の上で、学生生活を送ること
を、強く望みます。追伸 学院でのこと、そこでの生活のこと、話せる機会があれば晩餐会にて・・・、フェルシアより)
手紙の内容を読んで、ミリアを睨むベルフォート。
「報告するのが、私の義務でもあるわ。」
「ほほう・・・、あいつのこともか?知っているぞ。」
「・・・・・・。」
表情が変わるミリア。
「今回は俺の、こちらの敗北だろう。しかし・・・。」
「・・・・・・」
「だが、ここは潔く認めるしかないか・・・。」
双方とも、何とも言えない表情をしている。ミリアを一瞥して立ち去って行くベルフォート。その青年の背中を
見送るミリア。
(休暇明け、一波乱ありそうね・・・。ま、受けて立つわよ。その為の私たちなのだから・・・。)
ミリアの胸中にあるのは、並々ならぬ決意と覚悟であった。
(事を性急に運びすぎた・・・。あいつのことは後回しにするか?・・・。嫌、手はいくらでもある。見ているがいい・・・。
小国がどこまでできるか試してやる。細心の注意を払ってな・・・、ミリア女皇よ)
ベルフォートにも思うところがあるようだ。この確執が今後どう顛末を迎えるか、末恐ろしくもあるが・・・・。
学院は、期末試験結果発表から5日後、初の夏休暇に入る。期間は2か月。一年を上期・中期・下期の3分割で運営する。
デュランダルにとって、初の学校で初の長期休暇である。どのように過ごすのかは次回にて。
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