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光闇の双剣  作者: 千秋 颯
一章 汚れた両手
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八、アザテーウへ

 壁の傍にいる霊亀と、光の壁を展開する二人。

 霊亀の放った水魔法はその壁に激突して、やがて壁を砕き二人をはるか彼方へと吹き飛ばした。

 それを見送ってからオドリはアヴリの方へ視線を戻す。


「あーあ。アヴリ、わざと逃がしたろ?」


 口をとがらせる彼にアヴリは笑いかけた。

 その表情はまるで恋でもしている少女のようであった。


「これでいいのよ……。ふふっ、ますます私のものにしたくなってきたわ」


 風が、二人の髪の毛を揺らす。

 ついさっきまでその脅威を見せていた霊亀の姿は、もうどこにもなかった。


*****


 ランスはフィアナを抱きかかえた状態で吹き飛ばされながらも後ろへ視線を回した。

 霊亀の姿はどんどんと小さくなり、地面の木々は一瞬視界に現れては端へ消えていくという動きを繰り返している。

 幸い、霊亀が追い打ちをかけてくる様子はない。

 しかしこのまま地面に落ちれば二人そろって肉塊となるのは避けられないだろう。


「くっ……押し上げる風(イウン・ボース)!」


 ランスは風属性初級魔法を前方へ放った。

 少しずつ下降してきている今の状況を放っておけば地面にぶつかった時、体がバラバラになりかねない。

 勢いを止めなければ二人して助からないだろう。

 それを避けるためなら大きな負傷も軽いものだ。


大地の変形オリス・エディフォーマ締め付ける蔦(ナウラ・レヴィ)


 ランスの唱えた呪文によって三キロほど先の地面が盛り上がり、一瞬にして壁ほどの高さ、直径五百メートルほどの細長い山が出来上がった。

 更にそこから一本の太い蔦が伸び、彼の左腕を絡みつける。


「ぐっ……ぅ……」


 盛り上がった地面の横を通り過ぎて距離を離そうとした体の動きが一時的に止まり、進行方向と反対側の力が加わった。

 鈍く、大きな音が左肩から鳴る。

 飛びかけた意識を何とか保ちつつ彼は呻き声を上げた。


 二人の体の動きを止めている蔦はミシミシと言いながら痛んでいく。

 そしてそれはまるで何かの糸が切れたかのように真ん中で二つに分かれた。

 彼らの体を支える物は再び無くなった。


 ――が。



「これで……十分だ」


 左腕の痛みに耐えつつ笑って見せるランス。

 支えをなくした二つの体は先ほどまでの勢いを失い、百メートルほど先を目指して落下していく。


押し上げる風(イウン・ボース)


 今度は地面へ向かって魔法を放ち、着地の時の衝撃を少しでも和らげようとした。

 そして彼らは木の枝を巻き込みながら地面へ激突する。


 更に地面を何度も転がり、一本の木の幹にぶつかったところでやっと動きは止まった。

 息を荒げて仰向けに倒れ込んだまま動こうとしないランス。

 その顔は随分と疲れ切っていた様子であった。


「あー……真面目に死ぬかと思った」

「ランス……」


 ランスの上から降りて、心配そうに顔を覗き込んだフィアナに彼は微笑む。

 その顔に怒りのような負の感情はない。


「フィアナは……。大きな怪我してないようで何よりだよ」


 ランスが精一杯庇っていたこともあり、フィアナは擦り傷や打撲といった軽傷で済んでいた。

 ただただ安心しているランスのその様子にフィアナの胸は痛んだ。

 そして、同じくらいの年の少年に守られてばかりの自分がどれだけ惨めで無力であるかを痛感したのだった。


 数分間寝転んでいたランスであったが、いつまでもそうしているわけにはいかない。

 追っ手が来ないとも限らないのだ。

 そして魔力の底が見え始めている彼が今、先ほどの二人と戦闘になればフィアナにまで気を使える自信がなかった。


 ランスの左肩の関節は外れ、おそらくは腕の骨をいくつか折っている。

 背中を強打したしたこともあって動く度に痛んだが立てないほどではない。


「さてと。壁を越える日はまた今度になりそうだけれどいいかな?」

「も、もちろんっ」


 負い目を感じているのだろう。

 目を合わせようとしないフィアナを見てランスはそれに気が付かないふりをした。

 ここで下手に声をかけても彼女はランスが気を使っているようにしか思えないだろう。


「そうなると……。怪我が治るまで休憩できる場所がほしいね」

「え……ランス、自己再生(ラフト・レジナーデ)は?」

自己再生(ラフト・レジナーデ)は使えないんだ。魔法に自信はあるけれど、残念ながら僕もそこまで万能な人間じゃないからね」


 八属性の中でランスが一番苦手とするのは光属性の魔法だ。

 そして自己再生(ラフト・レジナーデ)は上級に属する魔法である。

 ランスならばほとんどの上級魔法が扱えるが、超級よりの難易度である自己再生(ラフト・レジナーデ)は上手く扱えなかった。

 使えうことができないわけじゃないけれど折れた骨を治せるほどではないし、魔力の残りが少ない状態でそれをしたくはなかった。


「だから、知り合いのもとへ寄りたいんだけどいいかな?」

「それはいいんだけど……知り合い? 西聖界に?」

「うん。僕が小さい頃からお世話になっている人たちが森を抜けたところに居てね」


 東聖界の人間だと堂々と言ってしまうような少年が西聖界に知り合いを持っている。

 それも随分親しそうであり、更に複数いるということにフィアナは驚いていた。


「霊亀の攻撃は止まったようだしね……。あれに見つかる前にそこへたどり着こう」


 霊亀の攻撃はたった一撃っきりで、追撃が来るような気配もなかった。

 だけど自分が目的だとすれば魔力が残り少なく、さらに負傷しているという好機をわざわざ逃すという可能性も低いような気がするのだ。


 森の先をランスは見据えた。

 その視線の先は木々が集まる空間の終わりを告げていた。


*****


 西聖界、最東端の国『アザテーウ』。

 周囲の国に比べれば面積の小さな国でその上、土地の一部には大きな湖である。

 けれど太陽の光を浴びる湖は七色の光持っており、その姿は神秘的なものだ。故に西聖界の有名な観光スポットの一つとなっている。


 無事に森を抜けた二人はアザテーウに足を踏み入れ、目的地へ向かっていた。

 そこでランスが気になるのは一つ。


 ――人の視線。


 顔の皮膚は焼けただれ、左腕はおかしな方向へ曲がったまま彼の動きにつられて揺れる。

 フードを被りなおしたためにランスが東聖界の人間だと勘づく者はいないだろうが、それなしでもすれ違う人々から注目されるには十分な姿であった。

 早く目的地へたどり着きたい……。

 そう思っていた矢先の出来事であった。


「――ランス?」


 二人の正面で二十代後半程度の女が立ち止まる。

 白髪を右側一つにまとめた彼女の顔にランスは見覚えがあった。


「ソニアさん」


 彼女の名前をランスは呼ぶ。

 ソニアという名の響きが随分懐かしかった。

 だがそう感じたのも束の間。


「ランス!」


 ソニアがランスの胸に飛び込んで彼の体を強く抱きしめた。

 その瞳には涙が浮かんでいる。


「お前、こんなに大きくなって……」

「いだだだだっ! 痛い、痛いですソニアさん!!」


 

 涙ぐむソニアに抱きしめられながら悲鳴を上げるランス。

 感動を分かち合いたい気持ちは大いにあったが、折れた腕に力を加えられればたまったものではない。

 それでも、彼女の強い口調や声色を聞きつつランスは口をほころばせた。

 先ほど彼が言っていた知り合いの一人が、まさしくソニアであったのだ。


「おっと、怪我をしてるのか?」

「ちょっと派手にやっちゃって。本当はあんまり迷惑をかけたくなかったんだけど……知りたいこともできちゃったし」

「なんだい、水臭い。私とあんたの仲だろう? 今更遠慮なんていらないのに……」


 ランスの体から手を放してやれやれと肩を竦めるソニア。

 その目がランスからフィアナへと移り、彼女は首を傾げた。


「そっちの可愛らしい女の子はあんたの恋人かい?」

「そんなわけないでしょ……。ちょっと色々あって今は彼女の護衛をしてるんだ」

「護衛……? 恋人はないと思っていたけれど、護衛っていうのにもあたしは驚きだよ」

「は、初めまして。フィアナ・ラリングです」


 早口で話し続けるソニアの勢いに押されつつフィアナは自分の名を名乗る。

 少し遠慮気味ではあるが、あと少しもすればそんな彼女の勢いにも慣れるに違いない。

 なんとなくそんな予感がした。


「色々聞きたいこともあるし色々話さなきゃなんないこともあると思うけれど、とりあえず『ギルド』にお邪魔してもいいかな?」

「かなり急いでるようだね……わかったよ。あいつらもあんたが来たって知れば喜ぶだろうさ」

「け、怪我人なのでそのあたりの配慮をしてくれるとありがたいかな……」


 ニヤニヤと笑うソニアにランスは苦笑を返す。

 こうして三人は彼の目的地である、ギルド『精霊の艶笑シープリット・オシーク』へと足を進めたのであった。

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