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光闇の双剣  作者: 千秋 颯
一章 汚れた両手
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六、余裕

 ランスは小さく舌打ちをした。


腕力(ラフト・ミギト)浮遊魔法(イウン・リヴォモール)!!」


 早口の詠唱とともにランスはフィアナを抱き抱えて跳躍する。

 瞬間、三十の炎の玉が二人のいた場所へ飛んだ。

 それを間一髪のところで避けながら二人は空へ向かって上昇を続ける。


 二人の体は周りの木々の頂点を軽々と見下ろせるほどの高さで動きを止めた。

 赤髪の少年がいるあたりを見下ろすが炎の球体がどこかにぶつかった様子はない。

 変わりなく笑みを浮かべる少年からかすかに強者のにおいが漂っている。

 ランスが動揺していたということもあるが、それ抜きでも強いだろうことは十分に予想できた。


「にしても……さっきの魔法は一体」


 ――一体、どこへ消えたのか。

 同じ威力の魔法がぶつかりあえばそれらの魔法は消滅する。

 けれどその場合何らかの反応があるはずなのだ。

 それがないということはつまりその魔法が……


「――!?」


 後ろから魔力をかすかに感じたランスは反射的に急下降を行った。

 そしてフィアナの体を片手で支えつつ左の掌を後ろへ向ける。


水壁(アーテル・シール)!」


 四角い水の壁がランスの背中を庇ったとき、炎の球体がその壁に激突する。

 火属性は水属性と相性が悪い。

 だが、本来ならば簡単に消滅させることができたであろう炎は水の壁を徐々に蒸発させていった。

 そして残ったのは数個の炎。

 ジュッという音が消え、水の壁は完全に消滅したのだった。


「くっ……」


 一斉に二人へ向かってくる炎の玉を無駄のない動きで交わしていくランスの表情からは焦りがにじみ出ている。

 けれど数個ならば、体勢を立て直して水属性の魔法を使って消滅させることができる。


「アーテル……」


 ランスが水魔法を再び使おうとしたとき、木々の間から自分たちを見つめる少年と目が合う。

 狂気を持つその瞳を僅かに細めて笑い、少年は呟いた。


「――バーンッ」


 同時に、ランスが避けたはずの炎が光を放って弾ける。

 大きな爆発音がし、二人の姿は煙と炎に包み込まれた。

 けれど少年は満足することなく更に攻撃を仕掛ける。


炎の弓矢(フラマ・ブアロド)


 構える彼の両手に炎で形成された弓矢が現れた。

 それの標準を合わせ、少年は矢から手を放す。

 矢は木々の頂点を通リ過ぎたあたりで分裂し、十本に数を増やして二人のいた位置へ。


締め付ける蔦(ナウラ・レヴィ)

「――なっ!?」


 直後。


 少年の背後からの詠唱によって地面から蔦が伸び始めた。

 それは彼の体を一瞬で締め上げ、地面から足を浮かせる。


「炎の上級魔法をその速度で使えるとは大したものだね。おかげで冷汗掻かされたし、負傷もしたかな」


 少年の後ろでため息を吐いたランスは右頬を火傷したようで、皮膚が溶けて出血している。

 彼は自分の腕の中で半ば放心状態になっているフィアナを見た。

 恐らく彼女は浮遊移動(イウン・リヴォモール)で空を飛んだのは初めてだったろうし、精神的なものも不安定だった。

 それを配慮せず振り回していたのだからこの状態も仕方ないことである。

 本当ならば気を配ってやりたいところではあるが、それよりも先にどうにかしなければならないのはこの少年についてだ。


「で、君の目的は何なの?」

「殺せって言われたから殺しに来た。そうしたら返り討ちにされた。それだけだ」


 そっけなく言い捨てた少年の様子から余分な情報を漏らすつもりがないという意思が伝わってくる。

 けれどランスとしてはその発言だけでそれなりの価値がある情報を手に入れることができた。


「なるほど? つまり君に指示を出した人間がいる、と」

「うげっ」


 自分が漏らしてしまった情報に気が付いたのだろう。

 けれどここで彼に指示を出した人間のことを聞いても口を割ることはないということはほぼ確実であった。


 拷問、という選択はなるべく避けたいが、それをするということも考えなくてはならないかもしれない。

 彼はランスの一番隠しておきたい情報を握っていて尚且つフィアナが怯える原因である。

 ならば自分のため、そして護衛という仕事を全うするために殺すという選択も悪くはない。


「彼女とは知り合いかい?」

「ん……こっからじゃよく見えねえよ」


 少年の様子を窺いながらランスは質問の方向性を変える。

 拘束されている彼は視線しか動かすことができない。

 故に見辛いというのも本当なのだろう。


 ……だからと言って拘束を解くなどと言ったことは絶対にしないが。

 ランスは彼の正面に回り込んだところでフィアナを地面に下ろそうとする。

 けれど放心状態の彼女をしっかりと立たせるのは難しいかもしれないと考え直して抱きかかえたまま少年を見上げた。


「……チッ」

「そんな簡単に拘束を解くわけないだろう」

「俺、女とかとの絡みなんて全くない……ぞ?」


 少年はフィアナの顔を見て語尾に疑問符を浮かべる。

 そしてその顔は見る見るうちに不気味な笑顔へ変化した。


「……ああ、そいつ見たことあるわ」


 拘束されているという圧倒的弱い立場にいながら彼は声を漏らして笑い出した。

 フィアナがその声で我に返る。

 震えあがる彼女と彼との関係をランスは知らないが、震える少女を見ているのは辛い。

 なるべくこの状況を早く終わらせたいと思った。


「――――ウィンネ・フルスター。そいつ、東聖界の貴族フルスター家の令嬢だよ」

「フルスター家?」

「お前なら知ってるだろ、そいつの事」


 フルスター家。

 東聖界の貴族の中でも広大な領地を持ち、東の聖国に協力的な貴族の一つだ。東聖界の中でなら知らない者はほとんどいない。


「……なるほどね。嘘は吐いてない、か」


 目を見開いて地面を見つめるフィアナを横目で見ながらランスは苦々し気な表情を作る。


「それで、彼女と接触した理由は?」

「西聖国の王宮からの依頼でね。人質にでもしてそいつの両親の持つ領地を自分の支配下に置きたかったんじゃねえの?」

「それについてはさらっと言うんだね。ますます君たちの企みが謎になってきたよ」

「だって俺の目的はお前を殺すことだからなぁ」


 依頼主の情報を流すなど暗殺業においては最も避けなければならないことだ。

 それをさらりと言ってしまった少年をランスは訝し気に睨みながらため息を吐いた。

 あっさりと言ってしまう情報というのは彼にとってどうでもいいことなのだろう。

 つまり、少年本来の目的はランスを殺すこと、もしくはそれを熟すことが目的を達成する近道になるというどちらかでほぼ間違いはない。


「そっちの令嬢にはあんまり興味ないんだ。……まあ、そのうち迎えが来るとは思うけどな」


 フィオナの精神を追いやろうとする彼の性格の悪さに多少の苛立ちを覚えつつランスは彼女の体を強く抱きしめた。

 そして、強い語気で言い放つ。


「――彼女は僕が守るよ」

「いつまでそう言ってられるんだろうな」


 気味の悪い笑みに違和感を覚えながらランスが顔を叱る。


 ――この余裕は何だ。


 立場は明らかに自分の方が上なはずなのに、彼の持つ余裕の理由がランスにはわからなかった。

 けれどその余裕の理由は、少年に絡まる蔦が細かく切り捨てられたのを見た瞬間に悟らされた。

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