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光闇の双剣  作者: 千秋 颯
一章 汚れた両手
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四、リティの国王

 朝日が昇り始めて明るくなりつつあった頭上が一瞬にして暗くなった。

 十人はぽかんと口を開いてその原因を見つめる。

 太陽の光を遮るほどの数の氷。

 魔法自体は中級に値するものだが、その数が尋常ではなかった。

 数が数十ともなれば詠唱後早くても五秒程度はかかるのが普通なのだから兵が呆気にとられるのも無理はない。


「そんな……」


 擦れた声が一つ漏れたのとほぼ同時にランスは右手を振り下ろし、氷の矢を彼らへ降らせる。

 地面を抉る音が静寂なる森に大きく響き渡り、悲鳴や呻き声がその音の隙間から聞こえてくるが氷の矢が止まることはない。

 その様子はまるで雨のようであった。


 無情にもその全てが彼らを襲い、地面が削られる音はかすかな残響へと変化する。

 そして再び森閑となるランスとフィアナの正面には見張り兵の全てが地面の上に倒れ込んでいた。

 そんな彼らの隙間には氷の矢。

 遮るものがなくなった頭上から朝日がそれを照らし、七色の光となって輝いているそれらは不思議な美しさを保っている。


「ランス?」

「……力の差で大勢を圧倒するのは苦手でね。なるべく他人の命を奪わないようにしているんだ」


 フィアナは横たわる彼らに共通するあることに気が付いたのだろう。

 不思議そうに首を傾げる彼女にランスは苦々しく笑った。

 掠り傷などを負ってはいるが、十人の見張り兵からは大きな怪我は見受けられない。

 ほとんどが強大な魔法の脅威にさらされて失神しているだけのようであった。

 それほどの恐怖を植え付けたあのだから、意識が戻ったとしても彼らがランス達を追いかけてくることは恐らくないだろう。


「それに、この人たちも自分の役目を全うしようとしていただけだからね」

「……なるほど」


 どこか力んだ声が彼女の口から零れる。

 口を引き結んで俯いたフィアナの様子を横目で見ながらランスは先へ歩き出した。


「先へ進もう。もう少し壁から離れないといつ奇襲をかけられるかもわからない」

「うん」


 朝日は空を藍色から水色へ染め変えていった。

 





 歩くこと数時間、ランスはげんなりとした顔で足元に転がる七人の男を見下ろした。


「もうこれで十回目なんだけど」


 壁から離れているはずなのに、一時間に数回の頻度で見張り兵に鉢合わせているのだ。

 人数は七から十程度で、ランスの実力ならば一瞬で蹴散らせる人数ではあるがそう何度も来られればうんざりもする。


「ランスが壁を越えてきたって見張りに言ってしまったのが原因かも」

「まあ、そうだろうね。西聖界の人からしたら東聖界の人間が自分たちの住んでいる場所に侵入したわけだから……」

「ううん、それもあるけど」


 言うのを戸惑っているのか、フィアナはランスから目を逸らして何事か考え出した。 


「あのね、西側の人たちは戦力になる人間を集めてるの。東聖界との戦争に勝つために」

「……なるほど?」


 壁の出入り口には必ず見張り兵が数十単位でいる。

 そこを普通に通過しようとすれば兵に捕まってしまうがその分、その軍勢を押し退けられたものは相当戦闘に長けていると言えるだろう。


 兵を蹴散らして強行突破という選択肢を選ばないならば彼らに見つからぬよう壁をよじ登らねばならなくなるが、なんせ高さは十五メートルだ。

 簡単によじ登ることはできないし、仮によじ登れたとしても途中で東西どちらかの見張りにはバレてしまう。


 他の侵入方法としては離れた場所から風属性上級魔法の一つを使うというものもあるが、上級魔法は非常に操作が難しくて、扱える人間も多くはない。

 こちらは魔法に長けている人間のみが扱える方法だ。


 つまり壁を突破してくる人間は稀だが、そうしてやってきた人間は戦力の塊。

 捕獲するのは簡単ではないが、捕まえれば洗脳するなどの手で自分側の戦況を有利にさせることはできるだろう。

 それがなかったとしても東聖界の人間がわざわざ壁を越えてくるあたり、スパイという可能性も大いにあるのだ。捕獲しようという動きは当たり前のことである。


 だから西聖界が東聖界の人間を捕獲しようという考えもうなずけた。

 更にランスは自信が東聖界の人間であることを西聖界の見張り兵に告げてしまった。

 故にフィオナは「お前は狙われるのに十分すぎる」とでも言いたのではなかろうか。

 ……そんなランスの予想は彼女の様子を見る限り少々違っているように見えた。


「ランスの強さはこの短期間で十分に理解してる。だから多分一人で何とかできる。……でも、私がいたら」


 ――ああ、なるほど。


 ランスはフッと口元を緩めた。

 自分が護衛を引き受けたことによって迷惑しているなどと言われるのではないかと内心身構えていたが、それはむしろ逆だったらしい。

 彼女は自分の身を案じてくれているのだ。

 相手が年齢の近そうな少年であるから尚更なのかもしれないが、彼女は初対面の相手に気を配れる人間だ。


「気にしないで。僕は自分の事しか考えてないよ。君が気を配るような人間でもないし、今の僕は君の護衛だからね」

「でも」

「それよりも、僕がいるせいで君を巻き込んでしまっている可能性が出てきたわけなんだけれど」


 反論しようとするフィアナはやはり心優しい少女である。

 ……人間の闇を知らないほどに、純粋だ。


 だからこそランスは自分の心配などさせて幻滅されたくなかったし、自分の内に潜む闇を知られたくなかった。

 彼が無理やり話題を変えたことにフィアナは気づいているだろうが話を戻そうとはしなかった。

 代わりに首を横に振る。


「ううん。ランスがいても、いなくても同じだよ」

「それはフィアナが東聖界の住民だということを知られているってことかい?」

「……そうだね」


 微妙な間が空いてから頷いた彼女の動きはぎこちないものであったが必要以上に彼女の事情を探る必要もない。

 どうせ彼女とは数日間の付き合いなのだから。


「そういうことなら、予定は変えずに君と行動することにするよ」

「よろしくお願いします、護衛さん」

「りょーかいでありますっ」


 フィアナに敬礼を返しながらランスは答える。

 そして二人は小さく笑いあった。


*****


 東の聖国、リティの王宮にて。

 リティ国王は書斎の机に積まれた書類の山を片づけていた。

 時計の秒針が動く音、ペン先が紙の上を走る音。

 黙々と己に与えられた仕事をこなしていた彼の手を止めたのは書斎の戸を叩く音であった。


「テイス国王」

「入れ」


 戸に目を向けもせず短い返事をする国王。

 その声の数秒後、部屋の中へ二人の男女が入ってくる。

 一人は黒色の長い髪を二つに結んだ二十歳程度の女。

 もう一人は赤い髪の少年。年は十五と少しくらいだろう。

 二人は国王の机の前で膝をついて頭垂れる。


「アヴリ」


 国王が女の名を呼ぶ。

 アヴリは顔を上げ、美しく整った顔で目を細めて艶やかに笑った。

 その顔は国王の言いたいことを理解しているかのよう。


「この子はオドリと言います。多少頭の悪さが目立ちますが、戦闘に関しては役に立つでしょう」

「どういうことだよ、アヴリ」


 不満げに声を漏らすオドリではあったが、満更気にした様でもない。

 普段からそのような扱いを受けているのだろう。


「……それで? 手掛かりは見つかったのか?」

「手がかりも何も」


 二人の冗談っぽさが混ざったやり取りへ口をはさんだ国王にアヴリが笑みを深めた。

 紅を塗った唇をチロリと舐めた彼女の瞳に宿るのは狂気。


「国王のおっしゃる容姿と一致する人物が西聖界で目撃されたようですよ」

「……西聖界? なるほど、確かにあいつなら壁くらい簡単に越えられる」


 眉間に皺を寄せて何やらぶつぶつと呟きだす国王。

 先ほどまで二人に無関心だった彼の表情は一辺し、口を三日月型に歪ませる。

 そして気持ちが高まってきたのか、遂に声を上げて喉の奥から笑い出した。


「ククッ、はは……ハハハハハッ」


 笑みはどんどん深まり、声も大きくなる。

 ひとしきり笑い終えると笑みを残したまま国王は二人を見下ろした。


「アヴリ、オドリ」

「はい、国王様」

「はいはーい」

「――――そいつを殺せ」


 笑いを含んでいるはずのその声は随分と冷たかった。

 アヴリとオドリはそれを聞いて同じように笑みを浮かべる。


「それは……私の好きにしてもよろしいということで?」

「結果的に殺せるならば構わない」

「承知しました。全てはテイス・シンフィール様の仰せのままに」


 二人は再び頭を大きく下げた。

 国王はその二人の様子を赤い瞳を細めて満足気に見ていた。

 書斎は狂気で満ち溢れた。

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