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光闇の双剣  作者: 千秋 颯
一章 汚れた両手
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三十、存在価値

 セルの片手剣が炎の剣と交わる。

 しかし炎の剣はセルの片手剣を受け止めることはなかった。

 代わりに彼の剣を通り抜けた炎の剣がセルの顔面へ襲いかかる。


「おっと」


 セルは体を仰け反らせてそれを回避する。

 しかし更に二本目の剣が、次は振り下ろされた。

 それを今度は床に手を着いて倒立することで何とか躱しきる。


「具現化されてねえ……と思ったけどそりゃそうか。だって炎だもんな」


 ただでさえ適属性が不利な戦闘。

 ならば物理でと考えたが、それすらも戦闘を有利に働かせることはできない様であった。

 オドリは更に間合いを詰めてくる。


「おたくは風魔法が得意みたいだけど、火属性使いの俺とやりあえるか?」

「風魔法使いの戦闘範囲はなにも地面だけじゃねえ。――浮遊移動(イウン・リヴォモール)!」


 相手に間合いを詰められるより前に空へ舞い上がるセル。

 空中戦ならば相手のリーチに近づくことなく攻撃ができる。


「上等だ。地上に引きずり落してやるよ」

「そうなるより先にお前が地に伏せるのが先だ」


 オドリは両手に持っていた剣を真ん中で合わせると炎を更に巨大化させ、三メートルほどの長さの両手剣を作り上げた。

 高をくくっていたセルもそれには顔を強張らせるしかなかった。

 普通であれば三メートルもある両手剣を振り回すことなど不可能だが、あの剣は具現化されていない。


 つまりほとんど重さがないのだ。

 かといって格好つけた分際で二度も醜態を晒すことは避けたい。


俊足(イウン・シータ)


 着地してもすぐに動けるよう、念のために俊足(イウン・シータ)を行使する。

 相手の攻撃を避け続けていれば相手にもいつかは隙ができる。

 不利な状況ならば隙ができるまで守りに徹するしかない。


 そこで問題になるのはセルの魔力量だ。

 セルは人並みより使える魔力が少ない。

 故に長期戦に持ち込まれれば勝率はさらに下がってしまう。


「――行くぞ!」


 風を切って迫りくる巨大な剣。

 急上昇してそれを避けるが、剣は急に軌道を変えてそのままセルに襲いかかった。


「なっ……」


 予想外の動きに驚きつつ受け身を取る。

 更に迫りくる業火に怯むことなくそれが自分を包む直前にセルはオドリの剣の柄あたりを狙って魔法を放った。


疾風(イウン・ブラスト)


 唱えたセルを炎が飲み込んだ。

 それを見て笑みを浮かべたオドリであったが。

 鋭い風が彼の持っていた剣の柄あたりを斬りおとした。


 だが固体ではない炎の剣が消滅することはない。

 むしろ逆。


 炎は風魔法と合わさって威力を増し、持ち主であるオドリに刃をむけたのだった。

 燃え上がる柄はそのまま彼の両腕を燃やし始めた。


「ぐぁっ!?」


 たまらず魔法を解除するが一部の炎は衣服を伝って腕の皮膚を溶かしていく。

 オドリは着ていた服を脱ぎ捨てて火傷が広がるのを避けた。

 そして再び空中を見つめたオドリはすでにそこにセルがいないことに気付く。


 同時に背後からの殺気。

 後ろのセルの気配に気づいた時にはすでに自分の腹部を剣が貫いていた。


「がはっ……」

「なるほどなるほど……? 自分の魔力で生成した魔法は自身に害を与えないけど、他人の魔法が混ざると脅威になるって感じか?」


 逆流する血がオドリの口から溢れた。

 冷静な分析を呟きながらセルは剣を抜く。

 オドリは床に膝をついて自分を見下ろす相手を睨んだ。

 その瞳に浮かぶのは絶望。

 それは自分が深い傷を負ったことに対する絶望ではない。


「なん、で……無傷なんだ……」


 重傷を負わせたはずの相手が無傷で立っていたことに対する絶望であった。


 セルは多少服を焦がしてはいたものの、傷を負った様子はない。

 オドリは確かに見たのだ。

 彼が炎に飲み込まれるところを。

 炎の中から抜け出したとしても火傷を全身に覆うのを避けることはできないはず。


「全体攻撃とかは俺効かないんだ。残念だったな」


 そんな魔法も防具もオドリは聞いたことがなかった。

 しかし実際に彼は炎の波に呑まれても無傷なのだ。


「んなの……ありかよ」


 視界が霞んでいくのを感じながらも、オドリはそれに必死で抗った。

 傷は深いが、急所は外れている。

 まだ動けないほどではない。

 オドリは喉で笑う。


「……れねえよ」

「おい……?」


 アヴリは自分が特別であると言った。

 その特別が何を指しての言葉なのかはわからない。

 けれどその間は生かしておくと言った。


 そして恐らく、オドリの『特別』な価値は彼が敗北した瞬間に消えるのだろう。

 誰からも必要とされなくなる。

 敗北した瞬間に自分の価値がゼロになるなんてこと、受け入れられるわけがない。


 ――俺は、こんなところで。


 オドリの異変に気付いたセルは彼の肩を掴む。

 その時だった。


「終われねえよなぁ……」


 オドリの右耳に付いているピアスが赤黒く輝きだしたのは。


 ゆらりと立ち上がるオドリ。

 ピアスが放つ禍々しい魔力にセルは呆気にとられた。


「なんだ……これ」

「――セル!!」


 ランスの声のおかげでセルは我に返るがそれと同時に後ろから大きな魔力の塊が現れる。

 反射的に左へ飛んだセルの右の横腹を長い鎖が掠めた。

 鎖はセルの横腹の肉を抉ってそのまま壁に激突する。


「ぐっ……」


 激痛に顔を歪めながらセルは自分の怪我の大きさを確認する。

 掠っただけ。

 しかし傷口は大きく裂け、出血も想像以上に大きかった。

 そして焼けただれた皮膚。


 先ほどまででも、彼が全体攻撃を仕掛けなければ勝てたかどうかわからない実力が相手にはあった。

 だが、それとは比べ物にならない脅威が自分の目の前には映っていた。


「そこにいろ!」


 駆けつけようとするランスにセルは叫ぶ。

 相手の様子がおかしい上に魔法の威力が格段と上がっている。

 既に大きく負傷しているランスを危険に晒すことはできなかった。

 セルは起き上がってランス達とは反対方向にオドリと距離を取る。


 ゆらゆらとおぼつかない動きでセルの元へ歩いてくるオドリ。

 彼の周囲には鎖が彼を囲むようにして浮いていた。


「仲間とか、家族とか……わかんねえよ」


 ぶつぶつと呟くオドリの目の焦点はあっていない。

 何かにとりつかれたかのような様子に混乱しつつもセルは解決方法を見出そうとする。


(くっそ……横腹が痛え)


 が、しかし、ズキズキと痛む傷に思考を邪魔される。


「俺は、俺自身の価値が、わからないっ……!」


 恐らく話が通じる状態ではないはずだ。

 かといってあの大きな魔力の塊にぶつかりに行くことが無謀な挑戦であることはわかっている。


「嫌だ……俺だけ存在価値がないなんて」


 赤い瞳から溢れる涙を見て。

 彼の言葉を聞いて。

 セルは剣を握りなおした。


「……お前が何を思ってそう言ってんのか、俺にはわかんねえ。でも少しだけ共感できないこともない」


 ――思い出せ。


 相手の様子が変わった時のことを。

 膝をついて、呟いて……。


 鮮明に浮かび上がる先ほどまでの戦闘の場面。

 そしてぼんやりとした頭の中は霧が晴れたかのようにはっきりとしていた。


「なるほど。いっちばん怪しいじゃねえか」


 傷を負って焦っていた自分に苦笑してセルは再び剣を構える。

 これ以外に方法は思いつかない。

 一か八か、この予想に賭けるしかない。


「泣くくらいなら背負い込むんじゃねえ。決めらんねえなら、俺がお前の価値を決めてやる。だから……」


 セルは地面を蹴る。

 炎でできた鎖がセルに襲いかかる。

 それを避けながら剣先が狙うのは一点。


「――目を覚ましやがれ!!」


 セルの剣がオドリのピアスを捉える。

 彼の耳についていた赤い水晶は無数の罅を広げていき。


 ――破片となって飛び散った。

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