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光闇の双剣  作者: 千秋 颯
一章 汚れた両手
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三、桃色の少女

 少しだけ冷えた風が二人の衣服をはためかせる中、少女はランスの名前を何度か口の中で転がした。


「ランス、ね。私はフィアナ・ラリング。さっきは助けてくれて……」

「――それは本当に成り行きって感じだったから気にしないで。……それよりも、とりあえずここから離れようと思うんだけど、ここでそれぞれ自分の目的地に向かって別れるって形でいいかな?」


 一人旅を続けてきたため、人に何度も礼を言われるのにランスは慣れていない。

 再び礼を言おうとするフィアナの声を慌てて遮ってから彼は彼女と別れるのに一番手っ取り早い方法を提案した。


 そもそも偶然彼女を助けただけであり、そのあと彼女とどうこうしようなどという考えは毛頭ない。

 しかしフィアナの方は何かもの言いたげであった。

 彼の提案に彼女は何度か口を開閉させてから口を噤む。


「……まあ、君が良ければなんだけど」


 その様子から目をそらして更に言葉を紡ぐランス。

 先ほどまでのはきはきとした語気とは打って変わってぼそぼそと声を詰まらせている。


「君を家まで送り届ける仕事を引き受けてもいいかな……なんて、思ったり…………」

「えっ?」


 もともとそのつもりだったのか、はたまた彼女の様子を見て何かを察したからなのか。

 フィアナは彼の提案を聞いて驚きを顕わにしたが、彼もまた同じような心情であった。

 らしくないことを言い出したものだ、と思ったが不思議と撤回しようとは思わなかった。

 そして自分なりに何故彼女の護衛役を申し出てしまったのか理由付けした結果、それはやはり自分のためであった。


 勝手に助け出しておいて放っておくという行為によって良心が痛み、結局彼女のことが気にかかってしまうだろうということを自分はどこかで悟っていたのだろう。

 そう結論付けることで、彼は考えることをやめた。


 だがしかし自分のためとはいえ、初対面の男からそんなことを言われればフィアナが驚いてしまうのも無理はない。

 言い方を変えれば、「家について行こう」ということとほぼ同じ意味なのだ。

 だがランスには、その言葉が変な意味ではなく下心も一切ないのだと、彼女を安心させるための良い言葉を思いつけるほど人付き合いがいいわけでもなかった。


 とりあえず自分が危ない人間ではないということを説明するために言葉を並べるが、口から出る言葉は怪しさを増しそうなものばかりである。

 彼女の顔を横目でチラチラと見ながら気忙しく言い訳を並べる彼の様子は、先ほど四人の見張り兵と対峙したときの彼と同一人物であると考え辛くなるほど対照的な印象をフィアナにもたらしていた。


「その、転ばせちゃったお詫びというかなんというか、顔も覚えられただろうから目をつけられただろうし女の子一人でってのも危険かななんて思ったり、僕の目的のためにも情報は確保しておきたいし……」

「……本当に、いいの?」


 静かに、少しだけ震えたその声にランスの声は止まった。

 そしてふと、素朴な疑問を持つ。

 本来ごく一部の人間しか通り抜けることのできない壁の近くまで、フィアナはたった一人で来たのだろう。

 この森には壁以外に特に変わったものはない。

 そして人間らを餌とする『魔物』という生き物の住処もこの辺りには多く存在する。

 特に夜中に活動する魔物は狂暴なものが多い。

 それくらい、フィアナも知らないわけではないはずだ。

 自分の身が危険に晒されることを理解しつつもここまできたということは、行かなくてはならなかった理由が彼女にはあったのだろう。


 そこまで考えてから、ある予感がランスの頭を過る。

 彼は少々面倒なことに首を突っ込んでしまったかもしれないと悟った。

 だがしかし、今更断ることもできまい。


「うん。……何かわけありっぽいし、一度森を抜けた先で話をしようか。僕自身、こっち側の人から情報を聞き出したかったところだったし」

「あ、ありがとう……」

「気にしないで。これも僕のためだから」


 『こっち側』の人間から情報を聞き出したかったというのは実際、彼が壁を越えてきた理由の一つなのだ。


 頷いて立ち上がったフィアナは白いワンピースについた砂を軽く叩く。

 その動きに合わせて腰まで伸ばした桃色の髪が揺れた。

 彼女が歩きだせるようになるまで待っているとランスの視界に白く細いフィアナの足が入り、彼は慌てて跪いた。


「へっ?」

「膝が擦り剥けてる……」


 彼女の膝をまじまじと見ながら重々しい口調で呟いたランスにフィアナは苦笑する。

 両膝は擦り剥けて、予想以上に出血もしている。

 だがそれでも転んでできた程度の擦り傷である。

 きちんと治療をすれば治る程度のもの。


「ランス、ただの擦り傷だから気にしないで……」

「いや、もとはと言えば僕が無理やり走らせたのがいけなかったんだ。ごめん、ちょっとそのままでいてね」

「え……」

治癒(ラフト・ハーニル)


 ランスは光属性中級魔法の治癒(ラフト・ハーニル)を彼女の膝に施した。

 淡い光に包まれた膝は徐々に傷口を閉ざしていき、遂には怪我などもとからしていなかったとでも言うかのように膝の傷は消えてなくなった。


治癒(ラフト・ハーニル)って、光属性の魔法じゃあ……」

「魔法にはちょっと自信があってね」


 フィアナは自分の膝を信じられないように見つめている。


 彼らのいる世界の魔法は大きく八つの属性に分類された。

 火、水、風、雷、地、緑、光、闇……。

 更に初級、中級、上級、超級の四つに難易度が分かれる。


 中でも光属性と闇属性の魔法は初級のものですら一般人が扱えるものは絞られてくるため、そんな魔法の中級をいとも容易く使ったランスにフィアナは驚いた。


「ちょっとやそっとでは治癒(ラフト・ハーニル)を使いこなすなんてできないよ! ランス、魔法の天才なんじゃ……」

「大袈裟だよ。これくらいなら練習すれば多分フィアナでもできる」


 驚きの顔から嬉々とした笑顔へ。

 コロコロと変わる彼女の表情を微笑まし気にランスは見つめる。


「ほ、本当!?」

「うん……多分」


 ――おかしい。


 しかし、ランスはフィアナの勢いに押されつつ思った。

 自分たちは森へ出て、今後のことについて話すのではなかったのか。


 この話の流れではフィアナによって魔法を教えるなどという仕事を増やされそうだ。

 人に魔法を教えるということははっきり言って面倒である。


 護衛ならば自分の力を使って敵を倒していけば住むことだが、魔法を教えるということはそれを相手にわかりやすく説明していかねばならない。面倒なことが嫌なランスとしてはそうなることをなるべく避けたい。


 そして彼の性格上、頼みごとを上手く断ることが難しいため、ランスはそうなる前に立ち上がって壁とは反対の方向を見据えた。


「この森は随分広いよね……。ここから一番近くの町へたどり着くまで早くて三日、遅くて五日ってところかな」

「そうだね……って、あれ。ランスは東側の人なんじゃないの?」

「うん。でももう何回もこっちには来てるからなぁ」


 二人の近くにあった壁は世界全土を大きく三つに分けるための壁の一つである。

 世界の土地半分は魔物が多く住む『魔界』。残り半分が人類の住む『聖界』。


 聖界の東西が対立したことから起こった、長年続いている戦争で作られた壁。

 高さは十五メートルに上り、通り抜ける者を拒んでいる。


 壁を境にして東側を東聖界、西側を西聖界と聖界の住民は呼ぶ。

 それぞれの住民は壁を隔てて住む者を酷く嫌い、殺意を持っている者も少なくはない。

 壁を越えてきたなどということがバレれば襲われ、命を落とす可能性もある。


 そんな危険を冒してまで壁を何度も往復したことがあるというのもランスくらいのものだろう。

 ランスの予感は確信へと大きく傾いていた。


「フィアナ、君は僕と同じ『東聖界』の人間だね?」


 助けてもらったから、東聖界の住民への対応が変化する。

 そんなに簡単に敵意をなくせるものでないことくらいランスは知っていた。


 侵入してきた人間をすんなり受け入れる時点で……いや、ランスが護衛を申し出たあの時のフィアナの反応を目にした時点でその可能性はランスの中で大きく跳ね上がっていた。

 フィアナは少し言葉を詰まらせたが、静かに首を縦に振る。


「うん……」

「まあ、それなりに予想はしてたけど……。じゃあフィアナはどうやって西聖界まで来たの?」

「連れと一緒に来たの」


 彼女のいう連れの姿は見当たらない。

 どこにいるかなど問う必要はないだろう。

 何かを察してしまえるほど彼女の声は重々しかった。


「そ、そっか……」


 なんと声をかけたら良いかもわからず、気まずい空気が流れる。

 しばらく互いに黙っていたが、十秒ほどたった後にランスがため息を吐いた。


「……ごめん、こういう話はもう少し先へ進んでからの方がよかったかもしれないね」


 彼はそう言うなり、フィアナを庇うようにして前に出た。

 やがて、防具と武器がたてるカチャカチャという音が彼らへと近づきやがてそこから先ほどの三人と同じような装備を身に着けた男が現れる。

 数は十人程度。


「フィアナ、僕の後ろから離れないで」

「わかった」


 見張り兵を見据える彼女の目に怯えといった感情はない。

 先ほど危険な目にあった少女にしては落ち着いたその様子に少々感心しつつ、ランスは十の視線に真っ向から立ち向かう。


「やめておいた方がいい……って言っても聞かないんだろうね。ならこっちもその気で行くだけだ」


 先ほどフィアナと話していたときとは大きく変化した彼のまとう雰囲気。

 それは先ほどの三人へ向けて放った圧力と同じものであった。


 緊張したその空気に、彼の周囲にいる誰もが身震いした。

 そこにできた一弾指の間。


「――氷の矢(イーセ・エヴェクト)


 十の見張り兵の頭上に数十という氷の矢が現れた。

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