二十七、おもしれえ奴
オドリは二人の様子を遠くから興味なさげに見ていた。
鞭を振り回して少女を殴り続けるウェールズとそれに耐え続けるフルスターの娘。
鞭がはねる音とウェールズの声、そして少女の呻き声が部屋に響き渡る。
「胸糞悪ぃ」
吐き捨てながらもそこに居続けるのは、小さな可能性に賭けているから。
もしかしたら、あの天才神童がバイパーの毒すらにも対処してここへ来るんじゃないか。
そんな期待が彼の中にあったのだ。
貴族の事情なんてどうでもいい。
強者とぶつかること。
それのみが自分の存在する意味なのだ。
ただ、一つだけ疑問を持つことがあるとするならば。
(あの国王も、アヴリも何企んでんのかよくわかんねえんだよな)
*****
ランスを取り逃がした二人は一度リティへ戻った。
王宮の書斎へ向かい、その趣旨を国王に伝える。
それを聞いた国王はオドリの予想以上に怒りを顕わにしていた。
「チッ……霊亀を使ったんじゃないのか!?」
「使ったのですが、霊亀の攻撃範囲から逃げられてしまったのです」
「くそっ、やっと見つけたっていうのに」
「しかし国王様。彼は連れを連れていました」
爪を噛んで貧乏ゆすりをしていた国王は目だけをアヴリに向けた。
無言ではあるが彼女に続きを促しているようだった。
アヴリは彼の意図を悟って話を続ける。
「以前、貴方様がおっしゃっていたウェールズの中にオドリが潜入した時……彼は西に侵入していたフルスターの令嬢を追いかけていたのです」
「……フルスターの? 何故あそこの娘が西にいるんだ」
「そこまでは存じ上げませんが……。彼女は今レイク・シンフィールとともにいます」
アヴリの言葉に動きを止めるリティ国王。
その表情は見る見るうちに歪んだ笑みへと変化していく。
「なるほど? ……それは好都合だ」
「テイス国王、指示を」
「オドリはウェールズに媚びを売りながらレイクとの接触を図れ。アヴリはオドリが逃がした時の布石を打て」
「了解しました」
「……」
聖界が東西に分かれた今、互いに一触即発な状態なのは政治に興味のないオドリでも知っている。
だからこそ何故そこまで西聖界の貴族に執着するのか疑問に思った。
「今度は必ず殺せ。いいな?」
念を押す国王。
それに返事するアヴリの声を聞きながらオドリは少し不満を持ったのだった。
自分は難しいことが好きではない。
強者と戦えればそれでいいのに。
書斎を後にした二人は長い廊下をしばらく無言で歩いた。
不意にアヴリは彼の前で足を止める。
「国王は随分お怒りだったわね」
「なんであそこまで自分の兄弟に執着するのかはさっぱりだけどな。家族がいない俺にはそこらへんさっぱりわかんねえけどよ」
「オドリ」
振り返ったアヴリは微笑を浮かべて彼を瞳に映す。
何故か悪寒を覚えた彼は体を強張らせる。
「……なんだよ」
「殺せるわよね? ……前回のは手を抜いたわけではないけど本気も出していなかった。そうでしょ?」
「っ……」
全てを見通しているかの視線から逃れたくなり、彼はアヴリから目を離した。
しかしアヴリは彼の左頬に触れるとオドリに接近して顔を覗き込む。
妙にひんやりとした手が妙に気持ち悪かった。
「もっと楽しみたかったけど……余裕もないみたいだし、貴方があの子を殺せたならそれに越したことはないわ」
吸い込まれそうな赤い瞳にオドリは初めて彼女に恐怖を覚えた。
何か、言わなくては。
そうは思うものの、乾いた口から声が出ることはなかった。
「弱い子なんて必要ないわ。……失敗したら、私が貴方を殺しちゃうかも」
アヴリは金縛りにあったかのように動けなくなったオドリから背を向けると軽く手を振って歩き出した。
「貴方が生きているのは貴方が『特別』だからよ。くれぐれも、忘れないでね」
*****
バチン!
鞭のはねる音でオドリは現実へ引き戻された。
反射的に左頬を触ったオドリは舌打ちをする。
「チッ……めんどくせえ」
どうせ、レイクはバイパーの毒で今頃息絶えている頃だろう。
いくら魔力があっても尽きないわけではないのだから。
先ほどの着たいと矛盾した考え。そして自分が恐怖心を抱いていることに苛立ちを覚えながら拳を握った。
「いい加減っ、その目をやめろ!! 東のくそ貴族が!!」
「くっ……」
予想よりも粘る少女は未だウェールズは殴り続けている。
息を荒げて力一杯に鞭を振り下ろす男を見ているのは気分が悪かった。
少女の方は顔や体を腫らしてすでに所々から出血をしている。
初めて出会った時はか弱いただの少女という印象だった。
二度目もそうだった。
……そして、今。
何が彼女を変えたのかはわからない。
しかし三度目の彼女は意志を持った強い目をしていた。
恐らく彼女を変えたのはレイクやアザテーウのギルドの人間なのだろう。
『お前にはわかんねえだろうな』
頭の中で反響する声。
「……うるせえよ」
その時オドリの耳がかすかな音をとらえる。
甲高い笛の音。
――侵入者の合図だ。
「クソ、クソがぁっ!」
叫ぶウェールズも、鞭に打たれる少女もそれには気づいていない。
まさか、とは思うがこのタイミングでの侵入者は他に考えられない。
「ほんとに、おもしれえ奴」
バイパーの毒を受けながらここまで来たというなら大したものだ。
解毒の方法を知っていて回復しているのならそれも面白い。
自然と口角が釣り上がる。
オドリは扉の方を意識しながら侵入者を待つのであった。