二十四、さよなら
セル曰く『毒による熱は一時間もすれば引くが、魔力の完全回復はそれなりの時間を要す』とのことであった。
恐らくランスの魔力が完全回復するのを待っていれば数時間じゃすまないだろう。
それほど魔力の回復は緩やかなものなのだ。
しかし実際の戦闘では魔力が完全回復するのを待つことの方が少ない。
故にそこは些細な問題であった。
熱が下がるだけで随分楽になるはずだ。
更に運がよかったのはセルの適属性が風であり、魔法も上手く扱える人間であったことである。
当初馬での移動を覚悟していたがセルが浮遊移動を使えるため、大きな時間短縮ができるようになったのだ。
二人で事前に簡単な作戦を立てた結果、ウェールズの屋敷に侵入するのは日が暮れてからのがいいだろうという話になった。
それに伴い、日が暮れるまで五時間ほども魔力回復に努められる余裕ができた。
「ランス……お前やっぱ軽すぎだぞ」
問題としては飛んで移動するときに魔法の使えないランスはセルに背負われての移動となるため、周囲に人がいないとわかっていても恥ずかしい気持ちになっているということだけだ。
「もっと食えよな。そのうち折れるぞ」
「折れるって……」
「おっと、シヴェインに着くぜ。ウェールズ家の屋敷がどこにあんのかはわかんねえから適当に……」
「あ、それなら大丈夫。とりあえずシヴェインに入ったところで降りよう」
本当ならば視線を集めるのを避けて国境付近で降りたいが、国境の近くにウェールズ家の兵がいた場合ランスの素性がバレてしまう可能性がある。
ならば兵のいないところに降りた後ウェールズ家の近くで日が暮れるのを待った方がよさそうである。
国境を越えたところで二人は着地する。
地面に足を着いたところでランスは自分の身体が軽くなっているような感覚を覚えた。
「おっ、大分楽になったかも」
「バイパーの毒についてくらい覚えておいた方がいいぜ。あと、解毒効果のある薬草とか木の実とかも持ってた方がいい」
「……すごく苦かったけどね」
身体に害を及ばしそうな味が未だランスの口の中に残っている。
舌に残る味を感じながらランスは改めてシヴェインの風景を眺めた。
木材の建物が多かったアザテーウの街並みとは打って変わり背の高い立派な家々がぎっしりと並んでいる。
「ウェールズ家の屋敷はここから比較的近い場所にあるよ」
「ランスは東の奴なのにシヴェインに来たことがあるんだな」
「子供のころからよく西側には訪れていたからね」
「へえ」
特にどこへ向かうでもなく歩みを進めていた二人だったが、ランスが途中で足を止めた。
彼の正面には布を取り扱っている店がある。
「時間はまだあるから、とりあえず大きな布でも買っておこうかな」
「布?」
「ほら、銀髪は目立つから。いつもはそこまで気にしないんだけど、ここで僕の正体バレたら本末転倒だし」
「なるほどな。頭から被るための布か。時間はまだあるし俺ここ辺りは詳しくないからランスに任せるよ」
二人はなるべく人との接触を避けながら日が暮れるのを待つのであった。
*****
ランスとラオが倒れると、ギルドのメンバーは急に押され始めた。
予想していなかった出来事にギルドマスターのソニアが混乱してしまうと、一気に総崩れした。
「なあ、お前が大人しく捕まってればこいつらは苦しまずに済んだんじゃねえの?」
鮮やかな赤い瞳が冷たくフィアナを見下ろした。
オドリのピアスが怪しく光る。
「お前があの時捕まっていれば、逃げ回らなければこうはならなかった。それなのにまだ続けるのか?」
「わ、私は……」
オドリの視線から逃れたくて、フィアナは俯いた。
視線を落とせば倒れたまま浅い呼吸を繰り返すランスが見える。
彼は大怪我を負っても体を張って庇ってくれていた。
短い期間しか共に過ごしていないはずなのに、随分多くの出来事に遭遇したせいか、彼はもっと昔からいたような存在になっていた。
けれど、自分は彼を困らせていただけではなかったか。
出会った時。
オドリと遭遇した時。
霊亀が現れた時。
魔法を教えてくれていた時。
おつかいに行った時。
言い合いになった時。
そして、今。
どこでも、自分はランスに迷惑をかけていた。
「そっか……」
フィアナは呟く。
「私、ただの邪魔者だった」
頭のどこかではわかっていた。
でも認めたくなかったのだ。
――ランスと過ごしたほんの少しの時間が、とても楽しかったから。
何たる傲慢なことだろう。
自分一人では壁の見張りすら倒せなかったのに。
「今まで付き合わせてごめんね、ランス」
守ってもらった。
魔法を教えてくれた。
楽しい時間をくれた。
――もう、十分でしょう?
これ以上、迷惑なんてかけられれない。
彼がしてくれたことに比べたら足りないすぎるけど。
その何十分の一だけでも、恩を返さなくては。
「……ギルドの人達から手を引いてくれる?」
「そっちが来てくれるなら」
なら、答えはもう一つしかない。
フィアナはランスの髪の毛を優しく撫でた。
「さよなら」