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光闇の双剣  作者: 千秋 颯
一章 汚れた両手
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二十一、魔法の不発

 ランスは重い瞼をゆっくりと開ける。

 木でできた天井を眺めながらどうして自分が眠っていたのか記憶を遡ろうとした。


「うっ」


 ガンガンと殴られるかのような頭痛に呻きながらランスが思い出したのはギルドとウェールズ家の接触、自分の暴走、オドリの弓矢について。

 そして倒れたラオと泣いていたフィアナのことだった。


「――ラオとフィアナは!?」


 ランスは跳ね上がるようにして起き上がる。

 切れた肩や頭が痛むのもお構いなしにベッドから降りようとした。

 しかしベッドの横に座っていたソニアがそれを押さえつける。


「ランス」

「ソニアさん……?」

「……まだ熱いね」


 ランスの肩を押さえつけたソニアは彼の額に触れた。

 ひんやりとした心地よい温度が伝わってくる。

 同時に彼は少しだけ落ち着きを取り戻した。


「ソニアさん、ラオとフィアナは」


 ランスはソニアの目が腫れていることに気付く。

 嫌な予感がする。

 一刻も早く二人の身の安全を知りたかった。

 しかし急かすランスからソニアは目を逸らす。


「ラオは少し前に目が覚めたけど、今は寝てる」

「フィアナは……?」

「……ウェールズの連中に連れていかれた」


 聞きたかった言葉とは真逆の答えがソニアの口から零れる。

 どこかでは悟っていた言葉。

 しかし受け入れたくなかったのだ。

 ソニアの言葉を聞いた途端一度息が止まり、彼は大きくせき込んだ。


「ランス!」

「だい、じょうぶ。それよりも早く助けに行かなきゃ……」


 

 すぐに駆け付ければオドリ達に追い付くかもしれない。

 もうフィアナを泣かせたくなかった。

 立ち上がろうと体に力を入れたところで眩暈がして倒れかけるランスをソニアが受け止める。


「落ち着きな。あんた弓矢の毒で半日寝てたんだ。熱もまだ全然下がってない、折れた骨だって治っていない」

「半日……?」

「……今向かったところであの子には追い付けないんだ」


 狼狽えるランスにソニアの言葉が追い打ちをかける。

 言葉を失ったランスは口を何度か動かしてから項垂れた。

 体調が万全でないまま貴族を敵に回したところで結果は見えている。


 ――本当にどうしようもないのか。


 唇を噛みしめ、拳を強く握る。

 その時握りしめた拳がポケットに入っている何かに当たった。


「……」


 何を入れていたのだろう、とポケットからそれを引っ張り出す。

 ポケットから出てきたのは白いリボンのバレッタ。

 アザテーウの町中でランスがフィアナにとこっそり購入しておいたものだった。


「渡しそびれちゃったな……」


 力なく笑うランスの頬を涙が伝う。

 なんて様だ。

 偉そうに守るだなんて言っておいてラオやソニアを巻き込んで、フィアナを泣かせ、勝手に暴走して、挙句の果てには相手の思惑通りにことを進めてしまった。


「くそっ」


 左手で壁を殴りつけた。

 痛かった。

 殴りつけた左手が。

 それ以上に、心が。


 いいのか、このままで。

 なすすべなく諦めるしかないのか。


「僕は……」


 呟いた時。

 不意にフィアナの姿が瞼の裏に浮かんだ。


『ありがと』

『ランスなら大丈夫』

『――ランス!』


 よく泣くけれど、とても真っ直ぐな目をしている少女。

 その姿が浮かんできて。

 ランスはもうとっくに彼女が自分にとって『大切な人』であったことを悟った。

 出会ってから日は浅い。

 でもそんなことは関係なかった。

 偶然のようにして出会った少女。

 ランスが嘘を吐いていることを知っても信じてくれた少女。

 彼女の存在が、自分の中でとてつもなく大きいものになっていた。


 ならば自分がすべきことなど。


 ――もう、決まってるじゃないか。


「追い付けなくとも……何もしないなんて僕には無理だよ」


 ランスはソニアの手を左手でどけるとふらつきながら立ち上がった。

 自分が何をすべきか、何をしたいのか。


「僕はフィアナを泣かせたくない。あの子には笑っていてほしいんだ」

「待ってランス、今のあんたじゃ――っ!?」


 ランスは立ちふさがるソニアの額に中指で触れた。

 指から淡い光が放たれ、ソニアはランスの腕の中に崩れ落ちる。

 途端に体が熱を発してついさっきまでの何倍も体の重さが増えたような感覚になる。

 ランスはふらつく体勢を何とか保ちつつ静かに眠るソニアの顔を見た。

 彼女の右目に涙が浮かんでいるのを拭き取ってからランスはソニアをベッドに寝かせる。


「ごめんね、ソニアさん」

「行くのか」


 背後から気配を感じたランスは振り返る。

 すると戸の前で微笑するラオと目が合った。

 肩を上下させているところを見ると彼も相当な体力を消耗しているように見える。


「……うん」

「俺らはお前との約束を忘れてない。……だから、くたばるなよ」

「ありがと」


 ラオと短く言葉を交わすとランスは窓から飛び降りた。

 小さな音を立てて地に足を着き、走り出す。

 ウェールズ家の屋敷の位置は把握している。

 恐らくランスが着く頃にはフィアナもそこにいるはずだ。


 ならば、そこへ侵入してフィアナを取り返す。

 少々強引な手だが考えている時間も惜しかった。

 体力の持つ間に何とかしなくてはならないのだから。


 ウェールズの屋敷はアザテーウの隣国『シヴェイン』にある。

 現在の時刻は昼。

 浮遊移動(イウン・リヴォモール)を使えば一時間ほど、馬を使えば次の日の朝までには着くことができる。

 しかし体力のすり減っている今、侵入したとき戦闘になる可能性も考えれば魔力は温存しておきたい。

 そこでランスはアザテーウの何処かで馬を借りる選択をする。


「きっつ……」


 アザテーウの町へ入ったところでランスは一度足を止めた。 

 身体が重い上にすぐに体力が尽きる。

 ランスは膝に手を置いて呼吸を整えた。

 時間を無駄に使わないために、ぼんやりとした頭を精一杯奮い立たせながら馬を借りた後からシヴェインへ向かうまでのルートを考える。

 すると予期せぬ形で彼の思考は止められた。


「おい、お前」

「――っ」


 振り返ればそこにいたのは五人の兵。

 軽装なところを見ると壁の見張りだろう。


「……なに?」

「お前、最近森を歩き回っていた銀髪だな」


 恐らく否定しても無駄だろう。

 西側で銀髪は珍しい上に一つの都市にランス以外に銀髪の少年がいるとは思えない。

 何とか兵から逃れたいところではあるが周囲には通行人もいる。

 できれば穏便に済ませたいところだ。


 しかし頭を働かせた結果、それは無理だという結論に至った。

 ランスは右腕を負傷しているうえにろくに体力も残っていない。

 肩を掴んでいる手すら振りほどけないほどランスの身体は衰弱していたのだ。

 魔法を放ってどこかに身を潜めるしかない。

 ランスは無詠唱で火魔法を使う。

 だが。


「抵抗すらしないのか」

「聞いていたほど乱暴ではないな……」

「というより、大人しいというか」


 三人は無言で立ち尽くすランスに首を傾げた。

 しかし一番首を傾げたいのはランスだ。

 確かに火属性の魔法を放ったはずだった。

 だが兵三人に未だ異変は見られない。


 つまり、魔法が使えなかったのだ。

 かといって他に逃れる方法も考えられない。

 初めてのことに加えて熱で頭が上手く働かないのだ。

 ランスが混乱していると一人が彼の腕を掴んで連行しようと試みた。


「……なにをしている。さっさと動け」

「待て。こいつ、なんだか様子が……」


 火照った顔、荒い呼吸。

 異変に気付いた兵が様子を見ようとランスの顔を覗き込むのと同時にランスは地面に膝をついた。


「お、おい!?」


 衰弱した体は予想以上に早く限界を迎えたのだ。

 立ち上がらせようとする見張り三人の声をどこか遠くに感じていた中。


「あーっと、すんません。俺の連れがなんかしましたかね?」


 一つの声だけが、随分大きく聞こえた。

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