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光闇の双剣  作者: 千秋 颯
一章 汚れた両手
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二十、ごめんね

 ラオは赤茶の髪の毛を掻き上げてオドリを見下ろした。


「ったくよお、あいつ怒らせると落ち着かせるの大変なんだぞ」

「いやー、さすがにここで超級ぶっぱされるとは思わなかったな」


 挑発した相手もランスがここまで暴走するとは思っていなかったのだろう。

 不意を突かれて自分の身の危険を感じたからこそラオとランスのやり取りを静かに見守っていたのだ。

 かくいうラオもランスとは長い付き合いになるがここまで取り乱した彼を見るのは初めてであった。


「まあ、何でお前があいつについて色々知ってんのかとかは置いといてさ。……仲間を傷つけられちゃあ黙ってもいられないんだわ」

「その仲間が実は人殺しでしたー。って知っても?」

「動揺させようとしてんならご愁傷様」


 首をならしながら不敵に笑うラオは次の瞬間オドリの正面から姿を消し、背後に回り込んだ。

 背後に回り込んだ彼の顔は笑ってこそいるが、目は怒りで満ちていた。

 両手剣がオドリの背後から首をはねようと襲いかかる。


「こっちも化け物かよっ……」


 大きく跳躍してそれを避けるオドリだが、ラオは大刀を扱っているとは思えない速さで跳んだ状態の相手の身体を切り上げる。

 彼の右耳に付いた赤い結晶のピアスが激しく揺れる。

 しかし剣先はオドリの身体をとらえるものの、切り口が浅く致命傷にはならなかった。

 右肩を負傷したオドリは痛みに顔を歪めながらラオと距離をとる。


「あいつが人殺しなんてこと、とっくに知ってんだよ」


 ラオの踏みしめていた床が音を立てて凹み、薄い魔力の膜が剣全体を包み込んだ。

 赤茶の髪は微かに赤さを増す。

 彼が笑うことはもうなかった。


「東の聖国の王子だってことも、自分の境遇に苦しんでいたことも知ってる。けど、そういうの以前の問題でな」


 両手剣を右手だけで持ち上げてその先をオドリへ向ける。

 同時に剣を包んでいた炎の威力が上がり、ラオの身体をも包み込んだ。

 それはラオ自身の感情を表してるかのようにも見える。


「――あいつは大切な仲間で、家族なんだよ」

「だから、人殺しも全部許すって? とんだ都合のいい話だな」

「他人にどういわれようが関係ないさ。俺は善人じゃない。善人何人も並べてたところで、家族一人のがずっと大事なんだ。大事なのは……人を殺してようが何だろうが、俺の中でランス・オリヴァンの存在価値は変わんねえってことだけだ」


 お前にはわかんねえだろうな、と吐き捨てるや否やラオは床を蹴り上げた。

 魔法陣の現れた周囲の人間は危険を察知したのか二人から距離を取っている。

 それは両手剣使いのラオとって動きやすくなり、都合がよかった。


 彼の動く速度は先ほどより更に上がり、その動きは風すらをも引き起こした。

 オドリは自分の持っていた弓矢をラオに放つがそれは彼の頬を掠めるだけ。

 矢を放ったオドリの隙を見逃さず、ラオは己の剣でオドリを切り伏せる。


「あっぶねえ……」


 しかし切り伏せられたのはオドリによって作り出された炎の分身。

 ラオは動じることなく更に剣を振るう。


 しかし。


「生憎、正々堂々戦うなんて考えなくってね」


 それをすれすれで避けたオドリは小さく笑った。

 そして素早く弓矢を構えるとそれをフィアナに向けて手を放す。


「――ランス!!」

「くっ……」


 ラオの叫びより早く反応したランスは隣にいたフィアナを突き飛ばした。

 ランスの左肩を矢が掠める。

 二人が矢を避けたのを横で確認したラオは一瞬安堵の表情を浮かべた。


「……受けたな」


 が、しかしオドリは自分の頬を指さして喉で笑いだす。

 ラオはそれを見て矢の攻撃を掠めた頬を触った。

 血が流れているのを感じながらラオの頭の中で一つの考えが過る。


「まさか、お前っ……」


 何かを言いかけるラオはそれを最後まで言うこともできず剣を床に突き刺して跪いた。

 同時に彼を包んでいた炎は消滅する。

 呼吸は乱れ、視界がぐるぐると回り、吐き気が込み上げてくるのを堪えながらオドリを見上げる。


「天才神童レイク・シンフィールに正々堂々挑んで勝てるなんて思っちゃいないぜ。……こうでもしなきゃ勝てないってわかりきってたからな」

「やっぱ熱くなるもんじゃ……ねえ、な…………」


 大量に汗を掻きながら顔を引き攣らせて笑ったラオはやがて床に倒れ込んだ。

 ラオが意識を失ったのを確認してからオドリはランスとフィアナの元へ歩み寄る。


 ――もっと早く気付くべきだったのだ。


 肩の傷口に触れながらランスは後悔する。

 オドリは魔法を使っていなかった。

 使わなかったのではなく使えなかったのだ。


 わざわざ己の魔法を封じてまで弓矢を使う理由。

 何かが仕組まれていると考えるのが普通であった。

 一度戦った自分ならそれに気が付くのは難しくなかったはずだ。

 その違和感に気付いていれば対処ができた。

 自分が感情的にならなければ、ラオが倒れることもなく自分が矢を受けることもなかのだ。


「ははっ、つくづく僕は駄目な奴だな……」

「ランス、しっかりして!」


 全身が熱くなるような苦しさに喘ぐランスの肩をフィアナが掴んで揺さぶった。

 フィアナを渡したくない。

 守りたい。

 目の前の少女を見てそう強く思うのに、体は言うことを聞かない。


「なあお嬢様よぉ、もういいんじゃないか?」

「フィアナ、逃げ……」


 ゆっくりと近づいてくるオドリの歩みを感じながら絞り出した声は視界が暗転すると同時に途切れた。


「私のせいだね……ごめんね」


 声は聞こえるのに。

 違うよ、と言ってあげたいのに。

 倒れた自分を抱きしめて泣く少女の温度を感じながら彼の意識は途絶えた。


 結局、自分は少女一人ですら守れなかったのだ。

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