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光闇の双剣  作者: 千秋 颯
一章 汚れた両手
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十九、奇襲

 爆音が聞こえ、ランスは反射的にベッドから立ち上がった。

 部屋が大きく揺れる。


「なんだ……?」


 周囲を見渡すがフィアナの部屋で何かが起こった様子はない。

 その時、湧き上がるように人の怒号や爆音が聞こえ始めた。

 騒ぎは下の階から聞こえる。


「……下か」

「ランス、行こう」


 ランスに次いで立ち上がったフィアナは涙を拭い、彼を見上げた。

 タイミングから考えれば、下での騒ぎは恐らく昼間に遭遇したウェールズ家の兵がフィアナを攫いにに来たものではないか、というのがランスの予想だ。

 何故居場所がバレたのかはわからないが。


 となると、フィアナを下に連れていくのは危険である。

 しかし二階に一人残せば壁をよじ登られて連れ去られる可能性もある。

 かといってフィアナと二人でここに息を潜めるという選択をランスはしたくなかった。


 今ギルドに残っている精霊の艶笑シープリット・オシークのメンバーは少ない。

 ラオやソニアの実力を疑っているわけではないが、ランスは彼らが心配だった。

 そもそも、もとはと言えばランスがフィアナから離れなければ兵に見つかることもなかったのだ。


「どうすれば……」

「大丈夫」


 フィアナは桃色の瞳で真っ直ぐランスす姿を映す。

 先ほどまで泣いていた女の子と同じ目だとは思えないくらい迷いがなく、そこからランスを信頼してくれているのが伝わってくる。


「ランスなら大丈夫って、そんな気がするんだ」

「フィアナ……」

「だから、行こう。ソニアさんたちを助けないと」


 ――迷っていては駄目だ。

 今自分の目の前にいる少女はこんなにも真っ直ぐ自分を見ている。

 信じてくれている。


「……わかった、行こう」


 ならば、自分が迷っていてどうするんだ。

 ランスはフィアナの手を握り、部屋を飛び出した。

 階段を速足で下っている途中、下からラオが現れた。


「ランス、フィアナちゃん」

「ラオさんっ」

「ラオ、何が起こってるの?」

「ウェールズ家の兵がフィアナちゃん探しに来たんだ。数はそこそこだけど押し切れないほどじゃない。……ただ一人厄介なのがいてな」

「厄介……?」


 階段を下りきった二人にわかるよう、ラオは一人を指さした。

 剣や魔法が交差する中、大きな魔法を放っている赤髪の少年。

 森で出会った赤髪の少年、オドリの姿がそこにはあった。


「なんであいつが……」

「知ってるのか?」

「森で戦ったんだよ。……霊亀を操っていた女と一緒にいた」

「あいつか。人が多い中をちょこまかと動き回るから俺が突っ込もうにも他の奴らが邪魔でな……ちょっと苦戦してたんだ」


 ラオの持っている剣は普通よりも大きな両手剣だ。

 建物の中での戦闘では苦戦するのも仕方ない。


「……とりあえず少し距離を詰めよう」


 三人は倒れているテーブルの陰に滑り込み、オドリの様子を窺う。

 彼はソニアたちやウェールズ家の兵が剣を交えているのを眺めているだけ。

 ギルドメンバーが攻撃を仕掛ければ避けるだけで反撃もしない。

 相手と距離を保つために魔法を放つことはあれど、それを人に向けることはしない。

 それほど集中して何かを探しているように見えた。

 そしてオドリが探しているのは恐らくフィアナのはずだ。

 フィアナを狙っているはずの兵たちがオドリを敵とみなしていないのが大きな証拠。


 森で出会ったときは興味なさげだった彼が、何故今ウェールズ家の兵と共に現れたのかはよくわからない。

 霊亀を出現させたアヴリという女の姿も見えなかった。

 が、何が目的であったとしても彼にフィアナを渡すわけにはいかない。

 ランスはフィアナを見る。

 彼女もまた、ランスを見つめている。


「大丈夫だよ、ランス。森の時はエリスを捕まえてしまうくらい強いんだって、怖かったけど……今は大丈夫」

「……そっか」

「伏せろ!」


 微笑みあう二人にラオが叫んだ。

 反射的に伏せたランス頭上を一本の矢が掠め、三人の背後の床に突き刺さる。


「せっかく探してたのに隠れてるなんて酷くないかぁ?」


 三人から五メートルほど離れた場所。

 赤髪の少年はテーブルの陰に身を潜めていた三人に声をかけた。

 周囲の騒ぎに負けない声量で語りかけるオドリの声ははっきりと聞き取ることができた。


「おいおい、無視かよ。せっかくあの時の仕返しをしに来たってのによ」

「……」


 ランスとしては相手に気付かれずに近づきたかったが、それができなくなった今となっては隠れても意味がない。

 無言で立ち上がったランスを見てオドリは怪し気に笑う。


「……あの時はフィアナに興味を無くしたように見えたんだけどね」

「ああ、どちらかと言えば俺はお前の方に興味があるんだけどさあ。テイス国王がね、西側について探るためにってさ」

「――て、テイス……!?」

「おっと」


 驚愕の表情を浮かべるランス。

 その様子に軽い調子で言葉を並べていたオドリは口を滑らしたことに気付いて片手で自分の口を塞ぐ。

 しかしその指の隙間から覗く口が見る見るうちに歪みだした。

 そして彼はクク、と喉で笑いだす。


「ああ、そうだったな。テイス・シンフィールは、お前が殺したんだったよな? その剣でさ、自分の兄の心臓を……」

「――黙れ」


 身を潜めている二人が自分を見ているのを感じた。

 それだけは、誰にも知られたくなかった。

 信頼してくれている仲間だからこそ、自分は『偽善者』のままでいたかった。

 そして何よりも。


 ――自身が、思い出したくなかった。


 ランスはテーブルを跨ぐとゆっくりとした足取りでオドリのいる場所へ向かう。


「おい、ランス!」


 ラオの制止は聞こえていたが、二人の元へ戻るつもりはなかった。


 ――今すぐに、ペラペラと言葉を吐き出すあの口を止めなくては。


 そのことだけで頭がいっぱいになる。

 歩みは徐々に速度を上げ、左手には氷の剣が生成される。


「こっわいねえ。いくら他人に善人ぶったところでお前が兄を殺したって事実が消えるわけじゃないのにさあ」

「黙れ……黙れ黙れ黙れええええええええ!」


 心の中をすべて覗き込まれたかのような相手の発言に。

 ランスは我を忘れて叫ぶ。

 獣の咆哮のごとく叫ぶランスはもう正気ではなかった。

 ランスはオドリの腹部を狙って氷の剣を突き出す。

 それをオドリが躱すと更に間合いを詰め、相手の腹に蹴りを入れた。


「ぐっ……ってえな」


 呻き声を漏らし、大きく後ろへ下がるオドリ。

 それを見送るそれを見送ったランスは相手が体勢を立て直すのを待たずに魔法を放とうとする。


「……黙れって、言ってるんだ」

「あーあ。思ったより簡単に壊れちゃった」


 一撃を喰らいながらも余裕そうに笑うオドリ。

 ランスは冷たい視線をオドリに注ぎながら彼の方向に手をかざす。

 すると半径十メートルほどの巨大な円状の模様がオドリを中心にして地面に現れた。

 赤く輝くそれは炎属性の超級魔法使用時に現れる魔法陣。


 魔法陣の上にはオドリ以外にも多くの人間がいる。

 そんな場面で超級魔法を使えば死傷者は半数を超えるだろう。


 しかしすでに正気ではないランスはそんなことにすら気を遣えなかった。


「馬鹿、やめろ!!」


 ウェールズ家側の人間もギルドの人間も動きを止めて自分の足元を見る中、ラオは陰から飛び出し、人並み外れた身体能力を使てランスの前へ立ちはだかった。

 焦点の合わない目をしているランスは首を小さく横に傾ける。


「なんで邪魔するの?」

「とりあえず落ち着けって言ってるんだよ! こんなところで超級なんてぶっ放したらソニアやフィアナちゃんだって無事じゃあ済まないんだぞ!?」

「……」

「そんな面してんじゃねえよ……」


 虚ろな目に語り掛けるラオは寂しそうに顔を歪ませた。

 その表情が、ランスの心を大きく揺さぶる。


「護衛のお前が……守る側のお前がフィアナちゃんを泣かしてどうするんだよ」

「え……」


 その表情と、彼の言葉。


 ランスはフィアナへ視線向ける。

 それと同時に彼女の声が飛んできた。


 そして、彼女の声。


「――ランス!」


 叫んだフィアナは大粒な涙を流している。

 苦し気な表情で、それでも彼女は必死に声を届かせようとしていた。

 二人の悲し気な顔と言葉は、我を取り戻すには十分だった。



『大丈夫』


 何故フィアナが苦しそうにしているのか、ランスにはわからない。

 けれど自分を信じてくれた少女の言葉が頭の中に響いて、自分が今しなければならないことを思い出すことができた。

 ランスは両手を下におろし、氷の剣を床に落とす。


「……」


 魔法陣と氷の剣は消え、部屋中に沈黙が訪れる。

 ラオはそれを見てランスの頭を乱暴にかき回した。

 彼の手の動きと共にランスの頭が揺れる。


「謝るのは後でな。……お前は自分の仕事を全うしろ」

「……うん」

「あいつは俺が引き受ける」


 二度頷いたのを確認すると、ラオは手を放して背中に背負っていた両手剣を抜く。

 ランスは二人に背中を向けてフィアナのもとまで走った。

 テーブルの陰に滑り込んだ彼はフィアナと目を合わせることなく腰を下ろす。


「……ごめんね」

「ランス……」


 少し挑発されただけで取り乱して周りを困らせてしまった。

 瞼を閉じれば、その裏に浮かぶ泣き叫ぶフィアナの顔が消えない。

 彼女にどんな顔をすればいいのかも分からず、ランスは黙ってオドリとラオの様子を窺った。

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