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光闇の双剣  作者: 千秋 颯
一章 汚れた両手
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十八、泣き笑い

「私の本当の名前はもう知ってるよね?」


 問いに、静かに頷くランス。

 ウィンネ・フルスター。

 東聖界で強大な権力を持った貴族の令嬢の名だ。


「私が生まれた時期は……ランスも知ってるだろうけど、聖界が東西に分かれる直前……一番争いが大きかったころだった」


 静かに語りだしたフィアナ。

 ランスは彼女の話に集中して耳を傾ける。


「うん。今でこそ収まってきつつはあるけれど、戦争が一番激しかったのはその頃だったと学んだ覚えがある。西側が少しだけ優勢だった」

「そう。……だから両親は娘の身を案じて四歳の誕生日の翌日、私を西聖界に逃がした。……エリス・ガルシアっていうその頃屋敷を守っていた一人の兵と一緒に」


 彼女から唐突に告げられたその名前にランスは息を呑む。

 驚かずにはいられなかったのだ。


 エリス・ガルシア。


 その正体は東の覇者とも呼ばれる男である。

 十歳にして東で最強の座を手に入れ、その腕は四天王を除けば聖界中で一番となりえるとも言われた男。

 当時劣勢だった戦争も彼一人いればすぐに逆転できるだろうと期待される程であった。

 そんな大きな名前が出るとは思ってもいなかったランスはその名前に不意を突かれることとなった。


「……東の覇者と同姓同名、とかそういう感じ?」

「東の覇者で間違いないよ。本人はその呼び方を酷く嫌ったけれど」


 随分と偉大な人間の名前が飛び、ランスは半信半疑で問うた。

 その理由は大物の名前を唐突に出されたため、ということだけが理由ではない。

 そもそも、東の覇者は十四年前、東の覇者と呼ばれるようになった二年後に姿を消しているのだ。


 その後の消息は不明。

 更にいうならば、それほどの人間が西聖国の貴族兵に易々捕まるということなどあり得ないのだ。


「信じてもらえないのも仕方ないよ。私もこれに関しては半信半疑だったし。……エリスが私の家に来たのは、私が二歳の頃だったかな。物心ついたころからずっと近くにいたエリスは血は繋がっていなかったけれど……私の中で、お兄さんみたいな存在だった」

「君に魔力を無駄に使ってるって言ったのは……」

「うん、エリスだった」


 消息を絶った東の覇者。

 それが実は一つの貴族に匿われていた、という事実を簡単に鵜呑みにすることはできない。

 しかし今までのフィアナの話を思い出せば、連れがもし東の覇者であれば簡単に話の筋が通るのだ。


 魔力の流れを見ることができるのは魔法の扱いに長けた者のみ。

 そして当時最も荒れていた戦場の横を簡単に抜けることができる実力者。

 エリス・ガルシアならその条件すべてに当てはまるのだ。


 ――フィアナの言うエリスが本当に東の覇者なのか。

 疑問は拭えないが、はっきり言ってしまえば彼女の言うエリスが東の覇者かどうかなど今考えることではない。

 今はフィアナの話に集中するべきである、とランスは頭からその疑念を追い払った。


「私たちは両親が買い与えてくれた西聖界の小さな町の小屋でしばらく暮らしてた。……さすがに学校には行けなかったけど、代わりにエリスが勉強を教えてくれた。町の子たちとはよく外で鬼ごっこなんかして、転んで帰ってきた時はエリスなんて真っ青になっちゃって。今思うとすごく心配性な人だったんだけど……優しいお兄ちゃんだった」


 次第にしぼんでいく声。

 涙が溢れかけるが、それをフィアナは何とかこらえていた。

 震える声を何とか押し出しながら語られる話をランスはなるべく口を挟まないように聞いていた。


「……どこから漏れたんだろうね。ある日、私たちがフルスター家の者であることを嗅ぎつけられちゃったて。そこから三年間、私たちは正体を隠しながら西聖界中を旅した」

「エリス・ガルシアは東へ戻ろうとは……」

「もちろん、真っ先に考えた。でもその頃にはもう壁が出来上がっていた。それを私たちは知っていたから行かなかったの。エリスも私も……それが『光の壁』と同じものだと勘違いしていたから」


 ――光の壁。


 この世界において最大級の二つの壁だ。

 聖界と魔界との境界線に突如現れた壁。

 その高さは果て知れず、一説によれば果てなどないとも言われている。


 光の壁は言葉のように光でできており壁の先が透けて見えるため、一見その壁を通り抜けることができるように見える。

 しかし実際にその壁に触れれば、複雑に入り混じった強大な魔力で触れたものを跡形もなく消してしまうという。


 危険な物ではあるがそれがあるおかげで魔界から聖界へ攻め込む魔物はいなくなった。

 聖界へ入る前に消滅してしまうからだ。

 三年前までは『壁』と言えば光の壁のことをさしていたため、二人が勘違いしてしまうのも仕方のないことであった。


「辛いこともあったけど、その度にエリスが励ましてくれたから私は頑張れた」


 三年間追っ手から逃げ続ける旅は恐らくランスが思うよりも苦しいものだったはずだ。

 フィアナが言う通りエリスが心の支えとなっていてくれたのだとすれば、心の支えのない今彼女はどれだけ苦しんでいるのだろう。

 ランスは何もできないもどかしさに俯いた。


「……一か月前ね、ある貴族の率いる兵に見つかってしまって」

「それが、ウェールズ家か」

「うん。……そこであの、オドリって子に会った」


 ランスは赤い髪の少年の姿を思い浮かべる。

 確かに相当な実力者であることは間違いない。

 けれどランスは東の覇者が彼に負けるとは到底思えなかった。

 何があって捕まってしまったのか、それが分かるのはオドリと捕まったエリスにしかわからないが。


「それで、エリスは私を先に逃がした。……『後で追いつくから』って、約束をして」

「……」

「でも、エリスは私の前に現れてくれなかった。全然エリスに会えなくて、彼を探し回っていたら『東の人間を一人捕らえた』って噂を聞いた。時期的にエリスしか考えられなかった。だから何とか家に帰れば……両親に会うことができれば、彼を助けてくれるんじゃないかって思ったの。そして私は、とりあえず壁を一目見てから東へ行く方法を考えようって決めて旅を続けた」


 そしてフィアナが壁へたどり着いた時、男達に絡まれたのだろう。

 一か月一人で追っ手から逃げ続けていたのならば、魔物を倒す以外に追っ手を撒くために何度も魔法を使っていたのならば、魔力切れを起こしていてもおかしくはない。


 フィアナの話を聞いたランスはしかし、恐らくフィアナが帰ってきてもフルスター夫妻がエリスを助けに動くことはないだろうと睨んでいた。

 一か月も前に囚われた者がどうなっているのかもわからず、すでにこの世にいない可能性だってある。


 動くにはデメリットがありすぎるのだ。

 だがそれを彼女に言ったところでフィアナは諦めないだろう。

 だからランスはその意見を心の奥底にしまった。


「そしたら、ランスに会ったの」

「うん」

「びっくりしちゃったよ」


 フィアナはクスクスと笑い出した。

 何か驚かせるようなことをしただろうか、とランスが不安気になっていることに気が付いたのかフィアナの笑いは更に大きくなる。


「だって、魔力が切れちゃうし、抵抗しても押さえつけられちゃうしで頭真っ白になってたら急に空から降ってくるんだもん」

「あ、ああー……」


 高所からの落下は自分自身肝を冷やす事件であったが、急に人が降ってこれば下にいた人間はさらに驚いたことだろう。


「あれはさ、その……木の上で仮眠とってたんだよ。そしたら下で女の子が襲われてて驚いて落っこちちゃったっていうか」

「木の上で……? 私てっきり浮遊魔法(イウン・リヴォモール)で飛んできたのかと」

「だったらもっとかっこよく着地してるって」

「でも、木で寝てて落ちちゃったって……それも十分変な人だよ」


 魔物や見張りにバレないように睡眠をとるならば木の上が一番いいと考えたのだ。

 しかしフィアナにとってはそれが変な選択であったらしい。

 くすくすと笑い続けるフィアナの瞳から急に涙が溢れた。


「あはは……。久しぶりに笑ったら、涙出てきちゃった……」

「困ったなあ、女の子泣かせるなってソニアさんに殴られちゃうよ」

「ソニアさんランスの鼻は丈夫だから殴っても大丈夫って言ってたよ」

「え、ソニアさんそのこと言いふらしてるの!?」


 ずっと張り詰めた空気の中生活していたのだろう。

 そして今それが緩み、フィアナの緊張が解けやっとフィアナは心を落ち着かせることができた。

 泣き笑いを浮かべるフィアナの表情を見てランスは初めて彼女の本当の笑顔を見た気がした。


「大丈夫。君は……僕が守るよ」


 あふれる涙を親指で掬い取りながらランスはフィアナに微笑む。

 それを聞いた途端フィアナは一度大きく目を開き、笑顔を消して顔をくしゃくしゃに歪ませた。


「あ、ありがとぉ……ランス」


 泣きじゃくるフィアナを半ば感情の勢いに任せて抱きしめながらランスは心に決めた。

 彼女が隣にいる間は自身ではなく彼女の安全を優先しよう、と。


 ――明日、転移(ラフト・アシート)で東へ向かう。


 これ以上、フィアナの涙は見たくなかった。

 フィアナの温もりを近くに感じながらランスはゆっくり目を閉じる。


 しかしそれを決意するには遅すぎたのだと、ランスは後に知ることとなる。


 ――大きな爆発音がギルド内に響いた。

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