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光闇の双剣  作者: 千秋 颯
一章 汚れた両手
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十六、やきもち

「――――駄目だ」


 フィアナを見つめ返しながらランスは短く言い切った。

 何故急に彼女がそう言いだしたのか、ランスはわからない。

 それでも彼女をわざわざ追っ手に引き渡すなどあっていいはずがない。

 しかしフィアナは諦めることなく食い下がった。


「行かせて! そこにエセルが……私の連れがいるはずなの!!」

「――!?」


 いきなり明かされた真実にランスは唖然として言葉を失う。

 それを好機と見たのか、フィアナの話す速さはどんどん速くなっていく。


「私は確かにあの鎧の人達に追われていたことがあるの。……だから、きっとエセルは」

「――生きてるって根拠はあるの?」


 混乱する思考の最中、何とか絞り出した言葉だった。

 ランスのその言葉にフィアナは一瞬口の動きを止めた。

 大切な人が生きているということを疑われ、少なからずショックを受けたのだ。

 しかしすぐに再び言葉を紡ごうとする。

 それを遮り、ランスが一息に捲し立てた。


「西聖界で最も名の知れた貴族である彼らに追われたとき、何らかの理由で君とその連れは別れたんじゃないの? そうじゃなきゃウェールズ家に連れがいるなんて君が思うはずがないもんね?」

「そうだよ。だから――」

「その後、その人にはあってないんだろ? 大事な仲間であるはずの君を迎えに来ない。それはつまり来れない状況下にその人はいるってわけだ」

「だから……だから、私があの人を」


 ランスはゆっくり立ち上がってフィアナを見下ろした。

 無表情の中、彼の青い瞳だけが動揺を隠せないでいた。


「無理だ」


 静かに、けれどもはっきりと彼女の耳には届いた。


「そんなの、わかんな……」

「ねえ、フィアナ」


 頑として譲らないフィアナの態度に彼は怒りを覚えた。

 少し考えればわかるはずなのにどうしてわからないのだ、と。


「君は一体何がしたいの?」


 馬鹿にしたように笑う彼の冷たい視線を浴びたフィアナは肩を震わせる。

 だが涙を目尻に浮かべながらも彼女は彼から目を離すことはない。

 彼女が必死なのはその連れがそれほどに大切な存在であったからなのだろう。


 けれどランスにとっては彼女の身の安全が最優先なのだ。

 だからこそ必死でフィアナを説得しようとした。


「魔法もろくに使えない、剣も扱えない。そんな君がその連れを助けに行こうなんてしたらどうなるかなんてわかるでしょ? そもそもその連れだって死――」


 パンッと短く乾いた音がした。

 左の頬が熱を持ち、ランスは自分が殴られたのだということを悟る。

 正面には大粒の涙を流したフィアナが立っていた。


「ばかっ……」


 殴られ、俯いているランスの表情はフィアナにからはよく見えなかった。

 そんな彼にフィアナはしゃくりあげながら、一言。


「ランスには私の気持ちなんてわかんないんだよっ!!」


 叫ぶなり走って二階へと姿を消した。

 ランスは相も変わらず何も言わずに俯いたままである。

 ソニアは残ったランスと階段を見て、彼の代わりにフィアナを追いかけようとする。


「やめとけ」


 そんなソニアに声が一つかかった。

 声の方へ振り向けばそこにはラオが立っている。

 いつからいたのかは不明であるが状況を把握しているようなそぶりから、少なくとも二人の言い合いになったあたりからは近くにいたのだろう。

 彼は困り顔でランスの頭をわしゃわしゃと撫でまわした。


「どうした? 珍しく熱くなってるじゃねえか」

「うん……僕もそう思う」


 ラオにされるがまま、彼は小さく呟いた。

 ランスは感情任せで動いたりはしないタイプである。

 よって、怒りを顕わにすることも悲しみを人に悟らせることもほぼない。


「……多分、僕はやきもちを妬いたんだ」

「それこそ、珍しい話だね」


 ソニアはランスの言葉に肩を竦めながら懐から取り出した葉巻を吸う。

 彼女が息を吐くのと同時に独特の臭いを纏った白い煙が現れ、消えた。

 それをぼんやりと見ていたランスの熱は時間が経つにつれて次第に冷めていった。


「大切な人がいるっていうことが、きっと羨ましかったんだ」


 口に出したことで、彼は確信する。

 どうしても助けたい。

 そんな人がいる彼女が自分はただただ、羨ましかったのだということに。


「……カッとなっちゃって、正しそうなことを言って、フィアナを諦めさせたかったんだと思う」

「そこが、お前のいいところだよなぁ」

「え……?」


 力なく浮かべた作り笑いはラオの予想もしていなかった言葉で簡単に崩された。

 反してラオはいつもと変わらず力強く微笑んでいる。


「自分のどこがいけなかったのか、分析ができるところだよ。人ってのはいけないところを隠したがるからな。見直す力があるんだったら、その後自分がとるべき行動も自ずとわかってくるもんさ」


 そうだろう? と返されたランスはほんの少しだけ、自分がこの後しなければならないことを考えた。

 考えた末に出てきた答えは当たり前の様なものではあったけれど、とても大切なことなんだとランスは感じた。


「ありがとう。行ってくる」


 顔を上げた彼の瞳から一つの決意が伝わってくる。

 ――自分が今、しなければならないことのために。

 そのままランスは二人に背を向けるとフィアナの消えた方へ走り出した。


「あいつは人間関係に関しては本当に疎いからなぁ」


 それを見送ってからラオは目を細めて笑みを消した。

 その表情はどこか悲しそうであった。

 ソニアはそんな彼を見上げながら苦笑する。


「ランスが自分のことを大切な人って言ってくれなかったから、妬いてるんだろう?」

「ああ……そうだな」


 彼は一瞬驚いたような顔をしてからそれを肯定する。

 ラオの視線の先には、誰もいなくなった階段だけ。

 彼の瞳はそれが何か意味のある物かのように映していた。


「あいつにとって俺らはまだそうじゃないかもしれない。……けど、あいつには忘れないでほしいんだ」


 夕日が、窓に差し込んでギルド内をオレンジ色に染める。

 それを眩し気に見つめるソニアの隣でラオは言葉を紡いだ。


「俺らにとってランス・オリヴァンっていう存在は、かけがえのない『大切な人』なんだっていうことを」

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