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光闇の双剣  作者: 千秋 颯
一章 汚れた両手
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十五、囮

 ランスがいたのは下着のコーナーとは反対側。

 彼とフィアナとの距離は大分遠い。

 近くにいればすぐに対応ができたが、この状況でそれは不可能に近かった。

 彼が下着類のエリアへ戻るには、ウェールズ家の兵の正面を横切らなくてはならないのだ。


 ――彼女を守ることが自分の仕事であったはずなのに。

 彼は唇を噛みながらどうするべきか考える。


「全員動くな」


 兵の一人が周りに指示を出す。

 兵は三人。

 しかし他の場所にもいる可能性は十分にある。


「どうすれば……」


 ランスが狙いであれば最悪囮になることもできた。

 しかし彼らの目的は間違いなくフィアナだ。

 その時、彼の視界にある物が入る。


「囮……そうか!」


 三人はそれぞれバラバラに人をフィアナを探し始める。そのうち一人は彼女がいるはずの方へ確実に近づいていた。

 迷っている時間はない。

 ランスは徐々に後ずさり、それを掴む。


俊足(イウン・シータ)


 そして速度補助の呪文を唱えると出口へ向かって走り出した。

 わざと三人が自分に気づくであろう速度にとどめながら。

 身を低くして走るランスの動きに一人の兵が気付いて叫ぶ。


「なっ……待て!!」


 しかしその兵が彼に気付いた時、すでにランスはその隣を走り抜けていた。

 伸ばされた手を掻い潜り外へ飛び出す。


「いたぞ、例の少女だ!!」


 自分の計画が上手くいくことを願いながらランスは人気の少ない道へと入る。

 後ろを振り返れば、三人の兵が振り切られまいと必死に追ってきているのが見えた。

 それを確認してからランスは一つの角を曲がり、腰を低くかがめた。


「くそっ、どこへい……」


 一人が角を曲がったところでランスは素早く攻撃を仕掛ける。

 鎧を着用した相手が唯一晒している急所。

 彼は相手の顔面に肘を入れた。


「がっ!?」

「なにっ……」


 肘を入れられた兵はそのまま地面へ倒れる。

 それに動揺している二人の背後へ回り込み、一人の後頭部に飛び蹴りを食らわせた。

 蹴り上げた勢いで最後の一人にとどめを刺そうと体勢を整えると、一本の剣が彼の足を襲う。


「体術は専門外だからな……っと」


 ランスは苦笑しながら腰にささっていた剣を抜くことなく鞘に納めたまま握る。

 そして自分の足を狙う剣を素早く上に弾く。

 剣をはじかれたためにできた横腹の隙をランスは見逃さなかった。


突風(イウン・グスト)

「ぐぁっ……」


 彼のかざした右手から生成された風は、相手の横腹に直撃してその体を大きく吹き飛ばした。

 壁に激突した相手が起き上がる気配はない。

 残りの二人も同様だった。


 ランスはそれを確認してから急いで先ほどの店へ向かう。

 今度は目で追うのがやっとなくらいの速度まで上げて。

 おかげで店の中にたどり着くまでの時間はそうかからなかった。


 店の戸も先ほどの兵たちが開け放したままだったため難なく店へ入りこめた。

 彼が走ったことによって巻き起こった突風に周りの人間は思わず身構える。

 そのころにはフィアナの前にランスはたどり着いていた。

 息を荒げて、彼はフィアナの手を握る。


転移(ラフト・アシート)


 直後。

 二人の足元から光が放たれた。


 光はどんどん濃くなっていき、周囲の風景をかき消していく。

 これこそが、転移(ラフト・アシート)使用時に起こる作用だ。

 二人の視界が完全に白んだ瞬間、彼らは店内から姿を消した。


*****


 精霊の艶笑シープリット・オシークの受付前。

 退屈そうに留守番をしていたソニアは一番に異変に気づき、顔をしかめた。

 床の一部が、何の前触れもなく光を帯び始めていたのだ。

 数秒後その光は唐突に消え、代わりにランスとフィアナが姿を現す。


「なんだい、転移(ラフト・アシート)かい」


 ソニアはため息を吐いて二人を見下ろす。

 幸いというべきか受付の周りには人が少なかったということもあり、転移(ラフト・アシート)で彼らが注目されることもなかった。

 フィアナは何が起こっているのかよくわかっていない様子でランスとソニアを交互に見つめている。


「ああ、ちょっと予想外のことが起こってね」

「へえ……。最も私としては今のあんたの姿のが気になるんだけどね」

「ははっ……」


 乾いた笑いを漏らしながらランスは自分の頭を覆っていた桃色の鬘を取った。

 店内でこの鬘を見かけた彼はそれを身に着けると囮として兵を引きつけたのだ。

 そして人気のない場所で三人を気絶させ、なるべく早くフィアナの元へ戻るとその場を後にした。


「フィアナの追っ手がアザテーウを徘徊してたみたいでさ」

「なるほど。それでそのウィッグを盗んできたと」

「うっ……」


 自分の犯罪行為をソニアに指摘され、ランスは彼女から視線をそらした。

 仕方なかったとはいえど、そこを指摘されれば返す言葉がない。


「まあ、それについては後で解決するとして……。確かにフィアナの追っ手に関しては動きが速いかなとは思うけど……ここは壁に最も近い国だからね」

「それなんだけど、問題はその追っ手が壁の見張りではなくウェールズ家の者であったってところなんだ」

「ウェールズ家!?」


 反射的に発したソニアの声は周囲に大きく響き、その場にいた数人が彼女へ振り返った。

 なるべく情報が洩れることは避けたいが彼女が驚くのもまた、仕方がなかった。

 周囲のギルドメンバーに苦笑いを返しながらソニアは呟く。


「と、なると……思った以上に厄介ね」

「ウェールズ家……」


 深刻そうな表情をする二人の会話を聞きながらフィアナは唇を噛んだ。

 ランスとソニアは話を止めて彼女へ視線を向けた。


「……フィアナ?」

「行きたい」


 フィアナは隣に座っているランスの瞳を見て続ける。


「――ウェールズ家に」

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