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光闇の双剣  作者: 千秋 颯
一章 汚れた両手
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十一、予想外

 冷たい風に頬を撫でられ、もうすぐ冬がくるのだと頭の隅で感じる。

 昨夜とは一変し、静まりかえったギルドはまだ起きている人間が少ないことを語っていた。

 明け方の日差しが窓の外から見える湖にその光を反射させる。

 何度か寝返りを打ち、布団を頭まで持ち上げてからランスは自分に言い聞かせるように呟いた。


「……まあ、仕事の一環としてってことにしよう」


 未だ小さな迷いはあるものの、昨晩、彼がこっそりと固めた決意が曲がることはない。

 布団から抜けだし、ベッドを降りると彼は廊下へ出た。

 廊下を出て向かったのはフィアナが使っている部屋。


 随分な世話焼きになったものだと自分に苦笑しながら彼は戸を叩いた。


「は、はい」


 時刻は日が昇り始めた頃であり部屋にいる少女は酔っていたこともあって、起きているか多少の不安はあったがどうやらそれはいらない心配であったようだ。


「朝早くにごめんね。ランスだけど」

「ランス!?」


 驚きの含んだ声が返ってくる。

 バタバタとせわしなく動く音にランスは軽く首を傾げる。

 まだ起きたばかりだったのだろうか。引き返した方がいいかもしれない。などと彼が考え始めたころ、ようやく部屋の中の音が止んだ。

 その数秒後、戸が開いてフィアナが姿を現す。


「ね、ねえ……」


 彼女はやや顔を青くさせており、ランスと目を合わせようとしない。

 何か言い辛いことなのだろうと思い、聞き返さずに待っていると彼女の口から次いで言葉が零れる。


「昨日、地階でランスと話した後くらいからの記憶がないんだけれど……」

「……ああ」


男ばかりの中で気が付かないうちに眠ってしまい、目が覚めたらベッドにいたのだからその間に何があったのかわからないというのは女の子という彼女からすれば恐ろしいことなのかもしれない。

 最近男に襲われかけたということもあればなおさらだろう。


「フィアナ、一口飲んだだけで酔っぱらっちゃったみたいでね。そのまま床で寝てしまったから僕が部屋まで運んだんだよ」

「や、やっぱり……」


 フィアナ自身もグラス一杯で酔っぱらってしまうとは思わなかったのだ。

 彼女の顔は更に青くなっていく。

 一方、ランスとしては安心させたくて選んだ言葉だったため、自分が何か間違ったことを言ってしまったのではないかと内心焦り始めていた。

 しかし、またそれも彼の勘違いであったようだ。


「重くなかった……?」


 彼女の言葉にランスは胸をなでおろした。

 そして返答しようと口を開いたところで彼は再び口を閉じた。

 一度通り過ぎた焦りが彼に中で再び生まれ、それは大きく膨れ上がる。


「全然。前も持ち上げたことあるしね」


 何とか笑顔でそう答えたランスは自分が冷汗を掻いているのを感じた。


 ――自分から護衛を申し込んでおきながら、魔法を使わなければ女一人持ち上げることができない非力男子なのだと彼女にバレるわけにはいかない。


 幸いにもランスが隠していることにフィアナが気づく様子はなかった。

 気が付かれる前にランスはさりげなく話題を入れ替えて自分の身を守る。


「そうだ。ちょっとした提案なんだけれど」

「あ、うん……」


 少々元気がなさげのフィアナは肩を落としている。

 彼女が自分の体重の事を気にしていなければランスの思惑も読み取られていたかもしれない。

 少し悪い気もしたが、心の中でランスはそれに少しだけ感謝した。

 しかしフィアナが落ち込んでいたのも、彼の提案を聞くまでの間であった。

 それを聞いた途端彼女の落ち込んだ様子は嘘のように消え、目が輝きだす。


「――――魔法、教えようか?」



*****


 ちょっとした気まぐれ、というわけではない。

 それなりに理由はあったのだが、それを一言でいうならば『情が移った』である。


 今はただ旅をしている身だが、フィアナのように強さを求めていた時期がランスにもあった。

 だからこそ、彼女のその姿が自分と重なったのだろう。

 しかしそんなことを本人に言えるはずがない。

 今、自分がフィアナの護衛である以上彼女に自分のマイナスなイメージを持たせて不安にさせるのは避けたかった。

 昨晩の発言からして、彼女はランスを力ある者と認識しているのだろうから。


 だから「何故自分などに教えてくれるのか」とフィアナに尋ねられた時、ランスは冗談めかしに別の答えを口にした。


「女の子に泣かれたら教えたくもなるでしょ?」

「えっ、な……ええ!?」


 その時のことを覚えていなかった彼女は慌てた様子で、昨晩自分が酔っぱらって何をしてしまったのかと頻りに聞いてきたものだ。

 すぐに思ったことが動きに出る彼女のそんなところは嫌いではない。

 ランスは小さく笑いつつ自分の首元に触れた。

 手にひんやりとした感覚が残る。


 ギルドと陸とを繋ぐ橋の上。

 肌寒い空気が彼らの身体を冷やし、朝の太陽が控えめに湖と地面を照らす。

 太陽の光を受けて反射する湖は澄んだ空とギルド左右対称に映し出していた。


 その風景にランスは何か感慨深いものを感じる。

 感情に浸っていたい思いもある。

 しかしその風景をフィアナと眺めながら一つだけ、彼は気に食わないことを口にした。


「ソニアさん……この首輪取ってくれないかな」


 ランスの首に着けられている金属製の首輪の真ん中からは長い鎖がつながれており、それは彼の後ろにいるソニアの手でしっかり握られている。

 ジャラジャラと音をたてるそれを忌々し気に見つめながらため息を吐いた。


「一か月後にね」

「僕を奴隷か何かだと思ってるの?」

「何? 奴隷として扱ってほしいの? 売りさばいてほしいの?」

「勘弁してください」


 本当にそうしてしまいそうな雰囲気を放つソニアの声にランスは首を横へ小刻みに振る。

 フィアナと外へ出ようとしたところをソニアに見つかり、笑顔で首にこれをつけられたのだ。

 鬱陶しいことこの上ないが、それも自分を心配してくれているからのことなのだろうと思い、ランスは首輪を取ろうとすることはしなかった。


 人気のない橋の上は風がそよぎ、明け方ということもあり湖の周囲に立っている木々が揺れている音だけしか聞こえないほどに静かであった。

 湖の周囲には人の姿も見えず、この場で何かが起こったとしても身の危険にさらされるのは三人と橋のみである。

 ランスは咳ばらいを一つして、自分たちの目的へ話を移行した。


「えっと……。魔法を教えるって言っても実は具体的なことを考えてなくってさ。今後の練習の方針を決めるにはフィアナの体質を見極めなくてはならないんだ」

「体質って、適属性の事?」

「それもあるけど……例えば魔力の放出の仕方とか、魔力から魔法への転換の仕方とか。……こればっかしは感覚としか言いようがないからなあ」


 小首を傾げるフィアナに微笑を浮かべるランス。

 長年鍛錬していれば、彼の言っている『体質』について分かるようにはなってくる。

 しかしそれが分からない人間には説明されても難しいことである。


「とりあえず、水の中級魔法。何でもいいから出してみてくれる?」

「わかった」


 魔法に長けた少年。

 今は護衛として自分の身を守ってくれている立場であるが、自分とかけ離れた少年であることは間違いない。

 そんな人間に自分の魔法を見せて軽蔑されないか、フィアナは不安であった。

 けれど教えてくれると言ってくれている本人の前ではきちんと自分の力を発揮したい。

 腹を括ったフィアナは大空に両手を伸ばすと声を張り上げた。


覆う水膜アーテル・エムヴェール

「ちょ、それ上級魔法っ……」


 フィアナの唱えた呪文に違和感を持ったランスはすかさず口を挟むが、よくよく考えれば初歩的な簡単すぎる魔法以外であればある程度、相手の体質を調べることはできる。

 上級魔法が思うように使えるのであれば、そちらの方が中級よりも詳しく調べることができるであろう。


 大人しく見守っていたランスたちの頭上に大きな水の固まりが生成される。

 その大きさを目にしたソニアは悲鳴にも似た声を上げた。


「おっ、大きすぎない!?」

「これは予想以上に……」


 ランスの笑みが引き攣ったものと変わった時、それは何の前触れもなく破裂した。

 まずいと直感した彼は滝のように降りかかる水を避けるべく咄嗟に光の盾(ラフト・シール)を行使する。

 詠唱する時間もなく無詠唱で作り出された光の盾は三人をドーム状に包み込んで衝撃に備える準備をしていた。


「なんとなくわかったよ。フィアナ、君は」

「――――ランス!」

「っ!?」


 フィアナの使った魔法は攻撃用ではなく、彼女本人がしっかりと扱えていないことは事前から知っていたためランスが苦手とする光属性の魔法でも十分防ぐことができるはずであった。

 だからこそ魔法を行使したところで彼は彼女が作り出した水への注意をそらしてしまったのだ。

 結果、実に予想外なことが起こる。


 ランスがソニアの声で見上げた時に目へ映り込んだのは、水の塊によって光の盾(ラフト・シール)が粉々に砕け散ったところであった。

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