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光闇の双剣  作者: 千秋 颯
一章 汚れた両手
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十、強さ

 ベッドと木製のタンスだけがおいてある質素な部屋の中にてランスは手当された自分の腕を触った。


「さて……これからどうしたもんかね」


 ほぼ強制的な休憩が一ヶ月ほどもうけられることとなったわけだが、ランスができることなど治療に専念する事以外になかった。

 つまり時間を持て余す時間がほとんどとなってしまったわけだ。

 日が暮れ、夜を迎えた街の姿をランスは窓から見つめる。

 家々の光は遠くに点々と浮かびあがり、ほとんど満ちている月がそれを見下ろしていた。


 懐かしい景色に感じるものはあったけれど、その感情はすぐにいくつかの疑問点で塗り替えられていく。


 霊亀についてなど、基本的な情報集めは昼間の話ですませてある。

 ただ、問題なのは……


「霊亀が今どこにいるのか、一ヶ月も待ってくれるのかってことかな」


 おそらくはまだ森の中にいるはずだ。

 街の中にあの巨大な体が突進してこれば一瞬で騒ぎになることは目に見えている。

 それがないと言うことは目立たない場所、つまり森の中から移動はしていないと考えるのが妥当。


 だが霊亀が一ヶ月も森の中で大人しくしていられるものなのだろうか。

 そもそも霊亀の存在は伝説の中だけのものとされていたのだ。どのように生活しているのか、今まで人に見つかってはこなかったのだろうか。


 それでもわかることといえば、二人を襲ったアヴリとオドリという二人の男女が必ず霊亀に関わっているということ。

 本人が言っていたのだからほぼ確定といってもいいだろう。

 召喚、という言葉を頭に中で反芻しながらため息が零れた。


「……思ったよりも暇を持て余している余裕はなさそうだ」


 先を思いやられつつランスが目を細めたとき、部屋の戸がノックされる。

 その音を聞いてから彼は窓を離れて戸へ足を進めた。


「フィアナか」

「え、どうして……」


 戸を開けると彼の予想通り、桃色の髪の少女が目を丸くして立っていた。

 周囲に気を配りながら生きてきたため、ランスは人の気配を関知するのが得意となっていたが普通の人間からすれば驚くべきことなのかもしれない。


「ただ、フィアナの気配を察知しただけだよ」

「私って確信できるほど……?」

「まあ、戦闘とかに関してはそれなりに鍛えてるからね」


 実際のところ、戸がノックされるまで気がつくことができなかったのだが。

 考え事をしている間は周囲への注意を疎かにしてしまうという悪い癖を改善しなくてはならないと自分に言い聞かせた。


「それで、どうかしたの?」

「あ。今残ってるギルドの皆さんでお酒を飲んでいるみたいで、ソニアさんにランスと地階へ来るよう言われたの」

「なるほどね……」


 ギルドの食堂は地下一階にある。

 おそらく顔を合わせたこともない者がほとんどなのだろうが、夕食も兼ねているのだろう。

 そうなれば行かないわけに話いかない。

 酔っ払いはいるだろうがランスは慣れているし、フィアナから目を離さなければ彼女が酔っ払いに絡まれたとしても対処ができる。


「……ラオには近づかない方がいいとだけ言っておくよ」

「ん?」


 二人は一階へ向かって足を進めたのだった。


*****


 ――やっぱりか。


 ランスは肩に腕をのせて酒を飲み続けるラオを睨みながらため息を吐いた。

 ほんのりと顔を赤くさせながら酒を飲みかわす男たち。

 地階は案の定見知らぬ人間ばかりではあったが、そこにはどこか懐かしさがあった。


「……ラオ、酒臭いんだけど」

「なんだよお、つれねーじゃねえかぁランスぅ」


 呂律の回っていないラオは大きく笑いながらランスの身体を左右に揺らす。

 それは酔っている証拠。

 酒に弱いわけではないが飲む量が尋常じゃないため、酒を飲んだ後の彼はいつも酔っぱらっている。


 ラオが絡んでくる前に食事を済ませて帰ろうと考えていたランスの計画は彼によってあっさりと崩れたのであった。

 何はともあれ、フィアナを自分の正面に座らせなかったのは正解だったろう。

 酔っぱらったラオと目を合わせれば絡まれることはほぼ決定事項であるが間にランスがいるおかげでそれがしづらくなっている。

 普段よりも大きな声でラオは左手に持った酒瓶を軽く振って笑う。


「ほら、お前らも飲むだろ?」

「まあ……ちょっとならいいけれど」

「お酒かあ」


 グラスに入っていた水を飲み干して、ランスとフィアナはそれをラオへ差し出す。

 そこでランスはなんとなく嫌な予感を感じた。


「フィアナ、お酒は大丈夫?」

「んー……あんまり飲んだことないんだよね。こっちにいる間はお金に余裕もなかったし、小さいころはお酒のおいしさとかわからなかったし」

「あー、なるほどね」


 酒はそれなりに値が張る物だ。

 ギルドの仕事では命を懸けるようなものがざらにあるため、酒を買うほどの金もあるだろうが、普通の平民からすれば手が届かないほどのものではないにしても、そこそこ贅沢な代物である。


「ちょっとでも酔いが回ってきたと思ったらやめておきなよ?」

「うー?」

「うーって……」


 おかしな声が返ってきたのに苦笑いしながらランスはフィアナの方へ振り向く。

 こつんと何か硬い物がランスの額に当たり、大きな瞳が僅かな距離からランスを映していた。

 状況が把握できずに一瞬頭が真っ白になってからランスは、自分とフィアナの額が当たっただけであることに気が付きはしたけれども、それよりもどこか彼女の様子がおかしいような気がしていた。

 紅潮させたた顔、少し荒い息。


「フィアナ、もしかしてさ……」

「ううーっ!!」


 ――突如。

 顔を強張らせたランスの胸にフィアナが飛び込む。


「ふぃあ……ああああああああ!?」


 いきなりのことに対応できず、バランスを崩したランスは背中から床へ転げ落ちた。

 床に体を強く打ち付けたため、傷が悲鳴を上げる。

 小さく呻きつつ自分の体の上に乗ったまま倒れ込んでいるフィアナを何とかどかそうとしたが、それは意味をなさない。


「いいなあ、いいなあ」


 ……間違いない。

 ランスは途方にくれながら確信した。

 ――彼女は完全に酔っている。


 なんとなくフィアナが酒に強いというイメージは浮かばなかったけれど、これは予想外であった。

 何せグラス一杯分の酒だ。

 グラスの大きさもどちらかと言えば小さい方である。

 実際、まだランスには酔いの症状が出ていない。


「ランスはいいなあ」

「な、なにがいいのさ……」

「だってさあ、すっごく強いんだもん」


 倒れ込んだまま耳元で囁く彼女の声に動揺しながらランスは聞き返した。

 酔っている相手とまともに会話ができるとは思っていないが、彼女を自分から引き離すように上手く話をすり替えなければならない。

 ラオに助けを求めようとも考えたが向こうは向こうでテーブルに座って一人大笑いしている。

 はたから見たら随分おかしな様子だが、他の人間もラオと同じように酔っているため周囲に注意が及んでいない。


「いいなあ。私も、強かったらよかったのに」

「フィアナ……?」


 かすかに弱く、小さく。

 震えだした彼女の声が鼓膜を振動させ、ランスは無意識のうちにフィアナへ視線を向けた。

 彼女は目を閉じ、呼吸を徐々に落ち着かせながら呟く。


「強かったら、守れたのかな……」


 小さくなった彼女の呼吸は寝息へと変わり、やがてはゆっくりと寝返りを打ちだした。

 その目から一粒の涙が零れて頬を伝う。

 彼女が寝返りを打ったことによって解放されたランスはフィアナの頬に流れる涙を人差し指で掬い取ると、しばし天井を見つめた。


「僕は強くなんて……」


 彼の声は周囲の騒がしさにかき消されていった。

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