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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

祇園の霊が住む・裏野ハイツ

作者: 枯らす衝撃

せみの鳴き声が五月蝿うるさい大暑たいしょの日、俺は新入社員の寮引越しを会社から手伝うよう命じられ、後輩にあたる蔵川沙理愛くらかわさりあの荷運びを汗ダクで手伝っていた。


真夏の容赦無い太陽光は2tトラックの鉄材もホロシート内の日陰さえカンカンに熱を与えていた。


そんな荷台には、部屋の容積を完全に無視した荷物が沢山積まれている。


俺は、蒸し風呂の様な暑さにイライラしていたが、部下の荷物という事もあり、親切丁寧に作業をしていた。


ホロシートから覗き見える、半透明な衣装ケースに手を伸ばし、荷台の底面をザーッと引きずりながら手に取った時、背後で威圧的な声がする。


蔵川沙理愛(あっ…川波かわなみさん!その衣装ケースは私が運びますから!…川波さんは冷蔵庫をお願いします!)


そこには、花柄のバンダナを頭に巻いた、エプロン姿の美しい女性、つまり新入社員の彼女がいた。


彼女が…その蔵川沙理愛くらかわさりあ(24)だ。


蔵川沙理愛は先月に俺の働く会社Uーノスに採用された期待の新人だ。頭脳明晰、明るい性格、そして…その美貌…まさに雑誌編集社には、これ以上ない人材だろう。


しかし…先輩上司にあたる俺は。


まったくもって不愉快だった…少しは会社の先輩として扱って欲しいのだ…。この引越し中にどれだけコキ使われたか…数えられない程に、重荷を運ばさせられたのだからな……。


俺は、胸糞悪むなくそわるい気持ちとは裏腹に笑顔を作ると荷台左端の、ガチガチにロープで固定された冷蔵庫の縄を軍手をとり、解き始めた。


川波(なあ、蔵川…この荷物全部運んだらお前の寝るスペース無いんじゃ無いか?)


俺がそう言うと彼女は衣装ケースに手を取りながら、ピタっと静止して、こちらを向いて話した。


蔵川沙理愛(川波さん、ご心配ありがとうございます。少し荷物多すぎました?)


あまりに淡々と…いや、どちらかと言えば冷酷に話す彼女からは嫌悪感けんおかん、つまり…作業が嫌なら帰れば?的な雰囲気を感じ取れるのだ。俺は、少しの間をおいてから笑顔を作り、話題を変える。


川波(そういえば、ご近所さんに挨拶とかしたのか?)


蔵川沙理愛は何かを思い出したかのような表情になり俺を見つめて話してきた。


蔵川沙理愛(あ…川波さん!私、駅前のスーパー行って来てますね。タオルとかクッキーとか…菓子折りでも買ってきます!)


川波(え!?…あぁ了解。早く戻って来いよ!)


まさに…大物新人だな。荷運び中に先輩を一人に…こいつめ!…俺は頭の中でアレコレ悪態をつきながらも結果的に彼女を送り出した。


すると、蔵川沙理愛が、一度歩み進んだ体を止めて振り返る。


蔵川沙理愛(川波さん、お茶とかコーヒー…何飲みますか?)


川波(お。…それじゃ…お茶頼むよ)


俺は、予想外に気が効く蔵川沙理愛に驚き、関心していた。ふと昔を思い出した俺は、自分のポケットから財布を取り出し1万円札を抜き取ると彼女に差し出す。


彼女は、驚いた表情になり後退りしながら両手を軽く広げた。


蔵川沙理愛(いえいえ!手伝ってもらっているのにお金なんて貰えません!!)


俺は、笑顔で彼女に歩み寄りながら強引に金を手渡す。


川波(入社祝いな!俺も昔さ、先輩から引越しの時にもらってさ…だから気にすんなよ!引越しした時って何かと必要なもん出てくるからさ!なんかの足しにしてくれ!)


蔵川沙理愛は、困った表情から気持ち良さそうな笑顔になり俺に一礼をしてから反転した。


そして彼女は小走りで俺の視界から消えていった。


川波(…さてと!やりますか!!)


俺は、冷蔵庫を荷台から引っぱり出そうとしたが…一人暮らし用というか二人暮し用サイズの為、想定外に重たい。俺は彼女の住む開けっ放し玄関ドアを目を細め見つめてから、搬入ルートを再目視する。


この駐車場から外階段を上がり、右から二つ目の部屋…202号室が目的地か…203号室なら階段から近いのに…いや、むしろ103号室なら…めと鼻の先なのに…。


そんな無意味な事を考えながら煙草に火をつけて荷台に腰掛けた。俺はハイツの外観を見渡しながら煙を吐き出す。


築25…30年くらいか…古ぼけてんな。ウチの会社も…もう少しマシな寮を借りて欲しいもんだよな。かなり安い家賃でラッキーだったとか、アホ編集長言ってたけど…女性が住むにしては無防備過ぎだろ…。


しかも…このハイツの隣は雑木林で、背の高い木は2階建てハイツの屋根にもたれるように生えている…


おまけに、区画整理もされていない場所だからか街灯も無い。きっと真夜中になれば、真っ暗だろうなこの辺は。


もちろん、会社は通勤を考えて寮にしているから最寄り駅まで徒歩7分で行けるし、ここから10分歩けばコンビニ、ファミレス、郵便局、支所等がある。


俺がアレコレと考えながらハイツをボヤッと見ていると、薄くハイツの名前が、軒下の壁面に書かれていることに気がつく。


川波(裏のハイツって名前なんだ…)


カラカラ…カラ…


その時、突然の異音に俺は驚き、音のする背後に視線をやる。


カラカラ…カラカラカラカラ…


そこにいたのは、老婆だ。電動車椅子に座り、俺をじーっと見ているのだ。


音の正体は…どうやら車椅子のグリップから、ブリキ製の人形が吊るされていて、砂利混じりのアスファルトと触れ合い叩き鳴る音の様だ。


老婆は、視線を俺から外さないで無表情に俺を見つめてくる。


川波(あの…どうかされましたか?…)


老婆(…お引越しでございますかぁ…?)


かすれた声で俺に尋ねる老婆の表情は、何んでか淋しげで、その瞳は涙目にも見える。


川波(あぁ…あ?!はい。自分じゃないんですけどね…あの、引越して来たんです…)


老婆は、二度三度頷いた後、何も言わずに電動車椅子のレバーを操作して102号室に向かっていく。デコボコ砂利混じりの駐車場だからか、車椅子と老婆は小刻みに揺れていて何処か不気味に感じた。


俺は、居住者の可能性がある老婆の動向を見る為に手を止めた。


老婆が102号室前につくと、ブリキの音のせいだろうか?インターホンを押していないのに、102号室の玄関ドアが開いて、中から髭面ひげづら40代の中年男性が寝巻きで出てきた。寝巻きと言っても、シワシワのハーフパンツにヨレヨレのTシャツ姿だった為、勝手に俺が感じたのだが…。


川波(お婆さんは102号室の人なんだ…)


そんな独り言を言ったその直後、俺はその異様な光景を見て驚いた。それはあまりに奇怪なものだった。


髭面の男性は、顎鬚あごひげを撫でた後に乱暴に老婆を抱きかかえると階段を駆け上がり201号室に連れて行って鍵を開けてから中に入ったのだ。


そして、すぐに外に出て来て電動車椅子を102号室に押し入れたのだ。


こちらを何度か見た様な気はしたが基本的に無視を装う感じだった。


その乱暴な扱いのせいでブリキの人形は紐から切り離されてしまい玄関外に投げたされポツリと転がっている。


俺は、善意ぜんいという気持ちからうまれた咄嗟とっさな行動でブリキの人形まで駆け寄ると。102号室内ひげづらおとこのへやで物を蹴る音や何かを投げる音を聞いてしまう。


その瞬間、善意は恐怖に変わってしまい、この男に物を届ける気持ちも消え去ってしまった…。


俺は、ボロボロで塗料が剥げ落ちたブリキの人形を見ていて気がついた。


ブリキの蓋が少し開いていてブリキの入れ物になっている事が見てとれたのだ。


何故か、とても大切な物に感じた俺は、あの老婆に届けようと思いソレを拾い上げた。


すると、半開きの蓋が拾い上げた勢いで落ちてしまい中から折られた紙のような物が地面に落ちる。


その紙を拾い上げた時に感じたこの質感…


川波(これ…写真じゃ…)


俺は、好奇心から四つ折りの紙を広げてみる…。


やはり写真だ、そこに写っていたのは1人の女性が着物姿で立っている写真のようだ…だいぶ古い写真だな…白黒だ。


俺は、写真に映る女性の顔を見て違和感を強く感じる。なんか、誰かに似ている…


誰だ…この顔…。。?…いや…あっ!!


俺は誰に似ているのか理解したが…こんな事があるのだろうか…


川波(これって!…く、ら、か、わ…!?)


心拍数が跳ね上がる自分がそこにはいた。それほどに似ているのだ。


俺は、もう一度写真を四つ折りにしてブリキの箱に戻した。


そして、顔を上げた瞬間全身が鳥肌になった。そこには蔵川沙理愛が立っていたのだ。しかも…一瞬だが…写真の女と蔵川沙理愛の顔が…重なる…いや…嫌…幻覚かなんかだろ。



蔵川沙理愛(はい?なんですか?遅くなってごめんなさい!なんか私の事呼んでましたよね?…それに…川波さん…なんか、凄い恐い表情してましたけど…何か物、壊しました?)


蔵川沙理愛は右手に紙袋を持ち、左手に飲み物入りのビニール袋を持って不思議そうな表情で俺を見ている。


川波(馬鹿!…そんな訳ないだろ!!)


俺は、明らかに動揺した返事をしたらしく彼女はソレを違った感じに受け取ったらしい。


蔵川沙理愛(ですよねー!冷蔵庫もなーんにも運んでないですもんね〜)


彼女は、俺がサボっていたと思ったらしく、からかうつもりで笑いながら話しかけてくる。


そんな彼女の笑顔を見ていたら気持ちが楽になり写真の件は偶然だと思う事が出来た。


川波(いや…まぁ色々とあってな。さっ!休憩したらイッキに運んじゃおう!)


その後、二人で一生懸命頑張ったが、引越しが終わったのは夕方の5時頃だった。


大暑日という事もあり、外は明るく蒸し暑さは持続している。そして俺たちはエアコンが効いた部屋で涼みながら休憩をしていた。


蔵川沙理愛(川波さん…本当に!ありがとうございましたー!)


川波(いや…本当、大変だったけど色々と楽しかったよ)


俺は、身体中が汗でベタベタなのが嫌だったので、彼女を街の案内に連れて行く業務を明日に切り替えられるか編集長に連絡しようとしていた。


川波(蔵川さん、この街の案内さ、明日で良いかな?)


蔵川沙理愛は、全然気にしてないと言わんばかりの笑顔で俺に返事をする。


蔵川沙理愛(今日は、私もダウンです。川波さんなんて重たいもの沢山運んでくれたんですから…帰って休んで下さい)


川波(そしたら、ご近所の挨拶も明日しようか?)


蔵川沙理愛は、少し恥ずかしそうな表情で話す。


蔵川沙理愛(んーと…はい。でも…なんか夫婦みたいに勘違いされそうですけどね…)


俺は、蔵川沙理愛の照れた顔を見て突如強い欲望を感じていた…。自分の体が熱くなり、ドキドキしていて…彼女が欲しいと…。今まで、理性で物事を判断してきたのに…何故か理性が保てない自分がいるのだと…。


どうやら、俺は…蔵川沙理愛を…女として好きになってしまったらしい。


俺は彼女に視線を落とすと汗で透き通る白いシャツに美しい体のラインが透けていた。胸元のボタンは暑さのせいで肌蹴ていて、見下ろす視線の先には下着が少し見えている…もう…俺には我慢できなかった…


まだ何も言ってないのに彼女は、男の欲望を感じ取ったのか…言葉を発した。


蔵川沙理愛(え…川波さん?…ちょっ…)


その言葉を遮る様に俺は彼女を押し倒し、弱い抵抗を強い欲望でねじ伏せた。彼女は俺を優しく受け入れてくれた。


その後、会社には直帰報告と明日、街の案内をすると電話をした。


その日、俺は彼女の寮に泊まることにした。俺は何度も、何度も彼女を求めた。気がつけば部屋は真っ暗で窓の外も夏の夜に様変わりしていた。


真っ暗な部屋で、彼女に腕枕をしていると…欲望の空気を断つ声で彼女が話しかけてきた。


蔵川沙理愛(川波さん…今何時なんですかね?)


川波(んーと…時間はね…)


俺は、枕元に置いたスマホを手に取り時間を伝える。


川波(今、23:16分だよ…どうしたの?)


しばらくの間があり…彼女が話す。


蔵川沙理愛(お腹減っちゃいました!コンビニ行きませんか?)


蔵川沙理愛は、照れ笑いしながらそう伝えてきた。

確かに、昼飯すら食べてない事に今さら気がつく。


俺も、笑いながら話す。


川波(そうだね!腹減ったね。ごめん、違う事に夢中で忘れてました。)


蔵川沙理愛は俺の額に口付けをしてから電気を付けようと立ち上がる…。


その時である…異音がしたのだ…。


ズザー…タン…ズザー…タン…ズザー…タン…ズザー…タン…ズザー…タン…ズザー…タン


音のなる場所は…この部屋の外通路だと思う。彼女も警戒したのか電気を付けようとしないで止まっている。


その時、俺の脳裏に恐い仮説がなりたつ…老婆だ…老婆が這うように外通路を進んでいるんだ。


裏のハイツは木造だが通路と階段は鉄骨作りの為、人が這う音は…おそらく、こんな音になるのだと推測できる。


でも、階段は降りられないよな!?


這う音はこの部屋の玄関前を通過してから階段手前でピタリと止んだ。


俺は、小声で彼女に話しかける。


川波(蔵川…コンビニはあとにしようか?)


彼女も小声で返事をした。


蔵川沙理愛(…この音…なんでしょう…なんか恐いです)


そう言うと彼女は俺の隣に戻って来て裸体を寄せてくる。俺は怯える彼女をだきしめながらアノ老婆の事を話し始めた。


102号室の男が車椅子の老婆を201号室に連れて行く話しや…ブリキの箱の話を手短に話した。

しかし…写真の話しは…出来なかった。


蔵川沙理愛(じゃぁ、その201号室のお婆ちゃんは歩けないんですよね…川波さん、何でこんな時間に外出しようとしてるのかしら…)


俺の伝え方に問題があるのか…写真の話をしてないからなのか…彼女は不気味という考えよりも老婆を気遣う思考になっていた。


俺は、彼女の思考とは別の思考…恐怖があって、どうしても歯切れの悪い返答をしてしまう事になる


川波(いや…分からないよ…なんでかな…)


彼女は俺の言葉を遮る様に話した。


蔵川沙理愛(何か困ってるのかもしれない…病気とか?助けを求めてるんじゃないかしら…)


駄目だ…彼女は、助けに行くつもりで扉を開けそうだ…俺の頭の中で、脱ぎ捨てたズボンの中のブリキ箱が想像絵になり浮かんでいる…あの写真の女性…。


まるで、日本人形のように髪が長くて、黒髪で蔵川沙理愛によく似ていた…でも…写真の女性は目付きが鋭いというか、…何故か狂気的に俺は思えて気持ち悪かったのだ…。


蔵川沙理愛(私、やっぱり見てきますね…)


案の定だが…彼女は立ち上がり電気を点けた。そして乱れ飛んだ洋服を掻き集め着始めている…


蔵川沙理愛(あの…川波さんも来てくれますか?私、少し怖くて…)


そうか、彼女も内心は恐いんだ…ただ、困っている人を見過ごせない性分なのだろう。


俺は、非現実的な考え方を改め現実的に思考を染めた。


川波(もちろん…ちょっと待ってね)


俺も散乱した洋服を探しては着始めた。着替え終わると明るくなった部屋を見渡す…


電気を点けて照らし出された部屋は間取り1LDK、リビング9畳、洋室6畳で俺たちは洋室にいた。至る所に積み重ねられたダンボール箱の山があり、人が歩ける動線は限られている。


俺は、彼女の先を歩く形で玄関に向かった。


川波(蔵川、俺が先に出るから…後から来てな)


彼女は明るくなってお互いの顔が見えるのを照れているようだ。前髪をかき分けてから頷き黙ってついてくる。


玄関に到着すると、俺は扉に備え付けられた覗き穴から外を見る…這いずる体制の老婆はもちろん見えないな…。


蔵川沙理愛(どうですか…何か見えます?)


川波(いや…誰もいないし…床までみえないんだ…)


俺は、ドアチェーンを装着してから扉の施錠を解除してノブを下げ開けた…


…ガチャ。


20cmほど開いた隙間から見えたのは、男の姿だ…あれは…髭面の男だ…。ハイツの通路に設置された弱く白い光に照らされて102号室の男がボンヤリ照らされている。


男は、階段に立ち寝そべる影…つまり、老婆と何か話している様だ。


蔵川沙理愛(川波さん…どうですか…?お婆ちゃん大丈夫?)


彼女は、心配そうな小声で俺に問い掛けてくる。


返事を待っている様だ。


俺は、右手のジェスチャーで少し待ってと伝えると彼女は俺の手を強く握ってきた。その手は暖かく柔らかな手だが、恐いという素直な気持ちを伝える手でもあった。


俺はもう一度視線を階段に戻すと、微かな声が聞こえてくる。


老婆(…娘の写真を見たくなってね…お願いしますよ…磯切さん…)


磯切と呼ばれた男(それなら…また…待ってくれんのか?むしろ…毎日、毎日なんだからチャラにしろよ…)


老婆(今月分はいらないから…お願いだよ…磯切さん)


磯切(…それならここで待ってろよな…糞婆…)


なんとなく理解出来た…つまり、201号室の老婆は裏のハイツの大家で102号室の磯切って男は歩けなくなった大家を運ぶ代わりに家賃を払わない、又は待ってもらっているって事か…。


大家なら一階に住めば良いのにな…。


俺は、現実的なトラブルを目の当たりにして少し困惑していたが、ある事に気がつき青ざめる…


写真だ…!


大家が求める写真は、俺のポケットに入っているのだ…どうしよう…今、渡すべきなのだろうか?


俺は、無意識に彼女の手を離し右ポケットを触りブリキの箱の有無を確認している。


蔵川沙理愛(川波さん…部屋に戻りましょ?)


彼女の問い掛けで、俺の選択肢は一つとなる。俺は扉をゆっくり閉めて施錠をした。


…ガチャン。


振り返ると彼女は不安そうな表情をしていた。


蔵川沙理愛(川波さん…また、恐い顔してましたよ…)


俺は、罪悪感で表情が強張り…彼女から見れば恐い顔になっていたのだと思った。


川波(お。悪い悪い、戻ろ!)


わざとらしくはなるが、俺は明るく振舞った。


川波(なぁ…ベランダで煙草吸って良いかな…)


蔵川沙理愛(はい。)


彼女は俺の心を見透かしたかのような笑顔になり、お茶のペットボトルに水を少し入れて、ベランダに持ってきてくれた。そして彼女は俺の隣に立ちベランダからの眺めを楽しんでいるようだ。


蔵川沙理愛(この辺て、何にも無いんですね。実家の京都みたい…)


川波(蔵川は、京都から来たんだ)


彼女は、首を縦にふると、真剣な表情で話し始めた。


蔵川沙理愛(京都の実家はもうありません…ウチは祇園ぎおん舞妓まいこの一族でしたが祖父と姉が亡くなってからは…家族バラバラになってしまいました)


彼女から重たい話がはじまると俺は、吸いかけの煙草をペットボトルに投げ入れ真剣に話を聞くようにした。


蔵川沙理愛(私は、東京に…、祖母と母は何処にいるのか、今となっては分かりません…)


彼女は舞妓さんの一族の末裔となる訳か…確かに…その美貌からして納得ができる。


川波(蔵川は、舞妓さんの経験あるの?)


蔵川沙理愛(いえ…私…その…舞妓家業は嫌いなんです…。それに…15才の時に身長が157cmありまして、舞妓になれる16才の頃には166cmですから…舞妓さんには不向きなんです…)


俺は、彼女が悲しそうに話す横顔を見て感じていた…彼女の過去に何があったのかは分からないが他人には理解できない深く苦しい過去があったのだと…。


川波(でもさ…俺が客だったら絶対に蔵川にお酌してほしいな!)


彼女は、明るい表情になり俺を見つめながら返答する。


蔵川沙理愛(え…川波さん!何で私なんですか?)


川波(俺…蔵川の事好きだから…)


彼女は、照れた顔を隠すように俺に抱きついてきた。そして…その細く小さな体を包むように、彼女を抱きしめる。俺は、この時決めていた…彼女と結婚したいと。


出会って間もないのに…こんなに人を好きになるなんて…自分でも信じられなかった。俺は彼女の顎を指で持ち上げた。


彼女の唇が俺の唇に近づき触れる瞬間だった…


ズシャ!ズシャ!…グシャ!ゴリ


普通ではない狂気的な音が鼓膜を震わせた!その音はこれまでの人生で聞いた事の無い…グロテスクな感じだ!俺は彼女と目を合わしアイコンタクトをする…


音の方向に向かって行くと…やはり…玄関の外だ!


ゴリ!ズシャ!ズシャ!


その音の正体を俺は想像したくなかったが嫌でも連想されてしまう…老婆の姿を…


俺は恐る恐る、ドアの覗き穴から外の様子をうかがうとそこには!!


川波(うぁぁ!!っく!!)


俺は…自分の想像を超えたグロテスクなものを見て小さく叫んでしまう!


老婆が、、誰かに髪の毛を掴まれて、直立状態にされ首から鎖骨を食べられているのだ!!


俺は腰を抜かして玄関に座り込む…そんな俺を見ていた彼女は俺に駆け寄り抱き起こしてリビングの奥に連れて行く!


蔵川沙理愛(なに!?どうしたんですか!!?川波さん!!!)


彼女は、緊急事態だと察したらしく声を強めて話しかけてくる!


川波(警察を!…喰われてるんだ!…喰われてたんだよ!おばあちゃんが!!)


彼女は、伝えられた内容に驚いたのか慌ててテーブルの上に置いてある携帯電話を取ると警察に電話をしているらしいが…何だか様子が変だ!?


蔵川沙理愛(え!…なんで!?繋がらない…)


川波(嘘だろ!?ちょっと待ってな…)


俺も、ポケットから携帯を取り出すが…電波が入っていないのだ…


そして突然鳴る異音に俺たちは青ざめた…。


ガチャ!ガチャガチャ!


この部屋のドアノブが回る音がするのだ!


ガチャ!ガチャガチャ!


俺も彼女も一度目を合わせると咄嗟にベランダに逃げようとする。


しかし…。


川波(なんでだよ!!なんで開かないんだ!?)


鍵は開いているのに、窓はまったく動かないのだ。


俺は冷静にならないといけないと頭の中で繰り返し唱える。


川波(武器だ…ナイフとかハサミとかある!?)


蔵川沙理愛(包丁ならキッチン正面の段ボールに入っています…)


俺は、慌てて段ボールを破るように開けて新聞紙に包まれた包丁を見つけた。何があっても彼女だけは助けたいと本音で思える自分がいた。


川波(蔵川!俺の後ろに行くんだ!それで…俺に何があっても助けを呼びに走ってくれ…分かったな!)


彼女は、首を横に振ると急に泣くのをこらえた表情に変わり、歩きながら俺の背中に隠れた…。


カチャン…………。ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ


どうやら鍵が開けられて廊下を誰かが歩いてくる!

俺の心臓は不思議なほど冷静だった。とにかく彼女を生かして出せれば俺の勝ちなのだからと思えたからだ。


そしてフローリングに人影がうつる…


入って来たのは……


やはり……髭面の男だった。


…。

……。




いや……様子が変だ…だって…髭面の男も…喉と鎖骨…喰われて無くなってる……いや!コイツ!!死んでる!


俺が、それに気がついた時、蔵川の悲鳴が部屋を震わせた!


蔵川沙理愛(いやーーーぁ!!!)


彼女は突然気を失い倒れたのであった。これ以上無いほどに最悪のケースだ…。


川波(蔵川!蔵川!?おい!)


ゴリ、ズシャ、ゴリゴリ……


ゆっくりと歩き、近づく磯切の遺体から彼女を守る為に包丁を投げ捨てた。そして彼女を抱えて俺はキッチンに逃げる…


しかし…彼女の悲鳴を聞いた直後から遺体の動きは明らかに鈍くなり俺の目の前で倒れた…。


川波(たっ…助かった…)


俺は、彼女を抱き抱えたまま玄関から外に逃げようと考え廊下に向かう…その時だった!俺のポケットから振動を感じるのだ…


俺は歩きながらポケットを触ると…ブリキの箱が強く揺れているのだ!手の力では止まらないブリキの箱を俺は取り出し床に投げつけた!


その衝撃でブリキの箱が開き四つ折りの写真が床に転がった。


俺は何故か分かっていたのかもしれない…全ては、この写真が原因なんだと…


川波(全て!全てはお前の仕業なんだろ!!)


俺は、恐怖と怒りが交わる不思議な感情を言葉に変えて吐き出していた。


川波(俺は……拾って届けようとしたんだ!それなのにお前は待てなかったんだろ!?すげー怖いよ!本当に怖かったよ…。きっとさ…俺…死ぬんだろ?分かってるよ!!映画でも…ドラマでも…俺みたいなの死ぬもんな……。クソ!!…なぁ!!頼むよ!彼女を…彼女だけは…助けてやってくれ!…蔵川沙理愛って子だ…俺の、俺の彼女なんだぁ!!…)


俺の目からは知らないうちに涙が溢れていた…。その涙を拭った時である…


床に転がった四つ折りの写真が、広がっていくのだ…そして着物の女性が立つアノ写真が見えた。しかし…その写真の女は以前と違うポーズをとっているのだ


川波これって……


その写真の女は玄関を指さしているようだ…俺は、恐る恐る玄関に視線をやると…そこには、着物の女性がものすごい形相でこちらを睨んで立っていた!!


その形相を見た直後…頭が破れそうに痛くなり鎖骨の骨が折れるような痛みが伝わってくる…


ミシ、ミシ、ミシ、ミシ…ゴリ


川波(痛い!うぁっ!)


俺は意識が飛ぶのを耐えるしか出来なかった…着物の女はペタ…ペタ…と廊下を泥人形の様に歩いてくる…


川波(蔵川…ごめんな…俺。。もう)


俺が諦めた時、彼女の温かい手が俺の鎖骨を触る…すると鎖骨の痛みも頭の痛みも嘘みたいに無くなった。


川波(蔵川…?)


俺の腕の中から彼女がゆっくりと起き上がる…そして…床に転がった写真を拾うと握りつぶして泥人形に投げつけた!


蔵川沙理愛(悲しかろ…姉様…苦しかろ…物の怪や……今、祖父の無念を……祖母の痛みを晴らしまひょ…舞妓は踊り…血を吐き…死ぬんね………逃げられぬぞよ…姉様…ほな……お稽古しましょね…)


彼女が舞妓さんの様におどりはじめると…化け物の顔は歪み苦しみ…最後は弾け飛んだ。


俺は、何がなんだか分からないまま彼女を見つめていた…。化け物が消えても舞い続ける彼女は次第に美しい着物姿になり息を呑むほどに美しい舞妓さんとなった。


蔵川沙理愛(川波さん…私ね…実は幽霊だったみたいなんです…こんな私ですが…本当に結婚してくれるんですか?)


俺は迷わずに返事をした。


川波(はい。蔵川沙理愛!俺の嫁さんになって下さい!!)


こんな感じで俺は幽霊と結婚する事になり…今、三年目の大暑を迎えています。子供も二人出来て幸せに暮らしております。


皆さんも、この夏に美人な幽霊と恋愛なんてどうですか?


END









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