真相
「本当に申しわけなかった!」
三好はそう言いながら頭を下げ、そのままの勢いで今度は病室の床に正座し、土下座をするようなポーズを取った。
「やめて下さい。別に誰も怒ってませんから」
優香が三好の行為を止めようとした。
「いや、謝らせてくれ。なんだったら一発殴ってくれても構わない」
三好はなおも地面に頭をつけようとしている。なんだか面倒なことになってきたな。二岡はそう思った。
どうしてこうなったのかと言うと、水野がことの真相を話したことが原因だった。それによると、あの三好と初めて会った夜、二人で楽しく酒を飲んでいると、三好がべろんべろんの状態で「俺の〜ネックレス、絡まっっちゃってるん~だよねーどうにか出来ないのかなー」と告げてきたらしい。
それに対して水野は「ああ、それならベビーパウダーを使えばすぐに元に戻るみたいですよ」と解決策を提案したそうだ。それを聞いた三好が「でも俺、結構アレルギー持ってるからなー。ベビーパウダーでもなんか皮膚がかゆくなりそうだなー」とぼやいた。
それを耳にした水野が「じゃあ僕が買ってきて、ネックレスをほどきましょうか?」と言ってきたらしい。
そして三好が「じゃあネックレス、お前に預けとくわーパウダーで元通りにしといてくれー」と頼んできたとのことだ。水野はそれを受け取り、そしてなんらかの用件で岡崎に呼ばれたあと、その日の夜にパウダーを購入しに出かけ、車にひかれたというわけだった。
二岡は氷川が「犯罪をおかしたあとにしては平静としていた」との発言を聞いてから優香と三好とでこの病院に行く車中で、ネックレスは盗まれたわけではないのでは?と憶測を立てていたがそれが当たっていた。
水野から真相を聞いているうちに、三好の顔は病人の如く青ざめていき、そしてすべての話を聞き終えたころには深くうなだれていた。
そこから三好は自分を責め始め、謝罪をせねばと思ったらしく、土下座をしようとしているのだ。
「落ち着いて下さい三好さん。誰も責めたりしてませんから」
二岡は三好を説得しようとした。ベッドにいる水野と、優香も一緒になって三人で三好の行動をやめさせようとした。そしてなんとか、土下座をするのは思い留まってくれた。
「すまなかった……。謝って済む問題ではないが……」
三好がこれ以上ないくらいの苦悶に満ちた表情をしながら、言葉を発していく。室内は重たい空気に包まれている。二岡はそんな空気を変えるために水野に話しかけた。
「そう言えば水野……。水沢さん」
「水野で良いですよ」
水野が柔和な笑顔を浮かばせながら言う。
「じゃあ水野さん。下の名前--つまりファーストネームが水野って結構珍しいと思うんですけど、なんでそんな名前に?」
「ああ、そうそう。それなんですがね。三好さんには話したと思うんですけど、私の両親は釣りが趣味でネーミングセンスが最悪な二人でして」
「ええ」
「だから苗字に水沢っていう、釣りに関係がある水の字が入っているから、ファーストネームも水が入っている水野っていう名前をつけたらしいんです。意味不明ですよね?」
「……。確かによくわからない理論ですね」
優香が当惑した表情をしながらつぶやいた。二人の言う通りイマイチピンとこない理屈だが……。二岡は口を開いた。
「一応普通に字として読めるぶん、キラキラネームとかよりはマシじゃないですかね」
優香が意見を告げる。
「どうでしょうねぇ。でも名前に水をつけたかったのなら、水野なんて苗字みたいなのではなく、もっと自然な……。うーんでも水のつく名前って……」
優香の表情は困惑したものとなった。水がつくファーストネームなんてあるだろうか。二岡は思考を巡らせたがそれこそ、キラキラネームのときにしか使われないのではなかろうか。
「水の男と書いて水男さんとか?」
「うーん、ちょっとダサくありませんかね」
二岡は即答した……が、言ったあとでなんだか申しわけない気持ちが芽生えてきた。
「ってこんなこと言っちゃうと全国の水男さんに失礼ですよね」
自分でもわかるくらいの苦笑気味の口調で、二岡は謝罪の言葉を口にした。
「はは、確かにそうですね。でも今申し上げた通り、うちの親はネーミングセンス最悪ですから。水男よりもセンスないでしょ?水野って名前は」
水野が自重気味に聞いてきた。無論ハッキリそうですね、センスないですね。なんて三人とも言えなかった。
「あ、そうだ。一応ネックレス返しといたほうが良いですかね」
水野はそう言いながら、ベッド脇にある、小さな棚の上に置いてあるカバンを手に取る。
「そうだな。俺が自分で絡まったネックレスを直すよ」
三好が低いトーンで答えて、水野からネックレスを受け取った。それから少しだけ四人で会話をしたのち、お大事にと言いながら水野と別れた。その間、三好はずっとローテンションだった。無理もない。散々人を騒がさせておいて、実は盗まれてもなんでもなかったのだから。
病院を出たあと、三好が心底すまなそうな口調で言った。
「二人には大変な迷惑をかけてしまったな」
「んー、別に僕は気にしてないですよ。こう言ってはなんですが結構楽しかったですし」
今の二岡の言葉は気づかいなどではなく、本心だった。一人の人物を捜索し続けたこの二日間は非常に充実していた。そう実感出来たからだ。
「私も……。この一件がなければ三好さんと仲良くなんて出来なかったでしょうし、別に迷惑だなんて思ってませんよ」
優香の返答に三好はかぶりを振った。
「いや、ネックレスのことがなくても、あの夜、水野と会話をしている内に、人と話すことの楽しみを思い出したからな。どっちにしろ邪険には扱わなかったよ。取材には答えなかったと思うがね」
「あ、そうだ取材!」
優香は目を大きく見開きながら声を上げた。
「三好さん、二岡さんに伺ったんですが取材を受けてもらえるんですよね」
三好はうなずいた。
「ああ、こんだけのことをしてもらったんだ。取材、受けるよ」
その答えに、優香は満面の笑みを浮かべながら「良かった」とつぶやいた。二岡も晴れやかとした気持ちになった。めでたし、めでたしってところかな。二岡は声に出さずに心の中でそう思った。