ハモる
いよいよ探し求めていた人物と会える。二岡は優香、三好とともに、受付の女性に言われた三〇一号室に足を運んでいる。その道中、二岡は先ほど立てた自分の推測を二人に説明した。
氷川がすぐばれるようなうそをつく理由はない。だから水野が入院しているのはこの病院だし、本名も水野。しかし名簿には、年老いたおばあさんの目には載っていないように見えている。つまり……。
「そこまで考えたとき、水野が下の名前だという発想が生まれたんですか?」
優香が二岡の説明をさえぎり尋ねてきた。二岡はうなずきながら「ええ」と言った。
「しかし苗字が水沢だとは思いませんでしたよ」
二岡は心の底からの思いを口にした。水沢という苗字は最近、というより一昨日倉間中央公園の森林地帯、つまりホームレスのたまり場の、ダンボールハウスで見かけた苗字だ。あのときは水野の寝床を探していたのだったが、あの水沢と彫られていた、ダンボールハウスこそ水野のものだったのだ。
「実はとっくに見つけてたんですね。水野さんの居住地」
優香が形容しがたい顔をしながらつぶやいた。その心中を二岡はなんとなく察した。僕たち二人は水野のダンボールハウスを初日のうちに発見していた。しかしそのことに気づかずにずっと右往左往していたのだ。そういった表情になるのもわかる。
「しかし、変な名前だな。水沢水野って」
三好はえらく冷静な口調で言った。その点に関しては二岡も同意だった。水野という一見すると苗字に思える名がファーストネームな上に、その苗字が水沢という、二回も水という漢字が使われているのだから珍名という他ない。
「ここですね」
優香がいくつもある扉の一つに立ち止まり、プレートを見た。三〇一。間違いなくこの先に水沢水野がいるのだ。緊張が走る。優香が神妙な面持ちでドアを開けた。
室内は大部屋ではなく個室だった。その部屋の窓からは、見事なまでの綺麗な月が見えていた。その窓の横にあるベッドに、一人の男性が仰向けで寝ていた。聞いていた通り二岡なみに若い。
「あの人が?」
優香が目を細めながら聞く。三好がなにか言うより先にその人物が起き上がり、こちらに視線を移してきた。
「あー!三好さんじゃないですかー」
彼は一応ケガ人のはずなのだが、そんなことを感じさせないほどの声量を出してきた。
「間違いない、この微妙に人をいらつかせる声。水野……。いや苗字であるの水沢と呼んだほうが良いかな」
「あれ?僕名前名乗ってましたっけ?」
水沢水野が不思議がった。その問いに二岡が答える。
「水野は岡崎さんが呼んだのを三好さんが覚えてたんです。水沢は受付の事務員に教えてもらいました」
「あーそうなんですか」
水野が能天気な口調で言う。やはりおかしい。二岡はそう思った。盗みを働いて、その盗んだ品物の持ち主が眼前に現れたというのに、この落ち着きっぷりはなんだ。肝が座っているというわけでも、開き直ってるわけもなく、まったく悪びれた様子がない。これはもしかして……。
「ネックレス」
三好がこれ以上ないくらいに眉間にしわを寄せながら、手を水野のほうに差し出してきた。ネックレスを返せと催促しているのだろう。水野はもうしわけなさそうに言った。
「いやーすみません。実はネックレスを受け取ってからすぐに車にひかれまして。だからまだ購入してないんですよ。ベビーパウダー」
ベビーパウダー?いったいなんのことを言っているのだ。一瞬、二岡の頭の中は理解不能の四文字で一杯になったが、すぐに閃くものがあった。そして一つの結論に辿り着いた。
「水野さん、もしかしてあなた」
「はい?なんでしょう」
「盗んでませんね」
「ん?なんの話でしょう」
とぼけてるわけではなさそうだった。
「三好さんのネックレスをです」
二岡が意を決して告げる。水野の顔は不思議そうなものとなり、そしてそれは次第に、困惑したものとなっていた。
「えっと……。ネックレスを盗む?確かに僕は今、三好さんのネックレスを持っていますが、それは三好さん本人が預けてきたものですよ」
水野の発言に優香と三好は目を丸くしながら言った。
「え?」
二人の声がハモった瞬間だった。