表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/30

ハモる

 いよいよ探し求めていた人物と会える。二岡は優香、三好とともに、受付の女性に言われた三〇一号室に足を運んでいる。その道中、二岡は先ほど立てた自分の推測を二人に説明した。


 氷川がすぐばれるようなうそをつく理由はない。だから水野が入院しているのはこの病院だし、本名も水野。しかし名簿には、年老いたおばあさんの目には載っていないように見えている。つまり……。


「そこまで考えたとき、水野が下の名前だという発想が生まれたんですか?」


 優香が二岡の説明をさえぎり尋ねてきた。二岡はうなずきながら「ええ」と言った。


「しかし苗字が水沢だとは思いませんでしたよ」


 二岡は心の底からの思いを口にした。水沢という苗字は最近、というより一昨日倉間中央公園の森林地帯、つまりホームレスのたまり場の、ダンボールハウスで見かけた苗字だ。あのときは水野の寝床を探していたのだったが、あの水沢と彫られていた、ダンボールハウスこそ水野のものだったのだ。


「実はとっくに見つけてたんですね。水野さんの居住地」


 優香が形容しがたい顔をしながらつぶやいた。その心中を二岡はなんとなく察した。僕たち二人は水野のダンボールハウスを初日のうちに発見していた。しかしそのことに気づかずにずっと右往左往していたのだ。そういった表情になるのもわかる。


「しかし、変な名前だな。水沢水野って」


 三好はえらく冷静な口調で言った。その点に関しては二岡も同意だった。水野という一見すると苗字に思える名がファーストネームな上に、その苗字が水沢という、二回も水という漢字が使われているのだから珍名という他ない。


「ここですね」


 優香がいくつもある扉の一つに立ち止まり、プレートを見た。三〇一。間違いなくこの先に水沢水野がいるのだ。緊張が走る。優香が神妙な面持ちでドアを開けた。


 室内は大部屋ではなく個室だった。その部屋の窓からは、見事なまでの綺麗な月が見えていた。その窓の横にあるベッドに、一人の男性が仰向けで寝ていた。聞いていた通り二岡なみに若い。


「あの人が?」


 優香が目を細めながら聞く。三好がなにか言うより先にその人物が起き上がり、こちらに視線を移してきた。


「あー!三好さんじゃないですかー」


 彼は一応ケガ人のはずなのだが、そんなことを感じさせないほどの声量を出してきた。


「間違いない、この微妙に人をいらつかせる声。水野……。いや苗字であるの水沢と呼んだほうが良いかな」


「あれ?僕名前名乗ってましたっけ?」


 水沢水野が不思議がった。その問いに二岡が答える。


「水野は岡崎さんが呼んだのを三好さんが覚えてたんです。水沢は受付の事務員に教えてもらいました」


「あーそうなんですか」


 水野が能天気な口調で言う。やはりおかしい。二岡はそう思った。盗みを働いて、その盗んだ品物の持ち主が眼前に現れたというのに、この落ち着きっぷりはなんだ。肝が座っているというわけでも、開き直ってるわけもなく、まったく悪びれた様子がない。これはもしかして……。


「ネックレス」


 三好がこれ以上ないくらいに眉間にしわを寄せながら、手を水野のほうに差し出してきた。ネックレスを返せと催促しているのだろう。水野はもうしわけなさそうに言った。


「いやーすみません。実はネックレスを受け取ってからすぐに車にひかれまして。だからまだ購入してないんですよ。ベビーパウダー」


 ベビーパウダー?いったいなんのことを言っているのだ。一瞬、二岡の頭の中は理解不能の四文字で一杯になったが、すぐに閃くものがあった。そして一つの結論に辿り着いた。


「水野さん、もしかしてあなた」


「はい?なんでしょう」


「盗んでませんね」


「ん?なんの話でしょう」


 とぼけてるわけではなさそうだった。


「三好さんのネックレスをです」


 二岡が意を決して告げる。水野の顔は不思議そうなものとなり、そしてそれは次第に、困惑したものとなっていた。


「えっと……。ネックレスを盗む?確かに僕は今、三好さんのネックレスを持っていますが、それは三好さん本人が預けてきたものですよ」


 水野の発言に優香と三好は目を丸くしながら言った。


「え?」


 二人の声がハモった瞬間だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ