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行ったり来たり

 夏の天気は変わりやすい。午前まではギンギンと輝いていた太陽も、午後になるとどこへやら、空は暗雲立ち込めまるでこの世の終わりを告げるかのような天候に急変していた。そして十分ほど前から、これでもかというぐらいの大雨が降ってきた。時刻はまもなくPM六時をむかえようとしている。


 バイトを終わらせた二岡は傘を持っていなければカッパも身につけていない状態で三好のところをまた訪れていた。そのため、当然ながら全身ずぶぬれの格好である。TVやラジオもないホームレスにとっては天気予報を見聞きする機会がないのだ。三好が渋い表情をして言った。


「ひどい有様だな。大丈夫か……ってのは愚問か」


「ハハハ、このような展開になるとは、朝には予想もしませんでしたしね。まあでもバイトの報酬はもらえましたし悪いことばかりではないんですけどね」


「それはそうと記者さんはどうされたんですか?」


「ん?今日は結局一回もここには来なかったな」


「え?」


 二岡は思わず首をかしげた。一回もここには来なかった?しかし数時間前僕は優香に、帰宅するときは三好に声をかけたほうが良いと告げたはずだ。それなのにその優香がここを訪れなかったってことは……。二岡の脳裏に鋭いものが突き刺さった。


「ちょっとすみません、失礼します!」


 二岡はそう言うとくるっと三好に背を向け走り出した。


「お、おい、どうしたんだよ?」


 後ろから三好の問いが聞こえたが二岡は答えることなく、足を止めることもなかった。向かう先は氷川のダンボハウスだ。頼むどうか間違いであってくれ。二岡はそう願いつつ力走を続けた。雨が降っていて地面がぬかるんでいる環境での疾走なので、ときおりこけそうになりながら目的地に到着すると二岡の心配は消え去った。


「良かった……。記者さん居たんですね」


 二岡が目撃したのは先ほどバイトの休憩時間で見た光景とほぼ変わりない状景だった。違う点は優香が、自分の身体がびしょびしょにならないようにブルーシートの上に傘を斜めに置いてあるところぐらいだった。


「二岡さん、バイトはもう終ったんですか。あ、傘予備があるんで使います?」


「いいえ、結構です、それよりもどうしてまだこんなところに?」


「どうしてって……。それはまあ氷川さんがまだ戻って来てないからとしか……」


「今までずっとここに留まってたんですか?」


「まあ、そうなりますかね」


 若干の驚きを覚えるつつ二岡は問うた。


「ええといつごろからここで氷川さんを待ち伏せしてたんでしたっけ?」


「朝の……。十時ぐらいからだったような」


 その返答は二岡を愕然とさせた。ということはこの人は……。


「は、八時間近くも粘ってるってことですか」


「そうなりますね」


 優香はあっけらかんとした様子で答えた。ものすごい根気だ。二岡は優香に対してそう感じた。


「どうしてそこまで……」


 最後まで言いきる前に優香の身体に異変が起きたことを二岡は察した。顔色が妙に青く、目の焦点も合っていない。これはまずい。そう思った瞬間、シートに座っていた優香の姿勢が崩れ去り、そのまま前のめりに倒れ込んでしまった。


「ちょ、記者さん!?」


 あわてて優香のそばに寄り、ひたいに手をやる。熱を発症していることが一発でわかった。どうする。一旦どこか休める場所に移動させるか。といってもこの大雨の中でそのようなところなんて……。瞬間、自分のダンボハウスが思い浮かんだ。あそこなら一応雨を凌ぐことは出来る。しかし女性を自身の寝床に誘うのはなんだか犯罪めいた行動な気がする……。いや、これは僕の気にしすぎだろうか。


 ってよく考えれば眼前の氷川のダンボハウスの近くにある、すなわち岡崎のダンボハウスを使わせてもらえばいいんじゃないのか?あそこはかなり大きいし……。二岡はあれこれと考えを交錯させていると優香がゆっくりと口を開いた。


「平気です、ちょっと頭がフラフラするだけですから……」


「それどう考えても平気じゃない状態ですよね?待っててください、今岡崎さんのダンボハウスまで連れていきますから」


「すみません、迷惑かけてしまって……」


 消え入りそうな声で優香が謝罪してきた。二岡はなにも言わず、バイトで出来た腕の痛みを我慢しながら優香の肩を組み、目的の場所まで運んだ。取り合えず優香を横に寝かせその後、彼女の傘とシート、その他もろもろの持ち物を回収した。


「大丈夫なん……ですか?了承なしに入ってしまって」


「岡崎さんは親切なかたですから多分許してくれると思いますよ。緊急事態ですししょうがないですよ。それに……」


 二岡はつい口元をゆるめて言った。


「それに昨日、散々ダンボハウスに入りまくったんですから今さら気にすることじゃないですよ」


「はぁ……」


 優香が元気なく返事をするとやおら起き上がろうとしだした。


「まだ寝てたほうが良いのでは……」


 二岡の助言も優香はかぶりを振って否定する。


「問題ないです。さっきも言いましたけど軽くふらつく程度のものですから……」


「だからダメですってば」


 二岡は少し語気を強めて注意した。優香の表情を見れば、明らかにただのめまいなんかではないことがわかるからだ。


「しばらくは大人しく横になっていてください。それから昨日三好さんのために購入した薬、今持っていますか?」


 優香は二岡の言われた通り再び仰向けの体勢になった。


「ええ、カバンの中にありますけど」


「じゃあ今すぐ飲んでください」


 二岡は優香のカバンを彼女の目の前に差し出した。優香が手を突っ込み、薬とお茶の入ったペットボトルを取り出す。すぐに服薬して「フー」と一息ついた。


 ふと雨音が小さくなり始めた気がして外に視線をやる。目に見えてわかるほどに雨量が少なくなってきている。どうやらにわか雨だったようだ。しばらく眺めていると完全にやみ、夜の静けさが訪れた。


「もう今日は帰った方が良さそうですね。立てますか?」


「ええ。でもまだわたし……」


 彼女が次に吐くセリフがなんとなく予想出来た。


「ここで粘っていたいです」


 二岡は優香の顔を見た。相変わらず疲労の色が濃い表情。しかし両目にだけは強い意志を宿していた。


「……。どうしてもその考えを変える気はないんですか?」


 尋ねるだけ無駄だ。そうわかっていても質問せずにはいられなかった。


「はい」


 優香は案の定、YESと返してきた。二岡としては出来ることならそんな無理をせず、帰宅して休養をとってもらいたかった。しかし彼女を説得するにはそれなりの理由がないとダメだろう。なら今の僕がすべき行動は……。


「ちょっとここで待っていてもらえませんか?すぐに戻りますから」


 優香の返答も聞かず二岡はダンボハウスを出て、全速力で走りだした。バイトの

 疲れのせいもあって足元がおぼつかない。その結果後半からは、よたよたした足取りになっていた。それでもなんとか前進する。半ば、やけくそ気味に足を前に進ませていると念願の三好が視界に入ってきた。


「おう、どうしたんだ、急に飛び出していったと思ったら今度はまたえらく、へろへろな状態で引き返してきやがって」


「すみません……。ちょっと……お願いしたいことがあるんですけど」


 荒い息づかいとともに告げた一言に三好はまゆをひそめた。


「まあ別に構わんが……。なにを頼むつもりだ」


「三好さん、自分がホームレスであると認めてください」


 三好の顔つきが一変した。


「……。どういうことだ、説明してもらおうか」


 えらくドスの利いた声。やはりというか、(かん)に障ったらしい。不機嫌になったことは一目瞭然だった。


「記者さんのためです」


「記者さん?一条さんのためだって言うのか?一体なんで……」


 三好の当然の疑問に二岡はすべての事情を話した。優香が週刊オーガストの編集長に命じられて三好にインタビューをとろうとしていること。優香はそのために水野を見つけ出し三好に恩を売ろうとしていること。そして現在もなお氷川を待ち伏せしているということ。あらかたの説明を終えると三好がボソッとつぶやいた。


「そうか、そういうことだったんだな……」


「それでさっきの話と繋がるんですが、おそらく記者さんはネックレスを見つけるまで粉骨砕身することでしょう。でももう身体が限界を迎えてるんです。だから三好さん、ホームレスだって認めてください。そうすれば記者さんも当初の目的が達成出来て無理をすることをやめるはずですから」


「……。昨晩も言ったが俺は認めるつもりはないぞ。例えそれが一条さんのためでもだ」


「どうしてなんですか。本当はご自身でも深く理解しているはずなのに」


「そりゃあどういう意味だ?」


 三好が一層不機嫌そうな顔つきになった。正直今の彼はかなり怖い。それでもここで臆するわけにはいかない。二岡は意を決して口を開いた。


「三好さん、ではお聞きしますがなぜネックレスが盗まれたときに行かなかったんですか?」


「行く?どこに行けっていうんだ。まどろっこしい言い方してないでもっとハッキリとものを言ってくれないか」


「……。交番です」


 二岡は自分でもわかるほどの震え声で答えた。


「なんだと?交番……」


「ええ、交番。普通の人は高価なものを誰かに盗られたと思ったら真っ先に向かう場所です。なのにどうしてそこに足を運ばずに、水野さんのダンボハウスを必死に探してたんですか」


「そ、それはだな」


 三好の口が閉じた。そしてそのまま黙り込んでしまった。なにを考えているのかはわからない。しかし交番に行かなかった理由はわかる。それは……。


「失礼ですが僕の推測を聞いてもらいます。交番の警官に相談しても住居を持たず、外で野宿しているような人間の話など受け入れてもらえない。そう思われたんではないですか?」


 三好の反応はわかりやすかった。ばつの悪そうな顔をしその後、うなだれてしまった。どうする。このようなリアクションをとられたときの対処法を考えてなかった。二岡が対応に困っていると三好が顔を上げた。先刻までと違い、どこか決意を固めた表情になっている。しかし少し観念したかのような、それでいて諦めのような眼差しもしていた。


「そうだ」


 小さく、それでも確かに三好はそう口にした。二岡は頭の中で言葉を選定しながら、それらを声に出す。


「認めるんですね、警官に相手にしてもらえないと思ったことを」


「ああ」


「ということはやはり……」


 三好がうなずく。


「俺は……。本当は最初からわかってたんだ。自分がホームレスだってことを」


 とうとう三好自らがホームレスであると承認した。二岡は問いかけた。


「最初から……。ですか?」


「いわゆる虚勢ってやつだな。俺自身の心にまで嘘をついてたんだ。俺はホームレスじゃないって。そうしとかないと自分が保てなくなりそうで。こういうの自己防衛本能って言うんだっけか?」


 医者じゃないのでなんとも言えない。二岡はそう回答しようとした。しかしその前に三好がひとりごとのように付け加えた。


「ま、実際のところ単なる現実逃避ってだけだろうけどな」


 これには正しい返し方が見つからなかった。肯定しても否定しても気まずくなるような、そんな予感がしたからだ。


「だからな……。俺は受けるよ。こんなおっさんのために尽力してくれた一条さんの取材を」


「三好さん……」


 ついに三好の高い壁を取り除けた。そう実感出来るセリフをたった今この耳で聞いた。もう優香がこれ以上頑張る理由はない。早くこのことを伝えに行かねば。昨日まで風邪だったので三好はまだ安静させてたい。彼をその場に残し、二岡は疲労した身体にムチを打ち優香のところまで戻る。間違いなくここ数ヶ月のなかで、一番疲弊した一日だ。そう実感しながら目的地にまで駆けた。


 優香は先と変わらず、岡崎のダンボハウスで休息をとっていた。二岡は真っ先に三好の意思を告げた。


「記者さん、三好さんがインタビューを受けるとおっしゃってましたよ」


 優香は少し驚きの面持ちを見せたが、すぐに真顔になった。


「そうですか、それは良かったです。これであとはネックレスを取り戻すだけですね」


 ……?言っている意味がわからなかった。優香の目標はすでに達成されたのだからネックレス云々はもう関係ない話なのでは。


「えーと、三好さんに取材をするだけの間違いでは?」


「なに言っているんですか。わたしはネックレスを見つけ出すまで三好さんに取材をするつもりはありませんよ」


「ど、どうしてですか」


「だって昨日の三好さん、すごく心苦しそうだったじゃないですか。それに私今朝目撃したんです、三好さんが自分の家で涙を流しているところを。『ネックレス……。もう戻らない……』ってつぶやきながら。あれは大事なものを失った悲しみで泣いていたんです。そんな状態の彼を、取材するわけにはいきませんよ」


 三好が泣いていた……。それは初耳だった。いやしかしだからといって。


「三好さんはもう良いって言っているんですよ」


「それでも……。私は失意の中に居る三好さんを、インタビューする気にはなれません。私の自己満足だってことはわかってます。だけど取材相手には出来るだけ、なんのわだかまりもなくインタビューを受けてもらいたいんです」


「記者さん……」


 二岡は自然の内に湧き出た疑問を優香にぶつけた。


「どうして……。どうしてそこまで必死になるんです?」


「……。少し私の昔話をしても良いですか?」


 顔をたてに振る。


「昨日の昼食のときに気づいてたとんですけど、わたし食べるのがとろいじゃないですか」


 急にラーメン屋の話をされるとは考えもしなかった。そして食事のスピードが遅いのは自覚があったのか。


「小学生のころからなんですよ。だから給食の時間になるといつも憂鬱で……」


「と言うと?」


「周りの、特に男子から、グズだの何だのとバカにされたんですよ」


「それでその、あまり人付合いが得意でないこともあって、友達も出来なくて、クラスで浮いた存在みたいになってしまったんです」


「なるほど」


 相づちをうちながら二岡は話を聞き続けた。


「そんなある日、図工の時間で描いてた絵が小さなコンクールで入賞して、とある雑誌記者がインタビューをしに学校に来たんですよ」


「それから?」


「取材は休み時間に空き教室でやるになっていたので、そこでしばらく記者のインタビューを受けていたら突然、その方がこうおっしゃったんです」


「なんと言ったんですか?」


 二岡はどんどん優香の話に興味を持ってきた。


「『あなた、なにか悩みでもあるんではなくて?』と尋ねてきたんです。真剣な眼差しをこちらに向けて」


「へえ、ってことはその記者さんは見抜いたんですか。記者さん……。ええとややこしいですね、一条優香さん、あなたの心情を」


「そうなんです。取材はちょうど給食の時間に生徒たちにからかわれた直後に行わたので、そのときの私は誰の目から見てもわかるほどの落ち込み顔をさらしていたらしいんです。まあ、これは後から聞いた話なんですけどね」


「ああ、では見抜いたっていうよりも指摘したって感じですか?」


「そうなりますかね。それで取り合えず、クラスになかなか馴染めないことを告白したんです。そしたらその記者……。あ、里子さんという名前なんですけど。里子さんが『だったらその悩み、私が解決してあげましょうか?』って毅然とした態度で告げてきたんですよ」


 里子……。どこかで聞いた名前のような。二岡は熟慮したが疲れのせいもあってか頭が回らなかった。


「それからどうなったんです?」


 考えるのを中断し、二岡は先を促した。


「まずあなたの好きなものはなに?って聞かれて……。ちょうどそのときやってた児女向けアニメの名前を挙げたら『それじゃあ同志を探しましょう』と意気揚々と言い出して。私と同じくそのアニメが好きなクラスメイトを捜索しだしまして」


「はあ、なるほど」


「それで何人か見つかったんですけど、それが全員私のことをノロマ扱いしてた方々で……」


「それはまた何とも……」


 運のないことだ。せっかく見つかった共通の趣味を持つ人間がよりによって、自分をいじめてた人たちだったなんて。


「さすがに気まずい空気が流れましたね。里子さんもそれを感じとったのか、私だけを廊下に連れ出して事情を聞いてきました」


「それでかいつまんで説明すると、申しわけなさそうに『悪かったわ』とつぶやいて、その後に私をいじめてた方々に解散を言い渡しました。そして最後に『また明日来るわ』と捨てゼリフかのように告げて学校を去っていったんです」


 二岡は首をかしげながら両腕を組んだ。


「それで宣言通り次の日に来校したんですか、その里子さんって人は?」


「はい。しかもですね、ただ再訪したわけじゃなかったんですよ」


「ほう」


 二岡は前のめりながら寝ている優香の顔を注視した。優香は数秒目をそらし、またこちらに視線を向けた。


「開口一番に、その私たちが好きなアニメをレンタル屋で借りてきて、一晩で見通してきたって高らかに言い放ったんです」


「お、おお……。ええとそのアニメって何話ぐらいあるんですか?」


「ええと、確か最終的に百五十話ちょっとやってました。もっとも里子さんと出会ったときには、まだ四十話ぐらいまでしか放送されてませんでしたが」


「じゃ、里子さんは一日でそれだけの話数を鑑賞したってわけですか?」


「いえいえ、DVDで発売しているところまでしか、ご覧になっていなかったので正確には二十話ぐらいですかね」


「ああ、よくよく考えればそうですよね」


 要するにそのアニメの最新の展開については、なにもわからないということか。優香も二岡の思っていることが読めたのか、こう告げてきた。


「お察しの通り、里子さんは最近の内容に関して、なにも知りませんでした。でもそれが結果的に、私にとっては良かったんですよ」


「どういうことです?」


 二岡は脳をフル回転させていた。が、いかんせん疲労の度合いが大きすぎる。二岡はまたしても思考を停止させるしかなかった。


「里子さんが私たちに、リアルタイムでは今どんな状況になっているか聞いてきたんですよ、アニメの」


 二岡は組んだ腕を外しながら口を開いた。


「当然、みなさんはそれに答えられるわけですよね。ファンなんですから」


「ええ、もちろん。それで私も、私をさげすんでいた子たちも必死になって説明して、それでなんだかいつのまにか、話題はそのアニメになっていって」


「具体的にはどういう?」


「ええとですね……。里子さんが自身の好きなキャラの名前を口にすると、私も含めた全員が一斉に各々、お気に入りのキャラ名を連呼しだしたりとか」


「私はあの人が好き!みたいな感じですね?」


 優香は嬉々とした表情で返答した。


「ニュアンス的にはそうです。そんな感じで会話を続けていくうちに、だんだんと私をいじめてた子たちとも打ち解けてきたんです」


「それはそれは」


「それで最終的には、いままでの関係が嘘のように親しくなれました」


「すべて里子さんのおかげってわけですか」


 優香が大きく顔をたてに振る。


「そうなんです。里子さんの狙い通り私たちは仲良くなり、そしてなんのわだかまりもなくインタビューに臨めました」


「そしてインタビューの終わりに逆に私が尋ねたんです。『どうして私のためにレンタルしてまでアニメを見てくれたの?』って。そしたら里子さんは『取材相手には出来るだけなんの不安や心配ごとのない状態、真っ白な状態で取材を受けてもらいたいのよ』と優しいまなざしでそう答えたんです」


「……。良い人ですね」


「はい、本当に」


 話が徐々に見えてきた。彼女にとってその里子さんという人は憧れの存在なのであろう。だから里子さんのような記者になりたい。つまりそれは……。


「里子さんは私にとって模範的な人なんです。ですから私も三好さんが安定した精神になってから彼に取材を行いたいんです。そのためにはネックレスを探しださないと」


 そう。優香によると、三好は自分の手元からネックレスが離れた悲しみで涙をこぼしていたという。だから……。いやそれ以前に彼女は昨日からそういった気持ちでネックレスを捜索していたのだろう。


 僕の推理は外れていた。決して三好に恩を売って、それを売りに取材をしようと画策していたわけではなかったのだ。今になって自分の考えが実に見当違いであるかを思い知った。優香は自分の利益のために頑張っていたわけではなかった。彼女はそんな利己的な人間ではなかったということだ。


「わかりました。でも無理はやめてください。今度は僕が氷川さんのダンボハウスを見張ってますから、記者さんはここで休んでいてください」


 二岡はそう言うと返事も聞かず、室外に出ようとした。こうなってくると彼女を止めるのは難しいだろう。しかしここで『じゃあ頑張って下さい』とだけ口にして踵を返すのは、なにか違う気がする。


 だからここは優香から無理矢理にでもバトンを受け取り、彼女の負担を軽くするのが正解……な気がしたのでこういう行動をとった。


「待ってください」


「止めてもムダですよ」


 二岡は優香の制止をほぼ無視する形で、歩を進めた、外はまもなく夜のとばりが訪れようとしている。暗い中、二岡はたくさんある木立の一つに身を預けた。夏といえどもこの時間帯になると、半袖の格好だと少々肌寒く感じる。が、これまでこの場所と三好のダンボハウスを行き来して、いい感じに汗をかいている二岡にとっては、この体感温度はむしろ心地良い感覚だ。


 しばらくして優香の声が聞こえた。


「二岡さん、良かったらこれ使ってください」


 優香が差し出してきたのは先ほどまで彼女が使用していたブルーシートだった。これを敷いて座ってください。優香が言いたいのはそういうことだろう。二岡は優香の心遣いを快く受け入れることにした。


「どうもすみません」


 手渡されたシートの上にあぐらをかく。それからまたしばらくたってから二岡は心中で独白をつぶやいた。


 ただ待ってるだけってのも結構退屈なものだなぁ。


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