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休憩時間

 二岡は今日、いつもより早く起きた。本日のスケジュールはAM九時から、土木系の仕事が入っている。日給一万の即日払い契約なので、夕方には諭吉が一枚手に入れられる予定だ。


 久々に高額な資金を得られるバイトなので、二岡は寝起きの段階から胸を高鳴られせていた。一万円あればそれなりに長い期間、食費に関しての心配はしなくて済む。病み上がりの状態で労働して大丈夫かな?とか、三好のネックレスの行方とか、色々なものが気になってはいるが正直それよりも数少ないチャンスであるお金稼ぎのほうが重要だと感じた。


 簡易ながらに作ったこの小屋では夜の寒さを防ぐほどの防寒能力は無かった。こんなところで毎晩眠っていたらいつか熱を出すだろうかとホームレス生活を始めたころから少々不安だったが、二日前の冷たい夜風が原因でとうとう自慢の身体が根をあげて風邪を引いてしまった。


 幸い割りとすぐに治りはしたがやはり近いうちになんとかしないとダメだよなぁ。そう思いながら二岡は食べ物が入っているスーパー袋を手に公園内を出た。


 外は何人かのまばらな人が歩いてたが、車や自転車などは片手で数えるほどしか歩いていなかった。眠気を覚ますためにも二岡は力走してバイト先を目指した。全身が熱くなるのを感じながら足を進ませていると信号に引っかかった。


 近くにあった電柱に寄りかかって楽な態勢をとる。信号の色が変わるのを暫時待ち青になると再び走り出す。これと同様のことを二岡は数回くり返してゴール地点のビルに来着した。


 土木系と言ってもやることは材料や木材を運んだり現場の清掃なんかの作業だけなのでそれなりの体力があれば素人でも出来る仕事だった。工事現場までは会社からワゴン車に相乗りして行くことになっている。


 二岡は正面玄関に設置してある地図案内板を見たのち待ち合わせ場所となっている裏口に向かった。そこには数十名の人間が手持ち無沙汰に立っていた。いずれも男で女性は誰一人いなかった。やはり身体を使う仕事なので男性の方が雇われやすいのかもしれない。二岡も彼らと同じように壁面に背を預けて待機することにした。


 しばらくしてがたいの良い中年男性が二人現れた。どうやら今日一日の指導者たちらしい。その内の一人の方から軽いスケジュールの説明を受け、案内された道を行くとロッカールームに着いた。そこで二岡たちは作業服に着替えその後、また案内された通りに進むと何台ものワゴン車が綺麗に駐車してあった。


 二岡はその内の一台、カラーが白いものに乗り込んだ。移動中は誰も喋らず、エンジン音だけが車内に響き渡っていた。厚い作業服を着ているせいなのか、密閉された車中はかなり暑苦しく感じた。


 十分ほどしてたどり着いたのは工事中と書かれた看板がいくつも掲げてある道路だった。話によると今回は木造家屋建設の手伝いとのことらしい。車から降り先導された道を行くと、そこはいわゆる木材運搬車がいくつも停めてある場所だった。


 そこから二岡たちはひたすらその材木を指定された位置に運び込む仕事に明け暮れた。当然ながら時間が経つごとに疲労、汗の量、共に増加していった。想像以上に疲れる仕事だ。二岡は自分の考えの甘さを痛感した。両腕が少し痛み出したところでちょうど一時間のお昼休憩に入った。


 二岡は用意してきたおにぎりや惣菜パンを食べ終えると、つけている腕時計を見た。まだ作業再開まで五十分近くある。それまでは自由時間である。ふと優香と三好の顔が頭に浮かんだ。あの二人は今ごろどうしているだろうか。ちょうどここから倉間中央公園まで徒歩で五分ほどでちゃくする。気がかりだ。残りの時間を持て余すより公園に足を運んだほうが良いかもしれない。


 二岡はそう決断するとすぐさま行動に移った。指導者の一人に出かけて行くことを伝え目的地の方向に足を進めた。頭の中でここ周辺の道を思い出しながら公園を目指す。ほどなくして見慣れた光景が目に飛び込んできた。自身の生活圏内に入ったことを実感した。


 顔の汗を拭きながら公園に着くと駐車場に目をやった。白の軽自動車が一台ある。昨日乗ったからわかる。あれは優香の車だ。ということは必然的に優香がこの公園に訪れていることになる。二岡は視線を正面に戻したのち、脇目も振らず森林地帯へ向かった。特にこれといった問題もなく到着した。


 取り合えず三好さんのところに行ってみるか。そう思い立ち二岡は前日の道なりを想起しながら歩き始めた。さすがに昨日二回も来た場所なのでまったく迷うことなく三好のもとまで行くことが出来た。


「あれ、あんたなんでここに?今日はバイトだったんじゃ?」


 三好はこちらを視界に捉えるとすぐさま話しかけてきた。


「ああ、どうも。ちょうど今休憩時間でして。暇だったんでちょっと寄ってみたんですよ」


 二岡は軽い口調で応じると三好がさらに疑問をぶつけてきた。


「そうだ。昨日のことで少し問いたいことがあるんだ。なんで昨夜あんなことを尋ねたんだい?」


「あんなこと、とは?」


「あなたは自分をホームレスだと認めないのかとか聞いてきただろ」


「ああ、そのことですか」


 二岡はどう答えたものか迷った。優香が三好に対してホームレスインタビューをとりたがっているのを明かしたほうが良いだろうか。しかしそうなると優香が今まで頑張って水野の行方を探していた理由ーーすなわち三好に恩を売って、それを材料にインタビューしようと画策していたことがばれてしまう。


 そうなるとこれまでの優香の努力が無駄になるかもしれない。それはまずいだろう。二岡は数秒でそこまでの判断をしなんとか話をそらそうとした。


「あー、それはそうと記者さんは今どちらに?」


「ん?今日はまだ見かけてないが」


「え、そんなはずないですよ。だって駐車場に記者さんの車があったんですから」


「そうなのか?それじゃあ……。お前さんが一条さんを追い越してここに来た……ってのはさすがにないか」


「ええ。そんなに彼女は足が遅くなかったですし。うーん迷子とかじゃなければ良いんですけどね。ここかなり広いですから」


「そうだな……。はあ……」


 三好が深い嘆息をついた。急にどうしたというのだ。そういえば彼は昨日みたいに水野の手がかりを求めて東奔西走したりはしないのだろうか。もしかしたら……。二岡はいくつかの憶測を立てた。


「三好さん、熱はもう大丈夫なんですか?」


「ああ、一条さんのくれた薬の効果かな、結構マシなレベルにはなったよ」


 となると……。二岡は矢継ぎ早に質問をした。


「もうネックレスのことは諦めてしまわれたのですか?」


「……。どうしてそんな風に思うんだ?」


「簡単なことですよ。前日のあなたは身体の調子が悪いのにネックレスを奪取したとされる水野さんの行方をかなり精力的に追っていました。それなのに今日はまったく行動に出ていない様子。となるとあり得るのは昨日以上の高熱を出したか、もしくは諦念されたかのどちらかということになります」


 三好はばつの悪そうな顔をし、それでいてどこか不機嫌な雰囲気をかもし出していた。


「他にも可能性はあるだろ」


 二岡は首をかしげながら声を発した。


「と言いますと例えば?」


「そうだな、もしかしたら俺が早朝のうちに水野の居場所を突き止めてネックレスを奪い返したってこともなくはないだろ」


 三好はそう口にしたあと、少し自嘲じみた笑みを浮かべた。本人も自身が発言したセリフがあり得ないことだと自覚しているのだろう。少し苦笑してしまっているようにも見えた。


「それはないでしょう。もしそうなら真っ先にネックレスが見つかったよ、と報告してくるはずです。しかし僕に会ってから数分経っているのに、あなたはそんなことを告げる素振りをまったく見せていない」


「なるへそ、しかしいちいち的を得た推理をしてくるから少しイラっとくるな」


 ここに来てまさか文句を言われるとは思わなかったので、二岡はどう対応すれば良いのか困却してしまった。


「ええと、そのごめんなさい……」


 二岡は取り合えず謝っておこうか、という軽い気持ちで謝罪の言葉を述べた。三好は二岡を見つめながら口を開いた。


「いやいや責めているわけじゃないんだ、こっちこそ悪いな、変な誤解をさせて」


「はあ……。それじゃあその、僕の推測は当たってるんですか?」


「ネックレスを諦めてたって話か?ああ、まあ少しは正解かな」


 二岡は腕を組んだ状態で言った。


「少し?では不正解の部分の説明をしてもらえませんか?」


「諦めたっていうのにはちょっとニュアンスが違うんだ、そうだな……。しいていうならあれだな、少し休憩をとろうかなって考えたんだよ」


「休憩?」


「ああ、熱が引いたとはいえすぐに動くとまたぶり返すかもしれんだろ。急いてはことを仕損じる、取り合えずしばらくは英気を養おうかと思ってな」


「なるほど……」


 二岡は表面上はいかにも納得した口振りを見せた。が、心中はまったく承服しがたいという感じだった。特にこれといった理由があるわけではないのだが、今の三好の返答は嘘のような気がしてならないのだ。


「それはそうと一条さんはどこに居るんだろうな。車があるってことはこの公園に来てると思うんだが」


「そうですね……」


 二岡はそうつぶやきながら一番優香が向かいそうな場所を熟考した。そうして頭の中で一つの結論を出しそれを三好に伝えようとした。


「やはり水野さんと仲が良い人たちの中で、唯一話の聞けていない人物、氷川さんのダンボハウスに行ってる可能性が高い気がします。それに菱川さんの話では氷川さんが一昨日の夜に、水野さんの叫び声らしきものを聞いていたらしいですから」


 三好はあごをさすりながら「ふむ」とうなずくと「確かにそれがありえそうだな」と言った。


「ちょっと悪いんだが氷川って人の家に案内してくれないか。一条さんが居るか確かめたいんだ」


「待ってください、さっき三好さんご自身でおっしゃったじゃないですか。今は休憩をとっているって。ですから僕が一人で行ってきますよ」


 二岡はそう返事をすると三好は特に反論をしてこなかった。というわけで二岡は早足で氷川のダンボハウスを目指した。まだ少し時間があるとはいえ、午後からの作業再開までに、バイト先に戻らないといけないというタイムリミットがあるからだ。


 道を急ぎながら到着した地には案の定、優香が居た。それもどういうわけかブルーシートを置いてその上にちょこんとあぐらをかいているではないか。二岡は優香に声をかけた。


「やっぱりここでしたか、記者さん」


「二岡さん?どうしてこちらに」


 二岡は先ほど三好に説明した内容を優香にも答弁した。一通り伝え終えたあと、さらに二岡は言った。


「そんなことよりも記者さん、なぜ遠足に来たときみたいにシートなんか敷いて座ってるんですか」


「氷川さんが帰宅されるのを待っているんですよ」


 二岡は一瞬耳を疑った。彼女は自分の言ってることがわかっているんだろうか。


「えっと……。それっていつまで待っているつもりなんですか」


「さあ?特に何時までって決めてませんし」


 優香のあっけらかんとした態度に二岡はあ然としてしまった。本気で氷川が帰ってくるまでここで待機しているつもりなのか。なにがなんでもネックレスを見つけ出し三好に取材をしたいらしい。対したプロ根性だ。二岡はそう感心した。


「それより二岡さん、早いところバイトに戻ったほうが良いのでは?」


 優香が腕時計を見つめながら警告してきた。二岡も同様に自身の時計を覗き込んだ。そろそろ引き返さないとまずい時間帯だ。


「そうですね、それじゃあ記者さん僕はもう行きますけど、あんまり長い間待っていても氷川さんが来る気配がなかったら諦めるっていうのも一つの手ですよ」


 二岡はそう提言すると優香は「考えておきます」と短く答えた。それから二岡は三好のところに行き、優香が現状、氷川のダンボハウスで待機していることを伝え駆け足でバイト先に戻った。






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