握り飯
やって来たのは優香とこの掘っ建て小屋の持ち主、二岡だった。二人は室内(?)に入るとそれぞれ二岡はあぐらをかき、優香は正座した。そして三好はずいぶんと長時間ほっつき歩いていたなと突っ込みを入れると今までどこでなにをしてたのか、かい摘んで報告してくれた。その感想がローラー作戦で全ホームレス宅を回るとは暇なやつらだなとはいくら無神経を自負する三好でも言えなかった。
しかも手土産かなにかのつもりなのか握り飯を差し出してきた。それも具が鮭入りの。俺はかなり多数のアレルギーを持っていて鮭もその内の一つだと知っての狼藉だろうか。などと時代劇に出てきそうな科白を内心つぶやきながらも一応受け取っておいた。こういった手土産は純粋に嬉しいし貴重な食料だからだ。あとでこっそり鮭だけを抜いて食べれば良いだろう。そう考えた。
続いて出してきたのは薬局で購入したらしい風邪薬だった。ご丁寧にミネラルウォーターもセットだった。ここまでされると正直、介護を受けてるみたいでこの行為はあんまり好きになれなかった。が、この二つももらっておかないと、食物であるおにぎりだけちゃっかり戴くという食い意地のはったおじさん、みたいな印象を持たれそうなので仕方なく頂戴しておいた。
一つ気づいたことがある。今日最初に目にしたときと比べると明らかに優香の靴が汚れてしまっている。この森林地帯を全て回ったというのは真実であろう。わざと靴にドロや土をつけたという可能性も否定出来ないが、そんな器用なことが行えるような女性には見えなかった。
それからこの二名はまだ水野のことを諦めていないらしく、さっき訪れたときには不在で未だ所在のつかめないという氷川、菱川と名前を聞いただけで少しムッとする岡崎の三名のダンボールハウスに赴くとの話だった。もしかしたらもう帰って来てるかもしれないからだ。しかし仮に出会えたとしても水野の行方を知ってる可能性は低いだろう。三好はそう考えていた。多分、二岡と優香も口には出していないものの薄々そう感じているだろう。そんな両人にこれ以上助けれるわけにはいかない。
「元はと言えば俺の不注意でネックレスを盗られたようなもんだからあんたらはもう協力してくれなくても構わんよ。だからこっからは俺一人でやらせてくれ」
三好はそう告げるとゆっくりと立ち上がり外に出ようとする動作に入った。俺自身が三人のすみかに行こうと考えたからだ。だがそれより早く優香が入り口の前で通せんぼうの格好をした。若いだけあって動きが機敏だなと感心していると優香が口を開いた。
「ダメですよ。三好さん、最初よりかはマシになったかもしれませんがまだ風邪気味の症状は完治してないんですから……」
この記者ならきっとそう忠告するだろうなと予測していた言葉だった。しかしなぜここまでしてくれるのだろうか。単なるお人好しかなにか、あるいはなにか思惑でもあるのか。その点が謎だった。しかしまさか本人に直接尋ねるわけにもいかず三好はゆっくりと腰を下ろした。この衰弱した身体では力ずくで、といった行動も出来ないであろう。たとえそれを邪魔する相手が華奢な女性一人でもだ。
「わかったよ。じゃあもうちょっとだけ二人に頼らせてもらう。精進してくれ」
もう少し丁重な言い方は出来ないのだろうか。三好は自分の言辞に対して内なるツッコミを入れていた。しかし一度吐いたセリフを取り消すことは出来ない。だが優香はそんな三好の乱暴な言葉使いをまったく気にしていないらしく微笑を浮かべながら返答をした。
「はい、出来る限り頑張るつもりです。二岡さん、三好さんをもう少しここで休ませてあげても大丈夫でしょうか?」
「ええ、構いませんよ。お三人方のダンボハウスを回るのには結構時間がかかりますしその間もう一眠りされていたほうがよろしいかと」
どうして俺が今の今まで休眠していたというのを知っているのだろうか。優香と二岡が来たときには俺は横になっていた身体を起き上がらさせて布団から出ていたというのに。三好が二岡にその旨を耳打ちすると二岡は小声で告げてきた。
「三好さん、布団の毛布が少しめくれあがっています。それに少々目がトロリとされていますから」
言われて三好は鏡を見たい衝動に駆られた。そんなに今の俺の面はマヌケているのか。こんな若人たちにそのような顔をさらしているのかと考えるとまたたくまに忸怩たる思いが込み上げてきた。
その感情をごまかすかのごとく三好はわざとらしく声を張り上げた。
「これ以上あんたの寝床で世話になるわけにいかん。自分の家に帰るよ」
二岡は若干心配そうな顔をしたがすぐに微笑を浮かべながら「そうですか」と言った。
優香もなんだか不安気な様子だったがいつまでも俺がここにいるわけにもいかない、どっちにしろ今日中に帰宅しにゃあならん。と説得すると納得してくれた。
「じゃあ二岡さん、三好さん、行きましょう」
女性記者の催促に二岡と三好はうなずき掘っ立て小屋から出た。時刻は昼下がりを過ぎ、刻々と夕方のときを迎えようとしている。しかし夏の昼は長いので午後五時を超えてもこの一辺は暗闇には包まれない。
三好は風邪薬の小箱をポケットに突っ込み、おむすびとペットボトルを両手に抱えた状況だ。二岡はどちらかをお持ちしましょうかと尋ねてきたがその案を拒んだ。これくらい手伝ってもらわなくても平気だ。という変な意地が三好の中で働いたからだ。
先頭を三好、次いで二岡、優香の順番で移動を開始した。わりと歩き始めのほうに両名とは別れた。どうやら菱川と俺のダンボールハウスとでは方向がかなり違うらしい。去り際に優香はまたご自宅に寄らせてもらいますねと報告した。ダンボールハウスとは言わず自宅と。俺を怒らせない配慮だろう。そう感じた。そう言えば彼女は今日、なにが目的でここに来たのだろうか。二日続けて、ホームレスインタビュー?いや、そんな一日で済むような仕事を二回に分けてする理由はないだろう。となると……。頭がうまく回らない。これは優香の助言通りさっさとダンボール……いや、自宅に帰っておにぎりを食って薬を飲んだほうが賢明かもしれない。そう決断すると三好は自分の家屋へと進んでいった。