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 三好は二岡の掘っ建て小屋で長時間の睡眠をとっていた。最初は寒い風が吹いてきてろくに眠れなかったがじきにそれも止み、暖かい日射しが小屋の隙間から降りそそいでくれたおかげで安眠することが出来た。


 そして自分の昔の出来事が夢の中で断片的に現れてきた。不思議とこれが夢だと三好は認識出来た。株式会社に二十年ほど勤めていて、自身のやりたいことと上司のやりたいことで意見が食い違い、自分で事業を立ちあげようと一念発起するも妻にそれを報告して激怒された場面。散々説得して何とか妻を翻意させ、半分仲違いの形で会社に辞表を渡した場面。


 前々から興味のあった時計専門の零細企業を設立させたシーン。最初は社員の募集を呼びかけても無名の会社に入社したいと思う変わり者など面接に来るわけもなく妻と二人三脚で粉骨砕身の日々だった。


 当然ながら慣れないことも数多くあり悪戦苦闘、四苦八苦の連続だったがそんなときも妻は不平不満一つ漏らさず、体調が悪い日にも黙々と頑張り続けてくれた。


 その甲斐あってか少しづつ集まり仕事のオファーをしてくれるスポンサーも月日とともに漸増してきた。今無くしているネックレスもその時期にプレゼントしたアイテムだ。順風満帆。そう思い始めた矢先に一つ大きな落とし穴にはまるハメになる。


 社員の一人が俺に借金の保証人になってくれと懇願してきたのだ。少数精鋭で経営していて、貴重な数少ない仲間の頼みだから受け入れてあげても良いんじゃない?という妻の言葉もあり借用書に印を押してしまった。それが奈落の底へと転落させられる契約だったとも知らずに。


 それからひと月も経たずにその社員は行方知らず。早々に借金取りが社に乗り込んで来た。それほど貯蓄がある方でもなかったので、仕方なく、仕方なく会社の金を使わねばならなかった。が、結局はそれが要因で深刻な資金不足に陥ったため会社の方は倒産。社員も全員クビにするしかなかった。もう新しい事業を起こす金もない。オマケにこの歳で雇ってくれるところもない。またたくまに人生の崖に(いざ)なれたのだ。


 その結果、妻はわたしの余計な一言がこの結末を招いた。わたしと暮らしててもあなたが不幸になるだけ。だからここで決別しましょう。そう俺に言い放った。


 俺としては妻に責任があるとは思っていなかった。むしろ俺のワガママで始めたこの会社をここまで成長させられたのは妻の協力あってこそだ。だが彼女の心理を考えるに俺と一緒に居ても自分を卑下してしまうだろう。昔からそういう性格なのは熟知していた。


 そして子供が居ないこともあり離婚することになった。ネックレスも返されて、換金して少しでも生活の足しにしてほしいと言われた。そんなこと出来るわけないだろ。妻の誕生日にあげた大切なものなのに。


 だがそんなことを言うと喧嘩になってしまうのではないかと危惧してしょうがなくそのネックレスを受け取り、本当に金銭に困ったときには売ると誓った。最後ぐらいは普通に別れたい。そう思っての言動だった。


 それから独り身になり様々な会社の面接に向かうも相変わらず雇用してくれるところなどない。日払いのバイトならいくつか受かったが当然ながらそれだけの給料で生活費を賄えるはずもなく早くも安アパートの家賃が払えないという窮地に立たされた。自己破産しようかとも考えたがどうやら俺はかなりのプライドの高い人間らしくそのような行為はしたくないと脳が命令してきたのであきらめた。


 そんなときである。TVでやっていたサブタイトルがホームレス特集とかいう番組を見たのは。


 それによるとホームレスでも全員が全員窮困しているわけではないという内容だった。中には家賃やガス代を払わない分こっちの生活の方が経済的に楽と豪語するやつも居た。


 はっきりいてその発言に信憑性があるか甚だ疑問だった。意外性を持たせるためにTV局側がホームレスに大金を渡してやらせを行っている可能性も否定出来ない。しかしもし仮に本当だとしたら……。そう考えた俺はなけなしの金を使ってネットカフェに行き野宿生活に関することについて色々と調べた。ついでに古本屋にも赴きホームレス関連の書籍本も何冊か購入したりもした。


 その結果確かに少数ながら確認出来た。それを認識したとき三好の脳裏に初めて寝床を捨てるという選択肢が浮かび上がってきた。しかしそれを行うには一つ弊害があるようにも感じる。そう、妻に返却されたネックレスを売却するという約束に関してだ。


 一般的認識ではホームレスなんて貧乏人の際たるものであろう。そんな生活を少しでも引き延ばすためにはこれを売却するのが一番だ。しかしどうしてもそれをするのは嫌だった。彼女との思い出の品を手放すなんて。


 いつか本で読んだことがある。男性は女性と別れた後も未練が残るパターンが多いらしい。その証拠に恋人とのツーショット写真なんかも大切に保管しているケースが多々あるとか。俺がもしこの手の類いのやつらと同類なのだとしたら、これほど男に生まれたのを後悔したことはない。


 かと言って約束を破るというのも心苦しい。長考した末導き出した答えは自分でもわかるほどの屁理屈極まりないものだった。


 俺は貧困なホームレスではない。公園で暮らしている少し変な人なのだ。そう思い込むことにした。これならば、約束も守られたままだし俺も困っていることにはならない。俺は好き好んで公園に住んでいるということにすればいいんだ。


 そう決断すると行動に出るのは早かった。アパートを後にしてホームレスの巣窟になっていると噂の倉間中央公園に住処を移したのだ。正直最初はそんなところじゃなくて、もっと他の場所を拠点にしたかったが、同じくネットで調査した結果、この近辺で野宿生活をするのならこの公園が一番理想的という話だった。


 その理由が公園に居る住民(?)達が進んで世話焼きをしてくれるからありがたいという意味だというのに気づいたのは必死で材料をかき集めて製作したダンボールハウスを完成させてからしばらくしてからのことだった。


 突拍子もなく何人もの人間が菓子類や飲み物を片手に住居(?)にやって来るのだ。正直こういう馴れ合いはお節介にしか感じなかった。そして岡崎と名乗る年寄りがやって来てなにやら目を凝視してきたのだ。そして「うん、成りすましじゃないね」と一言つぶやいて、最近浮浪者を装ってホームレス狩りを行っている連中が多数居るとの情報を、尋ねてもいないのに一方的に告げてきた。


 何でも岡崎はかなり長い間こんな廃れた生活をしているらしく、長年の勘というやつでその人が本当に困り果ててこの地に訪れてるのか両目を注視すれば判断がつくらしい。


 一瞬、かなり胡散臭い話に思えたがよく考えてみると俺も会社を経営してたときに似たような感覚で面接に来た人物の人間性みたいなのを見極めようとしてたのでそんなに不可思議なことでもないように思えた。もっとも俺には優れた慧眼力は備わってなかったので借金を踏み倒す下衆人間を雇用してしまったのだが。


 次に岡崎はここで生きていくために必要な新しい名をなににするか質問してきた。別に本名でも構わないらしいがそれだと素性がばれてしまうかもしれないのでほとんどの人は偽名で通しているらしい。


 俺はお前らとつるむためにここに住むと決めたわけじゃないから名など要らない。と再三再四言っても岡崎は聞く耳を持たず答えるまで帰らないと言い出したので仕方なく三好雅人と自分で命名した。


 さらに岡崎に面識のない住人に会ったときに使用する合言葉とかいうものを教えられた。一応記憶の片隅には留めて置いたがこのセリフを口に出すことはほとんどないだろう。


 それから岡崎は五日に一度の割り合いで俺の寝床にやって来てはなにやら食料を分け与えてはめんどくさい会話を嫌々したのち帰って行くということが続いた。どこからそんな余裕のある金が出てくるのやら。


 ただ、食べ物を無料で貰えるのでこの点については正直ありがたかった。だからあまり邪険に扱うわけにもいかなかった。しかしそれにしたって一緒に喋るのが億劫なことには変わりないのでこいつのことはハッキリ言って嫌いだ。


 いや、多分それだけが理由じゃないはずだ。名前の岡崎。こっちの方が問題あるのだ。何の因果かちょうど借金を俺たちに押しつけたも同然の部下の苗字も岡崎というのだ。だからこいつが来るたびにどうしてもあのクズ社員のことが想起されてしまうのでどうしてもこのホームレスのことは好きにはなれない。


 もちろん岡崎というのは偽名らしいのであの野郎とは何の関係もない、遠い親戚という可能性もほぼ皆無であろう。


 自分勝手。その四文字が脳裏に浮かぶことも多々ある。しかしどうしようもなく、この男の名が岡崎だと思うだけで俺は非常に憤りを覚えてしまう。その辺りのことを区別することが出来ない、要するに精神年齢が幼いのだ、俺は。


 ここまでの経緯がまるでドラマの総集編かのように夢中に出現して来た。そしてなにやら足音が聞こえてくる。それも複数の人間によるもの。誰だ?と考え、ここに近づいてくる連中を確認するために俺は意識的に目を覚ました。



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