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ラーメン屋

 どうしてだろうか。二岡は頭の中でその言葉を反芻した。どうして菱川は来ないんだろう。理解出来ない。


  優香がお手洗いに行きたいと言ってきたので、二岡はW.C.近くで壁に背をやりながら必死に熟慮していた。何人かの人物が往来してたりして、無意識の内にその人達の顔を一瞥している自分に気がついた。多分、手元にある菱川の肖像画と見比べてしまっているのだろう。


 でもおそらく、菱川はもうここには居ない。途中で帰ってしまったのだろうか。いや、そもそも、今日、この日に菱川はこのデパートに訪れたのか?


 そこまでの思考に及ぶと、ひょっとして、と思った。


 彼のダンボハウスにあった白い紙に、現在の菱川の場所を示しているという前提が間違っていてーーつまり、あれが縦にも読めるになっていたのはたまたまで、あの紙に記されている文はそのまま横読みするものだったりして……。


 いや、偶然であんな縦読みが完成されるはずがない。だとすると考えられるのは……。僕の推理が間違っていて、あの文面が縦からも文として成立しているのはミスリード。もっと他のところにヒントが隠されているのではないか。


 仮にそうだとするともう一度あの小紙がほしい。僕は文章の内容を全く記憶に留めていなかったのだから。


「はぁ……」


 思わず嘆息がもれる。こんなことならあっちの方も持ってくれば良かった。いや、それ以前に優香に携帯で写真を撮るよう頼み込むべきだった。そうすればすぐに見られたのに。


 もし仮に僕がホームレスじゃなかったら……。いや、こんなのはただの言いわけだな。本当に頭が回る人だったら自身の環境に関係なく剴切な判断が出来るだろうから。


 そう。だから昨日も冷静に考えていればあんな恥をかくこともなかったんだ……。


「お待たせしました」


 優香が花柄のハンカチで両手をふきながら女子トイレから出てきた。二岡の顔面を注視した後、小首をかしげた。


「なんだか、暗い面持ちをされてませんか?」


「え……そうですかね、自分では自覚がないんですど」


 そう言われてしまえば、鏡で自身の面を覗き込んでみたくなってくる。が、あいにく、男なのでコンパクトミラーなんてものを常備しているわけがなかった。いや、女でもホームレスだったらそんな小道具は持っていないかもしれないが。


「あ、そうだ、何だかお腹空きません?」


「……まぁ、確かにお昼どきの時間帯ですね」


 二岡は腕時計に目をやりながら、なぜ急に優香が昼食の話題を振ったのか不思議に感じた。


「なにか食べたい物とかありませんか。わたしおごりますよ。そんなに高額なのは無理かもですけど」


「大丈夫ですよ。そこいらのコンビニでなにか買ってきますから」


 失礼だが自家用車とか見る限り、あんまりこの人も裕福な感じではなさそうだし。と二岡は内心思っていた。


「うーん、そうですか」


 口では納得のセリフを述べたが、顔にはわかりやすく首肯しがたいと書いてあった。その実、優香はなにかを思い出したようなサイフを取り出して、こう言い出した。


「あの、これ、ちょっと遠いところにあるラーメン屋の三千円券があるんですよ。それも期限まで今日を入れて二日しかないんですけど」


 二岡はその券を受け取った。確かに表面の右下の部分に優香の告げた日付が印字されてあった。なんでこんな物を持ってるんだろう。その疑問に答えるかのごとく優香は声を出した。


「実はここの店、前にラーメン特集の取材で訪れたことがあるんですよ。そのときに店長さんと親しくなって、その券をプレゼントしてくれたんです。だから二人分ぐらいならタダも同然ですし、もう少しで期限日が過ぎちゃいますから、一緒に行った方が得なんですよ。一人で三千円分も食べられませんし」


 なるほど。二岡は心の中で得心の言葉をつぶやくと同時に、優香の思考が読めたような気がした。


 もしかしてだが、僕が推理を外して傷ついていると思って、励ましてくれているのだろうか。確かにショックなのは間違いないがそこまで深刻に悩んでは……。


 いや、優香はさっき僕の顔を見て暗い面持ちをしていると評していた。自分では気づかない内に悲しさと悔しさといった感情が表面ににじみ出ていたのかもしれない。


 それで慰めようと優香なりに考えた結果がおごるという行為なのであろう。ただ、僕が遠慮してそのお誘いを断ろうとしたから、実質無料のラーメン券を出してきたのだろう。つまり僕が彼女の金銭の心配をしているのを彼女は見抜いていたという結論になる。


 この推理も単なる僕の自意識過剰で外れてるかもしれないが。二岡は自嘲気味に笑ってから言った。


「わかりました。ラーメンなんてホームレスでは中々食すことの出来ない代物なので、すごくありがたいです。ここからは車でどれぐらいかかるんですか?」


 優香はパーっと笑顔を浮かべて返答した。


「えーと、そんなに遠くはないです。十分、いえ、標識の制限速度を無視したら五分もしない内に着きますよ」


 二岡は深く両腕を組んでから問うた。


「うーん、でも記者さん的にはあまりそのルールを破りたくはないんですよね」


「まあ、どちらかと言えばそうですね。ある意味、自分勝手って罵られそうですけど」


 優香もさっきの二岡のように自嘲した感じの笑みをした。そんな風に自分を卑下するのは良くない。そう言おうとする前にさらに優香の口が動いた。


「あ……こんな発言しちゃったら里子さんに怒られちゃいそうだな……」


「はい?」


 どこのどちら様だろう。里子さんってのは。


「あ、いえいえ、こっちの話です」


 優香が片手を軽く前にやった。まあ、無理に聞こうとも思わないから構わないが。


「そうですか。では、そちらまでのご案内よろしくお願いしますね」


 二岡の言葉に優香は慌て気味に反応した。


「あ、は、はい。了解しました。では取り合えず駐車場まで戻りましょうか」


 優香のその発言を皮切りに二人は出入り口に向かって行った。二岡は久しぶりに栄養価の高い物を食べられそうなので内心ウキウキしながら歩を進めていた。オムライスじゃないのはちょっと残念ですけどね。と心の中で一人ごちてもいたのはもちろん優香に内緒だが。





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