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火野

 二岡に追いついた優香は並列して歩いた。気のせいか徐々に右太もも付近に痛みを感じ始めた。このような、でこぼこした道を長時間歩いていると脚が悲鳴をあげてもおかしくないのかもしれない。取り合えずその苦痛に耐えながら二岡の横顔を見てみると彼は一言、「後ちょっとでこの森林地帯を一周することになりますよ」と言った。それは言外に、もう少しでこの捜索活動が終了することになる。という意味合いであろう。何とはなしに二人とも歩行するスピードが速くなっていた。火野さん、火野さん……と小声でつぶやきながら目をキョロキョロさせ歩を進めること、五分。急にああ!と二岡が大声を出した。次いで「見つかりましたよ。ほら、あそこ」とするどく人差し指をさした。


 ゆっくりと左手付近を見てみると、この二日でもうすっかり見なれたブラウン色の物体、ダンボールハウスがかなり遠くにあった。なんとか、この距離でもぎりぎり火野と漢字二文字で掘られてある木札を視認できた。二岡と歩調を合わせながらその物体に接近してみるとそのディテールがよくわかってきた。大箱を二、三個ほど組み合わせただけの簡素な出来だった。ここがもし、誰かの家の庭だったなら犬小屋だと思ってしまうだろう。それほどまでに簡易的なダンボールハウスだった。あまり自分の寝床にたいしてのこだわりがない人物なのだろうか。もしくはホームレスになって日が浅いためにあまり材料であるダンボールをそんなに集められていないという可能性もある。


 二岡もわたしと同じ感想を持ったらしく「えらく質素」とつぶやいた。優香は「そうですね」と相づちを打った。そして、もう運が悪いとかのレベルではなく呪われているのかと突っ込みを入れたくなるが火野は今現在、不在宅だった。もはや何も言うまいと感じたのだろう。二岡は黙ってダンボールハウスに入っていった。わりとすぐに彼は声を上げた。


「火野さんは今日、図書館に行ってる……んですかね?」


 尋ねられても困る。率直にそう思った。


「どうしてそのようなことがわかるんですか?」


 優香が聞くと、ささっと出てきた二岡が一枚の紙を差し出してきた。また暗号の類い?と一瞬、思ったがその紙はさっきのものよりもかなり小さめの紙片だった。しかも今度のは手書きなどではなく、全て印字で記されていて、パッと見ただけでそれがどのような紙切れか、判別出来る代物だった。優香は思いのままを口にした。


「レシートですね。図書館の」


 そう。それは、図書館で本を拝借するときに店員さんから差し出される、借りた本が印字で印刷されてある白い紙だった。それの記載によると、二週間ほど前に『蒼い水晶Ⅲ』と言う本を借りたらしくそれの返済期限が今日の七月六日になっていた。


「つまり二岡さんは、火野さんがこの本を返しに行ったと考えているんですね」


「ええ、多分そうだと思いますけど……」


 優香の問いかけにたいし、自信なさげに二岡は答えた。なにか問題でもあるのだろうか。今の推測にはそんなにおかしな点はなかったと思うが。


「ええとですね。図書館って住民票がないと借りれない……図書カードを作れないじゃないですか。だからホームレスである火野さんがこの本を借りることができないと思うんですけど」


 ーーいや、ホームレスでもうまいことやれば借りることも出来るのではないか。優香は言った。


「うーんと、確かこの図書館はですね、カードを作成してからは一年間に一回、更新のために本人だと確認出来るものを提示すれば良いんですよ。ですからホームレスになる前に図書カードを作っていて、なおかつ浮浪者になってから一年未満の人物ならば本を借りられると思いますよ」


「……ああ、なるほどです。記者さん、ここの図書館に行ったことあるんですか?」


 二岡が首をかしげながら尋ねてきた。行ったことがあるも、なにもわたしは無類の本好きだ。倉間市内に所在している図書館はあらかた足を運んだことがある。特に今、二岡が持っているレシートに記されている図書館は自宅から近いこともあり、上京してからすぐに図書カードを作ったのだ。カバンからサイフを取り出し、くだんのカードを提出した。


「はい、これ、わたしのカードです」


「あ、やっぱり、行ったことがお有りなんですね。通りで内情に詳しいと思いました」


 二岡はやけに感心したような口調で言うと、のど元を押さえながらつぶやいた。


「じゃあ、記者さんに少し質問があります。この図書館の開館時間はいつでしょうか」


「えーと、今日は平日ですから……午前十時には開いているかと思います。ほら、このカードの裏面にもそう記されているでしょう?」


 優香はそう言いながらカードの右下付近に人差し指をさした。黒字で『平日:午前10時〜午後7時』と印字されてある。二岡は襟元(えりもと)を正しながら言った。


「ああ、そうみたいですね。では、ここからこの図書館までは徒歩だとどれぐらいの時間を要するか、大体で良いので教えてもらえませんか?」


 なぜそのようなことを質問するのだろか。優香は会話の流れ的にダメだと思いつつも気になって逆に尋ねた。


「どうしてそのようなことを?」


「うーん、ごめんなさい、今、解説すると結構ややこしいんで先にこちらの問いに返答してくれませんか?そうしたらこっちも説明しやすくなるので」


 そう言われてしまえば、回答しないわけにはいかない。優香は答えた。


「徒歩での場合ですよね?おそらくですけど三十分ぐらいはかかると思いますよ。もちろんその人の歩行速度にもよるでしょうけど」


「そうですか。じゃあ、記者さん、今日はなにでこちらに来られたんですか?」


 どういう意味だろうか。いまいち、ピンとこずまた尋ねた。


「なにでとは?」


「どういう手段を使ってここまで、来訪されたのかって聞いてるんです。歩きなのか、車なのか、バイクなのか、はたまた自転車なのか」


 そういうことか。優香は納得がいき口答した。


「車ですよ。でも、それがどうかされたんですか?」


「それは良かったです。あの……その車って僕も乗車しても大丈夫ですかね?」


 その言い回しから察するにわたしと一緒にどこかに繰り出そうとするつもりなのだろうか。


「ーー別に問題ありませんけど……あ、でも運転席に座るのはダメですよ。二岡さん免許持ってないんですから」


「ええ、そのへんのことに関しては僕が一番熟知していますから安心してください。確実に凄惨な事故が発生してしまうますからね。ちゃんと後部座席に腰かけていますから」


「それなら良いですけど。で、結局どういう意図があってわたしに色々お尋ねになったのでしょうか」


「今から説明しますよ。まず、最後の質問にたいしてですがーーこれは、出来れば記者さんの車を使ってそちらの図書館にいきたいなと思いまして」


 優香の持っている図書カードを指差(しさ)しながら二岡は解説した。これについてはまあ、とくに疑問点はない。図書館にいけば火野に会えると踏んでそういう計画を頭の中で立てていたのであろう。二岡は自身の腕時計を目にやりながら話を続けた。


「それでですね、現在の時刻は午前九時半ぐらいじゃないですか。だから今からなら多少遅れてでも車を利用すれば十時までに到着出来るでしょう。そこで図書館が開く前から待ち合わせしておけば火野さんと会えると思ったんですけど」


 確かにその策なら火野と顔を合わせることが出来るだろう。ただこの作戦には一つ大きな穴がある。優香はそれを指摘した。


「でも、それって相手の顔を知っていないと成り立たない策ですよね。二岡さん、火野さんと面識があるんですか?」


「ありません」


 二岡はハッキリとそう言った。そして続けてこうも言った。


「ですけど平気ですよ。ちゃんと考えはあります。」


「どんなです?」


「図書館に来訪する人にたいして片っ端からホームレス同士の合言葉をボソッとつぶやけば良いんですよ。それに反応する人物がいたらその人こそが火野さんってことになるでしょう?」


「……いや、でもそれって……」


 原始的なやり方で時間もかなりかかりそうだがそれなら火野という人を特定出来るであろう。しかしその作戦も結構な穴、と言うよりかは恥辱的な部分がある。優香は先ほどと同じ口調でそれを指摘した。


「来客者、全員に……その合言葉を言うんですよね。それって火野さん以外の人達からには『なにを喋っているんだ』みたいな白い目でにらまれそうなんでかなり恥ずかしい気がするんですけど」


「そこは、まぁ覚悟の上です。大丈夫です。ホームレスなんで奇異な目で見られるのはよくあることですから」


 そういう問題ではないと思うのだが。優香は心中そう感じた。二岡はなぜか急ぎ足で火野のダンボールハウスを後にして先へと進み出そうとしていた。優香は追いかけながら声をかけた。


「どうしたんですか。もう、四人とものダンボールハウスは発見しましたし、もうこれ以上はいいんじゃ……」


 そこまで言って優香は気づいた。さっきの二岡の推理が正しければ水野はもうネックレスを奪ったからこの公園には帰ってこないし、最悪の場合ダンボールハウス自体も一緒に持って行ってしまっているとの話だった。しかしまだこの森林地帯の全部は回れていない。それはつまり、水野のダンボールハウスが存在している可能性がいくばくか残されているということだ。二岡はそのわずかな確率にかけて捜索を続けようとしているのだろう。おそらく全ての森林地帯を回るつもりなのだろう。それならばわたしもそれに同行しよう。優香は二岡に追従した。




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