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サボりと出会い

 よく公園にある木製のベンチを思い浮かべてほしい。そしてそのベンチの背もたれを三倍ほどに伸ばして、思いっきり後方に反らせる。アーチ形の背もたれをしたとある公園のベンチの形がそれだ。

 青空ベンチ。

 その独特の形をしたベンチに腰も背中も首も頭も、いうならばその身を預けるときれいに空を見上げることができる。

 だから青空ベンチ。

「こんな時間に公園だなんて本当にダメ人間ですね」

 僕が青空ベンチで空を眺めていると、その視界に赤い眼鏡をかけた少女が割り込んできた。

「お前も同じだろ」

 学校をさぼってこんなことをしている僕は真顔でそう返す。

「私は違いますよ。少し遅いですがこれからちゃんと行きます。社長出勤というやつですね」

 そういいながら社長はランドセルを僕の隣において、その隣にお座りになった。

 今、青空ベンチの上には、黒い学生服を着た男と、真っ赤なランドセルと、嘘みたいに白いワンピースを着た少女が並んで座っている図を頭の中で思い浮かべると、何とも滑稽な絵面のような気がして愉快になる。

「まったく、そんなんじゃ留年しますよ」

 愉快な気持ちを吹き飛ばす一言が放たれた。

 言葉使いは丁寧なくせに、容赦のない的確なセリフを乱発してくる奴だ。しかし、相手は小学生で僕は高校生、多少容赦のないセリフを浴びせられたところでうろたえたり、逆上したりするのも格好が悪いような気がする。ここは一つ年長者の心の余裕というものを見せつけてやろう。

「あり得るね」

 青空ベンチから身を起こし、余裕の表情を浮かべながら言ってやった。

「……ほ、本当ですか?」

「あっいや、冗談」

 本気で心配そうな表情を向けられたので、僕はきっぱりとそういった。実際のところはグレーだが、そんな話はしたくない。 

「でも、井川がいうと冗談に聞こえないから困ります」

 相変わらず言葉使いは丁寧なのだが、今度は高校生の僕を呼び捨てにしやがった。僕らってそんな仲だったっけ?

 さっきから妙に砕けた会話をしているが、僕はこの女子小学生とはほぼ初対面だし、お互い名前くらいしか知らないはずだ。確か、こいつの名前は鳴門十瑠だったか、じゃあ、えーっと――

「るーちゃんさ、年長者を……」

「るーちゃんって私のことですか?」

 年長者をいきなり呼び捨てにするのはよくないと思うよ? なんてことを言おうとしたのだが遮られた。

「あぁ、名前鳴門十瑠(なると とる)だったろ? だからるーちゃんでいいかなーと」

「……普通に鳴門と呼んでください」

 ムスッと、不機嫌そうな表情を浮かべるるーちゃん。ほっぺを突っついてみたいというわけのわからない衝動に駆られるが、

「るーちゃんのほうがかわいいじゃん」

「るーちゃんなんて子供っぽいです」

「子供っぽいってお前小学生だろ」

 次の瞬間、少女とランドセルが瞬間移動のごとき速さで移動し、僕の前方でピッチングフォームをとっていた。そしてそのまま自身の服装がワンピースであること配慮したコンパクトなフォームで何かを射出する。

 小さく、丸い小石が飛んでくるのをはっきりととらえる。

 直撃。

「いてぇ!いてぇよぉ!」

 僕は小石の直撃したおでこのあたりを抑えながら叫んだ。

 実際は大して痛くない。フォームこそきれいだったが、途中でちゃんと力を抜いてくれている。

「大げさにしても無駄です! 避けようと思えば避けれたでしょう!」

「ばれてましたか」

「はぁ……、やることが幼稚ですね」

「石を投げておいて言うセリフがそれか」

「私を子ども扱いすると、石が飛んでくると思ってください。子供とはそういうものです」

「じゃあ幼稚な僕も石を投げさせてもらおうかな」

「……」

「冗談」

「その態度を見ればわかりますよ」

 僕はいつの間にか背もたれに背を預け、ついでに首も頭も預けてまっすぐ空を見上げる体制に戻っていた。

「毎日そうやってて、楽しいですか?」

「毎日じゃないよ。週に一回あるかないか」

「昨日もやってたじゃないですか」

「昨日のは先週の分」

 嘘をついた。

「じゃああと一週間は来ないんですね」

「たぶんね」

「私は学校に行ってきますね」

「いってらっしゃいませ、社長」

 そうして、少女は公園を後にした。


 鳴門十瑠。

 年は知らない。

 ランドセルを背負っているから小学生だろうと思うし、身長から低学年くらいだろうとおおよその見当はつくけれど、正確なことは知らない。つい昨日出会ったばかりの相手で5分も会話していない相手だ。知らなくて当然。むしろそれだけで個人情報を聞き出していたらい危ない人だ。

 昨日僕が学校をさぼって公園にいたところ偶然出会った。彼女が道で転んで眼鏡を落とし、僕がそれを拾ってやったというなんのことはない出会いである。

 少女は眼鏡を受け取りお礼と一緒にどういうわけか名前を名乗って来たので、個人情報をばらまくなんて警戒心のない子だなぁと思いながら僕の名前を教えてやった。

 僕の名前を教えてやったところで彼女はすぐに「学生服を着た井川はこんなところで一人何をしているんですか?」なんてことを聞いてくるものだから、僕は生意気な奴だと思いながら高校をさぼっていると教えてやった。

 そうしたら今度は「私も同じです。実は今ちょうど早退しているところなんです」と答え、そろそろ早退の続きをしないといけませんだとか言って、家に帰って行った。

 不思議な少女だ。


 昨日のことを思い返して思ったが、あいつやけにフレンドリーに話しかけてきたな。最近は少女誘拐だとかいろいろ物騒だというのに、小学校ではそういう注意の呼びかけはしないのだろうか?

 話してみた感じでは、なかなか賢そうだし、そういうことを教えられていれば、



「学校ね」

 別に空を眺めることに何か意味があるわけじゃない。ただ、学校に行くよりも、勉強をするよりも、こうして空を眺めている方が有意義なんじゃないかと時々思うのだ。意味がないのに有意義だなんて、どうかしてる思うけれど、「将来必ず役に立つから」「やったことは無駄にはならない」といわれて勉強することよりも今の自分には空を見ることが必要な気がするのだ。

「学校か……」

 大きな雲が風に流されて太陽を隠した。

 腕時計の針は11時半を指している。居間から学校に向かえばちょうど昼休みの時間に着く。授業中に遅刻して教室に入っていくよりはいくらかましなタイミングだ。

 このままだと週に一日までと決めていたサボりの掟を破ってしまうことになるし、欠席日数が増えて留年なんて事態だけは避けたい。

 確か火曜の午後は世界史と古典だったか。適当に話を聞いていれば終わる楽な授業だ。

 学校をサボって欠席したことは今まで何度かあったけれど、遅刻というものは初めてであった僕は、緊張しながら遅すぎる登校を始めた。 

 

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