僕と彼女の七夕の奇跡
僕には好きな人がいる。それが初恋だと気づいたのはつい最近のことだった。彼女は幼馴染だった。今、彼女は深い眠りの中だ。去年の七夕の日から彼女は目を覚まさない。ずっと病院のベッドに横たわっている。原因は交通事故だった。
去年の七夕の日、僕たちは二人で縁日に出かけていた。その時はまだ、僕は彼女のことが好きだということに気づいていなかった。二人で一緒に遊んで、騒いで、笑って。それが僕らの毎日で、そこに恋愛感情が発生する余地などないと思っていた。そして、その日の帰り道。僕らの日常は大きく変化することになる。いつもは彼女を家まで送り届けてから家に帰るのだが、はしゃぎ過ぎて疲れていた僕は彼女と自分の家の前で別れてしまった。その十数分後のことだ。彼女の両親から、事故で彼女が病院に運ばれたと知ったのは。
病院に着くと、彼女の両親は深刻そうな表情で、待合室に座っていた。そして僕が来たことに気づき、こちらへ歩み寄ってきた。僕は取り乱したように彼女の父親に詰め寄る。
「彼女は無事なんですか!?」
「ああ、なんとか一命は取り留めたよ」
「良かった...」
僕は安堵から大きく息を吐いた。しかし彼女の父親の表情は助かったにしては沈鬱なものだとすぐに気づいた。
「落ち着いて聞いてほしい」
そして彼女の父親は重い口を開いた。
「もう、娘は目を覚まさないかもしれないんだ...」
それが、僕の日常が打ち砕かれた瞬間だった。
彼女のいない日々の中で、僕は彼女のことが好きだったのだと気づいた。毎日お見舞いに行き続けた。どうか、彼女の目を覚まさせてくださいといるはずもない神に祈りながら。そして今日で丁度1年が経つ。受験生にもかかわらず、未だに勉強する気にはなれずにいる。彼女は七夕が好きだった。織姫と彦星が会えることは七夕の夜に起こる奇跡のようでロマンチックだと言っていた。だから、毎年欠かさずに縁日に行っていた。そして僕も毎年一緒に行った。今日はその七夕だ。今日は学校がない。日曜日だから。だから朝から起き上がる気にもなれず、ずっと寝転んでいる。でも夕方になりつつあり、祭囃子も聞こえ始めている時間帯になったようだった。そろそろ起きよう。体を起こし、立ち上がる。そこでやっと 自分がスウェットのままだということに気がついた。適当にジーンズと薄手のシャツに着替えると、病院へ向かおうと外へ出た。
この辺は住宅街で、平日は静かなものの、今日は縁日であり、日曜日であるのも重なって少しにぎわっている。
「よう、少年。今日も病院へ行くのか?」
急に話しかけられ、声のほうを向くと、20代も半ばに差し掛かった男が隣の家の庭からこちらを見ていた。この人は、なぜか晴れた暖かい日にはいつも自宅の庭にいて、庭を覆う垣根もないためそれが丸見えで知っている人は彼を庭さんと呼ぶ。自称ニートだが、一軒家に一人で住んでいて実際は何をやっているのか一切わからない人だ。そして僕が通りかかるたびになぜか話しかけてくるためにちょっとした友人のようになりつつある。
「はい。これから行こうと思って。庭さん、今日は何やってるんですか?」
「ん、草むしり。最近サボってたからなー」
「・・・それ、昨日も言ってましたけど」
「ん、そうだったか?少年よ、細かいことは気にするな。それにな、少年よ。お前、毎日見舞いに行ってるけどよ、たまには息抜きも必要だぜ?」
「うーん、確かにたまには生き抜きも必要かもしれませんね。今日で彼女が入院してから丁度一年なんです。これを区切りに来週あたり、どこか出かけようかなって」
「それがいいと思うよ」
その後は他愛もない話をしてまた歩き出した。
いつもの道を通って、病院の方向へ向かう。すると祭囃子の音がだんだん大きくなってきた。この近くで縁日をやっているのだ。昔ながらの駄菓子屋の前に来た。そこには今は見かけない丸いポストがあって、上にはいつも無愛想な三毛猫が乗っている。そしていつもどおりその三毛猫を僕はなでる。するといつもは無反応な三毛猫が急にポストから飛び降り、走り出した。そして一度止まってこっちを見る。それがついて来いといっているように僕には感じられた。だからその後を僕は追いかけてみることにした。
数分、急ぎ足で追いかけると、縁日をやっている神社の、大きな木の下にたどり着いた。そこは、去年の縁日での待ち合わせ場所だった。あの日彼女は『遅れてごめん。浴衣着るのに手間取っちゃって』といいながら少し遅れてきたのだった。その日のことを思い出す場所だった。
「ごめん!遅れちゃって!」
急に後ろから声がした。それは懐かしい彼女の声だった。振り返るとそこには、やはり彼女の姿があった。青いバラの柄をつつましくあしらった、白っぽい浴衣を着ていた。そんな彼女はとてもきれいだった
「なんでここに!?」
僕は驚きすぎて最初声が出なかった。だって彼女は病院で寝ているはずなのだから。
「え?あ、そうか。さっき目が覚めたんだよ。本とは検査とか、いっぱいうけなくちゃいけないんだけど、今日は七夕だって聞いたから、抜け出してきちゃった」
彼女はてへっ、とでも言いたげな表情でそういった。
「久しぶりに目が覚めたから、おなか減っちゃった。なんか食べようよ」
そういうと彼女は僕の手を引きながら歩き始めた。
「だめだよ、ちゃんと検査受けなきゃ!もし何かあったら」
「・・・今日だけは、お願い。一緒に遊ぼ?」
彼女は泣きそうな顔で僕にそういった。そのときの彼女があまりにかわいくて、疑問に思うこともなく、僕は彼女と遊びまわった。
焼きそばを食べて、金魚すくいをして、射的をして、林檎飴を食べながら歩いて。本当に楽しくて、たくさん笑った。こんなに笑ったのはいつ以来だろう。
そして僕らはまた木の下に帰ってきた。
「あのね、私、本当は謝らなくちゃいけないことがあるの」
彼女は急に言った。
「え、なに?」
彼女は一瞬、悲しげな表情を浮かべながら、笑顔で言った。
「私、もう助からないんだ。本当はね、こんな奇跡、起きないはずだったの」
彼女の言ってる事が理解できず、聞き返そうと思った。そのとき、僕は気づいてしまった。彼女の体がどんどん透けてきていることに。
「あのね、私君のこと好きだったよ。小さいころからずっと」
彼女は涙を流しながら、でも嗚咽をこらえながら続けた。
「まだ、人生これからだったのに。もっと良ちゃんと一緒にいられると思ったのに。でも、もう奇跡は起こらないの。ここに今私が存在できることが最期の奇跡だって、自分で分かっちゃってるの。だからお別れ。ごめんね、急にいなくなっちゃって」
言っている間にも彼女は足元から少しずつ透けてきている。だから僕は彼女に自分の思いを全て伝えようと思った。
「ぼ、僕も、僕もずっと好きだった。気づいたのは最近だったけどっ」
僕は完全に泣いていた。声が震えていた。
「なのに、なのに、僕は君を守れなかった。いつもみたいに、ただおくってあげてさえいれば、こんなことにはならなかったのにっ!」
自分の気持ちを全て、素直に吐き出した。すべて、心のそこから。
すると彼女はやさしげな表情を浮かべ、僕を抱きしめキスをしてくれた。
「ありがとう。でも、私のことは、忘れなくちゃだめだよ。だって、君はまだ生きてるんだもん。私なんかより、良い人を見つけて、ちゃんと幸せになってくれないと、私、嫌だからね」
彼女ももう完全に泣いていた。そしてそのまますーっと消えていった。
「本当にありがとう」
という言葉を最期に残して。
その直後だった。僕の携帯に、彼女の訃報を知らせる連絡が来たのは。
あとで知ったことだが、青いバラの花言葉は『奇跡』だった。