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蛍祭りの夜に  作者: 黒咲百合
6/8

第六夜

朝。太陽の光が顔に当たり、その眩しさで俺は目を覚ます。ベッドから起き上がり、しばらく呆ける。

「…朝か…早いな…。準備して学校行かないと…」

そう思って服を着替えようとした時。俺は昨夜の事を思い出した。

「あ…そうだった。ケ…」

・・・ベッドにケイの姿は無かった。

「…ケイ…?」

部屋を見渡す。片付けをせずに寝たはずなのに、部屋の中は綺麗に片付いている。ケイの持ってきた鞄も、そこには無い。もしやと思い一階に降りてみる。しかし、家中を探しても、ケイの姿は無い。

「…ケイ…」

・・・行ってしまったのか。何も言わずに。一瞬、行き場の無い怒りと悲しみが込み上げてくる。が、俺はすぐにその感情を抑え込む。そうだ。きっとケイはわざと黙って行ったんだ。別れの言葉を告げれば、俺が悲しむと思って。なら、俺はその気持ちを無駄にしてはいけない。そう、きっと今までケイと過ごしてきた時間は夢だったんだ。そう思えばいい。

「…学校…行こうかな…」

準備を済ませて朝食を終えると、俺は少し早めに家を出た。玄関を開けて外に出た時。

「きゃっ!?」

「わっ!?」

玄関の前に誰かが立っていた。一瞬、ケイかと思ったが、それは違った。

「…佐倉?」

「あ、おはよ…」

「…ああ、おはよう。…何やってんだ?」

「うん。調子どうかなって思って…。一応、お迎え…かな?」

「…そっか。なら大丈夫だよ。この通りな。っていうか、外で待ってるくらいならインターホン鳴らせよ」

「うん、それも考えたけど…ほら。邪魔しちゃ悪いかなって思って。それに、寝てたら起こすのも悪いし、時間になれば先に行こうと思ってたから」

「そっか。…なんか、悪いな」

「いいの、いいの。気にしないで。…ところでケイちゃんは?まだ一緒なんでしょ?どうせなら今日一日休んで、デートでもすればいいのに」

佐倉の言葉に返事をせず、俺は歩き出した。そんな俺を見て、追いかけるように佐倉が近付いてくる。

「ちょっ、どうしたの?…あ…まさか…」

何かを悟る佐倉。その表情が徐々に曇っていく。

「…ケイは、もう居ない。朝起きたらもう…居なかった。…さよならとか、また明日とかも言わなかったから。…多分…もう会えないって意味だと思う…」

「…そう…だったんだ…。…ごめん。私、悪い事言っちゃった…」

「いいんだよ。知らなかったんだから、仕方ないだろ。それに、俺の中では諦めも整理もついてる。最初からこうなる事はわかってた。だからもういいんだ。ケイの事は夢を見ていた。そう思えばいい事だから…」

情けない。自分で自分を殴りたい気分だった。しばらく黙って歩いていると、俺を気遣ってか。佐倉が話を振ってくる。

「ねぇ、江角君。今日の放課後、ヒマある?」

「…あるけど、なんで?」

「とっても大事な話があるの。だから、少しだけ付き合ってほしいんだけど…」

遊びの誘いか?きっと佐倉なりの気遣いなんだろうな。

「…ごめん。今日はちょっと…。明日じゃ駄目かな?」

「駄目。今日じゃないと絶対に駄目。…ねぇ、お願い?少しでいいから。…ね?」

しばらく悩んだが、俺は佐倉の頼みを断り切れなかった。

「…わかった。少しでいいなら」

「うん、それでよし。じゃあ、放課後…って言っても、今日はバイトがあるからすぐの方がいいかな?それじゃあ…十七時に屋上に来て。その時間なら大丈夫でしょ?」

「わかった。十七時だな」

「約束よ?来なかったらバックドロップかますからね?」

「バック…なんだって?」

「バックドロップ。プロレスの投げ技。結構、効くわよ?」

「…好きなのか、プロレス?」

「まぁね!技を掛ける時なんか一番、楽しいよ!」

「…怖いからやめろって…」

そんな話をしながら、佐倉と約束を交わし、俺はいつも通り学校へ向かった。校門に着くと、陽平が俺達を待っていた。

「オス!今日はちゃんと来たな?俺はてっきりケイちゃんとイチャついて、またズル休みかと…」

「はーい、秋野君、教室行こうねー」

陽平の言葉を強引に中断して佐倉が割って入る。そのまま佐倉は陽平を連れて先に行ってしまう。

「ちょっと、佐倉さん!?俺まだ話してるのに…!」

「はい、口は災いの元ー」

「どういう意味!?」

どんどん先に行ってしまう佐倉と陽平。その後を追うように俺も教室に向かった。いつもの学校。いつもの教室。いつもの授業。何もかもがケイと出会う前に戻り、またつまらない一日が始まった。昨日の事が、今までの事が全部嘘だったんじゃないかと思うくらい、いつもの生活に戻った。でも、俺の心には妙な感覚が残っていた。ケイと会えるのは今日まで。それはわかっていた。けど、俺は勝手に今日の夜まで一緒に居られるとばかり思っていた。まだしたい事もあった。話したい事もあった。もっと触れていたかった。そんな想いが込み上げてくると、俺はいつの間にか涙を流していた。駄目だ。泣いちゃいけない。そう思って急いで涙を拭くと、いつも通りに戻った。いつも通り。そうだ。いつも通りにしていればいい。ただそれだけだ。そうこう考えている間に時間は過ぎて、気が付けばもう放課後だった。何故だろう。今までと違って時間が経つのが早く感じた。

「っしゃあー!今日も終わったー!大翔、遊びに行かねぇか?」

「あ、悪い。ちょっと呼び出しされてるから無理だわ」

「そっか…。まぁ、仕方ないか。けど、次はちゃんと付き合えよ?」

「ああ。約束する」

「よし。じゃ、お先ー」

「おお。またな」

陽平を見送ってから、俺は屋上に向かった。佐倉からどんな話があるかわからないが、なんとなく予想はついていた。屋上へ到着すると、佐倉が一人で空を見上げている。何処か寂しげに見えるその背中を見つめ、俺は声を掛けた。

「佐倉」

「ん?…お、ちゃんと約束守ったね。エライ、エライ」

振り返り微笑む佐倉。俺はゆっくりと佐倉へ歩み寄り、同じように空を見上げる。

「なんだよ。大事な話って」

「…その前にさ。もう一回いいかな?」

「もう一回?何を?」

「…うん、あのね。私、ちゃんとハッキリ言いたくて。…私、江角君が好きです。良かったら、お付き合いしてください」

そう言って手を差し出す佐倉。突然の告白。なんとなく予想はしていた。・・・だから、俺の答えは決まっていた。

「…ごめん、佐倉。佐倉の気持ちは嬉しいけど、俺…まだケイが好きなんだ。居なくなっても。もう会えなくても。俺はずっとケイを好きでいたい。…だから、ごめん…」

佐倉へ頭を下げる。申し訳ない気持ちで頭の中が一杯になる。が、佐倉の反応は意外なものだった。

「トォッ!」

「イタッ!?…な、なんだ…!?」

頭に走る激痛。佐倉が俺の頭にチョップを入れたらしい。

「男の子が簡単に頭なんか下げないの!頭は急所の一つだからね!?」

「…いや、あ、はい…」

・・・意味がわからない。

「うーん…やっぱり駄目か…。まぁ、仕方ないよね。大丈夫、大丈夫。私もわかってたから」

明るく笑顔で答える佐倉。その姿に俺は安心した。

「ごめん。でも、本心だから。…もしかして、大事な話って、今のか?」

「ううん。今のは前座。本番はこれから」

「…本番?」

「実はね?ケイちゃんに頼まれた事があったの。口止めされてたんだけど、江角君を見てると黙ってられなくて…」

「頼まれたって…何を…?」

「うん。ケイちゃんがね?自分が居なくなったら、江角君を支えてあげてほしいって私に頼んだの。ほら。昨日、一緒に料理してたでしょ?その時にね。ケイちゃん、私が江角君の事を好きなのわかってたみたいで、自分が居なくなったら江角君の彼女になってあげて。なんて言うんだもん。びっくりしちゃった」

「…それで、佐倉はなんて答えたんだ?」

「もちろん、最初は断ったよ?けど、駄目だった。ケイちゃんが居なくなったら、江角君が私の物になるって考えたら断れなかったよ。…駄目だね、私。欲に目が眩むって言うのかな?こういうの」

「…なんで話した?」

「え?」

「なんで俺に話したんだ?ケイに口止めされてたんだろ?黙ってればよかったじゃないか。今すぐは無理でも、いつかは俺だってケイの事を忘れてしまうかもしれない。その時の為にじっくり待つ事だって出来ただろ?」

「うん。それも考えたよ。けど駄目だよ」

「どうして?」

「だって、そんなの只の卑怯者じゃない。人の弱さに漬け込んで振り向かせるとか、心を持つ人のする事じゃないよ。私はあくまで、私の実力で好きになってほしいの。誰かの助力とか、犠牲の上で成り立つ恋なんて私はしたくないし、許せない。いつだって、どんな時だって全力全開。それが私のやり方だから」

「…佐倉…」

「それにね?私、ケイちゃんには絶対勝てない。勝てる自信が無いよ」

「どうして?佐倉はまだ全力を出してないだろ?」

「うん、出してないよ。でもさ?全力出す前に勝負が決まっちゃったら、意味無いでしょ?あ、ほら。昨日、私があげた花。覚えてる?」

「ああ。確か、ベニバナだったよな?」

「そう。実はあれ、私の誕生花なの。どうしても江角君にあげたくて持ってきたんだけど、ケイちゃんが居るって知らなかったから自爆しちゃった。本当、参ったよ」

「どういう意味だ?俺にはさっぱりなんだけど…」

「ああ、そっか。あのベニバナにもね、花言葉があるの。意味は、特別な人。だから江角君にあげたのに、ケイちゃんってば花言葉知ってるんだもん。もう、私ってばボロボロ。性格良くて、容姿も良くて、花言葉も知ってるとか。おまけに料理も上手だし。ね?私に勝ち目なんか無いでしょ?」

「…それでも、ケイが居なかったら、俺は佐倉を好きになってたよ。昨日も言ったけどさ」

「うん、ありがとう。その言葉だけで私は充分。まぁ、脱線しちゃったけど、つまり私が言いたいのは、どんな理由があるにしろ、ケイちゃんの事を怒ったり、嫌いにならないであげてって事。私や秋野君はいいとして、江角君がケイちゃんを忘れちゃうと、ケイちゃん。本当に誰の記憶にも残らないで消えちゃうよ?」

「どういう意味だ?」

「私ね、思うんだ。人が生きた証ってさ、物やお金を多く残す事ではなくて、どれだけの人に覚えてもらえるかで決まるんじゃないかって。ほら、よく言うでしょ?人は心の中で生き続けるって。あれってさ、生き死にの生きるじゃなくて、活かせられるって意味だと思うんだ。その人の存在。想い。生き方。そういった色んな物が残された人の心で活きるから、人は強くなっていくし、次の明日を生きていけるんじゃないか。ってさ」

「心の中で活きる…か…」

「そう。だから、ケイちゃんとの出会いは決して無駄じゃないし、忘れていい過去でもないの。大切な思い出として、ずっと背負っていかなくちゃ。…でしょ?」

「…ああ。そうだな。忘れちゃいけないよな。…ありがとう佐倉。俺、元気出てきたよ。それと、約束する。何があっても、俺はケイの事を怒らないし、忘れない。だって、ケイは俺の恋人だから…」

「うん。それでよろしい。…さてと。じゃあ、帰ろうかな?私もバイトあるし、言いたい事言ってスッキリした」

「俺も。なんだか気分が晴れた。…そうだ。何かお礼がしたいな。何かあるか?」

「えー?何かって言われても…」

「なんでもいいぞ?俺に出来る事なら」

「…そうだねぇ。…あ。じゃあ、一つだけいいかな?」

「ああ。いいぞ」

「明日、祝日だったよね?ちょっと、付き合ってほしいんだ」

「明日?何かあるのか?」

「うん。実は明日、花屋の配達があるんだけど、量が多くて私一人じゃ運べないんだ。だから手伝って?」

「…まぁ、そんな事でいいなら」

「約束よ?あ、時間はねぇ…朝十時にお店に来て。いい?」

「十時だな。わかった」

「じゃ、そういう事でよろしく!」

明日の約束を交わすと、佐倉が足早に立ち去っていく。それを見送っていると、帰ろうとしていた佐倉が振り返り、大きな声で叫ぶ。

「江角くーん!隙があったら、また告白するからねー!!」

「なっ…!?」

「じゃーねー!また明日ー!」

言いたい事を言ったからか、満面の笑顔で帰っていく佐倉。呼び止める間もなく、俺は一人にされてしまう。

「…仕方ない。…俺も帰るか」

しばらく立ち尽くした後、俺も学校を出て帰路についた。その途中。俺はあの川原へ寄り道する事にした。川原へ入る前に辺りを見渡す。すると、今まで気付かなかったが、陽平の言っていた通り。近くには総合病院と自然公園が在る。今まで暗い時や、ケイの事に夢中でまったく気付かなかった。川原へ入ると、もう季節的な問題だろうか、蛍の数が前に比べてだいぶ減っている。元々そんなに多くはなかったが、それよりももっと少なくなっている。その光景を見て、俺は急に胸が締め付けられた。悲しいというよりも、どこか虚しさを感じる。そして俺はふと思い返していた。ケイは一体、何者だったのだろうか。いつも音も無く現れては、俺の身近に居て、蛍の光が大好きだった。最初は幽霊かと思ったが、手に触れたり抱き締めたりもした。なら、幽霊じゃない。じゃあ、蛍の化身?そんな馬鹿な。ケイは間違いなく人間だ。佐倉も陽平も知ってる。生きた人間だ。じゃあ、何処へ行ったんだ?まさか、本当に今までの事が全部夢で、俺はまだ夢から抜け出せていないんじゃないか?・・・わからない。考えれば考えるほど、俺は一人で自問自答を繰り返していた。どれほどの時間が過ぎただろう。俺はただ黙って蛍を見つめ、もしかしたらケイが現れるんじゃないかと思っていた。けど、そんな俺の願いも届かず、その日の夜。結局ケイは現れなかった。家に帰った俺は、明日の佐倉との約束に遅れない為に、いつもより早く横になった。ケイが居なくなった事で、また前の生活に戻った。・・・そう、前の生活に戻った。ただそれだけのはずなのに、俺の目には涙が溢れていた。言葉に出来ない虚しさが胸に募る。それはまるで、自分の身体の一部が無くなったかのような喪失感だった。俺は今。生まれて初めて人を好きになるという事の喜びと苦しさを知ったのだと感じた。

「…苦しいな…こういうの…」

眠りに落ちる直前。俺は思った。明日で、蛍祭りも終わりだな・・・。

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