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蛍祭りの夜に  作者: 黒咲百合
5/8

第五夜

翌日。俺が目を覚ますと、時計の針は昼の十四時を過ぎていた。携帯を見ると大量の着信。しまった・・・今日は学校だったんだ。遅刻なんてレベルじゃない。俺は急ぎ学校へ電話して、担任に連絡を取った。

「江角君!?どうしたの連絡もしないで!?」

「…すみません。ちょっと風邪ひいたみたいで、病院行ってました…」

「そうだったの?江角君のご両親は共働きで、家には居ないって聞いてるけど、せめて電話だけはしてね?私じゃなくても、別の先生やお友達でもいいから伝言すれば大丈夫だから。事故とか事件に巻き込まれるなんて、今じゃ何処でもあるんだから。みんなが心配するからね?」

「はい。すみません。気を付けます」

いきなりの説教。まぁ、悪いのは俺だから仕方ない。いつも口うるさく言う先生だけど、本気で生徒の事を考えてくれる良い先生なのは代わりない。

「何か必要なら先生が家まで行こうか?薬は有る?何か冷たい物でも買っていこうか?」

「いえ、大丈夫です。病院で薬貰ったんで、それ飲んで寝てます」

「そう。まだ初夏といっても夜は冷えるから、あまり油断しないようにね?それじゃあ、お大事に」

「はい、ありがとうございます。失礼します」

電話を切ってから、俺の心は罪悪感で満たされた。

「…先生…仮病使ってすみません…」

とりあえず今日は休んだわけだが、何をするかな。ふと、俺は部屋を見渡した。ひどく汚れているわけじゃないが、なんだかホコリが気になる。

「…罰として掃除でもするか」

元々それほど汚いわけではなかったせいか、割と早く片付いた。いざ要らない物を処分すると、部屋の中が広く感じる。と、いつの間にか時計の針は十七時を過ぎてる。まだゴミ出しもしてない。その時。俺は閃いた。

「ゴミ出しついでに、ケイの所に行くか」

服を着替えて準備を済ませると、俺は外へ出掛けた。ゴミ出しを終えていつもの川原へ向かう。だいぶ日が沈み、辺りが徐々に暗くなり始める。

「ケイ、もう来てるかな…」

淡い期待をしながら、川原へと入っていく。川原に着くと、もう蛍が飛んでいる。辺りを見渡し、ケイを探す。が、それらしい姿は無い。どうやらまだ来てないらしい。また待つかな。と、思ったその時。何かが俺の両目を塞ぐ。

「だーれだ?」

聞き覚えがある声。だが、俺はわざと知らないフリをした。

「えっと…わかりません」

「ヒント。あなたの大切な人です」

・・・どうやら引く気は無いらしい。

「んーと…お母さん?」

「なんですとっ!?」

初ツッコミ。いや、それは置いといて。

「冗談だよ。ケイだろ?」

「はい!正解です!」

俺の顔から手を退けて、嬉しそうに目の前に現れるケイ。いつの間に背後に行ったのか気になるが、まぁ、いいか。

「どうですかヒロトさん。びっくりしましたか?」

「うん、びっくりした。ケイの初ツッコミ」

「…他に言葉が出ませんでした。失格ですね…」

・・・今のやり取りの何処に何の試験があったんだ?ふとケイの手を見ると、何かが入った鞄を持っている。

「ケイ、その鞄は?」

「あ、これですか?何に見えます?」

・・・クイズか?

「何って、鞄にしか見えないけど…」

「実はこれ…四次元ポケットなんです!」

・・・違う。ボケてるんだ。きっとそうだ。

「…な、なんでやねん」

「さ、さすがヒロトさん!私のボケに的確なツッコミを入れましたね!」

やっぱりか。っていうか的確か?今のは・・・。

「で、何が入ってるんだ?」

「当ててみてください」

俺に透視をしろと?・・・なんか、今日のケイは変だな。妙にテンションが高い。どうしたんだろう。

「ケイ。今日、何か良い事でもあったか?」

「なんと!?鞄の中身じゃなくて、私の心の中を当てるなんて…。ヒロトさん、超能力者ですか!?」

「いや、どう考えてもテンションが高いだろ。何かあったかぐらいわかるって」

俺がそう言うと、ケイは頬を赤くしながら照れ笑いをする。

「いえ、実はですね…。今日、外泊の許可を頂きました…」

「え?それって…」

「…なので、ヒロトさんさえよければ、お家にお泊まりをしたいなぁ…なんて…」

あまりに突然過ぎて、しばらく固まる。確かに昨日、泊まりに来いとは言ったが、まさか本当に来る気か。

「え、いいのか?俺の両親、仕事で居ないから家には俺だけだぞ?」

「はい。大丈夫です。というより、むしろその方が嬉しいです…」

駄目だ。心臓が高鳴ってる。何を考えてるんだ俺は。

「いいのか、本当に…」

「はい。是非、行きたいです」

俺はしばらく悩んだ。いくらなんでも男女が二人きりなんて駄目だろ。それに俺だって学生だし、そういう事はいけない。でも、素直に言えば俺もケイの身体に興味はある。いや、駄目だ。そんなの間違ってる。落ち着くんだ。元々、泊まりに来いと言ったのは俺だ。ケイはその為に外泊許可を貰ってる。なら、泊めるしかない。そうだ。俺が理性を保てばいいだけの話だ。俺がしっかりすれば間違いは起きない。それだけだ。

「よし、わかった。行こうか」

「はい!」

満面の笑みで答えるケイ。純粋に喜ぶ子供のようなケイを見て、俺は改めて思った。俺の自分勝手な行動でケイの純粋な気持ちを裏切ってはいけない。と。家に帰る途中、俺の頭の中では様々な考えが交錯していた。とりあえず一緒に食事して、それからテレビとか見たりして、ゲームかトランプでもして遊ぶか。あ、寝る時は布団を用意しないとな。俺のベッドしかないから、ケイはベッドで俺は布団だな。それから、えっと・・・。

「あの、ヒロトさん…」

「ん?どうした?」

考え事をしていると、ケイが唐突に質問してくる。

「あの…ヒロトさんのお家に、スポーツドリンクは有りますか?」

「スポーツドリンク?まぁ、一応有るけど…それが?」

「はい。汗をかいたらスポーツドリンクが良いって聞いたんで…」

「…えっと、ごめん。俺の家で何する気?」

「それは秘密です」

何故だろう。すごく嫌な予感がする。と、ようやく俺の家に到着する。二階建ての小さな一軒屋だが、人を泊めるには恥ずかしくない家だ。

「さぁ、どうぞ。遠慮なくあがって」

「は、はい!お邪魔します!」

ケイを招き入れ、手荷物を預かる。初めて来た家だからか、ケイが妙に緊張している。

「ケイ、大丈夫か?」

「はい。ちょっと、ドキドキしてます…」

「そうか。一応、こっちに有るのがトイレな。手洗い場は中に備え付けになってるから、使いたくなったら勝手に使っていいよ」

「…あの、こちらには何が有るんですか?」

「そっちは両親の部屋だから、特に何も無いよ。というか、俺もあまり入らないからよく知らないんだ」

「仲良くないんですか?」

「そうじゃないけど、色々あってさ。俺の部屋は二階だから、行こうか?」

「あ、はい」

ケイに言った通り、決して仲が悪いわけじゃないが、俺は両親が若干苦手だ。何故かといえば、俺の両親は何事もオープンな気持ちで。というのがモットーらしく、元々大恋愛で結婚したせいか、非常に仲が良い。そのせいで何度夜中に目を覚ました事か。まぁ、そんな事はどうでもいいか。今は関係ない話だ。階段を登り、部屋に入る。

「さぁ、どうぞ。狭い所だけど、ゆっくりしてくれ」

「し、失礼します…」

部屋の中を見渡し、ゆっくりと足を踏み入れるケイ。初めて見る物が多いのか、しばらく黙って見渡している。

「ケイ?」

「…あ、すみません。なんだか不思議な感じがして…」

「まぁ、そうだろうな。とりあえず、遠慮しないで座れよ」

「あ、はい。失礼します…」

床にクッションを置き、その上にケイを座らせる。鞄をミニテーブルに置くと、俺も床に座り込んだ。どこか落ち着かない様子のケイ。まぁ、それは俺も同じだから仕方ないとは思うが、さすがにこのままじゃマズイな。何か話題を作らないと・・・。

「えっと…とりあえず、何しようか?」

「そうですね…何がいいんでしょう?」

「うーん…何がいいかな…」

「…」

「…」

・・・駄目だ。会話が続かない。どうするか・・・。

「あ。俺、飲み物持ってくるよ。ちょっと待ってて」

「あ、はい。ありがとうございます」

その場から逃げるように部屋を出た俺は、一階の台所へ向かう。逃げたかったわけじゃないが、とりあえず何かしながら作戦を練ろう。このままじゃ、いくらなんでも気まず過ぎる。冷蔵庫から飲み物を出し、グラスに注ぐ。その僅かな間にも必死に何か話のネタを考えるが、動揺しているせいか。何も良い案が出てこない。むしろ、頭の中に邪な考えばかりが浮かんでしまう。

「…駄目だ。どうしたらいいんだ…?」

とにかく、飲み物を入れたグラスを持ち、部屋に戻る。扉を開け中に入ると、俺は一瞬目を疑った。

「…何してるんだ、ケイ」

そこには、俺のベッドの上で大の字になってうつ伏せに寝ているケイの姿があった。

「…えっと…なんていうか…ですね…」

何故か顔が赤い。明らかに照れてる。その行動の意味がわからず、とりあえず持ってきたグラスをミニテーブルに置く。

「大丈夫か?もしかして、どこか具合でも悪いのか?」

俺が質問すると、ベッドから起き上がり、何故かベッドの上で正座をするケイ。

「…すみません。あまりにも気持ち良さそうだったので、思わず飛び込んでしまいました…」

・・・修学旅行の悪ノリした生徒か、お前は。

「いや、別にいいけど。もしよかったら、ベッドの上に座っててもいいぞ?そっちの方がクッションあるから楽だろ?」

「いいんですか!?」

「…あ、ああ。大丈夫だ」

俺の了解を得ると、ケイは再びベッドにうつ伏せになる。

「はぁ〜…。フワフワで気持ち良いです〜…」

どうやら相当気に入ったらしい。その時。ケイがベッドに顔を埋め、何かをしている。

「…ケイ?」

「…ヒロトさんの匂いがします…。しょっぱいから汗の匂いですね…」

すかさずケイの頭を小突く。

「イタ」

「変態か。まったく…」

俺がそう言うと、ケイは足をバタバタと動かしながら楽しそうに笑った。その行動に俺もなんだか可笑しくなり、笑みがこぼれた。するとケイがベッドの上に座り込み、俺に何かを伝えようとする。視線を向けると、ケイの手がベッドの空いてる場所を軽く叩いている。

「どうした?」

「…お隣。…座りませんか?」

「ああ、別にいいけど。じゃあ、失礼して…」

「どうぞ、どうぞ」

ケイの隣に座る。すると、ケイが突然俺の肩へ寄り掛かってくる。

「ケイ…!?ちょっ、よせって…!?」

「いいじゃないですか。恋人なんですから…」

甘えた声を出して寄り添ってくるケイ。外でも同じような事をしていたのに、何故か今は桁違いにドキドキする。

「ケイ…今はマズイ。少し離れてくれ。じゃないと…」

「…私、ヒロトさんとこうしてくっついてると、すごく落ち着くんです。すごくドキドキするのに、すごく心が気持ち良くなるんです…。…おかしいですかね?」

「…いや、そんなことないよ。俺だってそうだよ。ケイとこうしてると、すごく嬉しいし、落ち着く。ケイと恋人で良かった。幸せだなって思うよ」

「…本当ですか?」

「本当だよ。嘘つくわけないだろ?」

「…嬉しい。私も、今すっごく幸せです」

ケイと見つめ合う。ほんの数センチ先に、ケイの唇がある。ヤバイ。どうする。ここでキスしたら、絶対キスだけじゃ終わらない。理性が飛びそうになる。いや、落ち着け。ベッドの上だぞ。自重しろ。そう思えば思うほど、俺の中の天使が悪魔に変わっていく。欲望に負けそうになる。駄目だ。我慢しろ。そう思った矢先。

「…ヒロトさん。…キス…しませんか…?」

ケイのその一言で、俺は頭の中が真っ白になった。ケイの肩を掴み、ベッドに押し倒す。突然の事で驚くケイ。抵抗する事なく、ベッドに横になっている。

「…ヒロト…さん…?」

「…ケイ…」

ケイを見つめる。すると、俺の心を察したのか。ケイは目を閉じて、全身から力を抜いていく。何かを受け入れようとしているケイの顔に、自分の顔を近付ける。ゆっくり、ゆっくり。あと少し。あと、ほんの数センチ先にケイの唇が迫ったその時。家のインターホンが鳴り、俺は我に帰る。その音に気付き、ケイも目を開ける。

「あ…えっと…。ごめん、ケイ。俺…」

「…いえ、大丈夫です。…誰か来たみたいですね…」

「うん。…ちょっと…行ってくる…」

「あ、はい…。…どうぞ…」

ベッドから起き上がる俺とケイ。すると、何故かケイは残念そうな顔をしている。・・・もしかして、期待してた?・・・なんてな。部屋を出て玄関へ向かう。扉を開けると、見覚えのある人物が二人。俺が顔を出すのを待っていた。

「オっス、大翔!元気か?」

「やっほー、江角君。お見舞いに来たよ」

「佐倉…と、友人A」

「陽平だよ!その言い方やめろっつーの!」

「ああ、悪い悪い。で、何の用だ?」

「何のって…。今言ったでしょ?お見舞いだよ。今日、熱出して休んだって聞いたから、大変だろうと思って…」

・・・あ。そういえば、そう言って学校休んだんだっけ。

「ああ、悪い。わざわざ来てくれたのか。ありがとな。で、陽平はわかるんだけど、なんで佐倉まで?」

「俺が頼んだ!佐倉さん、スッゲー料理上手いって聞いたからさ。オマケに…ほら。見舞いの花も買ってきたぜ?」

「選んだの私だけどね?気持ち良く受け取って?」

「…なんか悪いな。なんて名前の花なんだ?」

「ベニバナっていうのよ。色は地味だけど、とっても良い花よ?」

「へぇ…ありがとな、佐倉」

「いいの、いいの。あ、上がっていいかな?晩御飯の材料買ってきたんだ。作ってあげるよ」

・・・ヤバイ。佐倉はいいとして、陽平にケイの事がバレたら面倒だ。

「あ、ごめん。今はちょっと…」

「なんだよ大翔?せっかく佐倉さんが作ってくれるって言ってんだぜ?甘えろよ」

「そうよ江角君。それとも、私達が入ったら何か困る事でもあるの?」

やめろエスパー・・・!?

「いや、そういうわけじゃ…」

「じゃあ、いいじゃねぇか。な?」

「あ…江角君、もしかして…」

何かを悟る佐倉。その時、タイミング悪く二階からケイが降りてくる。

「すみませんヒロトさん。お手洗いを借りたいんですけど…」

ケイに視線を向ける陽平と佐倉。

「え…えぇーっ!?」

叫ぶ陽平。

「あ、やっぱり…」

つぶやく佐倉。

「え?え?え?」

困惑するケイ。

「…終わった…」

頭を抱える俺。とりあえず、その場は落ち着かせ、佐倉と陽平を部屋に招き入れ事情を説明する。なんとか話をまとめ、数分後。

「それじゃあ、風邪じゃなかったんだ。まぁ、それならそれで安心したけど、江角君も困った人だね」

「…すまん。言葉が無い」

「まぁ、いいじゃない佐倉さん。大翔が元気ならさ。けど、いくらなんでも仮病使って彼女とイチャつくとは、大翔もやる時はやるなぁ…」

「そんなんじゃねぇよ。ケイとは毎日会ってるし、今日も会う約束してたからさ」

「それでお泊まりかよ」

「いいだろ別に」

「まぁ、何はともあれ?お見舞いには変わりないし、晩御飯だけでも用意してあげるよ」

「いいよそんなの。俺だって料理ぐらい出来るって」

「そう言わないでよ。せっかく買い物もしてきたんだから」

「…けどなぁ…」

俺は思っていた。佐倉達の親切は嬉しいが、正直今はケイと二人きりでいたい。同じ事を考えているのか、ケイはさっきから何も言わず、黙って俺達の会話を聞いている。ふと、ケイと目が合う。するとケイは優しく微笑み、頬を赤くする。その時。俺の頭の中にある考えが浮かんだ。さっきは二人きりだったから、俺はケイを押し倒してしまった。けど、佐倉や陽平が一緒なら、自重出来るんじゃないか。それに、この二人だって遅くまでは居ないんだ。その後でだって、ケイと二人きりになる時間は有る。けど、俺一人で決めていいものか。今のケイを見る限りじゃ、きっとケイも二人きりになりたいと思ってるはずだ。どうする・・・。

「…わかった。じゃあ、お願いしようかな?」

「そうこなくちゃ!」

横目でケイを見る。不思議とその表情は穏やかだ。俺の選択は間違っていなかったらしい。

「よし!それじゃあ、早速用意を始めようかな?江角君、お台所借りるよ!」

そう言って部屋を出ていく佐倉。

「あ、サクラさん!私もお手伝いします!」

佐倉を追い掛けるようにケイも部屋を出ていく。残った俺と陽平は、静かに二人を待つ事になった。

「さて、俺達は何しようか?」

「そうだな…。とりあえず、部屋を片付けるか。この部屋じゃ四人座るには狭いしな」

「よし。じゃあ、やるか」

佐倉とケイを待つ間。俺は陽平と部屋の片付けをする事にした。昼間の内にある程度済ませたからか、特に何事も無く、スムーズに片付けを終える。と、その時。陽平が何かを思い出したかのように、俺に話し掛けてくる。

「なぁ、大翔。ケイちゃんと何処で知り合ったんだ?」

「なんだよ、突然…」

「いいじゃねぇか。教えろよ?」

「まぁ、いいけど。ほら、祭り会場の近くにある小川だよ。ちょっと入り込んだ所にある小さな川原」

「入り込んだ所の小川?…もしかしてあそこか?近くに総合病院が在る自然公園」

「そんなの在ったっけ?まぁ、よくは知らないけど、多分、自然公園は合ってると思う」

「へぇ…。しかし可愛いよな、ケイちゃん。あんなに美人なら俺が知らないわけがないんだけどな。学校とかは?」

「行ってないって言ってた。詳しくは聞いてないから知らないけど、色々と事情があるんだろ」

「そっか。俺達より年下っぽいし、苦労してるんだろうな」

「…多分な」

「けど、だからこそ幸せにしてやれよ?苦労したり、辛い思いをした分だけ幸せを教えてやらないと」

「わかってるよ。傍に居るって約束したからな。…っていうか、お前怒らないんだな」

「は?なんで怒る必要があるんだよ?」

「だって、ケイの事をお前に黙ってた上に遊びの誘いも断ってたんだぞ?普通は怒るだろ」

「冗談言うなっつの!気にもしてねぇよ。大体、親友に彼女が出来たなら良い事じゃねぇか。男だったら、彼女が出来たら二人きりで居たい。友達と遊ぶより彼女を優先するのは当たり前だろ?」

「…まぁ、そう言われたらそうかもしれないけど…」

「だからよ?気にもしないし、怒りもしない。むしろ言い忘れてたぜ。…おめでとう。良い彼女が出来て良かったな」

「陽平…。…ありがとな。やっぱりお前は一番の友達だ」

「よせよ!照れ臭いだろ?…まぁ、佐倉さんには俺からも謝っとくから、気にすんな」

「佐倉?なんで佐倉に謝るんだ?」

「何とぼけてんだよ?別に隠す事ないだろ?」

「隠すって…何を?」

「何って…佐倉さん。お前の事が好きだって告白したんだろ?」

・・・驚いた。あの佐倉が俺を?いや、そんな馬鹿な・・・。

「あれ?佐倉さん、告白したけど振られたって言ってたけど…違うのか?もしかして俺…余計な事言った?」

「え…あ、いや、大丈夫。そういえば忘れてたわ。ごめん」

「そっか。まぁ、仕方ないよな。本命が出来ちまうと、他の子なんてどうでもよくなっちまうよな。誰だってそうなるさ」

「そういうわけじゃないけど、今はケイを一番に考えたいしな」

「わかるわかる。まぁ、気まずいかもしれないけど、あんまり気にすんなよ?」

「ああ。わかってる」

とりあえず話を合わせてみたものの、佐倉が俺を好きだったってどういう事だ?しかも告白したって。そんな事一度もなかったぞ?駄目だ。なんかモヤモヤする。考えるのはやめよう。そうこうしてると、下の階から佐倉の声が聞こえる。

「江角くーん!秋野くーん!料理運ぶの手伝ってー!」

「はーい!すぐ行きまーす!」

陽平が返事をすると同時に、部屋を出ようとドアノブに手を掛ける。すると、陽平が俺の肩を掴み話し掛けてくる。

「佐倉さんの事は俺に任せろ。お前はお前の恋人の事だけ、ちゃんと見てやれ。変な考え方したって、苦しいだけだぞ」

「わかってる。今、俺が大事にしないといけないのはケイだ。それはちゃんとわかってる。お前こそ、余計な心配し過ぎなんだよ」

「まぁ、な。なんたってあの大翔が初彼女を作ったんだ。心配くらいするさ。友達だからな」

「ああ、そうかい」

俺はその時、改めて思った。友達って良いもんだって。その後、陽平と二人で一階へ降りて料理を運ぶ。全てが出揃い、四人でテーブルを囲んで座ると、陽平がグラスを手にして立ち上がる。

「よし!じゃあ、乾杯しようぜ!」

「何にだよ…」

「決まってるだろ?大翔とケイちゃんにだよ!」

「お?いいわね!やろう、やろう!」

「…お前等。なんか、悪ノリしてないか?」

ふとケイに視線を向けると、グラスを持ち何かをじっと耐えている。

「ケイもなんとか言ってくれよ?」

「…私。…乾杯してみたいです」

「…あ…そうですか…」

ケイの一言で俺は諦めた。四人全員がグラスを持つと、陽平が乾杯の音頭をとる。

「それじゃあ…カンパーイ!」

「カンパーイ!」

「か、カンパーイ…!」

「…乾杯…」

四人で乾杯を交わした後。俺達は仲良く料理を頂いた。誰が何を作ったとか、どう調理したとかの話から、ケイの事まで色々な事を話しながら、俺達は楽しく食事を済ませた。食事を終えてから、四人でトランプやオセロをして遊んだ。特にケイにとっては新しい物ばかりのようで、とても目を輝かせていた。

「やったー!勝ちましたー!」

「げげっ!?マジかよ!?全面真っ白とかどんだけ!?」

「弱いなー陽平」

「ケイちゃんがオセロ強過ぎなんだよ!本当に今日が初めてなのか!?」

「えへへ。なんか得意みたいです。オセロ」

「くぅ〜っ!!このままじゃ終われねぇ!ケイちゃん、もう一度勝負だ!」

「はい!望むところです!」

「やれやれ…」

その時。俺はある異変に気付く。さっきまで在った佐倉の姿が無い。何処に行ったんだろう。部屋を出ようと立ち上がると、それに気付いた陽平が声を掛けてくる。

「どうした大翔?」

「ああ、遊んでてくれ。俺、ちょっとトイレ」

「ああ。わかった。頑張れ」

「何をだよ」

軽くツッコミを入れながら部屋を出て一階に降りる。すると、台所から微かにだが水音が聞こえる。覗いてみると、佐倉が一人で洗い物をしていた。

「佐倉?」

「あ、江角君。どうかした?」

「うん。姿が見えなかったから、どうしたのかなって気になって。そんなのいいから、上で一緒に遊ぼうぜ?」

「ううん。私はいいよ。使った物はちゃんと片付けないといけないし、三人で遊んでて?」

「…じゃあ、俺も手伝う」

「いいってば!一人で平気。それより江角君、ケイちゃんの傍に居てあげなよ。せっかく泊まりに来たんでしょ?なら、ちゃんと相手してあげなきゃ」

「ケイなら陽平と遊んでるから大丈夫だよ」

「そっか。油断してると盗られちゃうよ?」

「大丈夫だよ。陽平にそんな器量が無い事ぐらい、俺が一番知ってる」

「…言われてみれば、確かにそうかも」

「だろ?」

俺の言葉で佐倉が笑う。軽く和んだところで、俺はさっきの話を打ち明けてみた。

「なぁ、佐倉。聞きたい事があるんだけど…いいか?」

「うん?何?」

「さっき、陽平に聞いたんだけど…」

「…私が江角君に告白して振られたって話?」

「…うん。どうしてそんな嘘ついたんだ?そんな事一度もなかったし、しかも俺の事が好きだなんて。陽平の奴、信じてたから心配してたぞ?」

「ごめん、ごめん。実はね?前にクラスの男子に告白された時にさ。つい、江角君の名前を出しちゃったのよ。そしたら何故か広まっちゃって…。もう、参ったよ」

「そうだったのか。それならそうと一言、言ってくれれば良かったのに。そしたら協力だって出来たし、事情がわかれば彼氏のフリだって出来たのに。って言っても、クラス違うから話す機会も無いし、仕方ないか」

「…そうじゃないよ」

佐倉が手を止めて、振り返る。

「だって、好きなのは本当だったから…」

悲しそうな目で俺を見つめる佐倉。その顔は、俺が今まで見てきた元気な佐倉ではなかった。

「…佐倉…?」

「…私ね?江角君の事、好きだったよ。でも諦めた」

「どうして…」

「当たり前じゃない!あんなに可愛い子が相手なら、私に勝ち目なんてないもん」

「そんな事ないよ。もし、ケイと出会う前に佐倉の気持ちを知ってたら、俺は佐倉と付き合ってたと思う。佐倉は面倒見もいいし、よく気が利く。良い女の子だと思うよ。ほら、俺が初めて花を買いに行った時だって、すごくいい花を教えてくれたじゃないか」

「そんなの当たり前でしょ?お仕事だもん。それに、相手が好きな男の子なら、親切にするのは当然じゃない」

「…まぁ、確かに。でも、佐倉が優しいのは佐倉だからであって、その優しさは俺だけに向かうわけじゃないだろ?佐倉の優しさは陽平やケイも知ってるし、他の友達だって知ってるはずだ。みんなに平等に優しいから、佐倉なんじゃないか?」

「…平等に、か。…うん、そうだね。そうしようとして空回りは多いけど、一人でも気持ちが伝わってるなら、それはそれで嬉しいかな…」

そう言うと佐倉は、大粒の涙を流し始める。

「…あれ?…どうしたんだろ…なんか…泣けてくる…」

その涙の意味がわからない俺は、どうしていいかもわからなかった。けど、言わなきゃいけない事は、ちゃんと言うべきだとも思った。

「…ありがとう、佐倉。俺の事、好きになってくれて…。…でも、俺はケイとの時間を大切にしたいんだ…」

「…わかってるよ。これからずっと一緒に居る相手だもんね…」

「…そうじゃない。…もう、時間が無いからさ…」

「…え?それって…」

「…ケイが言ってた。明日が最後になるって。…明後日には、もう…居なくなるって…」

俺は昨日の出来事を思い出していた。そう。俺とケイに残された時間は、あと一日。明日を過ぎると、ケイはもう・・・。

「…そう…なんだ。ごめん。私、何も知らなくて…」

「いや、いいんだ。佐倉には色々と世話になったし、一応言った方がいいかなって思ったからさ」

「…そっか。…それじゃあ私、秋野君を連れて帰るよ。これ以上、二人の邪魔したら悪いし…」

「いいって。ケイ、佐倉達と遊ぶのを楽しみにしてたからさ。もうしばらく付き合ってやってくれよ」

「ダーメ。時間が無いんでしょ?なら、二人きりでちゃんとやる事やらないと。それに。これ以上、江角君の傍に居たら私、もっと泣きそうだし…」

「佐倉…」

「さ、そうと決まれば行動しないとね!」

そう言って佐倉は二階へ上がっていき、すぐに陽平を連れて階段を降りてくる。

「ちょっ…どうしたの佐倉さん!?そんなに引っ張らないでよ!?」

「いいから!今から二人でデートしよう!ね?」

「デートって…。え!?マジっすか!?」

「うん、うん。マジマジ。じゃ、江角君。またねー!」

「あ、おい!?」

呼び止める間もなく外へ出ていく佐倉と陽平。あまりの早さに俺は言葉を失った。だが、それと同時に佐倉の優しさを感じていた。俺達の為に身を引いてくれた佐倉の優しさを無駄にしたくない。そう思った。玄関の戸締まりを確認した後、部屋に戻る。すると、ケイが一人でオセロをしている。

「ケイ?」

「あ、おかえりなさい。ヒロトさんもしませんか?オセロ」

「ああ、いいよ。俺、黒な」

「はい。…あの、アキノさんとサクラさんはどうかしたんですか?すごい慌てて出て行きましたけど…」

「うん。なんか、用事を思い出したってさ。あの二人も色々と忙しいみたいだから」

「そうですか。サクラさんともオセロをしたかったのですが、残念です」

「また次に会った時に出来るよ。それまでに強くなればいいさ」

「…次、会えますかね…」

ケイの顔が曇る。

「…会えるさ。また、必ず」

さっきの余韻があるのか、俺も悲しみが込み上げてくる。そんな空気を察してか、ケイは明るく振る舞う。

「そうだ、ヒロトさん!勝負しませんか?」

「勝負?どんな?」

「はい。ズバリ、負けた方が勝った方の言う事をなんでも聞くっていう勝負です!」

「…別にいいけど。何をするかは決めないとだろ?」

「それは最後に決めましょう。その方がスルメがあって楽しいですから」

「…スルメじゃなくてスリルだろ?」

「…そうとも言います」

「あのな…」

「言う事はなんでもありですから…その…。…エッチな事でも…いいですよ?」

「大丈夫。それは無い」

「…私じゃ駄目ですか?」

「そうじゃなくて。もっと健全な勝負をしよう」

「…それもそうですね」

盤上にオセロを並べ、勝負を始める。部屋中にオセロを打つ音が響く。数分後。オセロの約半数を打ち終えたところで、様子を見る。状況は俺の方が優勢。このまま順調にいけば勝てる。その時。ケイが唐突に話を振ってくる。

「ヒロトさん。一つ聞いてもいいですか?」

「ん?なんだ?」

「…さっき、サクラさん達がいらっしゃる前。何をしようとしてたんですか?」

突然の言葉に俺は動揺する。手元が狂い、ミス打ちをしてしまう。

「あ…。な、何って…キス…だろ?」

「…本当にキスだけですか?」

更に動揺する。

「あ、当たり前だろ!?他に、何をするっていうんだよ…!?」

「…エッチな事…だったりして…?」

不意を突かれて固まる。自分でもわかるくらい、顔が赤くなっているのがわかる。

「あれ?もしかして当たっちゃいました?」

ニヤリと笑うケイ。その時。俺はようやく気付いた。わざと動揺させる作戦か。やってくれるじゃないか。さては陽平の入れ知恵だな。・・・よし。ちょっとやり返してやるか。

「そういうケイこそ。随分、イヤラシイ顔をしてたぞ?本当はケイの方がエッチなんじゃないか?」

「…試してみます?どっちがエッチか…」

息が止まった。心臓が高鳴る。いや、これは作戦だ。

「そんな冗談を言って動揺させても駄目だぞ?」

「…冗談じゃ…ないんですけどね…」

ケイの言葉に、手が止まってしまう。その声からして、冗談ではない。ケイは本気で言っている。まさか・・・本当に・・・?

「…ケイ、もしかして…」

俺の目を見て、微笑むケイ。

「ヒロトさん…」

ケイを見つめ返す。たまらずケイの手を握った瞬間。

「…私の勝ちですよ?」

「…え?」

視線を下に向け、盤上を見る。そこには、圧倒的に白が支配したオセロ盤があった。

「やったー!勝ちましたー!」

・・・やられた。まんまと策に嵌められた。・・・仕方ない。一度深呼吸をする。大きく溜め息を吐いてから顔を上げる。

「…やれやれ。ケイは強い…」

その瞬間。俺の言葉を遮るように、ケイの唇が俺の唇に重なる。突然の事に驚き、しばらく固まる。数秒間、唇を重ねた後。ゆっくりとケイの顔が目の前から離れていく。

「…け、ケイ…!?」

「…さっきしてくれなかったから、こちらからしちゃいました…」

身体が熱くなる。キスされた事よりも、照れ臭そうに笑うケイが、あまりにも可愛いくてたまらない。気が付けば、俺はケイを抱き締めていた。

「ヒロトさん…」

俺の背中に手を回すケイ。互いにしっかりと抱き締め合い、温もりを感じ合う。

「ケイ…あんなの…反則だろ…」

「…だって、ああでもしないとヒロトさん。キスしてくれないんですもん。私の作戦勝ちです…」

可愛い。たまらない。頭の中が真っ白になる。・・・押し倒したい。いや、駄目だ。耐えろ。我慢しろ俺。

「…ヒロトさん。また考えてますね。…っというより、悩んでませんか?」

「え?…どうして…」

「わかりますよ。本当はエッチな事したいのに、私の為に一生懸命、我慢してます。ずっとドキドキしてるから、ずっと知ってましたよ?」

「…ごめん、ケイ。俺、最低だな。そんな風に見ちゃいけないって思えば思うほど、身体が熱くなって。今も、さっきだって俺…」

「…いいんですよ、ヒロトさん。我慢しないでください。私、ヒロトさんとなら頑張れます。だから、何も我慢しなくていいんですよ?」

ケイの優しい言葉が、俺の心を包み込む。その優しさに甘えたくなる。

「駄目だよケイ。それでも駄目だ。俺はケイを汚したくない。…俺には出来ないよ…」

「…私の事、嫌いですか?」

「そうじゃない。むしろ、好き過ぎてどうにかなりそうだよ。でも、いけない。好きだからこそ、傷付けたくないんだ…」

「…ヒロトさん。本当の事を言うと、劣情に駆られて何かをされる事よりも、大切にされて身体に触れてもらえない事の方が、私はすごく辛いです」

「それって、どういう…」

「好きなら沢山、触ってほしいです。沢山キスしてほしいです。じゃないと、愛されてる実感が湧きません。エッチな事でもいいです。手を繋ぐだけでもいいです。好きな人には、身体に触ってほしいです」

「…ケイ…」

・・・知らなかった。ケイの気持ちを。俺は自分の考えだけを押し通そうとして、ケイも同じだと勝手に決めつけていた。大切だから傷付けたくない。汚したくない。それが、愛情だと思ってた。でも、まさかそれがケイに辛い思いをさせていたなんて・・・。

「ケイ、ごめん。俺、何もわかってなかった。わかってるつもりでいただけだった。…本当にごめん…」

俺が謝ると、ケイは優しく俺の頭を撫でる。

「いいんですよ。言わなかった私もいけませんでした。…あ、さっきの勝負。ルール覚えてますよね?」

「ああ。なんでも言う事を聞く…だろ?」

「はい。思いつきました。私、思い出が欲しいです。とっても素敵な、私とヒロトさん、二人だけの素敵な思い出…」

「…それって…」

「…ヒロトさん。…こんな私でよろしければ、貴方の腕で抱いて頂けませんか?」

真っ直ぐに俺を見つめるケイ。手と手を握り、指を絡ませてくる。ケイのその行動に、俺はようやく覚悟を決める。ケイの身体を抱え上げ、ベッドの上に寝かせる。恥ずかしそうに頬を染めるケイ。そんなケイの唇にキスをして、洋服に手を掛ける。すると、ケイが慌てて俺の手を止める。

「…どうした?」

「…あの…ヒロトさん…。…電気…消して頂けませんか…?」

「…あ、ああ。…わかった…」

電気を消すと、俺は再びケイと唇を重ねた。季節はまだ初夏。俺の人生で一番長く、一番暑い夜。そして、絶対に忘れられない夜の出来事となった・・・。

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