第四夜
翌朝。目を冷ますと時計の針は昼の十二時を過ぎたばかりだった。結局、昨日の夜は眠れなかった。ふと携帯を見ると、陽平からメールが入っていた。
「起きたら電話くれ。陽平」
正直面倒だが、電話しなかったらそれはそれで後が面倒だ。とりあえずメールに書いてる通り、陽平に電話する。すると、まるで待っていたかのようにすぐに繋がる
「オイッス!遅いぞ!?起きるの!」
「悪い。昨日、ちょっと大変でさ。で、何か用か?」
「何か用かって…忘れたのかよ?昨日言っただろ?今夜の肝試し。お前も来るだろ?」
そういえば、そんな事を言ってたような・・・。
「俺はいい。今日は用事あるんだ」
「用事?どんな?」「別にいいだろ、なんでも。じゃあ、準備があるからまたな」
「あ、おいヒロ…」
陽平が何かを言おうとしていたが、俺は無視して電話を切った。今日はケイと約束があるからな。申し訳ないが付き合ってられない。
「さて…約束の時間までどうするかな…」
とりあえず服を着替え、食事を済ませる。すると、まるで俺が食事を終えるのを待っていたかのようなタイミングで携帯に着信が入る。が、表示には見た事がない番号。誰かはわからないが、とりあえず出てみる。
「もしもし?」
「あ、江角君?私、佐倉です」
「佐倉?どうして俺の番号…」
「あ、ごめん。実はね?秋野君に頼まれちゃって…」
「頼まれた?何を?」
「聞いてるでしょ、今夜の肝試しの事。みんなで行きたいから、どうしても誘ってくれって頼まれちゃって」
「アイツ…余計な事しやがって…」
「うん。私もね?放っとけばって言ったんだけど、どうしてもって言われて断り切れなくて…」
「そっか。なんかごめんな?でも、今日は本当に先約があってさ。どうしても無理なんだよ」
「わかってるって。昨日言ってた子とデートでしょ?」
・・・エスパーかお前は・・・。
「あ、もしかして図星?大丈夫だよ。秋野君にも他の人にも黙ってるから。とりあえず、私がなんとか上手く言っておくから。心配しないで?」
「そうしてもらえると助かる。アイツ、俺が言っても信じないからさ」
「任せて。じゃあ、用事はそれだけだから」
「ああ。わざわざありがとな。今度、また花買いに行くよ」
「うん。その時はよろしく。じゃ、またね」
話を終えて電話を切る。その時ふと思った。佐倉って結構良い奴なのに、なんで恋人が居ないんだろう。俺や陽平と同い年で、性格も明るくスポーツ万能。おそらく頭もかなり良い方だろう。見た目だって決して悪いわけじゃない。男が寄り付かない理由が見つからない。まぁ、別々のクラスだから詳しくは知らないけど。とりあえず、出る準備をするか。今日はケイと二人で祭りに行くんだ。しっかり格好つけないとな。準備を済ませると、俺は足早に家を出て待ち合わせ場所であるいつもの川原に向かった。川原に着くと、俺はいつものように石の上に座り、ケイを待った。今日はいつもより早いせいか、辺りはまだ明るい。約束の時間よりちょっと早いくらいだが、一分一秒が異様に長く感じる。それに不思議だ。此処に来るといつも眠くなってしまう。きっと心から落ち着けるからだろうな。また眠気に負けそうになっていると、目の前にボンヤリと人影が見えた。よく見ると、川の向こう側から誰か歩いて来る。
「ヒロトさん!お待たせしました!」
間違いない。ケイだ。
「いや、大丈夫。俺も今、来たばかりだよ。…っていうかケイ…。その服…」
ケイの姿をよく見ると、いつものワンピースではなく、花の刺繍が入った白を基調とした浴衣を来ている。
「あ、コレですか?せっかくなので着ちゃいました。お祭りといえば浴衣だって言われたので…」
・・・やっぱり、ケイは人間だよな。いや、考えるのはやめよう。幽霊だって衣替えくらいするさ。・・・って、これじゃまるで人間じゃない方が良いみたいじゃないか。何を考えてるんだ、俺は・・・。
「…あの、ヒロトさん?似合ってませんか?」
「え!?いや、そんな事ないよ!?似合ってる!すごく可愛いと思うよ!…ちょっと驚いたっていうか、あまりにも似合い過ぎててビックリしたよ」
「良かった。黙ってるから似合わないのかと思いました。どうですか?私だって、結構可愛くなれるんですよ?…なんちゃって」
その瞬間。まるで全身を電気が駆け巡ったかのような感覚が俺を襲った。ケイなりの冗談だと思う。が、俺はその冗談に笑うより、素直に可愛いと思っていた。
「あの…ヒロトさん?」
「あ、いや…。可愛いよ、本当に。お世辞じゃなくて、本当によく似合ってる」
「…えへへ。…ありがとう…ございます…」
照れ臭そうに頬を赤くするケイ。恥ずかしいのか、真っ赤になった顔を手で隠している。駄目だ、可愛い・・・。
「それじゃあ、行こうか?」
「あ、そうでした。早く行かないとですね」
「うん。行こう」
「あ、待ってください、ヒロトさん」
先に行こうとする俺をケイが呼び止める。
「どうした、ケイ?」
「あの…手を…繋いでいいですか…?一緒に歩きたいんです…。駄目ですか?」
「あ…うん。…いいよ…」
心臓が爆発しそうだった。今まで感じた事の無い恥ずかしさが、全身を支配してしまった。俺が左手を差し出すと、ケイは右手を重ねて互いに手を握り締める。変だな。一昨日、友達になるって言った時は普通に触れたのに。意識するだけでこんなにも感覚が違うなんて。
「…行きましょうか」
「…ああ。そうしよう」
ケイと二人で川原を離れ、祭りの行われている場所へと向かう。その途中。俺は胸の高鳴りが止まらなかった。身体中から変な汗が出てしまい、経験した事の無い緊張感で頭が一杯になっていた。その時。俺はふとある事に気が付いた。歩き始めてから数分間。俺は一言も喋っていなかった。さすがに黙っているのは駄目だよな。ケイも不安そうにしてる。何か話題を作らないと・・・。
「あのさ、ケイ。着いたら何か食べようか?それとも、何かして遊ぶか?」
「いえ、大丈夫です。私、蛍さえ見れればそれだけで充分です」
「…そうか。何かあればちゃんと言えよ?俺に遠慮とかしなくていいからな?」
「はい。その時は甘えさせてもらいます」
素直で可愛い・・・。なんて考えている内に、いつの間にか祭りの場所に着いた。沢山の出店が並び、多くの人々が行き来している。その光景を見たケイが圧倒されている。
「大丈夫か、ケイ?」
「あ、はい。ちょっと驚いてしまって…。思ってたよりもすごく賑やかですね…」
「まぁ…一応、観光地だからな。どうする?まだ空も明るいし、先に出店でも見て時間潰そうか?」
「はい。ヒロトさんにお任せします」
日が落ちるまで、ケイと一緒に出店を見て回る。色々な出店が並び、中には射的やくじ引きなんかもある。その中でも、特にケイが気に入った出店があった。それは・・・。
「ヒロトさん!コレすごく面白いですよ!?」
・・・水風船。俗にいうヨーヨー風船だ。
「それは良かった。あまりはしゃぐと割れるぞ?」
「わかりました!でも、すごく楽しいです!」
・・・わかってない。駄目だこりゃ。けど、余程嬉しかったのか、何度も手で風船を突いて遊んでいる。まるで幼い子供のようだ。きっと今まで見た事もなかったんだろう。目がキラキラしてる。その時。何かが唸るような音と共に、ケイが申し訳なさそうに俺の服を掴む。まさかと思いケイを見つめる。
「…ヒロトさん。…お腹空きました…」
可愛い。と思いながら、俺は優しく笑いかけた。
「わかった。何か食べようか。…何がいい?」
「えっと…」
辺りを見渡すケイ。しばらくして、ある一点を見つめる。
「あ、あれがいいです」
その視線の先には、出店の定番とも言えるある物が在った。
「あれ…チョコバナナ…?」
「甘くて美味しそうなので…。駄目ですか?」
「いや、いいよ。買ってくるから、ちょっと待っててな」
「はい!ありがとうございます!」
出店へ駆け寄りチョコバナナを購入すると、すぐにケイの下へ戻る。
「お待たせ。はい、どうぞ」
「あ、はい!」
チョコバナナを受け取るケイ。すると、何故かチョコバナナを食べようとせず、じっと見つめて何かを考えている。
「どうしたケイ?食べたくないのか?」
「…あ、いえ。なんていうか…。思っていたよりもすごく大きいので、ちょっとびっくりしました…」
「そうか。まぁ、見るのも程々にな。チョコが溶けない内に食べろよ?」
「はい。そうします」
そう言うと、ケイはチョコバナナにかぶりついた。口の中一杯にバナナを頬張るケイを見て、俺はいけない想像力を働かせてしまう。
「…何を考えてるんだ、俺は…」
「…どうしたんですか、ヒロトさん?」
「いや、なんでもないよ。気にしなくていい」
「はぁ…?なら、いいんですけど…」
恥ずかしさと情けなさでケイの顔が見れない。自分が学生で思春期だって事ぐらいわかってるが、あまりにも馬鹿すぎる・・・。
「あの、ヒロトさん?顔真っ赤ですよ?」
「大丈夫。ちょっとね…」
やめよう。変に意識すれば余計に恥ずかしくなる。
「と、とりあえず、行こうか?」
「はい。そうしましょう」
なんとかその場を誤魔化し、先に進む。その時、正面から見覚えのある人物がゆっくりと歩いて来る。俺が視線を向けると、その人物もこちらに気付き手を振って近付いて来る。
「あ、江角君!こんばんわ」
「佐倉じゃないか。なんで此処に?今日、陽平と肝試しじゃなかったのか?」
「うん。でも断っちゃった。バイトで花の配達あったし。それに私、駄目なんだよね。お化けとか、幽霊とかさ」
「なるほど。まぁ、仕方ないよな」
「うん。秋野君には悪いけどね。駄目な物は駄目だし。…ところで。そっちの子が噂の彼女?」
佐倉がケイを見る。すると、ケイは一瞬戸惑いながらも答える。
「あの、こんばんわ…」
「こんばんわ。私、佐倉です。佐倉舞。よろしくね」
「あ、はい。私はケイっていいます。蛍と書いてケイです」
「…ケイちゃんか。あ、私の事は佐倉でも舞でも好きに呼んで?」
「はい。…じゃあ、サクラさんで」
「うん!全然オッケー!改めてよろしくね」
「はい!サクラさん!」
・・・女の子ってすごいな。会ってまだ少ししか経っていないのに、もう仲良くなってる。まるで前から知り合いだったかのようだ。まぁ、相手が佐倉だからかもしれないけど。
「サクラさん。良かったら一緒に蛍を観ませんか?三人だったらきっと楽しいですよ?」
「うーん…。折角だけど遠慮しとく。まだバイトが残ってるし。何より邪魔しちゃいけないしね?」
そう言いながら横目で俺を見る佐倉。その気遣いが伝わったのか、俺はすぐに二人の会話に入り込む。
「仕方ないな。じゃあ、次の機会にしようか」
「…そうですか。残念です…」
「また今度ね?じゃあ私、店に戻るから」
「ああ。気を付けてな」
「うん。じゃ」
立ち去ろうとする佐倉。が、何かを思い出したかのように突然、俺に近付き耳元で囁く。
「江角君。チョコバナナとかイカ焼きとかフランクフルトとかばっかり食べさせて変な妄想をしないようにね?」
「しねーよ!!」
「にゃははは!じゃ、またねー!」
来た時と同じように手を振って走り去っていく佐倉。俺は思った。やっぱり佐倉はエスパーだ。佐倉を見送ってから、俺とケイは蛍が観れる川へ向かった。時間も丁度良いのか、大量の蛍が飛び交っている。
「わぁ…!綺麗…」
喜びのあまり声をあげるケイ。正直俺も、予想以上の光景に驚きを隠せなかった。見渡す一面に蛍の光が輝き、凄まじい数の蛍が綺麗に宙を舞っているかのように見える。
「すごいですねヒロトさん!私、感動しました!」
「本当だな。前に来た時より増えてる」
「前に来た事があるんですか?」
「うん、まぁ。さっきの佐倉と他の友達も含めてね。その時はちらほらだったけど、今日はその倍以上飛んでるな」
「きっと、みんな急いでるんですよ。早く恋人を作って、子供を残さないとって」
「…そっか。祭りも四日目だし、もう少しで終わりだもんな。あと三日もすれば祭りも終わって、少しずつ蛍も居なくなるのか。なんか寂しいな…」
俺がそう言うと、ケイが何かを思い、俺の手を握る。
「ケイ?」
「…ヒロトさん。私が居なくなっても、寂しいって思いますか…?」
突然の言葉に俺は固まった。ケイのその一言は、まるで幸福の夢から辛い現実に引き戻されたような、そんな気分になる言葉だった。
「…もちろん。ケイが居ないと、俺は寂しいよ。ケイにはずっと、傍に居てほしい」
その言葉を聞いたケイの顔が、悲しげに曇る。何かを言いたそうに俺を見つめ、今にも泣き出しそうな目をしている。
「…ケイ。何か言いたい事があるのか?」
何故だろう。聞いてはいけない。言ってはいけない。なのに、俺はケイの話を聞こうとしている。・・・怖い。聞きたくない。なのに・・・。
「…ヒロトさん。実は私…」
・・・手が震える。聞いたら全てが終わりそうな、そんな変な不安が込み上げてくる。いいのか、聞いて。覚悟なら出来てる。どんな言葉が出てきても、受け止めるつもりでいる。なのに、俺は怖がっている。真実を知るのが、今の幸せな時間が壊れるのが恐ろしくてたまらない。・・・だけど、聞かなきゃいけない。大切な人だからこそ。大好きな人だからこそ。真実から目を背けてはいけない。それに、前にも言ったはずだ。ケイが何者でも、俺はケイの傍に居るって。なら、俺は真実を聞かなきゃいけない。ケイが頑張って本当の事を話そうとしてるのに、わざと聞かないようにするのは卑怯だ。俺は甘えていたんだ。何も聞かなければ、何も言わなければ、楽しい時間だけが過ぎていき、辛い想いをしなくていいと。でも、それは違う。俺は真実から逃げてるだけだ。ケイの全てを知った上で、ケイの全てを受け入れよう。それがきっと、本当の愛なんだと俺は思った。なら、俺が選ぶ選択肢は一つだけだ。
「…ケイ。話してくれるか?…ケイの事、全部…」
「…いいんですか?」
「うん。大丈夫。ケイの事、大好きなだから。ケイの全部が知りたいな…」
俺の言葉を聞いたケイが突然、大粒の涙を流して泣き出す。俺は一瞬、戸惑う。けど、即座に身体が動いていた。
「ケイ…」
ケイを抱き締める。甘くて良い香りがする。今まで以上に強く、ケイの温もりを感じる。しばらくすると、ケイが泣き止む。
「大丈夫か?」
「…はい。ありがとうございます…。もう大丈夫です…。なので、このまま聞いてもらえますか?」
小さな声で、ケイがつぶやく。
「ああ。いいよ」
俺が返事をすると、ケイはしばらく沈黙する。時間にしておそらく数秒。ケイの身体は、小刻みに震えていた。きっと怖いんだ。話を聞く俺よりも、真実を打ち明けようとしているケイの方が、遥かに怖いはずだ。すると、決心がついたのか。ケイは大きく深呼吸をすると、ようやくその口を開く。
「…ヒロトさん。…私、もうすぐ会えなくなります。…早ければきっと…明後日には、もう…」
涙を堪え、俺はケイの言葉に耳を傾ける。
「今日の楽しい思い出も、二人で話した時間も。全部、消えちゃうんです。あの場所にも、もう来れなくなります。だから私…ヒロトさんと会うの、今日で最後にします」
ケイが何を言おうとしていたか、わかっていた。けど、わかっていたからこそ、悲しみや辛さが込み上げて、何倍にも膨らむ。そんな俺の気持ちを知ってか、知らずか。ケイがゆっくりと俺から離れる。
「今日はありがとうございました。すごく…楽しかった…です…」
声が震え、今にも泣き出しそうなケイ。涙を流すまいと、必死に我慢しているのがわかる。
「ヒロトさんの事…。絶対、忘れませんから…。…さよなら…」
そう言ったケイの目からは、涙が溢れていた。涙を流しながらニッコリと笑うケイ。そのまま振り返り、俺の下から立ち去っていく。俺の中で、様々な考えが交差する。こうなる事は最初からわかっていた。遅かれ早かれ、別れの時は来る。そんな事、わかっていた。わかっていたはずなのに、俺の目からは涙が溢れていた。出会ってまだ四日。お互いに何も知らない同士、今までがおかしかったんだ。良い夢を見させてもらった。そう思えばいいだけじゃないか。それまでの付き合いだったと、諦めればいいだけじゃないか。なのに、なんでこんなに悲しいんだ・・・?気が付けば俺は、ケイに駆け寄り抱き締めていた。さっきよりも強く、これでもかってくらい、強く抱き締める。
「…ヒロト…さん…?」
「…ごめん。…口じゃ上手く言えない。でも…俺はケイが大好きだから…放したくない…」
「でも、私…。このまま一緒にいたら、ヒロトさんに嫌われちゃいます…」
「…馬鹿。…勝手にさよなら言って居なくなる方が嫌いになるって。…なんでわからないんだよ」
ケイを抱き締めたまま、俺は涙を流していた。それに気付いたケイが、俺の腕の中で再び泣き出してしまう。
「…馬鹿。なんでケイが泣くんだよ…」
「…だって…だって…!」
「ケイ。俺の事が嫌いなら嫌いでいい。だから、泣かないでくれ。ケイが泣くと俺…すごく辛いんだ…」
「嫌いだなんて…。私、ヒロトさんの事、大好きです。でも、このまま一緒に居たら嫌われちゃいます…。だから…だから私…」
「ケイ。前に俺が言った言葉、覚えてるか?」
「ヒロトさんの…?」
「俺、言ったよな。ケイが何者でも、絶対に嫌いにならないし、ずっと傍に居るって。俺はケイが好きだ。だから絶対、嫌いになんてならない。…信用出来ないかもしれないけどな」
「そんな!私、ヒロトさんの事信じてます!でも、信じてるからこそ、ヒロトさんに迷惑を掛けたくありません…」
「馬鹿だな…。ケイがどう考えてるか知らないけど、好きな人に突然居なくなられる方が何十倍も迷惑に決まってるだろ」
「…じゃあ、どうしたらいいんですか?…このまま一緒に居ても、ヒロトさんを悲しませるだけです。…私なんて、居ない方がいいんです…」
「何言ってんだ。ケイは居ていい。ずっと俺の傍に居てもいいんだ。いや、ずっと俺の傍に居てほしいよ…」
「…本当にいいんですか?本当に…本当に私。…ヒロトさんの傍に居ていいんですか…?」
「…当たり前だろ。良いも悪いも無い。俺とケイはもう、恋人なんだぞ?」
その言葉を聞いた途端、ケイは俺の身体に抱き付き、大声で泣き出す。そんなケイを抱き締め、頭を優しく撫でる。
「ケイ…好きだ。ずっとは無理でも、せめて最後の時まで一緒に居たい。…いいよな?」
「はい…。私も、ヒロトさんと一緒に居たいです…。ヒロトさんが…大好きだから…」
ほんの少し、ケイを身体から引き離し、目を見つめる。すると、俺の気持ちを悟ったのか。ケイが目を閉じる。指でケイの涙を拭い取ると、俺は自分の顔をケイの顔に近付ける。そして・・・俺はケイの唇に優しくキスをした。ほんの一、二秒。それでも、永遠よりも長い一瞬。唇を離すと、ケイがゆっくりと目を開ける。その表情は、何処か恍惚としている。
「…あげちゃいました。私のファーストキス…」
「…嫌だった?」
「…いいえ。とっても嬉しいです…。キスって、こんなにも気持ち良いんですね。初めて知りました…」
「もっとするか?」
「だ、駄目です!?これ以上キスしたら私…。爆発しちゃいます…」
顔を真っ赤にして照れるケイ。でも、その表情はとても嬉しそうに笑っている。まるで、さっきまでの涙が嘘のようだ。このままケイと二人で何処かに行きたい。けど、もう時間も遅くなりつつある。
「ケイ。そろそろ帰ろうか。あまり遅くなるのも良くないし、送っていくよ」
「…そうですね。では、いつもの川原までお願いします」
「わかった。じゃあ、行こうか」
手を差し出す。それに気付き、ケイが俺の手を握る。
「はい。行きましょう」
手を繋いで歩き出す俺とケイ。ようやく心が一つになった。そんな実感が湧いてきていた。いつもの川原へ向かう途中、俺達は目を合わせる度に笑っていた。変だな。これから悲しい別れがあるかもしれないのに、俺は幸せで堪らなかった。俺はふと、駄目元でケイに聞いてみた。
「なぁ、ケイ。もし良かったら、俺の家に泊まりに来ないか?このまま帰したくないわけじゃないけど、もっとケイと色々話したい事があるんだ。…どうかな?」
俺の提案に少し考えるケイ。しかし、答えはやはり決まっていた。
「すみません。私も行ってみたいと思うんですけど、勝手に外泊すると怒られてしまうんです。せっかく誘ってもらえたのに、ごめんなさい」
「いや、いいんだよ。駄目で元々だと思ってたから。まぁ、急に言っても無理だよな。ごめん…」
「いえ、私の方こそ。でも、いいですね。ヒロトさんのお家。どんな場所なのか気になります」
「そんなに良い場所でもないぞ?普通だよ」
「でも、お布団は有りますよね?」
「…まぁ、布団じゃなくてベッドだけどな。…それが?」
「いえ、なんでもないです。聞いただけです」
「…あ、そう…」
「…ベッドなら大丈夫かな…」
「え?今、何か…」
「なんでもありません!独り言です!」
「そ、そうか…」
そんな話をしていると、いつの間にか川原の近くへと到着する。名残惜しいけど、今日はもうお別れだ。
「今日はありがとうございました。すごく楽しかったです」
「俺の方こそ楽しかったよ。色々あったけど、今日は本当に楽しかった。また行こうな」
「はい!今度はサクラさんとも一緒に行きたいです。きっと、もっと楽しくなると思います」
「ああ。そうだな。今度は俺の友人も呼んで、みんなで行こう」
「はい。楽しみにしてます」
「じゃあ、おやすみ」
「あ、ヒロトさん。最後に一つだけ、いいですか?」
「うん?どうした?」
「…あの。あの時…サクラさんに何を言われたんですか…?」
「あの時・・・?」
しばらく考えた後、俺は佐倉のあの言葉を思い出した。
「あ、いや…えっと…」
「…私には言えない事ですか?」
「いや、そうじゃないけど…」
俺が言葉に詰まると、ケイの目が疑いの眼差しを浮かべる。
「…わかった。言うよ。あの時は、その…。…イヤらしい事をするなって、釘を刺されたんだよ…」
「…そうですか。なら、別にいいです」
「…怒ってる?」
「あ、いえ。なんていうか…むしろ安心しました」
「…あ、そう…」
安心した。その言葉の意味がわからず、俺は首を傾げた。
「では、私はこれで」
「あ、ああ。そうだな」
「では、おやすみなさい」
「うん。おやすみ。また明日」
「はい。また明日」
別れを告げると、川原へ歩き去っていくケイ。その後ろ姿を見送り、俺も帰路についた。家に帰ると、俺はすぐに眠気に襲われた。今日は色々あったせいか、疲れが出たみたいだった。ベッドに横になり、眠りに落ちる。その時、俺はある事を思い出して笑っていた。
「ケイ…やっぱり人間だったな…」
手を繋ぎ、抱き締め、キスもした。これで証明された。ケイは幽霊なんかじゃない。ちゃんと生きた普通の女の子だった。でも、もう会えなくなるってどういう意味なんだろう。それだけを疑問に思いながら、俺はいつの間にか眠っていた。いつもより深く、何かの達成感を抱きながら・・・。