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蛍祭りの夜に  作者: 黒咲百合
3/8

第三夜

今日は午前中だけの学校。なのだが、自習が入ってるいるせいか妙に面倒くさい。いつものように空を見て適当に時間を潰していると、陽平が話し掛けてくる。

「大翔。明日の夜、空いてるか?」

「男とデートするつもりはねぇぞ」

「ちげーよ!明日さ、数人でグループ作って肝試しに行くんだけど、どうよ?」

「肝試し?近くにそんなスポット在ったっけ?」

「実はな?俺が手に入れた情報だと在るんだよ。夜な夜な現れる、女の子の霊が出る場所が…」

・・・一瞬、ケイの顔が頭を横切る。

「バカバカしい。幽霊なんか居るわけないだろ」

「それがな?本当らしいんだよ。長い黒髪に真っ白い服を着た美少女の霊が出るんだってさ」・・・確証は無い。けど、ケイの事を言ってる。そう思った。

「どうゆう幽霊なんだ、それ」

「お?やっと聞く気になったな?いや、それがな。元はこの学校の生徒だったらしいんだけど、事故だか病気だかで死んだらしいぜ?その子、蛍がスゲー好きな子らしくてさ、この時季になると蛍の光と一緒にフワァ〜っと現れるらしい。実際、もう何人もの生徒が目撃してるって話だぜ?」

間違いない。ケイの事だ。けど、どうゆう事だ?ケイが幽霊?そんな馬鹿な。

「調べたのかよ。その女の子の事」

「いや、全然。でも面白いじゃん?」

何故かわからない。けど、陽平のその一言に対し、俺は無性に腹が立った。目の前に居る親友を殴りたい。本気でそう思った。

「悪い。気分悪いから早退するわ」

そう告げて俺は席を立ち、そのまま家に帰った。信じたくなかった。ケイが幽霊なわけがない。昨日だって手を繋いだんだ。そんな事があるはずない。けど、もしそうなら・・・俺はどうしたらいいんだ。陽平の話とケイの事が妙に辻褄が合うから変な方向に考えてしまう。もしケイが幽霊で、蛍が出る時季にしか現れないのなら・・・。少なくともあと四、五日しか会えない事になる。

「…バカバカしい。やめた」

変な考えを振り払い、俺は予定通り買い物に出掛けた。その最中にも、ケイの事を考えながら俺はケイへの贈り物を探した。結局、ケイに何をあげていいかわからず、俺は花屋へ行く事にした。俺が唯一知っているケイの好きな物。それが花だったからだ。花屋に到着すると、俺はケイが言っていた百合の花を探した。けど、元々詳しくないせいか、どれか全くわからない。

「すみませーん。花いいですかー?」

「はーい!ただいまー!」

仕方ないから店員を呼ぶ。奥から元気な声で返事をする女性。俺の所へ駆けて来ると、驚いた表情で俺をみつめる。

「あれ?江角君?」

「そうだけど…ごめん、誰だっけ?」

「覚えてないか。ほら、この前秋野君達と四人でお祭りに行った佐倉だよ。佐倉舞」

言われてみれば、居たような居なかったような・・・。

「ごめん。あの時ちょっとボーッとしてて、覚えてない」

「あ、いいのいいの。気にしないで?元々、クラスも別だしね。でも、あの時急に居なくなったから心配したんだよ?」

「ああ、そうだった。ちょっと気分悪くなってさ。先に帰ったんだよ。悪かったな」

「ううん、大丈夫。…あ、ごめん。お花だったね。何を探してるの?」

「ああ、人に贈る花なんだけど。百合ってどれかな?」

「百合?百合はね…あ、コレだね」

そう言って花を手に取り見せてくれる佐倉。白く大きな花びらが目を惹く花だ。

「これが百合か。どうりで見た事あるはずだ。コレって年中咲いてるんだな」

「そういうわけじゃないよ?ウチのお店は特殊な方法で仕入れてるから、季節外れの花でも置いてるだけ。本来は寒い時季に咲く花だから、今は完全な季節外れだよ」

「そうなんだ。じゃあ、コレ貰おうかな」

「あ、ちょっと待って江角君」

俺が花を買おうとすると、何かを思い出したかのように佐倉が止める。

「贈り物って言ってたよね?じゃあ、ちゃんと選んであげないと駄目だよ?相手が好きな花を贈るより、意味がある花を贈らないと」

「意味がある花?」

「そう。花言葉って知ってる?花にはね、一つ一つに意味がある言葉があるの。例えばこの百合の花。カサブランカっていう花だけど、純潔や清楚って意味があるけど、色が変わるだけで全く違う意味の言葉になるし、正反対の意味になる花もあるのよ?」

「へぇー。そうなのか」

「そう。だから、贈る相手に合った花じゃないと。相手は女の子?恋人とか?」

「恋人じゃないけど、気にはなってる」

「そっか。じゃあ、コレなんてどうかな?」

そう言うと佐倉が青い花を差し出す。

「これは?」

「桔梗っていうのよ。小さいから贈り物には不向きって言われるけど、好きな相手に贈るなら最高だと思うよ」

「そうなのか。で、花言葉はなんていうんだ?」

その時。佐倉がニヤリと笑い、ゆっくり口を開く。

「優しい愛情と変わらぬ愛、だよ」

息が詰まりそうだった。何故ならそれは、俺が求めていた言葉にあまりにも合いすぎていたからだ。

「…それ、貰えるかな?」

「もちろん、喜んで」

花束としては小さいかもしれない。けど、気持ちを込めるなら丁度良い大きさだ。佐倉が花を包んでいる間、俺は店頭に並んでいる花を見ていた。すると、その中に一つだけ気になる花を見つけた。

「なぁ、この花はなんて名前なんだ?」

「んー?…ああ、それ?その花はホタルブクロって言って、桔梗の仲間よ。中に蛍が入って光ると提灯みたいに光るから、火が垂るむって書いて火垂る袋って名前が付いたの。昔の人は提灯を火垂るって呼んでたらしいから、それが由来らしいよ」

「へぇ、詳しいな。じゃあ、花言葉も桔梗と同じような意味があるのか?」

「ホタルブクロの花言葉は、誠実、忠実、愛らしさ、かな。似てるけどちょっと違うよ。それに、似ててもあまりオススメはしないかな」

「どうして?良い花だと思うけど…」

「時季的にもう終わりなのよ。六月に咲く花だけど、今はもう下旬でしょ?大体、上旬に咲いて下旬には枯れちゃうの。場所によってはもっと長く咲くらしいけど、この地方の環境じゃすごく短い間しか咲かないのよ」

「…そっか。一ヶ月しか咲かないって、なんか悲しいな」

「まぁ、それでも毎年同じ時季に咲くからね。悲しいというよりも、来年また会おうねって感じかな?」

その時。佐倉のその一言が、俺の中のモヤモヤを振り払った。そうだ。仮にケイが幽霊だとしても、蛍が出る限り毎年会える。一年我慢すれば、翌年にはまた会えるんだ。何も悲しい事は無い。例え結ばれなくても、この桔梗の花言葉のように変わらない愛を持ち続ければいい。そう考えると、俺の中で何かが熱くなった。そうこうしてると、佐倉が花束を持ってくる。

「お待たせ。はい、どうぞ」

「ああ、ありがとう。色々と勉強になったよ」

「いいのいいの。お仕事だもの。それより頑張ってね!上手くいくように応援してるから!」

笑顔でガッツポーズをする佐倉。何故かその応援には特別な力があるように感じる。

「上手くいくかはわからないけど、全力は尽くす」

「その気持ちがあれば大丈夫よ。頑張れ!」

「おう。じゃ、また」

「はーい、ありがとねー」

手を振る佐倉に別れを告げ、俺はあの川原へ向かった。時間は昨日より早い。けど、早くケイに会いたくて仕方がなかった。早くこの花をプレゼントしたい。そう思った。川原に到着すると、やはりケイの姿も蛍の姿も無い。腕時計を見ると、まだ十七時を過ぎたばかり。

「…やっぱり早く来すぎたな」

待っている間にする事もなく、俺は川原に僅かに生える草むらに寝そべった。今まで気付かなかったけど、辺りは木々が生え、川の向こう側は小さいながらも森になっている。空を見上げると、木々の間から少しだけど空が見える。

「この場所…こうなってたのか…」

大きく深呼吸すると、気分が落ち着く。気が付くと俺はそのまま眠っていた。どれほど眠ったかわからないが、目を覚ますといつの間にか辺りは暗く、ちらほらと蛍が飛んでいる。その時ふと、ある事に気付いた。・・・後頭部が温かい。・・・まさか・・・。

「…あ、起きました?」

・・・ケイだ。よく見ると、ケイは上から俺を覗き込むようにして見ている。

「あ、えっと…。お、おはよう…」

「はい。おはようございます」

その体制に恥ずかしさが込み上げ、俺は急いで上半身を起こすとケイの隣に座った。

「お待たせしちゃいましたね。でも、こんな所で寝てると風邪引きますよ?」

「うん、ごめん。早く来て待ってたら眠ってた」

「そうですか。そんなに私に会いたかったんですか?…なんちゃって」

息が詰まる。図星なだけに恥ずかしい・・・。

「…え、まさか本当に…?」ケイが驚きの表情を見せる。俺はすかさず花束を差し出し、その場を誤魔化した。

「いや、今日はコレを渡したくて。それで早く来たんだ」

よく考えたら、言ってる事が違うだけで意味は同じだった。

「綺麗なお花ですね。…あ、この花…」

「これ、桔梗っていうんだ。花屋に行ったら売ってたから、ケイに買ってきた」

花束をケイに手渡すと、ケイは驚いた様子で俺を見つめる。

「…本当に…私に…?」

「ああ」

「本当の、本当の、本当にですか!?」

「あ、ああ…。もちろん…」

なんか怖いな。もしかして嫌いだったか?

「ごめん。もしかして、好きじゃない花…?」

「いえ、その逆です!私、この花がすごく大好きなんです!まさか、貰える日が来るなんて夢みたいです!」

「え?それってどういう…」

「ヒロトさん、知ってますか?この花には、すっごく特別な意味の花言葉があるんですよ?」

・・・知ってて買ってきた。なんて、口が裂けても言えないよな。・・・言いたいけど。

「へぇ…そうなのか。因みにどんな意味があるんだ?」

「それはですね!…えっと…」

言葉が詰まるケイ。恥ずかしそうに目を背ける。

「ケイ?どうした?」

「…いえ…ちょっと…」

顔を真っ赤にして照れるケイ。あまり無理強いしても可哀想だな。

「言いたくないならいいよ。無理には聞かないから」

「いえ!違うんです!言いたいです、喋りたいです!…けど、ちょっと恥ずかしいです…」

・・・駄目だこりゃ。仕方ない。ネタバレしよう。

「ごめん、ケイ。嘘をつくつもりは無かったんだけど。俺、その花の花言葉知ってるんだ」

「え…それって…」

「だから、その…。その花は、俺の気持ち…かな?」

駄目だ。かなり恥ずかしい。照れ隠しに空を見上げる。良い答えが欲しいわけじゃない。けど、気持ちを伝えたかった。ただそれだけだった。花を見つめるケイ。その顔は嬉しさと悲しさが入り交じったような、何か意味深な表情をしている。

「ヒロトさん。気持ちは嬉しいのですが、私は…」

「いいんだ。俺はケイに喜んでほしかっただけだから」

そう。ただ喜んでほしかった。ケイの笑顔が見たかった。ただそれだけだ。たとえケイが何者であっても、俺は俺の気持ちを伝えたかった。

「ヒロトさん…私…。私、本当は…」

「いいよ。何も言わなくていい」

何かを言おうとするケイの言葉を遮り、俺は強引に話を止める。何を言おうとしていたのか、何故か俺にはわかっていたんだ。そして、わかったからこそその話を聞きたくなかった。

「でも、私…」

「決めたんだ。ケイが何者で、どんな事情があっても俺はケイの傍に居る。俺は、ケイに好きだから」

出会ってまだ三日。いくらなんでも早すぎる告白。だけど、言わなきゃいけないと思った。今言わなかったら、次は無い。そう思ったから。

「ヒロトさん…」

「嫌なら嫌でいいんだ。言ったろ?俺はケイに喜んでほしかっただけだって…」

苦笑いする。行き場の無いモヤモヤと、妙な気持ちが心に残る。嫌われてもいい。気持ちは伝えた。悔いは無い。

「…やっぱり、おかしいよな…」

諦めかけたその時。小さくケイの声が聞こえる。

「…私で…いいんですか?」

望んでいた言葉。なのに俺は自分の耳を疑った。

「…え?それって…」

「私なんかで、本当にいいんですか?だって私…」

「…うん。ケイがいい。ケイじゃないと駄目なんだ。俺でよければ、ケイの傍にずっと居させてくれないか?」

気持ちを伝える。すると、ケイは突然泣き出してしまった。昨日と同じ、嬉しい時の涙だ。

「大丈夫か、ケイ?」

「すみません…私また…嬉しくて…」

昨日と同じようにハンカチを取り出す。でも、今日は昨日と違う。ハンカチで優しく涙を拭いてあげると、まるで幼い子供のようにケイは俺を見つめた。ハンカチを持つ俺の手を握り締め、自分の頬へゆっくりと引き寄せると静かに泣き止んだ。

「どうした?」

「…いえ、すみません。少し…このままでもいいですか?」

「…ああ。もちろん…」

何を考えているのかわからない。けど、ケイはずっと俺の手を握り、目を閉じている。まるで、何かを感じているかのようだ。俺は思った。掌から俺の想いが全部、心の中が全部知られてるんじゃないかって。

「…ケイ?」

「…あ、ごめんなさい。ヒロトさんの手が温かいから、つい…」

「大丈夫だよ。これからはずっと、ケイの物だから」

ゆっくりと俺の手を離すケイ。するとケイは深呼吸をしてゆっくりと口を開く。

「ヒロトさん。私、ちゃんと話したいです。私の事、ちゃんと全部ヒロトさんに言いたいです」

「ケイ…」

悲しそうな顔で俺を見つめるケイ。俺が話を聞くと言えば、真実が聞ける。でも、それでいいのか?こんなに悲しそうな顔で話す事って、ケイにとってはとても辛い事のはずだ。それを無理に言わせる事は無い。そうだ。今の俺に出来る事は・・・。「いいよ、ケイ。何も言わなくていい。わかってる」

「え?」

「さっきも言ったろ?ケイにどんな事情があっても、俺はケイが好きだって。俺はケイを嫌いにならない。だから、俺を信じろ」

「…本当にいいんですか?」

「ああ。約束する。俺は絶対に、ケイを嫌いにならない。」

一瞬、申し訳なさそうな顔をするケイ。けど、すぐに元気を取り戻し、笑みを浮かべる。

「信じます、ヒロトさんの事。私、ヒロトさんが大好きだから…」

・・・抱き締めたい。けど、我慢した。変な事をして嫌われたくないのと、自制心にブレーキが効かないと思ったからだ。喜びに浸っていると、ケイが俺の目の前に蛍を差し出す。

「…なんだ、急に…?」

「約束ですよ?嘘ついたら蛍を食べさせますからね?」

「いいけど…何故、蛍?」

「知らないんですか?蛍って実は毒を持ってるんですよ?もちろん、食べたらお腹が痛くなるだけですけど」

「なんだ。それくらいなら幾らでも食べてあげるよ」

「でも食べ過ぎたら死んじゃいますよ?」

「…駄目じゃないか」

「はい。だから、嘘ついたら沢山食べてもらいます」

・・・恐ろしい。いや、俺がずっとケイを好きでいたらいいだけだ。問題は無い。・・・多分。その時、何かを悟ったのか、真面目に受け取る俺を見てケイが大笑いする。

「冗談ですよ、ヒロトさん。そんな事しませんから」

「…うん。だといいな…」

俺がそう答えると、ケイは更に大笑いした。その姿を見ていると、なんだか俺もおかしくなって便乗して笑ってしまう。二人で大笑いした後、息を整える為に深呼吸をする。すると、先に落ち着いたケイが、ある提案を出してくる。

「ヒロトさん。明日、一緒にお祭りに行きませんか?」

「祭りって、この先でやってるアレか?」

「はい。私、どうしても一度行ってみたかったんです。駄目ですか?」

「いや、駄目じゃないよ。二人で行こう。楽しい思い出を作らないとな」

「はい!私、ヒロトさんと沢山思い出を作りたいです!」

今まで通り。いや、それ以上の最高の笑顔でケイが笑う。生まれて初めての恋人。大切な人が出来るって、こんなにも心が踊って身体が熱くなるものだったのか。幸せだ。それが例え短い間だとしても。俺は今、幸せというものを知ったんだ。その後、俺はケイと明日の待ち合わせ時間を決めてから帰路についた。明日の事を考えると、今夜は眠れそうにない。

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