表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蛍祭りの夜に  作者: 黒咲百合
2/8

第二夜

翌日。学校の昼休み。いつものように屋上で昼食を済ませていると、陽平が話し掛けてくる。

「大翔。お前、昨日何処に行ってたんだよ?朝から聞いてもちっとも答えてくれねぇし」

「…ちょっとな」

「ちょっとな、じゃねぇって。俺一人で女の子達の相手は大変だったんだぜ?出店のオゴリだって全部俺が出したんだぞ?」

「ご苦労さん」

「おいっ!?それだけかよ!?」

「大変だったな」

「…もういいや」

軽く涙目になりながら、陽平は諦めたようだった。

「泣くな、友人A」

「その呼び方やめろっつの」

「…お前、名前なんだっけ?」

「…本気で傷付くからやめてくんない?」

こんな冗談を言いながらも、俺は昨日の夜の事を思い出していた。ケイと別れて家に帰ったはいいが、結局ほとんど眠れなかった。ケイの事を思い出す度に、すぐにでもあの場所に行きたくなる。こんな気持ちになるのは初めてだ。今まで色んな人と出会ったり話したりしたけど、こんなに頭から離れない人も、ずっと話していたいと思う人も、ケイが初めてだ。そんな事を考える俺の口からは、今までとは何かが違う溜め息がこぼれた。

「どうしたんだ大翔?」

「なんでもない。ちょっと考え事」

「…そっか」

なんだかんだで学校も終わり、放課後になった。俺は足早に学校から帰ると、すぐにあの川原に向かった。何も急ぐ理由は無いのに、俺は走っていた。何故だろう。早くケイに会いたい。会って話がしたい。そう思った。まだ太陽は沈んでいない。蛍だって出ていないはずだ。本当にケイが居るかもわからないのに、俺はただひたすらに走り続けていた。川原に到着すると、まだ明るいせいか、まだ蛍は出ていない。

「…やっぱり、早く来すぎたかな…」

荒くなった呼吸をゆっくりと整えて、昨日と同じ石の上に座り込む。小川を見つめて、蛍が出てくるのを待つ。まだ少し息苦しい。目を閉じてゆっくり深呼吸する。二回も三回も繰り返して、ようやく息も整ってきて落ち着く。ゆっくり目を開けると、目の前に人が立っている。

「こんばんは、ヒロトさん」

間違いない、ケイだ。また気配が無かったけど、また会えた。

「こんばんは。ちょっと早かったかな?」

「そうですね。蛍を観るには、まだちょっと空が明るいですから」

正直、目の前に現れた事よりも、また会えたという喜びの方が大きく感じる。不思議だ。どうして俺はこんなにケイの事を強く考えるのだろう。多分、今日ケイに会えなかったら、俺は二度とこの場所には来ていない。そう思えるほどに、ケイの存在が俺をこの場所に惹き付けている。

「ヒロトさん。もしよろしければ、あの子達が起きるまでお話ししませんか?」

「ああ、いいよ。じっと待ってても意味ないしな。何の話をする?」

「そうですね…では、蛍の話を」

本当に蛍が好きなんだな、この子は…。

「いいよ。ケイは蛍に詳しいのか?」

「はい。私、蛍が大好きですから。あ、ヒロトさん。隣に座ってもいいですか?」

しまった。気が付かなかった。

「あ、ごめん。立ったままじゃキツいよな。どうぞ座って」

「失礼します」

そう言ってゆっくりと石に腰掛けるケイ。ほんの一瞬だけど、微かに花の良い香りがした。シャンプーかリンスの匂いだろうか。すごく良い香りだ。

「良い匂いがするな。香水?」

「え?何か匂いますか?」

「多分、花の匂いだと思うけど。気のせいかな?」

「花?…ああ、わかりました。百合の花ですよ。香りが強いので染みついてるんだと思います」

「そうか。好きなのか、百合の花?」

「特別好きなわけではないのですが、香りが良いのでつい、ずっと傍に置いてしまうんです」

「なるほど。一番好きな花は?」

「一番ですか?季節で変わってきますけど、今だと紫陽花ですかね。色が沢山有って綺麗ですし」

紫陽花か。今度探して持ってこようかな。と、花の話は置いといて。

「あ、ごめん。蛍の話だったな」

「いえ、大丈夫です。むしろ私もお聞きしたいです。ヒロトさんの好きな花…」

「俺の好きな花か。…なんだろう、秋桜かな?沢山咲く花って、結構好きなんだ」

「あ、わかります。良いですよね、秋桜。私も大好きです」

嬉しそうに笑うケイ。その笑顔が俺の中の何かに火を灯す。俺への言葉じゃない。だけど、ケイの言った大好きという言葉が深く心に刺さる。まさか。いや、有り得ないだろ。まだ会って二度目だぞ。俺は・・・ケイに恋をしてしまったのか?もしかして、これが俗にいう一目惚れってやつなのか?そんなまさか・・・。

「ヒロトさん?どうかしました?」

「いや、なんでもない」

咄嗟に目を背ける。意識するとまともに顔が見れない。そんな俺の気持ちを知らないせいか、ケイは心配して俺の額に手を置く。

「本当に大丈夫ですか?熱があるみたいですけど?」

「だ、大丈夫だって。それより、何か話そう」

「…そうですか。あまり無理はしないでくださいね?」

そう言うとケイの手が額から離れていく。少し勿体ない気もするが、この場合は仕方ない。とにかく今は気持ちを落ち着かせよう。

「で、今日はどんな話をしてくれるんだ?」

「そうですね…。あ、これ知ってますか?蛍って、雄と雌で光る強さが違うんですよ?」

「そうなのか?じゃあ、光で性別がわかるのか」

「そうなんです。雄は発光体が全部光るから強い光を出すんですけど、雌は発光体の真ん中だけ光るので、雄に比べると光が弱いんです。なので、暗い夜でもお互いの光でお互いを見つけられるんですよ?」

「へぇー。じゃあ、どんなに離れていても大切な相手を探せるわけか。羨ましいな」

「本当ですね。切ないけどロマンチックですよね。私にもそんな人が居たらいいんですけど…」

ケイの言葉に、一瞬息が詰まる。

「…居ないのか、恋人…」

「ええ、まぁ。…私なんて誰にも好かれませんから。誰にも気付いてもらえませんし」

気付いてもらえない。ケイのその一言に、俺は違和感を感じた。でも、わかる事はあった。明らかにケイは何かを隠してる。そして、そのせいで悲しんでいる。

「大丈夫さ。ケイならきっと良い人が見つかるよ」

「…だといいですね。私、友達も居ないのでいつも一人きりでいるから、ネガティブになりやすくて」

「学校とか行ってるだろ?友達作るのなんて簡単だぞ?」

「学校は…ちょっと色々あって行ってません」

ケイの顔が曇る。

「あ、ごめん。俺、余計な事を言ったな。事情も知らないで変な事言ってごめん」

「いえ。ヒロトさんは私の事を心配して言ってくださったんです。余計でも変でもないです。私、すごく嬉しいです」

笑みを浮かべるケイ。けど、何故かその笑顔には今まで感じた輝きではなく、妙な何かを感じる。

「…俺じゃ駄目か?」

「え?」

何を言ってるんだ、俺。

「俺が君の…」

言葉が詰まる。あと一言が言いたい。ケイも俺の目を見つめてじっと待ってる。言え。言うんだ。あと一言。

「君の…友達に…とか」

・・・根性無いな、俺。呆れられてないか不安になってきた。

「…本当ですか?」

「…え?」

「今の言葉…。本当に私の友達になって頂けますか?」

ケイの目が俺を見つめる。とても悲しそうだけど、必死に何かを求める目。その目が全てを語っていた。

「…もちろん。俺でよければ、喜んでケイの友達になるよ」

そう告げた瞬間。ケイの目から涙がこぼれ落ちる。大粒の涙を流して泣き出すケイ。俺はどうしていいかわからず、パニックになってしまう。とにかくハンカチを手渡し、ケイをなだめる。

「大丈夫かケイ?どうしたんだ?」

心配する俺の声を聞いて、ケイが泣き止む。突然の事で驚いたけど、俺はケイが泣く理由が一つしか思いつかなかった。

「ごめんなケイ。俺なんかが友達じゃ嫌だよな」

申し訳ない気持ちで一杯になる。調子に乗りすぎた…。

「…違うんです…」

「え?」

「…私、すごく嬉しいです。私なんかと友達になってくれるなんて、今まで誰にも言われた事なくて…。だから、すごく嬉しいです。ヒロトさんがよければ私…友達になりたいです」

一生懸命に言葉を紡ぐケイ。その顔は、若干の不安があるのか、少し暗い。けど、俺はケイの手を握り締め、その目を見つめる。それに驚いたのか、ケイはきょとんとした顔で俺を見つめ返す。

「俺の方こそ、俺なんかでよければ友達になりたい。俺じゃ駄目かな?」

「そんな事ありません。私の方こそ、ヒロトさんとお友達になれたらとても嬉しいです。私なんかでいいんですか?」

「もちろん。俺はケイと友達になりたい」

単純な言葉。何の捻りも無い言葉だけど、これが今の俺に出せる、最大限の表現。俺の言葉を聞いたケイが、満面の笑みを浮かべる。その笑顔には、俺が好きなあの輝きがあった。その時。辺りで小さな光が飛び交う。

「ヒロトさん、見てください。蛍ですよ」

「本当だ。いつの間にか日が落ちてたんだな」

俺とケイを包み込むかのように周りを綺麗に飛び回る蛍。

「綺麗ですね…。今日の蛍はいつもの何倍も綺麗に見えます。まるでお祝いをしてくれてるみたいです…」

「お祝い?どうして?」

「実は私、ヒロトさんが初めてのお友達なんです。だからきっと、みんながお祝いしてくれてるんだと思います。友達が出来て良かったねって」

「そうか。でも、それはちょっと違うよ」

「どうしてですか?」

「だって、俺は二番目だから。最初の友達は、アイツ等だろ?」

そう言って空を舞う蛍を指差す。その指先を見つめ、ケイが優しく笑う。

「…はい。あの子達もヒロトさんも。私の大切なお友達です」

ケイが笑う。その笑顔を見ていると、俺も嬉しくなる。すると突然、ケイが俺の手を引っ張って小川へと走り出す。

「ちょっ!?ケイ!?どうしたんだ、いきなり!?」

「ヒロトさん!みんなで一緒に遊びましょう!ほら、早く早く!」

そう言うとケイはどんどん俺を引っ張る。

「わ、わかったから、引っ張るなって!?」

蛍が舞う光の中を駆け回り、俺とケイは夢中になって遊んだ。蛍の光に照らされたケイは、まるで妖精ようだった。・・・どれほどの時間が過ぎただろう。俺もケイも息が切れるまで遊び続けた。やがて、俺も帰らなければいけなくなり、また別れの時が来た。帰る直前、ケイが不安そうに口を開く。

「また会えますよね?」

「当たり前だろ?また明日も来るよ。」

「絶対ですよ?約束です!」

「もちろん。約束する」

ケイと約束を交わす。するとケイは嬉しそうに笑った。名残惜しい気持ちを押さえながら、俺はケイに別れを告げて帰路に着いた。寝る前に明日の事を考える。明日は午前中だけ学校だし、午後から買い物に行こう。ケイに何かプレゼントをしようかな。何を買おうか考えている内に、俺はねむっていた。薄れ行く意識の中で俺は思った。・・・ケイの夢が観れるといいな・・・。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ