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蛍祭りの夜に  作者: 黒咲百合
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第一夜

一部、実体験を元に書いています。

蛍。それは昆虫の中でも特に人間に好かれる事で有名だ。その身体から放つ光は、多くの人々の目を惹き付け、魅了する。だが、時にその光は、死者の魂を連れて来る。とも言われる。そんな蛍の名所は日本全国に幾つも存在するが、俺の生まれ育ったこの町も、毎年六月下旬になると多くの観光客で賑わう蛍祭りが開かれる。六月中旬から下旬にかけて、何万人という人々が訪れる町だが、今は丁度その時なわけで、やたらと人間が増える俺が一番嫌いな時季だ。別に人間が嫌いなわけじゃないが、観光だ、蛍だと浮かれてる奴等を見ると何故かイライラする。唯一俺が落ち着けるのは、自分の部屋か学校の教室。そして今。その教室の窓から空を見つめているわけで・・・。

「コラ」

「イテッ」

怒る声と共に頭に軽い痛みが走る。ふと見ると、担任の教師が出席名簿で俺の頭を叩いていた。

「出席をとっているんだから、ちゃんと返事をしなさい。いいわね?江角大翔くん?」

「…はい。スンマセン」

まぁ、これぐらいは日常茶飯時だ。いくら落ち着いた場所といっても、やる事は勉強とスポーツだけ。友達と話していてもつまらないわけじゃないが、なんというか、俺が欲しい刺激とは違う。毎日が無意味に過ぎて、出るのは溜め息だけ。これから先の未来ってのも、きっとこんな感じなんだろうな。…なんて考えていた。けど、この時の俺はまだ知らなかった。これから起こる奇跡のような出会いと、感じた事の無い気持ち。これから始まる、短くて永い七日間を…。


昼休み。学校の屋上で親友の秋野陽平と食事をしていると、不意に陽平が話題を振ってくる。

「お前も行くだろ?蛍祭り」

「は?行かねぇよ。毎年行ってねぇじゃん」

…何かと思えば…。

「いいじゃねぇか。行こうぜ?一緒に。っていうか行ってくれねぇか?」

「ヤだよ。面倒くせぇ。一人で行ってこいよ」

「そうはいかないんだよ。いや、実はな?他のクラスの女子を二人誘っててさ。二人ずつじゃないと、バランス悪いじゃん?」

「…それって、ダブルデートしようって事か?」

「お!さすが大翔!理解早いじゃん?」

「…だと思った」

「なぁ、頼むよ?一回だけでいいからさ?」

「違う奴に頼めよ。俺は混雑するのとか嫌いなんだよ」

「いいじゃねぇか、今回だけだからさ?それに、俺達もう高三だぜ?さすがに一回はデートくらいしたいじゃん?」

「興味ねぇ」

「頼む!俺が狙ってる子が来るんだよ!この通りだ!」

そう言いつつ、おもむろに土下座をする陽平。さすがにそんな姿を見たら、断るわけにはいかず…。

「…わかったよ。行けばいいんだろ、行けば…」

「マジで!?よっしゃ!やっぱり親友は最高だな!!」

「ハイハイ。…で、いつ行くんだ?」

「今夜」

「は?」

「だから、今夜だよ。祭りはもう始まってるしな。早い方がいいだろ?」

「いや、俺に聞くなよ。っていうか急すぎるだろ」

「仕方ないだろ?今日決まったんだから」

・・・コイツとはガキの頃から心を許した親友だが、たまに本気で殴りたくなる時がある。まぁ、なんにせよ。俺は祭りに行く事になった。学校が終わってから家に帰ってくつろいでいると、時計のアラームが鳴る。

「…時間か」

適当に私服に着替えて待ち合わせ場所なに向かう。途中で多くの観光客が視界に入る。中には浴衣姿の奴もちらほらと見える。

「…早すぎるだろ。時季的に…」

そんな事をボヤキながら歩いていると、前方で俺を呼ぶ声が聞こえる。

「大翔ーっ!こっちだ、こっちー!」

「おおー、今行くー」

気の無い返事。正直、行きたくねぇ。男女四人で祭りを巡り、適当に時間を潰すとやがて今日の目的である蛍が出る川岸へと到着する。何百人という人間が集まり、光り輝く蛍を見ている。

「…つまんねぇな…」

そんな言葉が口から出た。蛍は綺麗で良いと思う。だけど、生き物を見世物として観賞するのは嫌いだ。こんな考えだから、昔から動物園も水族館も好きじゃない。

「…帰ろ」

一緒に来てる連中には悪いが、俺は一人で祭りを抜け出した。帰路の途中。ふと何かの光が視界に入る。それはどう見ても蛍の光だった。何故か解らないが、俺はその蛍の行く先が気になってしまい、跡を追っていた。辿り着いた場所は薄暗く、小さな小川が流れる川原。名所として知られていないのか、辺りに人の気配は無い。

「こんな場所…あったのか…」

子供の頃からこの町で暮らしているが、この場所に来るのは初めてだ。入り込んだ場所の為か、おそらく他の人間は気付かないのだろう。よく見ると、小川は澄みきっていて、周りには僅かにだが蛍が飛び交っている。静かに流れる小川を見つめ、俺は近くの椅子に座り込んだ。不思議と俺の気持ちは落ち着いていた。家や学校以外で落ち着く場所は初めてだ。人の声も車の音も聞こえない。まるでこの場所だけ違う世界のようだ。蛍の光が水面に浮かび反射する。その光に目を奪われ、じっと見つめていたその時。突然、俺の目の前に人影が現れる。

「…!?」

息を飲んだ。長く美しい黒髪に、白いワンピースを着た色白の女の子。歳は俺と同じか少し下ぐらいに見える。いや、今はそんな事どうでもいい。いくらボーっとしていたとしても、目の前の人間に気付かないわけがない。幽霊。いや、そんな事があるわけない。足だってある。そんな自問自答をしている間に、その女の子はゆっくりとこちらに歩み寄って来る。俺を見つめ、一歩一歩。確実に近付いてくる。どうする。逃げるべきか。でも身体が動かない。ヤバイ。もう目の前に来てる。女の子の顔が、俺の顔に近付く。そして・・・。

「あの…大丈夫ですか?」

女の子の問いに声が出ない。すると女の子は続けて問い掛けてくる。

「あの…聞こえますか?」

「え…あ、いや…大丈夫…多分」

どうやら幽霊ではないらしい。結構、本気でビビった。

「良かった。固まってたので心配しました。どこか身体の具合でも悪いのですか?」

「いや、そんな事はないけど…ちょっとね」

さすがに言葉の通じる相手に対して、あなたのせいです。なんて言えないよな。それに、よく見ると可愛い顔をしている。

「それなら安心しました。この場所に人が来るなんて珍しいものですから、つい声を掛けてしまいました。ご迷惑でしたか?」

「いや、そんな事はないけど、ちょっとボーっとしてて」

「そうでしたか。何か悩み事ですか?私でよければお話聞きましょうか?」

なんだこの子。初対面の人間にやけに親しげに接してくる。どちらかと言えば、俺の嫌いなタイプの人間だな。

「いや、大丈夫。蛍を見てただけだから。それに、会って間もない人間に悩み相談はしないから」

その言葉を聞いた女の子が悲しそうな顔をする。やってしまった。そう思った。俺の悪い所だ。相手に気を遣い過ぎて傷付く事を言ってしまう。棘のある言葉を口走るのはいつもの事だが、 相手の親切を無駄にしてしまう。わかっていても治らない癖だ。

「そうですか…すみません。余計な事を言いました」

「いや、違うんだ。気持ちは嬉しいが、本当に悩んでないし。それに君に迷惑が掛かるから。ごめん。俺の悪い癖なんだ」

…何を言ってるんだ俺は。俺の癖なんて関係無いじゃないか。なんでこんな弁解するんだ。別にいいだろ。今まで通り悪者になればいいじゃないか。

「いえ、私も失礼しました。言われてみればそうですよね。でも、あなたが寂しそうな目をしていたので心配しました。そんなに悲しい目で見つめたら、あの子達も可哀想ですよ?」

そう言うと女の子は川原を歩き、腕を伸ばす。すると、その指先に一頭の蛍が止まる。

「知ってます?蛍って光で仲間を呼び合うんですよ?」

「ああ、聞いた事はあるけど…それが?」

「不思議ですよね。こんなに綺麗に光るのに、この光には切ない気持ちがします」

「切ない?どうして?」

「だって、この子達はお互いを呼び合う為に光るんですよ?僕は此処だよ。私を探してって…」

言われてみれば確かにそうだな。蛍は繁殖行動の為にお互いを呼び合うらしい。雄と雌が交互に光り、生涯の恋人を探して飛び回る。その中には、相手を見つけられず死んでいく蛍も少なくないらしい。

「そうだな。見つかればいいけど、見つからなかったら切ない光になってしまうよな」

「そうなんです。たった一週間しか生きられないのに、その一週間に全ての命を使って輝く。私達人間にとって短い一週間でも、この子達にとっては、とても永い一週間なのでしょうね」

「そうだな。蛍は虫ってだけで格下に見られるけど、命は一つだから人間と変わらない生き物なんだよな」

その時。俺の言葉を聞いた女の子が小さく笑みを浮かべる。

「素敵な考え方ですね。まるで詩人のようです」

そう言った女の子の顔は、何処か悲しげに見えた。

「ごめん。俺、また何か変な事言ったかな?」

「いえ。なんだか嬉しくなってしまいました。そうですよね。命は平等ですから、人も虫も関係無いですよね」

・・・なんだろう、この感覚。この子の言葉に不思議な重みを感じる。それだけじゃなく、この子と話をしていると、まるで心が洗われるように気持ちが良くなる。その時、俺はある大事な事に気が付いた。

「そういえば、自己紹介してなかったよな」

「あ、言われてみればそうでしたね。お聞きしてもいいですか?」

「ああ。俺は江角大翔。大翔でいいよ」

「ヒロトさん。良いお名前ですね。私はケイといいます。蛍と書いてケイって読むんです。周りからはよくホタルって呼ばれますけど」

「良いじゃないか。似合ってると思うよ?蛍みたいに輝いて見えるし」

「…え?」

・・・しまった。つい余計な事を・・・。

「あ、いや、ごめん。変な意味じゃなくて、なんていうか…」

戸惑う俺を見て、ケイは優しく微笑む。

「大丈夫ですよ。私、すごく嬉しいです。こんな私でも輝いているなら、何にも負けない気持ちになります。ありがとうございます、ヒロトさん」

ケイが満面の笑みを浮かべる。その笑顔を見た瞬間。俺は自分の中でケイの存在が大きくなっているのを感じた。出会ってまだ間もないのに、俺にとってケイが全てになりそうな気がした。

「ヒロトさん、どうかしました?」

ケイの声で我に帰る。どうやらまたボーっとしていたらしい。

「いや、大丈夫。ちょっとホタルに魅入ってた」

「そうですか」

この場合のホタルはケイの事なんだけどな。まぁいいか。変な事を言って嫌われたくないし、黙ってよう。もう少しケイと話していたい。そう思った時だった。俺の携帯に着信が入る。名前を見ると、一緒に祭りに来てた陽平からだ。どうやら俺が抜け出した事に気付いたらしい。

「ごめん。友達から電話が入ったから行かないと」

「そうですか。もう少しお話しがしたかったのですが、残念です」

・・・駄目だ。今は何を言われても嬉しくなる。

「また明日も来るよ。出来る事なら同じ時間に」

「そうしてあげてください。この子達も喜びます」

その手に蛍を持ちながら、ケイが嬉しそうに笑う。ケイに会いに来る。なんて、ハッキリ言えたらいいのにな。

「ああ。必ず来るよ」

「はい。では、おやすみなさい、ヒロトさん」

「ああ。おやすみ」

手を振って別れを告げるケイに背を向け、俺は帰路についた。


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