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医者の俺は異世界で聖書(スマフォ)を片手に神と呼ばれる。  作者: Dr_バレンタイン
2章 『人の行いのうち、人に健康を施すことより神に近い行いはない』
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KARTE2-1 自宅

 俺の現実は、より深刻な幻覚に浸食されていた。

 薬の副作用で現実と幻覚の区別がつかなくなってしまったのか。

 しかし俺の腕は明らかに焼けている。

 強い日差しを浴びて、ひりひりしている。

 引きこもりの医者がこれほど焼けるはずない。

 そしてなにより……。なによりトシュナが俺の家にいるってことだ。

 否定したくても、現実としていられてしまうと否定しようがない。

「だめだ……。ちょっと死にたい……」

 判断の限界量を超えた問題。臨界点を突破し、頭頂葉から湯気が吹き出る。

 立ち上がってうろつくと、体についた砂がぱらぱらと落ちた。

 逃げ出してしまいたかった。

「ご気分でも悪いんですか?」

 トシュナの心配そうな声に、気分が悪くなる原因はお前のせいだと言いそうになったが、言ったところで変わるわけもなし。俺は大人しく言葉を胃の奥に押し込んだ。

「き、きみは……、生きてるのか?」

「は、はぁ。私ですか。生きてますけど」

「いや、そりゃそうなんだが」

 あげく、俺はわけのわからない質問をくり返した。

 トシュナも嘘の存在だと思っていた。

 しかしあれは本当に嘘だったのだろうか。架空世界の存在と思っていた。が、実は別の世界に俺がアクセスしていただけなのかもしれない。

 もっとも、俺の頭がイカれたと結論づけたほうが説明も早いんだが。

 肌の日焼けやトシュナの存在をどう処理してよいのやら。

 悩みに悩んだ俺だったが、やっぱり正しい結論はでなかった。

 できたことと言えば、心を落ち着かせるため、何度も水を飲んだことだけ。

 まぁ実際砂漠を練り歩いて、相当喉が渇いていたし。

「それは、お水ですか?」

 グラスに注がれる水を見て、トシュナがたずねてきた。

「あ、あぁそうだが。……飲みたいの?」

「いえ、あの、そういうわけでは」

「いいよ別に。遠慮すんな。客になにも出さないのも悪いだろ」

 と一杯くんでやる。

 もちろん水はごくごくとトシュナの喉を通り、綺麗に消えていった。

 彼女は俺だけ見える幻覚であり、水がだばっと床にこぼれることを期待してみたが、そんな奇跡は起こらなかった。

「美味しいです。こんなお水、生まれて初めて飲みました」

「あぁそう……、そりゃよかった……」

 ぬるい水道水を飲んで、めちゃくちゃ笑顔になるトシュナ。

 笑って目を閉じると、多少は人間っぽい顔になるんだな。

 でも俺はますます頭が痛くなるばかりだった。

 心を落ち着かせたい。しかし薬は飲みたくない。体は薬を欲しがっているけど、理性が拒絶している。薬のせいでこんな目に遭っているのならば、薬を控えた方が良い。

 なにか、もっと身体的に害のない療養法を探さねば。

「トシュナさん、ちょっといいですか」

「はい、なんでしょう」

「……おっぱい触っていいですか」

 彼女はまた「はぁ」と頷いてくれた。

 手を伸ばして、白い肉山を掴む。

 指先に伝わる張りの良い肌の感触。

 俺の不安に満ちた情けない心が、徐々に安堵感を取り戻していく。

 黒いわだかまりが、白い巨乳に浸食されていく。

 なにも考えなくていい。ただこの柔らかさに心を奪われてしまえばいい。

「これも……、なにか治療の意味が?」

「いや……、これはなにも意味はない……。俺は意味もなく巨乳を揉んでいるのだ」

「……な、なぜですか?」

「わからない。だが、逆に意味があってはいけないと思う」

 やがて心は禍々しい不安を忘れ、禍々しい安堵だけが残った。

 平温を取り戻した心は、実に単純な答えを導き出した。

「君はとにかく帰ったほうがいい。待ってる家族がいるだろ」

 連れて来られたはずならば、連れて行けるはずである。

 俺はトシュナの手を握りながら、もう一度眼鏡をかけた。

 が、反応なし。

 俺は無様に眼鏡をかけただけである。

『あー。もしかして、もう一度行きたいのですか?』

 すると去って行ったはずのツリーが現れた。

「……まぁ、一瞬だけど」

『ドクターの熱心さに尊敬の意を抱かずにはいられません。医学的探求心。生物学的探求心。女性の胸部への探求心。どれをとっても賞賛されるべきでしょう』

 ツリーは俺の顔に手を伸ばし、視界を遮るように手の平で目を覆った。

 そしてツリーの小さな手の平がすっと下へ移動した時、そこは既に俺の自宅ではなかった。あの熱い砂漠の上であった。

 突然現われた俺とトシュナを、周囲はぎょっとした表情で見つめていた。

「いいか。もう俺の家なんかに来ちゃだめだぞ」

 最後に厳しく注意して、俺は再び眼鏡を取った。

 誰もいないアパートに世界が変わる。

 ようやく静けさと正常が戻った。

 これで一段落……、と思いきや。

『トシュナさんがフォローフレンドになりました』

 だがスマフォは無情にもそんなメッセージを表示していた。

 どういうわけだ。まさか本当にトシュナが存在しているわけじゃないだろ?

 それに今のスマフォは通信契約もしていないから、外に出て公共の無線LANを拾わない限りネットができないはずなのだが……。

 ――そこで話を一週間経たせよう。

 俺へのメッセージは、週に百回中百回の割合でトシュナさんに占領された。元々ネットに繋がっていた時でさえ出会い系の業者が一ヶ月に二、三度いやらしいフォローをしてくれるだけだったので、彼女だけになるのは仕方がないんだが。

 いったいどうやってメッセージを送っているのかわからないが、本人にいわく、お祈りをするとメッセージが届くらしい。

 願って届く電子メール。

 科学的原理はそこに存在するのだろうか。

 いずれはその答えがわかることを期待したい。

 俺も初めこそ無視を決め込んでいた。

 しかしあまりに放っておくのもかわいそうな気もしてくる。

「くそ、しょうがないな」

 頭をぽりっと掻いて、眼鏡をかけ直す。

 いつのまにやら俺はなんの考えもなく眼鏡をかけるようになっていた。

 ツリーにはよく怒られたが。

『ドクター。また物質を意図的に持ち帰りましたね』

 移動するたび、自称魅力的なヒロインであるツリーの小言を聞かされる。

 暑さを感じないのか、ツリーは砂漠のど真ん中でも平気な顔で説教をした。

「うるせえな。だいたいなんだよ、なんで物を持って帰れるんだよ」

『ドクターが所有している物は全て同時に移動されます。当然でしょう。もしそうしなければ、ドクターは毎回全裸で登場する事になります。衛生的観点からして問題です。絶対に全裸はやめてください。例え今まで全裸で暮らす生活をしていたとしてもです』

 まるで俺が裸歩き大好きのような言いぐさであった。

 しかし移動の管理はやはり全てツリーが仕切っているのか。

 こいつ、一体何者なんだ……?

 俺の妄想の産物じゃないのか……?

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