KARTE6-2 正体
彼らの神様は、川を渡った先にある緑の祭壇という場所にいた。
遠目に見れば大きな丘である。俺は丘の存在にこそ気付いていたが、それは丘以外の何物でもないと思っていて、丘である、という認識を発展させる事はなかった。
しかし今まで散々丘だと思っていた物は、緑に被われた建造物であった。
大きさにして、野球ドームといったところか。かなりでかい。
球体の神がここに入っていくのが見えた。例え神が小さかろうと、なにもない平地の空を飛んでいれば、否が応でも目立つ。
見失わないように途中まで走っていた俺は、ぜぇはぁと激しい呼吸を整えていた。
やっぱり引き籠もりはよくないな、体力が落ちてしょうがない。
しかし俺は今決定的な場所にいる。この世界の正体がわかる場所に。
その時である。
俺にあの神の声が聞こえてきた。
人間的ではない不思議な声というか、やけに電子的な声が。
『おっとドクター、こちらに来られたのですか』
ずいぶん久々に自称メインヒロイン兼、人生のパートナーが現われた。
「ツリー! おまえ、今までどこいってたんだ」
『ずっとそばにいましたよ。愛する者同士は決して離れません。ドクターが医療を施す時も。金で女性を買い、生殖器を思うがままにまさぐった時も。無関係な遺体を持ち去り、欲求の赴くままに身体を引き裂いてバラバラにし、地中に埋めて隠蔽した時もです』
相変わらずの言いたい放題が、なんだか懐かしい。
「減らず口はそのままだな。いいだろう、俺にも聞きたいことが山ほどある」
『質問はサポートの範囲でお答えします』
「生き物に機械のチップが埋め込まれてた。あれはなんなんだ」
『個体識別用、オブジェクトチップです』
「なんのためにそんなものを」
『彼らの健康管理や、私からのメッセージを送信し、または私へのメッセージを読み取る目的があります。必要ならば、ドクターのメッセージボックスにも送信します』
健康管理? なんの意味を持って健康管理をしているのかはわからないが、つまるところ管理しているやつが間違いなくいるってことだ。
俺はそいつに利用されて、現場スタッフの医者をやらされていたのだろうか。
だとしたらなんだか腹が立ってきた。
ツリーもきっと、ここの職員が俺を面白半分で監視してる電話オペレーターのようなもんだろう。中の人に会ったら、平手でひっぱたいてやりたい所だ。
「他に人間はいるのか。話がしたい」
『どうぞ。我々はドクターを歓迎します』
我々……。やはり誰かいる。この建物の中に、俺が汗掻いて走り回っている姿を、にやにや笑いながら見ている連中がいる。
ツタに埋もれ、壁だとしか思っていなかった場所が、左右に開く。
明らかに機械的な自動ドアであった。
といっても中は真っ暗だった。
俺は自宅からスマフォのライトをかざしながら、建物の中に入っていった。
中は砂だらけだった。これじゃ外と変わらない。
人工的かつ高文明的な壁や机を見つけるものの、どれも砂をかぶって汚れている。
十分ぐらい手探りで進み、ようやく何かを発見する。
こちらも例に漏れず、砂まみれになった書庫だった。
長年積もった汚れは、一種の尊さを感じるほど汚れきっていた。
ただ書庫と言っても、小学校の図書館ほどの大きさしかない。
『ここは第七ラボです。特別にラボ長の「名前を入力してください」が挨拶をします』
暗闇の中、一人だけまぶしく光るツリーが手を広げる。
もちろん、挨拶に来るラボ長などいない。
周囲はただただ暗闇と静寂に支配されている。
ここは誰かの研究室なのか。
元は白かっただろう無機質な壁。灰色だっただろう四角いデスク。
他にも電子顕微鏡やら試験管の類が並んでいる。
本の中身を開くと、中身はやはり英語で埋められていた。
彼らがやっていたのは疫学研究(Epidemiological Study)の分野らしい。
疫学研究とは病気の原因や発生条件を統計的に明らかにする分野である。
俺の研究と似通った分野であった。
げっ歯類や鳥類を含め、さまざまな生物に投薬し、がんや病気の発生条件を見極める。そうして人の無害性影響量(NOAEL)などに役立てる。
俺は薬学屋でないから詳しくわからんが、きっとICH(医薬品規制調和国際会議)に関連した施設だろう。
それまではいい。
これは日本でもどこでもやられている研究だ。
だが俺は書籍を読み進めていくうちに、見つけてはいけないものを見つけてしまった。
実験動物の中に、人が含まれていることである。
正確には人ではない。
トシュナやダーコといった、人のような生物を対象にした実験である。
片っ端から化学物質に暴露させ、その反応を調べている。
いわば人間がこの薬品にどれほど耐え、どんな症状を起こし、どれほどで死んでしまうかの記録である。
この研究所の目的は、彼らの人体実験だ。
俺みてえな考えを持ち、なおかつ実行した最低なやつが、ここにはいたんだ。