KARTE5-5 犯人と神様
患者の血液採取でわかったのは、白血球がやけに減少していることが特徴的だった。
これも犯人のヒントだ。覚えておこう。
まだまだヒントはある。
第一に、空気感染はしない。
つまりインフルエンザなどの感染症ではないこと。
第二に、腸へのダメージが大きい。
つまりマイコプラズマ真正細菌のような肺炎の類でもない。
第三に、患者は大人。
手足口病や川崎病みたいに幼児向けの類でもない。
第四に、かなり被害者が多いこと。
狂犬病やリッサウィルスのような、特定の動物に噛まれて起こる感染症の規模じゃない。
もうわかってきたようなもんだが、まだ確信にはいたらない。
これだけ除外しても、まだまだ感染症の種類はあるんだ。
「トシュナも一緒に死体を何個か並べてくれ。剖検しよう」
「ボーケンとは、やはりあの人の解体ですか?」
「腹を切る。臓器の様子を比べて診察するんだ」
てな話をつけて、俺は計六体の遺体に恵まれた。
始めて解剖を行ったときは極秘にこっそりやったが、許可が取れたならば、堂々と解体ショーを行おう。
青トカゲが四人と、エイリアンが二人。土の上に寝かされた。
俺は念仏を唱えた後、しぶしぶその場で腹を裂いた。
腸をずりずりと引きずり出して、穿孔の箇所を調べる。
次に各臓器を取り出して、アクセサリーショップのように並べてみた。
そして分かった二つのヒントある。
一つ。腸粘膜リンパ節腫脹、それが壊死し、最終的に潰瘍形成にいたっている。(潰瘍とは表面組織がぼろぼろに剥けて、化膿しているような状態を表す。やけどや口内炎も潰瘍といえる)
二つ。脾臓の腫大。
こうなればかなり的が絞れてきた。
「どうする。脳炎を疑って頭を裂いてみるかな?」
本当言うと神経解剖をやる必要は薄かったが、念のためノコギリを借りてやってみた。もしかすると俺の研究欲が、解剖に走らせたのかもしれない。
頬の皮膚を剥いで、中身を覗いてみる。
人の中身の色は基本的に黄色である。
血のせいで赤をイメージしやすいかもしれないが、血を抜いて綺麗に洗った人間を輪切り解剖にすると、神経も血管も、水たまりで死んだミミズのような姿をしている。
特に顔面は神経や血管が無数に入り組んでいる。味の薄い焼きうどんを、かき混ぜた生卵につけたような具合でぐちゃぐちゃに並んでいる。長年放って置いた電気コードのたばのように。
「よし。もういいだろう。これ以上は意味がない」
二人目の頭部をサラダボールのようにした時、俺はやっと解体ショーをやめた。
血まみれになったゴム手袋を取り、袋に入れる。
死体の片付けは現地民に任せた。そこで俺は失敗を冒した。彼らが医学に慣れていないことを考慮していなかったがため、周囲には片付けにきた男らのゲロがまみれてしまったのである。
う~ん。ゲロも採取しておくべきか?
俺はしばらく迷っていた。
剖検を終えた俺は、自宅に帰るなり吹き出る疲れに倒れ込んだ。
外科の連中はいつもこんなことをしているのか。
そりゃ頭より体力が資本ですって言われるわな。
「だいぶお疲れですか?」
腹臥位で倒れる俺に、優しく声をかけてくれるトシュナ。
「肩こった。俺ぁ外科医無理だね、体力ないもん」
「よろしかったら、少しほぐしましょうか」
トシュナの白い指が、持続して緊張状態にあった俺の脊柱起立筋を指圧し、滞っていた循環機能を正常に動かす。
トシュナは本当にできた人だ。
メシと言わずもメシが出てくるし、洗えと言わずとも服を洗って、揉めと言わずとも疲れた体を揉んでくれる。寝て起きれば立派な朝食ができている。
良き助手を得た俺は、医療行為にだけ体力を使うことができる。
ヤリガイを求める彼女の行動は、全員にとって良い循環を与えてくれる。
だから答えは順調に見つかった。
核心は血液検査によってつかむことができた。
呪われた人達は、健常者と比べ、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼと、アラニンアミノトランスファーゼがいくらか高い。長ったらしい名前だが、肝細胞の中に含まれているもので、肝細胞が壊れると、これが血液中へ多量に流れ出す。
そのヒントから、犯人も見つけた。
こいつが大量殺人の犯人だ。
俺はその結果を、わざわざ俺を頼ってくれたダーコに告げた。
「これはチフス菌だ」
犯人の名前だった。
こいつが、多くの人間を殺していた。
犯人がわかれば対策はスムーズである。
サルモネラチフスは、腸チフスと呼ばれ、腸への局所的病変が特徴である。
初めはネズミやノミを疑ったが、感染ルートは恐らくあの濁った運河だろう。
チフス菌は水や食物にひそむ。そしてトカゲ人間は水にもぐる。
誰か数人が菌を持ち帰り、排便などの不始末から周囲に拡大感染したと思える。
これに効くのはニューキロン系抗菌薬である。死亡率を無処置の四割から、1%以下に押さえ込むことができる。さすがに腸に穴が開いた人間はもうどうしようもないが。
俺はエイリアンに薬を与えた。完治せずとも、致死率は下がるはずだ。
原因が分かれば対策も容易い。
実際に患者らの容態は一気に回復していった。
彼らは大喜びしていた。
「神よ。あぁ神よ。お告げは間違いでなかった」
始めに俺を呼びに来たエイリアンは、目の下の肉を上に曲げて喜んでいた。
どうもこれが笑っている顔らしい。
「そのお告げってのはなんなんだ。誰から聞いた」
「我々の神からです。全知の力を持った異邦の神がいると教えてくださった」
「あんたらの神ってのは実在するのか」
「なにをおっしゃってますか」
「心の中にいる神様か、それとも実際に手で触れられらて、姿の見える神様かって事だ」
「いなければ声は聞こえませんよ」
そりゃそうだが。
しかし俺を勝手に宣伝して回るとは、一体どんなやつなんだか。
もしかしてツリーの親戚みたいなのが他にいるのか?
それともまたツリーの仕業か?
俺は興味が湧いた。
会える機会があればぜひ会ってみたい。
「会いたい? それはけっこう。近々会えますよ」
「なんだって?」
しかもわりとフレンドリーに会えるらしい。
「五日後、街の子供へ洗礼を与えにやってきます。神の洗礼を受けた者は、強い体と共に神の声を聞くことができるのです」
ダーコが自慢げに語る。
なるほどな。洗礼にやってきた神もどきの神父を捕まえればいいのか。
どんなじじいだろうな。もうエイリアンでもなんでも驚かないぞ。
と思っていたのだが……。