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医者の俺は異世界で聖書(スマフォ)を片手に神と呼ばれる。  作者: Dr_バレンタイン
3章 『生き残るのは最も強い種ではなく最も変化に柔軟な種である』
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KARTE3-2 河川の街

 目の前が見えなくなったと思った瞬間には、俺の耳はどこかで流れる大きな水の音を聞き、鼻は別の湿った土の臭いを嗅ぎ取っていた。

 ツリーの手がどく。

 俺は既に別の場所にいた。

 周囲が砂地から文化的な建築物に変わっている。

 トシュナの村はそれこそ集落といった様子で、原始的な紀元前文明だったが、今見る街は紀元が始まったぐらいには進化していた。

 運河とも言えるような茶色い川が、町の真ん中をぶち抜く形で走っている。

 街の中央道路こそは固めた砂の道だったが、歩道は石畳みだった。

 家なんかはこれまた奇妙なもので、レンガだったり木造だったりとばらばら。

 家々の間隔は狭いし、庭はほとんど見えない。スラム街に近かった。

 俺たちはさらに川の上流へと進んだ。

 現場は川のそばだった。

 見晴らしが良く、風が強い。

 川の周囲は湿った赤土である。ほんの少しだけところどころに雑草が生えている。ネズミなどの菌を持った小動物が穴掘って住んでいてもおかしくない場所だ。

 目の前に広がる大きな川は、やはりえらく濁っていた。

 よく目を凝らすと、遠くに大きな緑の丘が見えた。どうやら川を越えた向こうにはそれなりの自然があるらしい。ただ丘といってもあまりに大きく、東京ドーム何個というよりは、エアーズロック一個というレベルである。

 家の造りはあまり高級ではない。

 モンゴルのゲルみたいな豪勢なテントである。

 後で聞いた話だが、川が氾濫しやすいので、家は移動できるほうがいいんだとか。確かに陸に行くほどしっかりとした木造の家がちらほらと増えていく。

 俺達はしばし街を歩いていた。

 そうするとさすがに目立つのか、ダーコがやってきた。

「おやお早い。すぐ来ていただけたのですね」

 感心したダーコに案内を受ける。

 俺はその中の一つのテントに招かれた。患者はそこにいた。

 患者はエイリアンではない。爬虫類もどきの人間だった。

 具体的にいうとトカゲである。尻尾もあるし。

 ウロコのない水色のツルっとした皮膚に、白い腹。そんでもって長く綺麗な青髪。妙な清潔感は、気品さえ感じさせる。あと胸が少し膨らんでいるように見える。一応女性っぽいが、ここまで来るとオスかメスの判別が難しい。

 しかし女性に歳をたずねるのも失礼だというのに、女性に女性かどうかとたずねるのは失礼を通り越したなにかの次元に達するのではないだろうか。

 男か女かの違いは重要だが、この際その問題は横に置いておくか。

「神よ。まずは彼女を診て欲しい。熱が酷いし、黒い血を吐くのです」

 ダーコが説明するように話す。やっぱり女だったか。

 患者の職業は漁師。

 船を使うというよりは、自身が水中をすいすいと泳ぐらしい。

 食べた魚が原因ということも考えられるな。

 それから、黒い吐血なら上部消化管出血の逆流だ。

 胃酸を含んだ血が黒くなって、喉から吐き出されたんだろう。

 よくドラマで咳き込んだのちに血を吐くシーンがあるが、赤い血ならそれほど怖くない。結核の疑いもあるが、結核なんて即死するわけでもないし、大したもんじゃない。

 しかし黒い血は別だ。放ってはおけない。

「お嬢さん、意識あるか」

「……はい」

 息なのか返事なのかわからない声。

 喋るのは辛そうだ。

「おっぱいさわっていいですか」

 彼女は「はぁ」と呟いて、そのまま目を閉じた。

 触ってみると、柔らかさは人間と同じながら、表面が湿ってぬるっとしていた。

 俺はその滑りを拭い取って、聴診器を胸に当てた。

 通常のドク、ドク、ドク、という音ではない。

 常にうるさい。雑音がまじりまくって、Ⅰ音、Ⅱ音、共にかわりなくうるさい。

 PDA(動脈間開存)に近い音。PDAとは、血管でシャント(血液が本来のルートを外れて流れること)が起きているため、常にしっちゃかめっちゃか血液が流れ、心音がうるさくなってしまっている。

 もちろん聴診器で聞き取っただけでPDAなんて診断はできないし、PDAは先天的要素もある。彼らの心臓がそもそもこういうものであるとすればそれまで。あくまでそれに近い音と覚えておこう。

「このようになったのがあと数名。しかしまだ隠れているだけで、今後もこの呪いは増えるのではないかと危惧しております」

 どうも酷い集団感染らしい。

 今すぐ帰ってしまいたいが、病気を前にして逃げ出す医者はいない。

 用心しておけば感染は防げるはずだ。

 俺はスマフォを取り出し、何枚か写真を取った。

 お金もだいぶ貯まってきたので、放射線撮影もできるようになってきた。

 ならば単純X線撮影をやっておきたい所だが……。

 いかんせん放射線診断医でも技術士でもないので、撮影の上手いやり方がわからない。

 医者は全員レントゲンが読めると思うかも知れないが、そんなことは一切無い。白い影があったとしても、結核かがんか、そのどっちかしか特定できないのである。

「とりあえず経過観察が必要だな。急いでこの状態を治すことはできない」

 ダーコはすんなりと俺の提案を受け入れてくれた。

 日本の病院なら、ふざけんな早く治せこのヤブ医者と怒鳴られている所である。

 当人の問題ではないから、ダーコ自身が焦っているわけではないのか?

「なあダーコ、あんたはどういう立場の人間なんだ」

「私はこの街の長。皆の不安を早急に取り除くのが私の役目でございます」

「のわりには流暢に話すじゃないか」

「確かにこれは大問題です。しかし神よ、あなたの力を必要としているのは、なにもこの者だけではありません。解決すべき事柄は無数に存在し、私はその無数を減らしてくれることを期待しているのです。街を歩けばいずれわかるでしょう」

 意味深な言葉を残すダーコ。

 哲学者のような喋り方である。

 とにかく病人いっぱいいるから、どうにかしてよって話なんだろう。

「わかった。任せとけ。医者は困ってる人を助けるのが仕事だ」

 とはいうものの、外出は正直おっかない。

 見知らぬ土地だし、周囲はエイリアンやら巨大爬虫類がうようよいる。

 もし強盗に襲いかかられでもしたら降伏以外の手はないだろう。

 貧しい人々の腹は常に飢えている。

 ヘタすりゃ俺が胃袋に収まってしまう可能性だってある。

 現に誰かが地面を這うねずみを取って、そのまま生でがぶりと食う光景を目撃した。

 人間でいうなら、木になってるミカンをがぶりと食うような感覚である。

 こいつらを治せっていうのか。

 難易度の高いミッションだな。

「ダーコは俺に町医者業を期待している」

「はい」

「ダーコは医者を探していた。するってーと、俺以外にも声をかけている可能性が高い。もし先にいた医者を探し出せれば、問題は素早く解決する」

「ならば私やります。がんばります!」

 トシュナの鼻が膨らむ。

 彼女を連れてきたのは、か弱い女性にもっとか弱い俺を守ってもらうためだったが、当人は医者の仕事を手伝うつもり満々のようである。

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