序章
僕は母と、二人きりで暮らしてきた。
深い深い山の奥、ぽっかりと木が開いた所で。
僕と母以外、人はいなかったけれど、毎日楽しく暮らしていた。
「コクト。こっちに来なさい。」
ある日、母が僕を呼んだ。
母のもとへ向かうと、母は、切り株に腰かけ、その両手には木刀を持っていた。
母の前に座ると、母は微笑んで言った。
「コクトはもう六歳になったわよね?ふふ。大きくなったわね。」
そして母は、手の中の木刀に視線を移した。
「この木刀はね、お母さんの一族に代々伝わる秘剣なの。見た目は木刀だけれど、使い手によっては普通の剣よりも強くなる。物凄い剣なのよ。」
「物凄い剣?」
僕の疑問に、母は丁寧に答えてくれた。
「ええ。普通の木刀は鞘と持つところに当たるところの間に飾りや印として線をつけているでしょう?」
「うん!真剣なら、抜けるところなんでしょ!?」
自慢げに言う息子に彼女は嬉しく思った。成長したんだと、改めて思った。
「そう。でもこの木刀はね、印や飾りじゃないの。本当に、抜けるのよ。」
母の言葉に、息子は期待に満ちた声で言った。
「え!ほんと?抜いて抜いて!」
しかし母は、少し悲しそうに言った。
「ごめんなさいね。お母さんにはできないの。」
息子は首をかしげる。
「どうして?」
「この剣を抜けるのは、一世代に一人だけ。よほどの使い手じゃなきゃ、抜くことはできないわ。お母さんも、少し前までなら、抜くことができた。でもね、この剣は、別に、もっと強い人が現れたら、持ち主でも抜くことができなくなるの。」
「お母さんよりも、強い人がいるの?」
さすがだ。頭の回転が速い。
内心苦笑しながらも彼女は、少し残念に思った。
私がもう少し生きれれば、この子をもっと見ていれたのに。
「ええ。今は私よりも強い人がたくさんいるわ。」
「そうなの~??」
少し残念そうに言うわが子に、母は微笑んだ。
この子は、きっと、きっと強くなるだろう。
この木刀が抜けるくらいの剣豪になれるだろう。
だけどその時には私はもういなくて。
なんて思っていると、コクトがいつの間にか、自分が持っていたはずの木刀を持っていた。
「ねえ、お母さん。この木刀、普通のよりちょっと重たいね。」
彼女ははっとした。
確かに、この木刀は少し大きめに作られている。
だが、普通の人間には気づけない位しか変わっていない。
それにこの子に木刀を持たしたのは一、二回ぐらいしかない。
なのに。
この子は間違いなく『本物』だ。
「コクト。この木刀はあなたにあげるわ。」
そんな母の言葉に、コクトは嬉しそうな顔になった。
「いいの!?僕が持ってて」
「ええ。コクト。あなたはきっと、世界中に名が轟く、立派な剣士になる。いつか、これを抜くことができる日が来たら、その時は、人のために、抜きなさい。」
それを聞いたコクトは、微妙な顔をした。
少し、この子には難しかったかもしれない。
でも、大事なことだから。
「いいわね、コクト。」
その言葉に、(多分、よくわかってないが)コクトは頷いた。
「うん!『その時』がきたら、『人のために』木刀を抜けばいいんでしょう?」
「ええ。あなたならきっとできるから。頑張りなさい」
よく意味はわからなかったが、母の言葉を使いながら言ったら、母は微笑んでくれた。
これが、僕が覚えている、たった一つの母との思い出だ。




