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物言わぬ花嫁  作者: さい
9/35

09.経緯

【注意】今回は残酷描写を含みます。

 コナは街から離れた山村の、至って平凡な娘である。

 村生まれの村育ちで歳は十六、近所の者と同じように家業を手伝って暮らしていた。そして数日前、村外れに当番の馬の餌やりに行ったところを、余所者の男らに攫われた。

「殺すなよ、もう今年は他をあたる時間が無いんだからな」

 囲まれ酷く殴られ、抵抗らしい抵抗も出来ないまま意識を失い、気づけば目も耳も口も塞がれて何処かへと運ばれていた。何も見えない何も聞こえない、乱暴に担がれ転がされ悲鳴すら上げられずに、物扱いされる気配だけは溺れるほどに肌に伝わった。

 誰か。お願い。なんでやの。怖い怖い怖い……その間の心臓が潰れそうな恐怖は、到底口で説明出来るようなものではない。それでもコナの心が完全にどうかしてしまわなかったのは、皮肉にも、コナを攫ったやくざ共の中に最低な手合いが一人居たからだった。

 その声の若い感じがする男は、周りの目を盗んではコナの耳栓を外した。リジムというらしい。軽率な振る舞いを咎める別の胴間声が、そう呼んで脅しつけていた。リジムは、馬車であろう揺れる床に倒れ伏すコナを、言葉で苛めては退屈を紛らわせていた。

 頭上に響く軽薄な声色と、気紛れに手足を蹴られる痛みに、コナは何度も泣きながらえずいた。その姿を何人かで嘲笑された。

「そうやって転がってれば、芋臭い田舎女でもそこそこそそるねえ。まあコレ、あんな村じゃ一生着られない衣装だし当たり前か。ちゃんとした今年の花嫁のほうが、断然美人だったけど……ベールで不細工な顔も隠れててるし、竜は処女なら醜女(しこめ)でも気にしないだろ」

 コナは元の普段着を剥ぎ取られ、花嫁衣裳を着せられているのだという。

 塞がれた目には確かめようもないが、体の線を隠すぶかりとした感触がリジムの言葉を肯定していた。

「絶対に未通(おぼこ)って注文だからさ、お前が暢気に気を失ってる間に、皆で剥いて足開いて確かめてやったよ。ハハ、こいつ指で開いただけなのになんか汁出すからさ、お前らなんか息荒くしてたろ? ダリバの旦那がウルサく言わなきゃ、そのまま全員でヤったんだけどなぁ」

 男が理由もなく、無邪気なまでに平然と注いでくる悪意に、髄まで汚されたような気持ちになった。しかしそれでも、それですらも、全てを閉ざされたままいつ犯されるか、いつ殺されるか怯える事に比べれば、幾分マシだった。

「昔に竜を怒らせたとかで、いまは毎回領主が確かめる手順らしいけど、お前そん時は濡らすなよ? 俺達が疑われる。まあ最後までヤらなきゃ分からないだろうけど……でもどうせなら、前の女が良かったなぁ。あの女もどうせ死ぬなら大人しく儀式を待てばいいのにさぁ、おかげでこっちは大慌て、迷惑な話だよ」

 言葉では二度と思い出したくもないような事を沢山言われたが、男達はやけに急いていたためか、強姦めいた事はしてこなかった。

 泣き震え疲れたコナは、次に飢えて渇いた。

 後で思えば、何度か無理やり立たされ歩かされた際に叫んで暴れ、誰かに助けを求めれば助かったのかもしれない。だが再び耳を塞がれれば周りに人が居るかもよく分からなかった。それに暴れれば殴られる。例え殴られても、死ぬよりマシなはずだが……到底その時のコナに、そんな冷静な判断も意気地も沸いてはこなかった。支離滅裂だが、死に怯え切ってだからもう死にたかった。

 急ぐ男達。丁度やってくる大河の祭の季節。竜神……領主。死んだ前の花嫁。

 閉ざされた視界の内側で、不吉な情報の断片だけが巡る。瞼に感じる光は二度巡ったような気がしたが、それも定かではない。

 全てが悪夢のようで苦痛だけが本当だった。十年も経った気がした。多分もう自分は狂っているのではないかと思った。

 

 

 ――だが、コナの精神の一部は、思わぬしぶとさを持っていたらしい。

 

 

 引き摺るように階段を上らされ、辿り着いた部屋で見知らぬ女に身体を拭かれながら、ふと鼻が水の匂いを嗅いだ。

 頭より先に渇いた喉が、床の盥の水を意識したのだ。

(この女(ひと)の会話からして、ここはもう街なんやろ)

 ここが目的地なのだとしたら、そしてリジムが言うことを繋いで考えれば、コナはじき殺されてしまう。

 日付からしてもおかしくはない。コナの村は竜神を祭っていないが、攫われた日、麓の村の竜神祭は数日後に迫っていたはずだ。

(もういや……もう、いやや)

 喉が渇いて渇いて、水も飲めずに死ぬかもしれない自分が可哀想で、枯れ果てていた涙が再び沸いてきた。

(どうせ殺されるなら、たらふく水を飲んで死んでやる)

 絶対に邪魔などされてたまるものか。部屋に一人にされるなり、死に物狂いで動き、なんとか盥に頭を突っ込んで水を飲んだ。猿轡とベールのせいで、息が詰まって危うく死にそうになった。水が汚いだの綺麗だのに拘る余裕はなかったが、鼻に染みる痛みは強烈だった。

 その痛みが一瞬だけ頭をすっとさせて……コナはふと気づいたのだ。助かる方法があるかもしれないと。

(だって)

 何故、男達がわざわざ田舎に出向いてまでコナを攫ったか、選ばれた理由は全く分からない。

 だがリジムとかいう男は、処女であることも条件だと、得々と言っていた。多分、あの言葉に嘘はないだろう。コナはこの歳まで全く男を知らなかったが、気を失っている間に犯されていないことは、激しく不安を覚えながらも理解していた。

 そしてあのやくざ達、コナのことをごみ屑としか思っていない奴らがあえて手出しをしないなら、相応の理由があるはずだ。

 恐らくは地方都市であろう、全く土地勘のないここで逃げ切れる可能性は低い。が、もしも捕まる前に『花嫁』の資格を失っていたら?

 ……腹いせに殺されることも考えられたが、もうコナは怯え果てて自棄になっていた。

 階段を上る前に一回でいい、抵抗して騒ぎを起こせば助かったかもしれないと思えば、自分の弱さに急に怒りが込み上げてきたのだ。

(扉は鍵が閉まっとるから、窓から外に出んと。それで、誰でも男の人に会お)

 コナは容色に自信の欠片もなかったが、その時は具体的な後の事などこれっぽっちも頭に浮かばず、熱に浮かされたように弱った身体を動かした。目隠しをずらして廊下から漏れる光を頼りに寝台の布を剥ぎ、斜めに結び合わせ、余った盥の水に漬けて解け辛してから飛び降りた。火事場の馬鹿力という奴で、ついでに言えばここが五階とも知らなかった。村には二階立てしかない。

 

 無謀すぎる行動に、案の定危うく死ぬところを、人に救って貰った。

 

「お、願い。うちと、しし、」

 

 目隠しの隙間から覗く視界では、歳の頃もよく分からなかったが、コナを助け上げた強い腕は勿論男のものだ。

 饒舌ではないが、かけてくれる言葉からして、奴らの仲間だというのもありえない。

 礼を言いつつも色々ありすぎて、もはや恐慌状態だったコナは、馬鹿のひとつ覚えのようにとにかくこの人に誘いをかけてみなければと焦った。しかしふとどうやって男を誘えばいいか分からないことを自覚し、今更だが、

(あれ。これって上手いことやらんと、折角助けてくれたのに、この人まで巻き込まれてエラい目に会うんちゃうやろか)

 思い至ってしまえば言葉が詰まって喉から出てこず、そうこうしているうちに暗い目隠しが外され、安堵の涙を流す間もなくコナは唖然とした。

(あかんやんうちあかんやん)

 霞む目を瞬きしいしい見つめた相手は、とんでもなかった。

 まず何より……僧衣は脱いでいたが、肩で切りそろえた髪からして明らかに僧侶だった。まだ頭を剃り上げておらずとも坊様は坊様、女犯(にょぼん)は破門の罪となる。失敗に終わったとはいえ、こんな相手に誘いをかけようということ自体が間違っている。

 それだけではない。

 ずたぼろで転がるコナを覗き込んだ男は、まだ若く精悍で、薄紫の目見(まみ)甘く、骨格の信じられないほど整った――ようするにコナどころか月さえ恥じ入るばかりの、恐ろしいような美男だった。

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