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物言わぬ花嫁  作者: さい
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【蛇足.05】迎え イェド視点

 迎えが来たからコナは村に帰る。当然の事だ。


 彼女の兄の言葉が腑に落ちるのと、なぜか信じ難い気持ちが入り交じり、イェドは黙ったまま二人を眺めた。

 コナの年の離れた兄は、タルギと名乗った。タルギはエンとイェドに一言、ちょっと家族の話をさせてもらいますよってと断って、部屋の隅までコナを連れて行った。

「こンのォ、阿呆っ。アホ!」

 いきなりコナの頭をはたいた彼女の兄にぎょっとする。力加減はしているようだが、乱暴な光景に怒りが芽生える。だがコナを叩いたツルギの目は赤い。

「親父や俺に黙って、勝手に髪下ろしよって。お前、若い身空で尼さんになるとか、どういう事やねん。何があったかて、この先もうまい肉食うて酒飲んで、この先なんぼでも楽しいことがあるやろ。絶対に還俗さすからなッ」

 ぐりぐりと小突かれたコナは、きょとんとしてから何かに気づいた顔で、慌てて兄の腕を掴む。

「兄貴、ちゃうちゃう! うち、出家なんかしとらん」

「あ?」

「髪は、ハイラハから逃げるときに訳があって切っただけや。格好やて、尼さんらに借りられる衣がコレだけやから着とるだけやし」

「……おまっ」

 タルギという男はコナの言葉に長々と絶句した後、

「こんのボケッ、なんつー紛らわしい事するんじゃッ!」

 今度こそ人目もはばからず、コナの耳をぐいぐいと引っ張って折檻した。

「痛たた、兄貴、ちょっとなにするんっ」

「尼院におるとか伝言寄越して、ばっさり髪は切ったけど出家はしてませーんて、お前は舐めとんのか!? 行商先で俺がどんだけびっくりしたと思うんや」

 二人の喋り方の調子は早く、口を挟む隙がない。感動の家族の再会というには騒がしすぎる兄妹の様子を、エンはあきれ顔で静観している。

 イェドはといえば、二人の気安く親密な様子を眺め、なんとも居心地の悪い思いを持て余していた。

(あれがコナの家(うち)の……家族)

 仲の悪くない兄妹だろうということは、これまで聞いたコナの話からも想像はついていた。兄のほうも、まだ若い妹をよほど案じていたのだろう。遠慮なく娘を怒鳴りつける姿は傍目に愉快なものではないが、ここ数日のタルギの心配の裏返しだとも云える。その情のある家族の光景を見て……正直に言えば、イェドは疎ましいと感じている。ここ数日、コナと居ると自身の信じてきた『イェド』というものが随分揺らぐように感じたが、結局、自分の根本のところに変わりはないようだ。人の縁というものが煩わしい。


 タルギはまだコナに、くどくどと説教を続けている。

「村の親父らにはちゃんと知らせとるんやろうな。だいたいお前は昔っからシッカリしとるようで抜けとるというか、鈍くさいというか、七つにもなって村の肥だめに落ちた時に、親父がもうちょっと叱っといたら良かったもんを……そもそもド素人に誘拐されるとか、ご先祖様に申し訳が立たんで」

 ぽんぽんと畳みかけられ、しばらくしゅんと申し訳なさそうな表情をしていたコナだが、いい加減なところでタルギの言葉を遮った。

「兄貴、ちょっと待って。あのな、心配させたんは、ごめん」

「フン、謝るんは親父にやろ」

「うん。やけど、うち、もうちょっとここに居る」

「……ハア?」

「お師匠さんらの手伝いするて約束したし。うち、この人たちに助けて貰たんやもん、恩返しせな。それが終わったら、村に帰る」

「コナ、お前がここに居って何の役に立つんや?」

 タルギが冷酷に切り返す。

「礼は後でちゃんとすればええやろ。どうせお前、そこのムッチャクチャ前の坊さんが居るからて、そんなん格好つけとるんやないか」

 イェドをちらりと見て、馬鹿にするように鼻を鳴らした兄に、コナはそばかすの浮いた白い頬をかあっと赤くして、

「そんなんとちゃう、兄貴の阿呆ッ!」

 もの凄い形相でタルギの足を踏みつけた。避けられなかったか、タルギがぎゃっと呻く。兄につっかかるコナの様子は、エン達が知るこれまでと比べて少々子供っぽい。が、怒れる子猫のようでどこか可愛げがある。


 事態の収集がつかないと判断したのか、ここでエンが口を挟んだ。


「まあまあ、タルギ殿の気持ちは分かるがのう。少し、儂からも話をさせて貰うぞい」

「……コナ、お前あとで覚えとれよ……?」

「うむ。実は妹御にも相談したところじゃが。およそひと月、この一件に目鼻がつくまで、嬢ちゃんにはここに居って欲しい」

 異議ありそうに目を細めたタルギを、エンは手をあげる仕草でとどめる。

「改めて名乗りをすると、儂はエン、聖都の異端審問僧じゃ。とはいえ、この立場はもはや時代遅れ、まあ普段は諸国をぶらぶらしておるだけの爺だのう。ま、この地方に来たのも大した理由はないんじゃが、この付近で『竜神祭』近くになると若い娘が消えると聞いてのう。立場上、放置するわけにもいかんで、ひとまず祭の最中のハイラハに向かったところで、命からがら逃げてきた嬢ちゃんに会ったというわけだ」

 赤い花嫁衣裳のコナを最初に見かけたのは、馬車を降りてすぐだった。

 考えてみればあの時のコナは、両手を縛られ目も口も塞がれて、朦朧とした状態で無理矢理引き摺られていたのだろう。

「正直、儂もこれからどう出るかは思案中でのう。嬢ちゃんは助かった、しかし放っておけば来年また攫われる娘が出るじゃろう。しかし異端審問会を開いてハイラハ領主を叩こうにも、まだ情報集めの段階、今のところ嬢ちゃんの証言が頼りといったところなんじゃ」

「坊さんは、こいつをその審問会とやらに出す気ぃですか」

「大袈裟になるからの、出来れば審問会なんぞやらずに手打ちとしたいところなんじゃ。ちゃんと準備をすれば開催は一年も先になろうしの……まさか儂も、そこまで嬢ちゃんを尼院に閉じ込めておく気はない。証言が居るとしても、村まで向かえにゆけるからな。しかし、今はまだハイラハの領主らの出方が読めん。逆恨みで嬢ちゃんに危害を加えようとする可能性もある。ここであれば、ハイラハの徴税区からははずれて居るし、兵が周囲の見張りに立ってくれる。いざとなれば、こう見えてイェドは腕が立つしの。親父殿も心配しておろうが、もう少し待てんか。しばらく様子見するに、ここは悪くない場所じゃと思うがのう」

「……コナ」

 タルギがコナを振り返る。これといって特徴のない、どちらかと言えば田舎くさく冴えない風貌の男の顔には、静かな気迫がある。

「でも、おまえ怖かったやろ。はよ、家に帰りたいやろ」

 コナはかぶりを振ったが、咄嗟に泣くのを堪えるように顔を歪めた。


 やはりコナは帰りたいのだ。エンやイェドは、そこまで思い至らなかった。

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