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物言わぬ花嫁  作者: さい
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【蛇足.03】追跡と翌日の間 コナ視点

 なぜか地面が揺れている。

(いや違う。そういや、今は水面に浮かんどるんやった。揺れるんは当然やなぁ)

 コナは不調を薬でねじ伏せるそこはかとない気持ち悪さを感じながら、うつらうつらとしていた。身体は眠る一方で、頭の方は半分覚醒している。

 日陰紫の根の粉末に、砂糖と苦露草の葉っぱ少々を煎じた、かなりきつい睡眠薬の効果だ。いつか兄が愚痴がてら、どうしても乗船する必要がある時に飲むのだと言っていた。

『前後不覚になるけどな。ほんま、船酔いだけは敵わんわ』

 薬草の宝庫と言われる山奥育ちだ、簡単な薬の配合は経験がある。焦る気持ちを押さえ、ハイラハの薬問屋を探して薬種を買い求めた。

 城壁宿から出て半日、しかしまだ街は竜神祭の最中であり、エンと決めた計画ではあと一日船旅が続く。

 これまでの数刻ですでに胃がでんぐり返るほどに吐き続け、船には二度と乗りたくないのが正直なところだったが、今はエンとの打ち合わせ通り早く川下に下って逃れなければ……なにより同行しているイェドに迷惑がかかる。

 夢うつつの中でそう考えたところで、コナの首が揺れ、ごちっと船材に頭があたった。

(痛ったい……はぁ~~)

 眠りで痛覚も定かではないが、派手な音がした。それでも薬で目は開かない。起きている人からみれば相当間抜けな姿だろう。

(それでもさっきよりはマシやもん。今更やろけど、うちやって乙女心はあるんやし)

 時間を割いて薬を求めたのは、絶世の美男を前に汚らしい嘔吐を続けて、これ以上饐えた匂いをさせたくない、という理由も少しはあった。幾らコナが、箸にも棒にも掛からない田舎娘でも、そのくらいの恥じらいと意地はある。しかしそれ以上に、前々日から痛めつけられた身体を休めなければ、到底持たないと判断した。イェドはコナがあまりにフラフラなので、街で一日休むべきだとさえ言った。

 確かに、敵もまさか自分たちが街の中に居るとは思わないだろう。吐き気が一時的に治まったとはいえ、本心ではその言葉に甘えたかったが、それでは危険も高まる。そこで思い出したのが、兄が飲む薬だったという訳だ。

 船が揺れ、また首が揺れて、頭がごちりと船荷にぶつかった。

(もうハイラハは出たやろか。役人が急に荷改めとか、せえへんやろか……あかん、こんなん考えても仕方ない)

 再び暗い不安に取り付かれそうになるのを振り払い、コナはつらつらと気楽な事に思考を向ける。

 お弟子さん、今も傍に居るはずのイェドという僧侶は本当に危険人物である。

 寡黙な性質のようで、知り合って一日未満のコナにはその性格など全然分からないが、とにかくいけない。第一に若いのに辛抱強すぎると思う。

 コナを背負って明け方まで歩き通し、その後は船酔いして泣き喚くという失態を見せても、例の紫の目を甘く緩めて、

「……病でないのなら良かった」

 の一言である。渋すぎる。

(あんなん反則や)

 だいたい、あんな風に絶対絶命を助けられた娘なら、例え相手がろくでなしでも高確率で惚れてしまいそうなものだ。

 さらにイェドは恐ろしく男前である。体中から変に媚薬めいた成分が出ていそうな、顎も鼻筋も目元も直視し辛いくらいの美形である。背も高い。しかもとても親切だ。これは絶対にいけない。お坊さんなのにちょっと罪作り過ぎる……イェドの立場を知らず、無謀に迫った自分の事は、深い地中に埋めて忘れてしまいたいというのは都合がいいだろうが。

(望みなんか無いんは分かっとるし、お弟子さんにも申し訳ないみたいやけど)

 この際、身の程知らずにもついコナの胸がもやっとするのは仕方ないと思うのだ。心臓辺りから甘い味が喉元に染みてくるのは、まったく阿呆らしいと思うが、自分で止められない。

 

 さて相手にとってコナはといえば、迷惑をかけ通しの臭くて不細工な小娘である。しかもコナは彼に借金までしている。

 薬問屋での睡眠薬の材料と、五十枚の札を求めた代金を立て替えて貰った。無理を言って小売してもらったので、当然ツケが利かなかったのだ。

 

『ンガイ コナ ○ ニイン(ンガイ村のコナ、無事。場所は明記しませんが尼院に居ます) ***薬問屋』

 

 記した札は薬売り独自の連絡網である。

 薬問屋等で買われた札を、そこに立ち寄った薬売りが行く先々で受け渡していって、目的の場所に届けるのだ。絶対に確実とは言わないが、狭い薬売りの世界ではまずまず信頼できる安否確認として使われている。

 一般に頼む枚数が多いほど、早く確実に届く可能性が高まるようだ。

「……これで足りるのか?」

「場所が近いから、こんだけあったら十分やと思います。王都のほうから届けよう思たら、えらい枚数が居るらしいけど」

 イェドはこの仕組みを始めて知ったらしく、驚いた顔をしていた。

(そうゆうもんやろか。旅しとるお坊さんとか、逆にどうしとるんやろ)

 コナの居場所をはっきりと書かなかったのは、領主達への念のための用心もあるし、コナ自身もエンに聞いただけで詳しい事が分からないからでもあった。しかしこれだけでも、村にコナが生きていることは伝わるだろうし、きっと兄か父が探しあててくれるだろう。そうしたら、忘れずにイェドにお金を返してもらわなければいけない。立替の時に気にするなと言われたが、薬種代はけっこうぼったくられたと思う。

(お師匠さんはしっかりしてるけど、お弟子さんはどうも、ええ人過ぎるし浮世離れしとって心配やなぁ)

 年上の男相手に少々失礼な決め付けをして、コナは心の中で頷いた。

 

 また、ごちりと頭に痛みが走る。

 尼僧のフリのために被った布が息苦しい。どうにも気分が悪い。でも酷く眠い。

「……コナ」

 とうとう見かねたような呼び声がして引き寄せられると、途端に体勢が安定して、コナはうっとりと頭を預けた。

 母が生きていた小さい頃、父親の膝で眠りについてそのまま布団に運んでもらった時、確かこんな気持ちだったのを思い出す。懐かしくて、気持ちの悪さが薄らぐ。

(あれ。ところで、これ誰やろか。もううち重うなったし……兄貴はこんなん、せん気がするわ)

 うとうとと支離滅裂な思考の中、コナは首を捻った。

 

番外編もあともうちょっと予定なので、ステータスは「連載中」のままにしておきます。

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