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物言わぬ花嫁  作者: さい
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03.僧侶

 今日はイェド達がついた馬車が最後だったらしい。

 西城門は早くも内扉となる鉄格子ががらがらと下ろされつつあった。馬車の同乗者達は、城壁の通行書を手にそちらへ駆けてゆく。夕暮れに人はざわめき荷改めを待つ車が並べられ、厩舎から驢馬の嘶きが聞こえる。そこには仕舞いの空気が濃厚に漂っていた。

 イェド達はこの街は初めてだ。皆と同じ場所で役人に入国手続について訪ねたが、犬でも追い払うような仕草をされた。

「もう締め切った、明日また来い」

 経験からいって二人の持つ聖都発行の通行手形があれば、そのまま通過できる可能性はあったのだが……相手は聞く耳を持たぬようだ。いそいそと城内へ急ぐ姿からして、これから私用があるのだろう。馬車でも話題になっていたが、街は折しも盛大な祭の最中らしい。そのせいで役人らが審査を早く切り上げたのかもしれない。

 余談になるが、入国及び関税審査だとして『城壁宿』止めとなる対象やルールは各都市ごとに千差万別。流通の需要供給、税収、城壁宿の部屋数や売上との兼ね合いによって領主らが好きに決めている。旅人はそれに従うより外ない。

「役所仕事じゃのお。ここの領主も行き届かんな」

「……もう少し交渉しますか」

 弟子の確認に、エンが首を振った。

「急ぐ訳でなし、もうええわい。どうせ金を出さんとどうにもならん。ハァ、今夜は憂鬱だわい。『城壁宿は寝台にたかる蚤の数だけ料金がかかる』というのは、うまい評だとオマエも思わんか?」



 城壁宿は、受付の男からして要領を得なかった。


「二階が酒場兼食堂、部屋は四階から五階になります」

 なぜ三階が飛ばされるのかという疑問が顔に出たか。これは後ろのエンが苦笑してイェドに伝える。

「オマエそういうところは本ッ当分からんのう。酒場の上は、あそこの姐さん達が使うに決まっておろう」

「……?」

 杖を振った先、女達が吹き抜けの上階にたむろしていた。

 城壁宿にはつきものの公娼のようだ。皆、婀娜っぽい姿で一階を見下ろしている。どうやら滅多にない男前を、色めきだって品定めしていたらしい。イェドが顔を上げるなり、全員の歓声が上がる。

「どうだい、お兄さんならせいぜい頑張らせてもらうよ?」

「ほらねえ田舎の女は情が濃いっていうでしょ」

「あんたが濃いのは化粧だけだろ!」

「ほうほう……オマエはとにかく、年寄りに階段はきついもんじゃ。儂だけ三階にするか」

 げらげら笑う女達を眺め、やけに真剣な顔で呟くエンを、イェドが咎める。

「……師」


 見れば誰でも分かる、もちろん女達もその上で揶揄(からか)っている。二人は僧侶なのだ。

 証に墨色の薄い僧衣を纏い、重たい杖を構えている。また確かな僧位を持つエンは頭を剃り上げ、弟子のイェドは髪を肩で真っ直ぐ切り揃えていた。普通の男とは姿が違う。そして僧侶とは、聖都の教えに帰依し、女性との肉の交わりは断ち切っている者……の、はずである。


「三階は時間制ですから、別に部屋は取って貰わないと。追加料金で四五階にも女は呼べますが」

 億劫そうに補足した受付を、別の男が後ろから怒鳴りつける。

「この阿呆、余計な口利くなッ! それに今日は五階は貸切だって言っただろうが。坊さんら、今日は四階しか空いてないぜ」

「ふーん、そりゃ祭のせいか?」

「明日の大祭で終わっちまうのに、今頃この宿に泊まってるような間抜けな見物客はいねえよ」


 結局、イェド達は四階に寝台が二つある部屋を取った。

 引き上げる直前、城門の重い外扉が閉まるのが見えた。これで夜盗を防ぐのだ。

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