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物言わぬ花嫁  作者: さい
26/35

26.追跡

 エンはさらにしゃあしゃあと言う。

「竜神祭の後にでも、ご領主には面会願う必要があるかのう。おぬしらが探しておる『花嫁』の嫁ぎ先も詳しいことを聞きたいことじゃて」

 そもそも明らかに堅気でない男達に連れられ、逃げ出した時点で、『花嫁』に幸せな未来などないことは、ここにいる人間全員が気づいている。それでも娘一人の不幸など良くあることだ。誰も口を出せはしない。しかし万が一、この老僧が本当に異端審問僧であるなら、領主と竜神祭と花嫁を結びつけられるのは致命的だった。エンのほとんど確信したような言いように、ダリバの背筋が寒くなる。

(……こいつは本物なのか。それともはったりか)

 嘘なら見逃してはいけない。だがもし本当なら?

 ダリバは実際のところ、領主が首になろうと祭りに異端審問の疑いがかかろうと、どうでも良い。それが街にどんな未来を招くかにすら、大した興味は湧かない。だがそれを上の人間に、自分達の失態せいだと思われては、どんな罰を受けることになるか。最悪は命が無いだろう。

 自分達が娘を死に場所へ引き立てていたことも忘れ、青ざめるダリバを、エンはにやりと眺めている。

 問答無用の暴力はダリバの得意とするところだ。むかつくその首を物陰で捻ってしまいたいと心底思ったが、衆人環視、しかも城壁兵がこちらへ牽制をかけている状態ではそれも難しい。

 

「……爺さん、あんたが異端ナントカだとして。それがどうした?」

 

 沈黙が訪れかけたところで、思わぬ声があがった。

 ダリバの連れの一人、ナイケだった。何を思いついたのか、勝ち誇ったような顔をしている。元々考えの浅い男だ、何を言い出すかひやりとする。

「ここに居ないあんたの弟子が、もし俺たちの『花嫁』を攫ったなら、そりゃ犯罪だろ。幾らあんたが偉くても関係ないんじゃねえか。それにもしあんたが本物の異端審問僧なら、なんでこそこそ女を隠したりするんだ?」

 ナイケが言うのは、確かに正論だ。エンの正体も思惑も分からない以上、自分達の諸刃の剣になりかねない正論だが。

(いや、待て)

 ダリバはふいに閃いた。得意げな手下はそこまで考えてはいないだろうが、うまくすれば花嫁を逃がした失態を消してしまえるかもしれない。

「ふーん。あのツマラン弟子に、女人と駆け落ちする甲斐性があったら、それはそれで面白いんじゃが。生憎、儂はいまアレがどこにおるかは知らん。男の尻を追いかける趣味はないでのう」

「なにが駆け落ちだ、トボケやがって」

 ナイケとエンのやり取りを聞き流し、目まぐるしく考える。

 花嫁には、リジムが散々竜神祭の内容を匂わせていたはずだ。毎年、自分達が生娘をさらってくること。竜神祭の日に領主に引き渡すこと。どこまで話したか、事実をどれだけ脚色して脅したかは知らないが、異端審問僧を自称する男の弟子があの小娘に接触したのは、まずい。誰が考えても。

「儂は知らんと言ったら知らん。探すなら好きにすれば良いが、ただし捕まえても、アレが正規にご領主に裁かれる事はないぞい……何故なら、城壁宿はハイラハの領内でも、儂らはまだこの地への入国手続きはしておらんのだからな? 花嫁を奪った罪を裁かれるとして、それは、近くの官寺管轄のはずじゃ」

(はっ、それがどうした)

 ダリバは自分の思いつきに力を得て、商人や城壁兵の視線に守られ得々と話すエンを、一喝した。

「うるさいぞ、爺ッ。おいナイケ、チベチ。こんなのと無駄口を利いてないで、今度は外も探せ。あの若い坊主、門の外に出てただろう」

「ああ。そういえば、あの後あいつを見てない気が……」

「急げ!」

 花嫁自身がどうやって坊主に助けを求めたか、外に出たかは全く不明だ。それでも、花嫁は姿の見えない坊主と一緒に居る可能性が高い。この城壁宿の部屋という部屋はもう探したのだから。

(外に逃げたなら、ここより逆に好都合だ)

 ダリバの考えはこうだ。自分達は花嫁に逃げられたのではない。異端審問僧を名乗る爺がこの街の祭に目を付けているのを知り、領主への疑いを逸らすために、先に花嫁を殺めたことにするのだ。

 エンが偽者の可能性はあるが、少なくとも間抜けにも花嫁をとり逃がした上、異端審問僧に怪しまれる切欠を作ったと思われるよりは、用心をしすぎたと言い訳するほうがマシだろう……城壁兵らを黙らせるのは骨だが、どうせこのまま普通に花嫁を取り戻して祭に連れていっても、ダリバ達はもう駄目だ。なら小娘は殺してしまったほうがスッキリする。

 姑息で苦し紛れの思いつきのために花嫁を殺すことに、ダリバは何の罪悪感もなかった。

 

 ***

 

 花嫁は負ぶわれたイェドの背中で、のんびり揺れている。

「あのな。お弟子さんとお師匠さん、なんか好きなもんあるやろか」

「……好きなもの?」

「好きなご馳走や。今の季節やったら、山椒ふった鶉のつくね焼きとか……あ。お坊さんが殺生はあかんね。お精進やったら何やろ、茹で立てのおうどんとか?」

 何の話題かと思ったが、食べ物の話らしい。

 正直言ってイェドの若い身体は肉に惹かれるが、もちろん僧院に入る前、子供の頃から随分長らく食べてない。それに都の食卓で鶉が出たことはなかったように思う。コナの言いぶりが妙に美味しそうで、イェドは困った。

「鶉は知らないが、麺は嫌いではない」

「そしたら、お礼に食べてもらお。そんなんしか出来んけど、死んだお婆ちゃんが名人で仕込んでくれたし、まあまあいけると思うんです。お師匠さんは、好きやろか」

「師は、好き嫌いが全くない」

「へええ。それはええなぁ。お弟子さんは?」

 ゆるゆると進む夜道は長い。

 

 ***

 

 城壁の外をしばらく歩いたナイケは、物音に気づき、やがて縛って転がされたリジムとアダを見つけた。

 猿轡を解けば、二人は若いほうの僧侶にやられたという。やはり花嫁はあの顔のいい僧侶と一緒に逃げたという。

「この役立たずどもが!」

 二人をみすみす取り逃がしたリジム達を、ダリバは怒りのままに数回殴った。城門の脇に脱ぎ捨てられた真紅の花嫁衣装にも苛立ちがこみ上げる。

 だが城門から延びる道は一本しかなく、しばらく先まで枝分かれしない。枝分かれ後、ハイラハから遠ざかるために取るなら関所への道だろう。王都の目付けである官寺は、関所のすぐ先だった。

 だがエンが仄めかしたように、官寺へ逃げ込まれればもうダリバ達や領主も、花嫁に手を出せない。

「ろくに歩けもしない女を連れてるんだ、馬を出せば追いつける。関所も朝まで開かないんだ、それまでに絶対に見つけろ」

「旦那、あいつらが真っ直ぐ向かった保証はないでしょう。わき道に逸れてたらどうします」

「夜に道もないところを歩けば、土地の者でも迷う。暗くて何の目印も見えやしねえんだからな。それにどこで隠れようが結局、花嫁は関所を通るしかないだろう……朝になれば人手も増やせる、とにかく関所は通すな。見つけたら花嫁は殺せ。坊主も出来れば殺して、心中に見せかけてもいい」

 若い坊主にやられたというリジム達の話を、残りの仲間は話半分に聞いている。どうせ油断したに違いない。

 それに坊主が幾ら若くて体力があろうと、関所まで行くには、四、五時間は掛かるだろう。女連れで夜道ならなおさらだ。

 今から関所が開く夜明けまで三時間ほど。馬なら充分追い越せるはずだ。


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