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物言わぬ花嫁  作者: さい
20/35

20.捜索

 暗がりの中でコナの気配を探る。離れた時間は短いのだが、状況だけにイェドは気が気でなかった。

 だが急に動いては彼女を怯えさせてしまうだろう。落ち着いた足取りを意識して、そっと示し合わせた場所へ近づく。

 この極度に緊張して胸苦しいような気持ちは、例えば子供の頃に娼館で刃傷沙汰を目撃した際、寺院で良からぬ目的の者に追い掛け回された際などに、幾らでも感じた覚えがある。が、自分が他人の事でこれほど気を揉むのは初めてではないだろうか。つまり生まれて二十余年、イェドはほぼ自身の事しか考えてこなかったという事で、我ながら薄っぺらな男だと思わずにはいられない。僧侶は世間の柵(しがらみ)を捨てるべきだと教えられたが、これでは捨てる以前の問題だろう。

 そんなイェドでも、しかし自らの手で一度助けた娘に何の情けも沸かないほど、無神経には出来ていなかったようだ。

 自分に兄弟や近しい幼馴染でもいれば、もっと早くこんな当たり前の感情を知っていただろうかと考えて、イェドは胸の中で否定した。

 今まで無かったことは、頭でどう考えようと、無いのだ。また十代にそんな存在があったとして、それがコナのように娘だったなら、虚しいことになる。出会う場所を考えれば、その女は今頃娼婦か政略婚の道具になっているに違いない。いち僧侶が案じたところで、どうにもならないだろう。

 とにかく――コナのことは必ず助けてやらなければと、そう心は逸っている。



「……コナ」


 イェドはおおよその場所を見当をつけ、余計な先まで響かないよう低く囁いて耳を澄ました。

 息を詰めて待つとしばらくして、返事代わりにがりがりと壁を引っ掻かれた。

 まだ喉が痛いのかと案じながら、ゆっくりと壁側へ近づいた。夜目は利くほうだが、こう暗くてはなかなか彼女の気配は見つからず、検討違いの方向に進んだ後で呼び止められる。

 ようやくしわがれた彼女の声が聞こえた時には、心底ほっとした。

「お弟子さん」

 たった一人で闇に隠れ、誰かに見つからぬかと神経をすり減らしていたのだろう。

 蹲る小さい塊から、蚊が鳴くような調子で呼ばれ、イェドは堪らずその場所へ駆け寄った。合わせて立ち上がったコナがよろめいたので、その腕を掴む。

「……怪我を?」

「ううん、大丈夫やから」

 泣いていたのか、しゃくりあげる喉を押さえつけるように、一言一言囁く。暖かい吐息が産毛をくすぐるほど近いのに、ぐいと涙を拭い上げられた顔の雀斑(そばかす)すら、イェドの目に見えなかった。



 ***



 案の定、花嫁の部屋は空だった。

 今度こそチベチが部屋中をひっくり返して探したのだから間違いない。是見よがしに窓際から垂れる短く千切れた命綱を再び見て、ダリバは周り中に罵声を浴びせた。

 ダリバがそのまま血の上った頭で命令を二転三転させたせいで、状況はごたつき、仕事が前後したのは間違いない。

 それでも一時間も経てば、なんとか娘の捜索は前を向いて進み始めた。


 まず最初に部屋の外に付けていた兵は、ダリバ達が城門を開けに降りた後、早々に一階の詰め所に戻ったらしい……だからもし花嫁があの時部屋に居たなら、今までの時間で他の場所へ逃げられたという訳だ。

 兵は悲鳴の前は持ち場から離れていないと言い張ったが、それはどうでもいい話だ。何故なら、部屋には鍵が掛かっていたのだから。

 すぐに同じ五階の他全ての部屋を探したが、人っ子一人見つからなかった。念のため、ダリバ達が使う以外の鍵が掛かった空室も全て改めた。

「下を探せ。客は全員叩き起こして酒場で脅しつけろ。それから空いた部屋を片っ端から捜してやる」

 宿の階段や廊下は、灯りを惜しんでいるために暗い。とはいえあの目立つ真紅の衣装は、人目に触れれば、必ず記憶されただろう。


 屋上へ出る扉は、もう随分巡回がさぼられているらしく、鍵が錆付いていた。

 また城門は一度開けたが、野次馬に混じって女が居れば必ず誰かが気づいただろうし、あの老僧以外小柄な姿は混じっていなかったと何人かに確かめた。

 それでも見逃しがあったのではと不安は残るが、ダリバ達は一旦は閂(かんぬき)は開けたまま、城門を閉じた。

 城壁内への入り口は、夕方から鉄格子が降ろされている。従業員や兵が使う勝手口も、過去に彼らが密入国を手引きし小遣いを稼いでいたのが発覚して、現在は塗りこめられた開かずの扉らしい。

 これで花嫁は、絶対に逃げられない。怒りで目を滾らせながら、あとはどこかに縮こまっているのを引きずり出すだけだと、ダリバは部下に指示を与えた。

「あの娘を匿ったりしている奴が居たら、痛めつけてやれ。あと娼婦の顔は全員あらためろ……服を脱いで、どこかの部屋に転がり込んでいるかもしれん」

 花嫁を運ぶ期限は明日なのだ。彼らにとってはこの際、娘が処女でなかろうと手足の二三本が曲がっていようと、細かいことはどうでも良かった。


 五階より下で家捜しの最初に手をつけたのは、階段直下の僧侶達の部屋だった。

 ごたごたして客達を全員酒場へ追い出し切らないうちに始めたが、その部屋は坊さんらしく綺麗に使われ、甘そうな瓜の残りと行水の後らしい盥がひとつあるきり、畳まれた寝台の掛け布の下に女が隠れている気配もない。ナイケが盥を蹴り飛ばすとそれが簡単にごろごろ転がって、まだ廊下に居た爺の足に当たり哀れっぽい悲鳴を上げさせたのが、せめてもの手ごたえだ。

 他は部屋はもっと苛立たされた。この非常時にまだ娼婦と遊んでいる者、部屋に大きな荷物を持ち込んで紛らわしい者、何よりほとんど全員が部屋への進入を拒もうとした。

 上得意らしい商人達の機嫌を伺い、城壁警備の責任者は庇うような口を利く。

「貴方がたは領主様の使いといいますが、女に逃げ出されたのはそちらの責任でしょう? 後の事も考えずこうやって力づくで好き勝手をして、いい加減にしてもらえませんか。この事は後で報告しておきま……」

 今度もナイケが鼻の骨が折れるまで殴ったら、すぐに本人も周りも大人しくなった。それからは、家捜しが随分楽になった。


 それでも広い宿を虱潰しに探すのは骨が折れる。

 使い勝手の悪い宿の兵を怒鳴りつけながら動いていたダリバは、途中、いつの間にか自分の近くからリジムとアダが消えている事に気づいた。

 

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