19.興味
「あのアマ、舐めた真似しやがって。ぐずぐずするな、戻るぞッ!」
唯一松明を持ったダリバが城門へ引き返し、か細い手燭だけが場に残って、一気に周囲が暗くなった。
手下のナイケが、もう背を向けたダリバへの追従のように、目の前の地面に張り付いた真紅のベールを渾身の力で踏みつける。もしそこに花嫁の中身が入っていれば、確実に娘の鼻が潰れ頭蓋骨が割れていただろう。だが、今そこに詰め込まれているのは濡れて滑稽な音を立てる、埃まみれの夜具ばかりだ。
「あの目立つ格好で逃げたってたかが知れて……見つけたら、絶対に足をへし折……」
遠ざかるダリバの怒り狂った叫びを、アダは震え上がって聞いていた。
ダリバ、リジム、ナイケ、アダ、チルカ。この仕事の頭数のうち、さっき、五階の部屋を探したのはアダだ。
あの部屋には、絶対に花嫁が隠れている場所など無かった、どこにもあの小娘は居なかったはずなのに……これはどういう事だ? 本当にあの娘は、あの部屋に居なかったのか? 考えてみれば、あの扉の影や寝台の下をよく見なかった。だんだんと自信が無くなり、なぜもっと真剣に探さなかったのかと取り返しの付かない後悔が押し寄せてくる。事態の責任をダリバはアダに押しつけるだろう。いま傍に行けば殴られる。最悪は、全部アダのせいだと言って、上役の怒りを和らげるために殺されてしまうかもしれない。
「おまえが部屋を探したの。なんで下に落ちたと思ったのさ?」
膝まづき、灯りを落下物に翳して、にやにやしているらしいリジムを睨みつける。
ダリバだって勘違いしたのではないか。誰でもそう思うだろう。女の悲鳴となにかがつぶれる音、そして閉じ込めておいた部屋から垂れた命綱。四階まで届くかも怪しい短く千切れたそれの残りを、落ちた女が握っているのではなく、ベールに詰め込んで放り投げたなどと咄嗟に考え付く訳がない。
恐怖を紛らわせたくて早口に言い募るアダを、リジムは小馬鹿にしたような声で、ふうんといなした。
怯えずとも、早くあの娘を見つけてしまえば、何も問題ない。
アダにも分かってはいたが、這いのぼる嫌な予感に足が動かなかった。
視線を泳がせても周囲は暗く、数少ない手燭ではお互いの顔もよく分からない。外に一緒にでていた野次馬達は、ダリバのあまりの剣幕に縮み、まだここに固まっているようだ。
彼らは、明らかに花嫁を探す親族とは思えない自分達の様子に気付きながら、面と向かって指摘もできず、ひそひそと囁きあっている。
「あの娘にこんな頭があるとはねえ」
ちんまりと薄い体、顔の部品もすべて小さい雀斑だらけのあの田舎娘が、こんなに小賢しいとは。むしろ感心ているようなリジムの言い草に、アダは酷くいらついた。あの弱い、真赤の衣装に埋もれてびくびくしていた女が余計なことをしたせいで、アダは窮地に陥っている。
「そうカリカリすんなよ。これ、行水の桶で濡らしたのか。よく酒場に音が響いたなあ……運がいい娘だ」
「何が運だ。どうせ城壁宿の中だ。虱潰しに探せばすぐに見つかる」
こうやって自分達の注意を逸らして、そのうちに逃げようなどと考えが甘い。城壁宿は外にも内にも出辛い作りになっている。
「どうだか。ま、女が門から出ようとすれば、いくらなんでも誰かが気づいただろうけど」
でも野次馬も集まっていたし、城壁内にはひょっとして逃げられたかもね。面白がるリジムとこれ以上話すのが苦痛になって、アダは頭を振った。
「リジム、行こう。灯りが消えたら門まで帰れなくなる」
「まだもうちょっと、見ときたいんだけど……だいたいあの女、一体ベールをどうやって外したんだろうな。目隠しは何処に行った?」
そうだ。ベールとみせかけたそれは、胸元と背中で衣装の飾りを結びつけていた。さらに花嫁には目隠しをし猿ぐつわをして、腕まで縛っていたというのに。
「麓で聞いたあの村の噂は、あながち冗談じゃなかったかな。本当に面白い……あれれ。ん?」