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物言わぬ花嫁  作者: さい
17/35

17.暗闇

 深夜過ぎ、一時。


 コナは身体を縮めて闇に蹲っていた。

 見知らぬ街見知らぬ場所の深夜、ひとり息を潜めていると、孤独の恐ろしさが迫ってくる。この広く怖い世界の底、蟻のように小さな自分は、今にも何かに踏み潰されてしまいそうだ。

 誘拐犯らから逃れて、昨日よりもずっといい状況のはずなのに、今更心がバラバラになりそうな気がしている。

 そのうち突然、自分が訳の分からない叫びを上げるのではないかと疑わしくなる。 

 コナは手をきつく膝に巻き、震えながら目を瞑って、自分の肩を噛んだ。

 (これ、傍から見たら滑稽やろうなぁ)

 頭の隅で考え自嘲するのもどこか本当ではないようで。


 コナはこの歳になるまで村の外に出たことがなかった。

 ただし兄が早くに村を出て世間を知っており、帰る度に余所の事を教えてくれるもので、田舎娘とはいえそれほど情報に疎い訳ではないと、自分では思っている。

「あー、学校でそばかす顔が不細工て苛められた? あのな。世間一般で言えばお前は……普通や。幾らここでちやほやされてても、村長んとこの娘やって、外では並や並」

 余所から移住してきた事が影響しているのか、村の老人達はやけに誇り高く、数の少ない子供達に算術から歴史まで習わせる場所を村の真ん中に設けていた。そんな贅沢は余所では珍しく、山村の子供には過ぎた教育と麓の村で悪口の対象となっている事も、大きくなってから知った。確かに薬草の宝庫と言われる山へ入るのに読み書きは不要だろうが、村の半分は薬の行商をしに外へ出る。その際には地図を読むことも、余所の風習を知ることも必要になるのだという。

「だいたい顔の皮いちまいが綺麗やかて、何の成功が約束される訳でもない。結局、世間に出たらアリモンで勝負せんと仕様が無いんは、誰でも同じや。お前やってなんか凄い手練手管があったら、男なんか思いのままに出来る、かもしれん」

 凄い手練手管とやらの詳細は聞けないままだったが、兄は元気だろうか。

 兄と親子とは思えないほど無口な父親は、そろそろ山から戻ったろうか。心配しているだろうか。まさかこんな形で外の世界に出ることになるとは、コナ自身も思わなかった。


(……怖い)


 未知の場所は怖い。

 生まれ育った村にも軋轢はあり、素晴らしい場所ではないけれど、外の世界は酷薄だ。

 何故ならこの街では、ちっぽけなコナが死のうが生きようが、誰にとってもどうでも良いことだから。この城壁の中にいる大勢の街人は、ここでコナが死んでも、一滴の涙、数秒の愛惜すら湧いてこないはずだ。

 ぽっかりと胸に開く闇が、震えるほど恐ろしく、泣くほど寂しい。

 こんな甘えたことを考える自分がおかしいのだろうか。多くの人が皆、こんな場所で生きているのだろうか。

「は」

 息苦しくなって肩を噛んだ唇を離し、顔を伏せて息をつく。とりとめもなく色々なことが頭を巡る。

 コナをあざ笑う男達。乾き。コナを助けてくれようとしている坊さんたち。灯り。瓜の、歯に染みるような甘さ。


(……手練手管か。幾らなんでもいきなり実戦は無理やわなぁ)


 馬鹿みたいに垂れてくる涙に呆れ、嗚咽をかみ殺すコナの喉が、一瞬笑ってひくりと引き攣る。

 これからの策を一緒に考えてくれた年寄りのほうの僧侶は、顔も歳も全然違うが、ちょっと言うことが兄に似ているような気がする。そしてもう一人のお弟子ときたら。


(兄貴、あの顔の皮は、反則やと思う!)


 こんな時にすら思い出せば心が騒ぐイェドの容貌に呆れるやら、自分の失態を穴掘って埋めたくなるやら。

 真面目腐っている若い僧侶本人には悪いが、彼の甘い紫の目元やら精悍な顎の線やら通った鼻筋やらは、しゃらしゃら麝香でも振り撒いていそうな感じなのだ。ちょっと微笑んだだけで、コナに限らず周り中が悲鳴をあげて倒れるしかないような、犯罪級の美貌がこの世にあるとは思わなかった。兄が言う通り……世界は広い。

 あれがよりにもよって坊さんだなんて。

 しかも自分と来たら、よりにもよってあの顔の坊さんに、手練手管を使おうとするなんて。

 絶望一転、羞恥のあまり転げまわりたくなりながら、コナはじっと待っていた。不安定な胸を抱えて、時が来るのを。

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