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物言わぬ花嫁  作者: さい
16/35

16.協議02

 再び深夜前。

 

 話の途中、ふと問題に気づいてイェドはコナを見た。

「……師。どちらにせよコナには通行手形がないのでは」

 コナは意味がよく分からないのか、きょとんとしている。勿論、着の身着のまま逃げてきた娘が、そんなものを持っている訳がない。

「そういや街の外に関所があったのう」

 エンが唸った。

「諸事オマエに任せておったから気づかんかったが。改められるのか?」

「……ハイラハ手前の関で、印を押されました。流れ者の多くなる祭の時期だからかもしれませんが」

 諸領土が縄張り争いに忙しかった名残で、この国の街道の要所要所には関所が設けられている。そこを通る際に所持義務のある許可証が、通行手形だ。

 しかし今は昔と違い、地方領主の完全な領土はその城壁の中だけと定められている。その外は王都の法で動き、領主達は行政を代理で行っているにすぎない。関所も同様だ。

 関所は余所からの進入者を警戒する必要はもはや無くなり、手形が改められる事はほぼない。通行手形自体、今は単なる領民の身分証となり、旅先で何かあった際に郷里の確認に使われる程度だ。取得も戸籍のある場所でなら簡単にすませられる。

「うちの手形は、家にあると思います。兄貴が村の外で行商始めたときに、一緒に取ったん……」

 そこで俯いたコナに、エンが慰めの言葉かける。

「ご家族が心配かの。残念ながら保証はできんが、おそらく奴ら、手形を泥棒するまで手間はかけておらんじゃろう」

「ううん。考えたら、家は親父もしばらく山に入ってて空やから、心配ないです。あいつら、村の家片っ端から襲うほど人数も居らんかったし」

 ちょっと考えて自分に言い聞かせるように頷く。本当に大人しげな見かけによらず、気丈な娘だ。

「……関所は一人ひとりの確認まではしないようでした。城壁から遠ざかる向きなら、上りよりなお緩いでしょう」

「時間の問題になるか。関所に伝令が行けば、検問がきつくなろうの」

 地方領主は関所に関して、城壁宿のような権限を持たないが、役人の伝令や治安維持、物流の管理に設けられたそれに一定の影響があるのは確かだ。

「明日、関所が開くのは何時かのう」

「……確かめてはいませんが、大抵は朝の八時」

「馬車で関所からここまで、二時間ほどはかかったかの」

 

 関まで歩けばかなりの時間がかかるだろう。

 開門の明朝八時までにはかなりの間があるから辿り着けるかもしれないが……その時間まで逃げ出したことに気づかれず、関所への連絡が行かないようになど出来るのか。馬に一人だけ乗って駆ければ、一時間足らずで追いつかれる。

 ならば明日を狙わず、ほとぼりが冷め、関所の検問が緩むまでどこかへ隠れ潜む手も考えたほうが良い。

 唸って考え込んでいるエンの傍ら、イェドはコナに尋ねる。

 

「……この街に知り合いは?」

「ひとりも」

 

 娘は首を横に振った。王都や聖都の人間には信じ難いことだが、田舎の人間は生涯、小さな村から出ないでいることも多い。イェドもエンについての旅で、今はそのことを知っている。馬車でたった二日の街にこれまで縁がなくても、コナ自身のせいではない。端の切れた唇を結んだ、自責するような表情が可哀想で、イェドは余計な問いを詫びるように微笑む。

 その途端、もの凄く気まずげにコナに視線を逸らされたのは衝撃だった……うぬぼれる訳ではないが、子供の頃からイェドがにこりとして嫌がる女性はまず居ない。むしろ老若男女問わず劇的に好かれてしまうことが多いため、僧侶になってからは、努めて無表情にするくせがついたくらいだ。

 なのにコナの反応は、まるで見てはならない猥褻物が視界に入りかけたような感じだった。

 

「うーん。どっちにどう逃げるにせよ、なるべく奴らをこの城壁宿に引き留めておく必要があるようじゃな」

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