ep7: 宛名のない手紙
取り留めもなく綴られた手紙の束を、ハロルはテーブルに並べていた。
特に誰宛というわけでもない。ただ、書かれずにはいられなかった言葉たち。
彼は窓際のカウチに触れ、腕を組んで思案する。
空は茜から群青へと、その色を変えていた。
「受け取り手の近くに行けば、手紙が勝手に反応する。……明日は、人の多い場所に行ってみようか」
そう決めると、ハロルは立ち上がり、ひとつ伸びをした。
鳥たちの朝は早い。彼もまた、夜の支度を始める。
*
夜明け前の空を、ハロルは鳥の姿で滑空していた。
この時間帯、手紙の差出人たちはよく、外で待っている。
いつからか、そんな光景が増えたような気がする。
宛先不明の手紙はカバンの中。ハロルは、まだ人のまばらな街へと降り立つ。
金髪の青年へと姿を戻し、駅前のロータリーの片隅に立った。
「……ここで、1日待ってみるか」
それが最適な方法かは分からない。けれど、他に名案もなかった。
やがて空が白み始め、駅前はにわかに賑わい出す。
電車に急ぐ人、降りてくる人、バスの乗り降りにタクシー待ち。
人々が縦横無尽に行き交いながら、不思議とぶつからない。
ハロルはそれを眺めながら、静かに感心していた。
そんな中、ひとりの人物が、ふと淡く光を帯びて見えた。
かばんの中の手紙が、微かに震えている。
「受け取り手、ひとり発見」
満足げに呟き、ハロルは群衆をかき分け、その女性に手紙を手渡した。
スーツ姿の30代中盤くらいにみえる彼女は、怪訝そうにハロルを見たが、無言でそれを受け取ると、人波に流されていった。
ハロルはまた元の位置に戻り、人々の流れを見つめ続けた。
*
深夜、最終電車が発車した。街にはまだ夜を楽しむ人々が沢山あるいている。
ハロルは小さく息を吐いた。
「……1日かけて、1通か」
それが多いのか少ないのか、答えは出ない。
そう思いながら、その場を後にしようとしたとき──
「あの……!」
女性の声が、背中から呼び止めた。
振り返ると、朝の彼女がそこにいた。
目には涙を浮かべ、けれど、まっすぐな表情だった。
「今朝いただいた手紙で、もう一度やり直してみようと思えました。ありがとうございます」
深々と頭を下げる彼女は、言葉を続ける。
「……なにか、察して届けてくださったんですか?」
ハロルは少し口を開きかけて、肩をすくめた。
「いや、まあ……うん。そんなとこかな」
「本当は、今日で全部終わらせるつもりでした。でも……あなたに会えて、救われました」
その声は途中から震え、最後は涙にかき消された。
「……俺は、ただ配達しただけさ。気にしなくていい」
ハロルの返事は素っ気なかったが、その声はどこか優しかった。
彼女はもう一度頭を下げて、今度はゆっくりと背を向けた。
ハロルはその背中を見送りながら、小さく呟いた。
「……1日1通でも、上出来じゃないか」




